学位論文要旨



No 113404
著者(漢字) 國松,洋
著者(英字)
著者(カナ) クニマツ,ヒロシ
標題(和) 半導体低次元励起子の超強磁場スペクトロスコピー
標題(洋)
報告番号 113404
報告番号 甲13404
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4122号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 長田,俊人
内容要旨 1.研究の背景と目的

 半導体を磁場中におくと、伝導帯、価電子帯はランダウ準位に量子化され、その効果は光学的、電気的性質に顕著に現れる.特に量子井戸や超格子、量子細線そして量子ドットといった低次元系では、その空間的閉じ込めによる量子ポテンシャルと,磁場による量子化との競合によって、系の状態が決まる.また、強磁場においてはランダウ量子化によるエネルギーが半導体のバンドギャップや種々の固有エネルギーに同程度の大きさとなるために様々な準位交叉現象を引き起こす.さらに、低温、強磁場においては低次元電子系で多体効果が顕著になり、分数量子ホール効果、ウィグナー結晶などの新しい物理状態が現れる.

 GaAs/AlAs短周期超格子では強磁場下でランダウ量子化エネルギーとバンドギャップエネルギー(の不連続)の競合によってバリア層の伝導帯下端(X点)と井戸層の伝導帯下端(点)のcrossoverが起こる.GaAs/AlAs短周期超格子の電子系は直接遷移型のタイプI超格子である.GaAs層の周期の長い場合は電子、正孔ともにGaAs層の点に局在する.タイプIの超格子に磁場を加えると、AlAs層のX点の有効質量がGaAs層の点の有効質量よりも大きいために、強磁場下で相対的に点のエネルギーが高くなり、-X交差を起こして間接型のタイプIIに転移する.このような磁場誘起転移における-X混成の問題は多くの関心を集めているが、超格子の構造によっては非常に強い磁場が必要であるためにいまだ詳細な研究がなされていない.そこで、圧力を用いて磁場を加える前のバンドの初期状態を制御し、点とX点のエネルギー差を制御することにより、非破壊的に発生可能な磁場下で磁場誘起タイプI-タイプII転移付近のより精密なスペクトルの測定が広い範囲の特性の試料において可能になる。

 量子井戸は1次元閉じ込めを受けた系であるが、さらにもう1次元閉じ込めた系である量子細線の形成方法として微傾斜基板上への自然形成が近年注目されている.この方法によれば細線の厚さと障壁層の厚さを自由に変化させることが可能である(>〜1nm).細線間の距離を十分小さくして隣り合う細線同士にカップリングを持たせ、その大きさを自由に変化させることができると予想される.この細線を強磁場中に置くと空間閉じ込めと磁場によるポテンシャルの競合効果が観測されると期待される.

 一方、2次元系にキャリアを添加した系に低温下で磁場を加えると、多体効果が顕著に現れる.磁気発光スペクトルを用いて量子ホール効果を調べる方法は、整数量子ホール効果にはじまり、最近分数量子ホール効果にまで適用されている.しかし、このような研究のほとんどはこれまで高易動度のn-またはp-GaAs/GaAlAs量子井戸に限られてきた.近年、試料作成技術の発展によりようやくII-V族においても高易動度の変調ドープ量子井戸の作成が可能になってきた.物質パラメータの異なる系において研究を行うことは、物質の多体効果をより普遍的に知るためにも重要である.我国においては分数・整数量子ホール効果について、電気伝導による研究はさかんにされているものの、バンド間遷移による光学測定はほとんどなされていない.

 本研究ではこのような低次元励起子特有の現象を示すいくつかの代表的試料をえらび、それぞれにおける超強磁場下の励起子スペクトルおよび関連する現象を調べた.

2.実験方法

 上のような強磁場中の半導体の物性研究の発展は、最近各地で強化されつつある強磁場発生技術・施設に因るところが大きい.物性研究所では長時間バルスマグネット(〜50T),一巻コイル法(〜150T)や電磁濃縮法(最高500T以上)によって超強磁場が発生可能で、これまでに強磁場下でのさまざまな物性測定が可能となっている.このような強磁場下で光学測定、電気伝導や磁化測定といったさまざまな測定がなされている.強磁場の発生はミリ秒からマイクロ秒と非常に短い時間に行われるため、測定には高感度かつ高速な検出器や記録装置が必要である.光学測定は非接触測定であり、ノイズの問題などからパルス磁場との相性が良い.本研究では、「CCDストリークカメラ」による時間分解測定を約10ミリ秒のパルス幅を持つロングパルス磁場に初めて適用した.このことにより、これまでは1度のパルス磁場で一つの磁場の値での測定だったものが、連続的な磁場変化を分光スペクトルおいて低ノイズで高感度にとらえることが可能になり、パルス磁場1回あたりに得られる情報量が格段に増えた.量子ホール効果やファラデー回転、磁場による転移といった、光学スペクトルに磁場とともに急激な変化をともなう現象の研究にはCCDストリークカメラによる時間的に連続な分光測定が非常に強力・不可欠であるといえる.

 一巻コイル法(150T)においては、磁場のパルス輻が約7マイクロ秒と非常に短いために、分光測定には通常イメージコンバータカメラを使用して時間分解測定を行い、磁場依存性を観測する.一方、電磁濃縮法(500T以上)においてはこれまでにサイクロトロン共鳴やファラデー回転といった測定が行われてきたが、分光測定はなされていなかった.本研究では、超強磁場下における量子井戸中励起子効果を調べるために、電磁濃縮法にイメージコンバータカメラを初めて適用し、約450Tまでの超強磁場下における磁気光学スペクトルの測定に初めて成功した.これまでの赤外サイクロトロン共鳴実験では1回の磁場発生において一つのエネルギーにおける吸収の磁場依存性という1次元的な情報であったが、分光スペクトルの磁場依存性が測定可能になり、1回の磁場で2次元的(磁場とエネルギー)な測定が可能になった.

 また近年、強磁場や超高圧、極低温などを組み合わせた多重極限における測定が盛んになっている.これまでに定常磁場下での圧力下光学測定には金属製ガスケットを使用するダイアモンドアンビルセルが広く用いられているが、パルス強磁場下の測定では渦電流によるガスケットの発熱で、試料の温度上昇が避けられない.40Tを超えるような強磁場は、現在のところパルス的に発生させるしかない.そこで本研究では、金属物が試料の近くになく試料の温度上昇を抑えた、パルスマグネット内に収まるような小型の、磁気光学測定用圧力セルを独自に初めて開発した(図1).およそ1GPaまでの4.2Kまでの低温・高圧下、約50Tまでのパルス強磁場下で発光スペクトルの測定を可能にした.この圧力セルはダイアモンドアンビルセルにくらべて試料空間が二桁以上大きく、パルス測定において問題となる信号強度も大幅に向上した.

図1
3.GaAs/AlAs短周期超格子の磁場誘起-X Crossover

 磁気光学測定用圧力セルを用いて、高圧かつ強磁場において磁場誘起タイプI-タイプII転移を示すGaAs/AlAs短周期超格子の磁気光学測定を行った.これまでに圧力誘起転移の研究は数多くなされているが、磁場誘起転移についてはほとんど研究されていない.4.2Kにおいて、45Tまでの強磁場、1.6GPaまでの高圧下における実験の結果、磁場誘起転移を詳細に観測することに初めて成功した.量子井戸的な試料では転移磁場を境に発光強度が減少し始める.転移磁場は点の有効質量とX点の有効質量とから理論的に予想される値とよい一致を示している.更に転移磁場よりも高磁場において低エネルギー側に現れる別の構造を新たに発見した.この構造はX点の励起子に対応するものと思われる.圧力誘起転移ではこのような構造は報告されておらず、磁場誘起転移特有の新たに見つかった現象である.また、障壁層が薄く-X混成が強いと予想される試料では、発光強度には大きな変化のないまま転移磁場を境に反磁性シフトの大きさが likeなものからX likeなものへと変化するといった、量子井戸的な試料とは非常に異なる振る舞いが観測された(図2).

図2
4.超強磁場下におけるGaAs/AlAs量子井戸中の励起子

 量子井戸内にある1次元的な閉じ込めを受けた励起子に、閉じ込め方向に>1となる非常に大きな磁場を加えると、励起子は量子井戸面内のみならず、井戸の閉じ込め方向にも収縮し、量子閉じ込めによるポテンシャルと磁場によるポテンシャルとの競合効果が期待される.このような効果を観測するためには非常に大きな磁場が必要になるが、本研究では電磁濃縮法とイメージコンバータカメラにより、約450T(〜55,GaAs)までの超強磁場における磁気吸収スペクトルの測定を行った.既存の一巻コイル法の3倍近い磁場に及ぶこのような超強磁場下における半導体の磁気分光測定はこれまでに例がない.この測定において最低ランダウ準位の高エネルギー側に付随する新たなピークが強磁場において観測された.また、ランダウ準位の分裂や準位の傾きの変化といった異常が観測された(図3).そこで,複雑な価電子帯の磁場依存性についてk・p摂動法によって強磁場まで計算を行い、実験との比較を行う.

図3
5.n-CdTe/CdMgTeにおける2次元電子状態

 我々は(100)-GaAs上にMBE成長したCdTe/Cd1-xMgxTe(x=0.135)量子井戸(井戸幅約10nm)のスピン選択磁気発光スペクトルを測定し、発光スペクトルに異常を観測した.ヨウ素の変調ドーピングによる2次元電子ガスキャリア密度はn=4.4-4.8×1011cm-2=82,000cm2/V・sである.が整数または分数となる磁場において発光ピークの分裂、発光強度の振動を観測した.40Tまでのパルス強磁場下で、1.7Kから約30Kまででファラデー配置(磁場//成長方向)で測定を行った.図4のように<2(10T以上)において1つの発光ピークが2つに分裂するなど発光ピークに異常が観測された.特にGaAs/AlGaAs系との比較を行い整数分数量子ホール効果の物質の違いによる相違点や物質によらない共通点について議論する.

図4
6.GaAs/AlAs自己形成量子細線中の励起子

 GaAs(110)微傾斜面上のGaAs量子細線の2次元閉じ込め状態を観測するために、磁気発光スペクトルを測定した.細線層の厚さは1nmから3nm、細線間の距離は1nmから10nmまで変化させた.

 図5は発光ピークエネルギー位置を磁場に対してプロットしたものである.W、B、kはそれぞれ細線の方向、磁場、観測した発光の波数ベクトル(試料表面に垂直)である.量子細線はk方向につぶれた扁平な形をしており、今回は図のような3通りの磁場配置での測定を行った.各配置において波動関数の閉じ込めによる反磁性シフトの異方性が観測された.さらに細線の厚さや細線間の距離の異なる試料については細線間のcouplingによると思われる反磁性シフトの違いがみられた.細線による量子閉じ込めポテンシャルと磁場によるポテンシャルの競合効果と合わせて議論する.

図5
審査要旨

 量子井戸、量子細線、量子ドットなどの半導体低次元電子系における光学スペクトルには、電子の波動関数の量子閉じ込めの効果によって、特有の量子効果が顕著に現れる。特に低次元系の励起子状態は、低次元系に特徴的な新しい状態を調べる舞台として基礎的物理学の観点から盛んに研究されると同時に、半導体レーザーなどの光デバイスのための優れた特性をもった材料として応用上の観点からも多大の関心を集めている。一方、最近の強磁場技術の進歩によって、非常に強い磁場の下で精密な磁気光学スペクトルが測定できるようになったが、強磁場下での低次元系の光学スペクトルには、強磁場による量子化と閉じ込めポテンシャルによる量子化の効果が競合することによって、多くの興味ある現象が現れる。

 本論文は、「半導体低次元励起子の超強磁場スペクトロスコピー」と題し、いくつかの代表的な低次元系試料について、約45Tにおよぶ長時間パルス強磁場、および550Tにおよぶ超強磁場を用いた磁気光学スペクトルの測定から、低次元励起子の各種の特徴的な側面を研究した結果をまとめたものである。具体的には、GaAs/AlAs短周期超格子、GaAs/AlAs多重量子井戸、2次元電子系の存在するCdTe/CdMgTe量子井戸、GaAs/AlGaAs量子細線の励起子スペクトルの問題を取り上げ、それぞれについて詳細な研究を行っている。

 第1章「序論」では、本研究の目的、意義、論文の概要などが述べられている。

 第2章「超強磁場における半導体低次元励起子スペクトル」では、本研究テーマに関連する従来の実験的、および理論的研究が要約されており、本研究の背景が述べられている。

 第3章「実験技術」では、電磁濃縮法(500T)、一巻きコイル法(200T)による超強磁場、非破壊型パルスマグネット(40T)による長時間パルス磁場による磁場発生法とその下での磁気光学測定の実験法が詳しく述べられている。特に本研究では、長時間パルス磁場中での精密な時間掃引分光測定のためにCCDの電荷移動を用いた時間掃引法、またパルス磁場光学測定用の高圧クランプセルが新たに開発されたが、これらの技術開発と測定法が詳しく述べられている。

 第4-7章は本論文の中心をなすもので、本研究で得られた実験結果とその考察が議論されている。

 第4章「GaAs/AlAs短周期超格子の磁場誘起-X Crossover」では、(GaAs)m/(AlAs)n(m,nは1層あたりの単原子層数)系の短周期超格子について、圧力を加えることによって点とX点の伝導帯間エネルギーギャップを制御し、強磁場によって引き起こされる直接型-間接型転移(第1種-第2種転移)を観測した実験結果が述べられている。磁場誘起転移に伴って、励起子吸収が直接型から間接型になめらかに転移する場合と不連続的に転移する場合があり、m,nによって決まる-X混成の程度がこの2つの転移型を決めていることを明らかにした。

 第5章「超強磁場におけるGaAs/AlAs量子井戸中の励起子」では、最高500Tにおよぶ超強磁場の下でのGaAs/AlAs多重量子井戸における磁気光吸収スペクトルの観測結果が述べられている。このような超強磁場で、励起子の光吸収スペクトルが測定されたのは始めてのことであるが、励起子の波動関数の磁場による収縮を反映していると思われる励起子スペクトルの異常や、ランダウ準位や励起子の吸収線の不連続的変化が見いだされた。またこれらの吸収線の磁場依存性を価電子帯のランダウ準位の計算を基に解析し、実験結果を説明している。

 第6章「n-CdTe/CdMgTeにおける2次元電子状態」では、最近開発されたII-VI半導体の変調ドープ量子井戸についての、整数および分数量子ホール状態における励起子の磁気フォトルミネッセンススペクトルの異常についての研究がまとめられている。励起子ピークが分裂し、ランダウ準位の占有率が2,1,2/3の位置で、相対強度比やその円偏光度が複雑な振る舞いを示す。これらをすでに研究が進んでいるGaAs系の実験結果と比較検討した結果がのべられている。

 第7章「GaAs/AlGaAs自己形成量子細線中の励起子」では、(110)面から傾斜した基盤上に成長したGaAs/AlGaAs自己形成量子細線における励起子の反磁性シフトについての研究結果が述べられている。量子細線に特有な反磁性シフト異方性や、この系の特徴である細線を積層したことの効果を見いだした。

 以上を要するに、本研究はメガガウス領域におよぶ超強磁場下で、半導体量子井戸、超格子、量子細線などの低次元系における励起子スペクトルが示すいくつかの新しい側面の研究を行って多くの新しい知見を見出したものであり、物性物理学、物理工学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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