学位論文要旨



No 113405
著者(漢字) 小林,洋平
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヨウヘイ
標題(和) 高次高調波を用いた超短パルス極端紫外光発生
標題(洋)
報告番号 113405
報告番号 甲13405
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4123号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 清水,富士夫
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 五神,真
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨

 近年のレーザー技術の目覚ましい発展にともない、超高強度超短パルスレーザーの開発が進み、レーザー電場によって様々な高次の非線形光学効果が観測された。このなかでも高次高調波発生はその発生機構や最高次数について様々研究されてきてその諸性質がかなり明らかになってきたが、パルス幅についてはこれまで測定されていなかった。これは近赤外光や可視光では非線形光学結晶を用いた自己相関法により超短パルスを測定できるが、極端紫外や軟X線領域では非線形光学結晶が存在せず、非線形光学過程すら観測できない領域であったためである。しかし高調波は発生しているだけですでに超短パルスとなっていることが期待され、さらに複数の次数を重ねることにより非常に短いパルスとなっていると予想されていた。

 一方チタンサファイアレーザーの進歩にともない近赤、可視域での超短パルス発生は、現在チタンサファイアレーザーの増幅光を中空ファイバーに入れて自己位相変調を用いてスペクトル幅を広げることにより4.5fsパルスがでるところまできている。これは光電場の2周期分に相当し限界に近づきつつある。従ってこれ以上の超短パルス化でアト秒(10-15秒以下)パルスをつくるためにはより短波長の光を用いる必要がある。そこで短波長でコヒーレント光でなおかつ非常に広いスペクトル幅をもつ高次高調波がアト秒パルスを作る可能性が大きいと期待されている。

 このように高次高調波の性質を解明するという興味以外にアト秒パルス発生という人類未踏の時間領域を得る手段として高次高調波のパルス幅測定は大きな意味をもつ。高次高調波のパルス幅を測定することが即ち極端紫外領域の超短パルス発生ということになる。本論文ではまず高次高調波の測定のための軟X線分光器を設計、作成し高次高調波の測定を行った。この結果チタンサファイアレーザーの89次高調波、波長8.4nmまで測定できた。次にポンプープローブ法を用いた交差相関法と自己相関法の2つの方法でチタンサファイアレーザーの9次高調波(波長88、89nm)のパルス幅を初めて測定した。交差相関法では基本波のパルス幅300fsのところ9次高調波は260fsというパルス幅が得られ、自己相関法では34fsの基本波のとき9次高調波のパルス幅で27fsという、極端紫外領域での最短パルスを得ることに成功した。

実験

 分光器は明るくするためと、高調波を集光して利用するという両方の目的で点光源からでた光を点に集光するようにした。このようにすると従来のスリット像を結像する方法に比べ明るくなる。作成した分光器を用いてチタンサファイアレーザーの高次高調波のスペクトルを89次、波長8.4nmまで観測した。

 これまで高次高調波のパルス幅はストリークカメラを用いて50psパルスのガラスレーザーの9次高調波のパルス幅を測定した例しかなかった。本論文のポンプープローブ法での9次高調波のパルス幅測定は、中性原子とイオンでは9次高調波の吸収係数が大きく異なることを利用した。ポンプ光をチタンサファイアレーザー(波長795nm)、プローブ光を高次高調波として希ガスに集光する。クリプトンガスは中性原子であれば9次高調波を吸収するがイオンになると高調波を透過させるという原理を用いている。希ガスはポンプ光によって瞬時にイオン化され、プローブ光の透過に対するスイッチになる。ポンプ光より先にプローブ光が来ると高調波は希ガスに吸収されるが、ポンプ光が先に入射されると高調波の透過率が上がる。つまり遅延時間をずらしてゆくと高調波の透過率がそのパルスの積分値として変化してゆく。これにより基本波300fsのところ9次高調波260fsという値を得た。(図1)ポンプープローブ法で9次高調波を測定した際、ポンプ光直後2〜3psで高調波発生の抑制が緩和される現象を見いだした。この時定数は温度の低いプラズマの再結合時間や誘起された分極の緩和時間であろうと考えられる。

図1:ポンプープローブ法による9次高調波のパルス幅測定

 次により短いパルス幅の測定のためにも必要な自己相関法によるパルス幅測定を試みた。自己相関法を用いるためには極端紫外領域で非線形光学過程を観測する必要がある。この領域では非線形媒質としてガスを使うしかないため高次高調波の2光子イオン化を用いることにした。高次高調波で非線形光学過程を起こすには極端紫外領域でかつてない集光強度を得る必要がある。集光強度を上げるには、レーザーのパルス幅を短くして、高調波のパルスエネルギーを上げ、高調波の焦点でのビーム径を小さくする必要がある。レーザーのパルス幅はシステムの改良により34fsとなった。高調波の強度の点ではレーザーの焦点から15mm離したところにXeガスをおくことにより従来よりも約2桁強い、50nJの9次高調波を発生させることができた。また、焦点でのビーム径を小さくするため、直入射の球面鏡で集光することにより縮小系をくんだ。高次高調波は多数の次数が同軸に重なってでているため高次の高調波を除去しなければヘリウムでも17次以上の高調波で1光子でイオン化してしまう。今回はアルミの反射率特性を生かし、アルミニウムミラーで11次以上の高調波をきり、またビームスプリッターで基本波と3次高調波を除去することにより5、7、9次高調波のみ集光させた。MgF2コート付きアルミミラーを用いると、9次以上の高調波を除去することができる。これにより9次高調波のイオン化に対する役割を明確にすることができた。高調波の焦点にはパルスガスジェットにより希ガスを供給し密度を上げた。これらの工夫により9次高調波の集光強度は約100GW/cm2と見積もることができた。この集光強度があるとヘリウムの2光子イオン化は約60個/パルスと見積もることができ、十分に観測可能な量となった。

 2光子吸収を観測にするため高調波の強度に対するイオンの生成量を測定した(図2左)。高調波の強度は高調波発生に用いているXeガスの密度を変えることにより制御した。横軸が高調波の相対強度で縦軸が観測されたヘリウムイオンの数となっていて、約300パルスの積算量となっている。9次高調波の強度に対するヘリウムイオンの生成量を測定すると、ヘリウムイオンの生成量は9次高調波の強度の2乗に比例した。これは2光子イオン化を支持している。ターゲットをアルゴンにした場合には、7次、9次ともに2光子吸収を示す傾きが得られた。

図2:9次高調波の強度に対するヘリウムイオンの生成量(左)と9次高調波の自己相関波形(右)

 以上のように極端紫外領域で非線形光学効果を測定することに成功したので次に9次高調波の自己相関波形を測定した。自己相関波形を測定するためには高調波を2つに分け、遅延時間をつけてから再び重ね合わせる必要があるが、高調波が発生してから2つのビームに分けるのは困難である。何故ならこの波長領域では透過できる物質がほとんどないため光学系が組めないためである。従ってチタンサファイアレーザーの段階で2つの空間的に分かれた平行光に分け、遅延をつけ、レーザーの焦点より手前15mmで高調波を発生させた。このようにすると高調波が発生する場所ではビームが重なることなく、遅延によって高調波発生が影響を受けることをさけている。さらに発生した2つの高調波を1つの球面鏡で集光することにより焦点では高調波の空間的な重なりが保証される。得られた結果を図2(右)に示す。

 チタンサファイアレーザーのパルス幅34fsに対して27fsのパルス幅が得られ、これは極端紫外領域での最短パルスとなっている。分解能は遅延時間幅2fsとなっている。27fsというパルス幅はレーザーパルス34fsに比べ20%小さい値にとどまってしまった。この原因には高次高調波発生のイオン化による飽和、レーザーの集光強度に依存する高調波の位相シフト、レーザーの集光強度の空間分布、レーザーパルスのゆらぎ等が考えられる。更なる超短パルスの高次高調波発生にはより短いパルス幅を持つレーザーシステムを用いることが重要となる。今後安定した20fs、kHzシステムを使いさらに短い高調波パルスを発生させる予定である。

まとめ

 本研究により高次高調波の性質の一つでいままで測定されていなかったパルス幅についてその測定法を確立した。これに伴い極端紫外領域での非線形現象を観測することにも成功した。これにより高次高調波の性質の一つが明らかになり、超短パルス発生という観点からもアト秒パルス発生への大きなステップになると考えられる。また極端紫外領域の超高時間分解非線形分光への道が開かれたといえる。最後に超短パルスの歴史に高調波のパルス幅の進歩を加えたグラフを示す。三角がレーザーの最短パルス幅を示し、丸が高調波のパルス幅の進歩を示す。レーザーのパルス幅が停滞しているのに対し、本研究により高調波のパルス幅測定が飛躍的に進歩したことが分かる。

図3:最短パルス幅の変遷のなかの本論文の位置づけ
審査要旨

 レーザーによる超短パルス化の進歩はめざましく、現在近赤外のチタンサファイアレーザーを用いることにより4.5fs(フェムト秒)が得られている。このパルスは光電場の3周期に相当し、近赤外領域では超短パルスのほぼ限界に達している。今後、これ以上の超短パルス化を進めるに当たり、より短い波長の光を用いることが必要となる。この短波長光源としてレーザーの高次高調波を用いることが有望であると言われているが、高次高調波は波長が極端紫外、軟X線領域であるためにそのパルス幅測定をどのように行うかが最大の問題となっていた。この論文では高次高調波のパルス幅測定を目的としている。これは極端紫外、軟X線領域でのコヒーレントな超短パルス光源としての高次高調波の確立を意味する。

 第1章では序論として超短パルス発生の現状と問題点、高強度超短パルスレーザーと高次高調波の歴史、特性等が記述され、これより更なる超短パルス発生の方法と問題点を挙げ、論文の目的と意義を述べている。

 第2章では高次高調波や多光子イオン化に関する理論について説明している。

 第3章では高次高調波のパルス幅測定に先立ち、高次高調波測定用の軟X線領域の非常に明るい分光器の設計、作成について述べ、これを用いて測定した高次高調波スペクトルを示している。チタンサファイアレーザー(波長745nm)の89次高調波、波長にして8.4nmを測定している。また、高次高調波発生には非線形媒質として希ガスを用いるが、基本波であるチタンサファイアレーザーを希ガスに強く集光することにより、希ガスの多光子イオン化にともなう電子の密度の時間変化による自己位相変調を用いた高調波のスペクトル広がりの実験について述べている。結果、波長20nm〜40nmで擬白色光発生に成功している。これは通常高次高調波は離散的なスペクトルとなるために高調波を分光用光源として考えたときにはある決まった波長しか使えないことになるが、高調波のスペクトルを広げ、隣の次数につなげることにより擬白色光にすることによって高調波は軟X線領域での超高時間分解分光の光源として非常に有用であると考えられる。

 第4章では交差相関法によるチタンサファイアレーザーの9次高調波(波長88nm)のパルス幅測定について述べている。高次高調波のパルス幅は以前まではps(ピコ秒)領域のストリークカメラでしか測定することができなかったものである。ここではクリプトンの中性原子と1価のイオンとでは高調波の透過率が大きく異なることを利用している。高強度のチタンサファイアレーザーをポンプ光としてクリプトンのイオン化に用い、高調波をプローブとして遅延に対する透過率を測定することにより9次高調波のパルス幅を測定している。基本波のパルス幅が300fsの時に9次高調波のパルス幅は260fsとなり、この時点での最初のフェムト秒極端紫外パルスの測定となっている。

 第5章はこの論文の主題である、自己相関法による高次高調波のパルス幅測定について述べてある。前章の交差相関法ではパルス幅測定の時間分解能が悪く、今後1fsを切る、アト秒領域のパルス幅測定に対応するパルス幅測定法として自己相関法が望まれていた。これまでは極端紫外領域では透過する非線形結晶がなく自己相関法によるパルス幅測定は不可能であった。著者らはまず、高次高調波の高強度化を行い、次数選択にアルミニウムの反射率特性を用いることにより、高次高調波の集光強度を従来に比べ飛躍的に向上させた。高調波を希ガスに集光することにより希ガスの2光子イオン化を観測し、この生成量が高調波強度の2乗に比例することを確認し、極端紫外領域で初めて非線形光学効果を観測することに成功している。次に高調波を2つのパルスに分け遅延をつけ、チタンサファイアレーザー(パルス幅34fs)の9次高調波(波長89nm)の自己相関波形をはじめて測定し、極端紫外領域では最短パルスとなる27fsを得た。また、高調波パルス発生の計算を行い、今後の更なる短パルス化の方法について論じている。

 第6章では結論として高次高調波を軟X線光源として考えた場合の性能について述べている。この研究により高次高調波のパルス幅が確定したため、他光源とピーク強度の比較ができるようになり高次高調波は突出した性能を持つことを確認している。

 以上要するに、筆者は今後のアト秒パルス発生に不可欠な高次高調波のパルス幅測定を確立し、今後の短波長光源を用いた1fsを切るような最短パルス発生への大きな足がかりをつかんだ。また高次高調波が軟X線光源としても非常に有用であることを示した。この研究は極端紫外や軟X線領域での超高時間分解分光や非線形分光を切り開くものである。この研究は物理工学に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54634