量子井戸、量子細線、量子ドットなどの半導体低次元電子系における光学スペクトルには、電子の波動関数の量子閉じ込めの効果によって、特有の量子効果が顕著に現れる。特に低次元系の励起子状態は、低次元系に特徴的な新しい状態を調べる舞台として基礎的物理学の観点から盛んに研究されると同時に、半導体レーザーなどの光デバイスのための優れた特性をもった材料として応用上の観点からも多大の関心を集めている。一方、最近の強磁場技術の進歩によって、非常に強い磁場の下で精密な磁気光学スペクトルが測定できるようになったが、強磁場下での低次元系の光学スペクトルには、強磁場による量子化と閉じ込めポテンシャルによる量子化の効果が競合することによって、多くの興味ある現象が現れる。 本論文は、「半導体低次元励起子の超強磁場スペクトロスコピー」と題し、いくつかの代表的な低次元系試料について、約45Tにおよぶ長時間パルス強磁場、および550Tにおよぶ超強磁場を用いた磁気光学スペクトルの測定から、低次元励起子の各種の特徴的な側面を研究した結果をまとめたものである。具体的には、GaAs/AlAs短周期超格子、GaAs/AlAs多重量子井戸、2次元電子系の存在するCdTe/CdMgTe量子井戸、GaAs/AlGaAs量子細線の励起子スペクトルの問題を取り上げ、それぞれについて詳細な研究を行っている。 第1章「序論」では、本研究の目的、意義、論文の概要などが述べられている。 第2章「超強磁場における半導体低次元励起子スペクトル」では、本研究テーマに関連する従来の実験的、および理論的研究が要約されており、本研究の背景が述べられている。 第3章「実験技術」では、電磁濃縮法(500T)、一巻きコイル法(200T)による超強磁場、非破壊型パルスマグネット(40T)による長時間パルス磁場による磁場発生法とその下での磁気光学測定の実験法が詳しく述べられている。特に本研究では、長時間パルス磁場中での精密な時間掃引分光測定のためにCCDの電荷移動を用いた時間掃引法、またパルス磁場光学測定用の高圧クランプセルが新たに開発されたが、これらの技術開発と測定法が詳しく述べられている。 第4-7章は本論文の中心をなすもので、本研究で得られた実験結果とその考察が議論されている。 第4章「GaAs/AlAs短周期超格子の磁場誘起-X Crossover」では、(GaAs)m/(AlAs)n(m,nは1層あたりの単原子層数)系の短周期超格子について、圧力を加えることによって点とX点の伝導帯間エネルギーギャップを制御し、強磁場によって引き起こされる直接型-間接型転移(第1種-第2種転移)を観測した実験結果が述べられている。磁場誘起転移に伴って、励起子吸収が直接型から間接型になめらかに転移する場合と不連続的に転移する場合があり、m,nによって決まる-X混成の程度がこの2つの転移型を決めていることを明らかにした。 第5章「超強磁場におけるGaAs/AlAs量子井戸中の励起子」では、最高500Tにおよぶ超強磁場の下でのGaAs/AlAs多重量子井戸における磁気光吸収スペクトルの観測結果が述べられている。このような超強磁場で、励起子の光吸収スペクトルが測定されたのは始めてのことであるが、励起子の波動関数の磁場による収縮を反映していると思われる励起子スペクトルの異常や、ランダウ準位や励起子の吸収線の不連続的変化が見いだされた。またこれらの吸収線の磁場依存性を価電子帯のランダウ準位の計算を基に解析し、実験結果を説明している。 第6章「n-CdTe/CdMgTeにおける2次元電子状態」では、最近開発されたII-VI半導体の変調ドープ量子井戸についての、整数および分数量子ホール状態における励起子の磁気フォトルミネッセンススペクトルの異常についての研究がまとめられている。励起子ピークが分裂し、ランダウ準位の占有率が2,1,2/3の位置で、相対強度比やその円偏光度が複雑な振る舞いを示す。これらをすでに研究が進んでいるGaAs系の実験結果と比較検討した結果がのべられている。 第7章「GaAs/AlGaAs自己形成量子細線中の励起子」では、(110)面から傾斜した基盤上に成長したGaAs/AlGaAs自己形成量子細線における励起子の反磁性シフトについての研究結果が述べられている。量子細線に特有な反磁性シフト異方性や、この系の特徴である細線を積層したことの効果を見いだした。 以上を要するに、本研究はメガガウス領域におよぶ超強磁場下で、半導体量子井戸、超格子、量子細線などの低次元系における励起子スペクトルが示すいくつかの新しい側面の研究を行って多くの新しい知見を見出したものであり、物性物理学、物理工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |