本論文は、「リオトロピック液晶ラメラ相およびスポンジ相の動的光散乱」と題し、界面活性剤2分子膜の高次構造体であるリオトロピック(濃度転移型)液晶ラメラ相とスポンジ相の揺らぎに関して動的光散乱法を用いて行った研究をまとめたもので、5章からなる。結論として、本研究はラメラ相およびスポンジ相の動的挙動に新しい知見を与え、近年、進展が著しい柔らかい低次元物質からなる凝集系の物理の研究に寄与するであろうと述べている。 第1章は序論であり、本研究の背景・目的について述べている。2分子膜と溶媒が交互に積層したラメラ相は、界面活性剤濃度の減少によって層間隔が光の半波長程度にまで及ぶような長距離秩序をもつ。このような長距離秩序は膜の熱揺らぎによる隣接する膜間の立体斥力によって維持されている。つまり、膜が積層して空間を充填することで膜の大きな熱揺らぎが秩序をもたらしてその構造が安定化されるという、一見パラドキシカルな性質に2次元系としての膜の特徴が反映されている。そこで本研究では、動的光散乱測定によってラメラ相における揺らぎを観測して、膜の熱揺らぎがラメラ相の物性に及ぼす影響を明らかにすることを目的にしている。また、スポンジ相は一続きの2分子膜がランダムに空間を2等分した等方相である。このようなユニークな構造をもつスポンジ相について、現在までに研究が進んでいないそのダイナミックスを、動的光散乱による揺らぎ測定から明らかにすることをもう一つの目的としている。 第2章では、本研究のもとになる膜の統計物理について紹介している。はじめに、ラメラ相とスポンジ相の基本単位である2分子膜の連続弾性体理論とそれから導かれた膜の性質について述べている。さらに、実際に動的光散乱実験で測定される両相の揺らぎについての理論に関して述べられている。 第3章では、本研究で用いた動的光散乱スペクトロスコピーの原理、実際の測定装置とデータ解析についての詳細が述べられている。 第4章では、ラメラ相とスポンジ相における揺らぎの動的光散乱による測定結果を示し、解析およびそれに対する議論を行っている。ラメラ相の動的光散乱測定では、その揺らぎモードの解析から膜の熱揺らぎを決定するパラメータである膜の硬さを求めている。その層間隔依存性は、膜の熱揺らぎによって実効的な膜の硬さが層間隔に対して対数的に減少することを予測した理論と一致している。よって、本研究で初めて実験的にこの理論が検証され、理論式に現われる未知のパラメータが見積もられている。さらに、スポンジ相の動的光散乱では、各濃度における揺らぎの特徴的な大きさと散乱波数qに依存して、自己相関関数の形と減衰率の波数分散の異なる2領域が観測されている。高濃度、低波数(q<1)領域の場合、相関関数は単一緩和を示し、拡散型∝q2の関係が成立している。これから求められた濃度揺らぎの流体力学的半径Hがスポンジ単位セルの特徴的な大きさ程度になることから、散乱の原因はスポンジ構造の単位セルによる揺らぎであるとしている。また、低濃度、高波数(q>1)領域の場合、相関関数は相関時間に分布をもつ拡張指数型を示し、の波数分散に∝q3の関係が成立している。この波数域では、スポンジ単位セルより小さい領域、つまりセルを構成する2分子膜の膜内の揺らぎが観測されるために、膜の揺らぎを制御するパラメータとして膜の硬さが重要になる。そこで、弾性をもつ板の集合体に対して板の熱揺らぎとそのモード間の流体力学相互作用を考慮した最近の理論との比較を行い、相関関数が拡張指数型となることを実験的に確認し、実験から得られたの波数分散に対する当てはめによって、スポンジ相における膜の硬さが初めて定量的に見積もられている。 第5章は本論文全体の結論にあたり、得られた結果の総括をしている。結論として、ラメラ相の動的光散乱測定から熱揺らぎによる膜の波打ちが実効的な膜の硬さを減少させる現象をはじめて実験的に観測して、熱揺らぎが膜の物性に及ぼす影響を明確にした。また、スポンジ相の動的光散乱測定からq<1、q>1領域それぞれのスポンジ相の揺らぎの機構を明らかにしている。 以上の内容をまとめると、2次元物質(2分子膜)から構成される3次元系であるラメラ、スポンジ両相において、動的光散乱法による揺らぎの測定から、そのダイナミックスの分子的機構を明らかにしている。従って、本研究は低次元物質からなる凝集系の物理に対して知見を与えるものであり、物理工学に寄与するところが非常に大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |