学位論文要旨



No 113408
著者(漢字) 由良,文孝
著者(英字)
著者(カナ) ユラ,フミタカ
標題(和) 微小共振器中における高調波発生
標題(洋)
報告番号 113408
報告番号 甲13408
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4126号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花村,榮一
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 助教授 五神,真
 東京大学 助教授 時弘,哲治
内容要旨

 これまで半導体レーザーは精力的に調べられてきた。そこでは、短波長、高効率の光源を得ることが主なテーマとなっている。例えば、GaNやSiC、ZnSeなどにおいて短波長の発光が報告されている[1]。他のアプローチとして、共振器中でレーザー発振と同時に第2高調波発生(SHG)をおこし、短波長を得る試みがある[2,3]。しかしGaAsなどの半導体中では、その効率は非常に低いものとなっている。その原因は倍高調波帯域での非常に強い光吸収の存在である。そこで本論文では微小共振器のモデルとして、遷移金属酸化物を材質として取り上げる。それは、反転対称性を持たず、かつ、倍高調波のエネルギー領域で吸収が少ないと期待できるからである。さらに、そこに含まれるCr3+やTi3+イオンがレーザー利得を生みだすため、単純な構成のデバイスとしての可能性があると思われる。共振器内SHGはこれまでにも実験例がある。しかし、本論文で考慮した微小共振器中においては、その微小体積のため非線型相互作用は強くなりうる。さらに、以下に示すようにQ値の高い共振器では、飽和効果も顕著になると考えられる。

 SHGをともなったレーザー系を、以下のように考える。基本波モードは反転分布した2準位原子により駆動され、同時に基本波の光子が非線形媒質により倍高調波に変換される。共振器は鏡にはさまれた構造とし、基本波()、倍高調波(2)ともに共振器を組んでいるものとする。また簡単のために、基本波モードと2準位系間のエネルギー差はゼロとする。すると、全系の密度行列は次のようになる。

 

 

 

 

 

 

 ここで、HAFは基本波と2準位原子間の相互作用Hamiltonian(回転波近似)、HINTは基本波と倍高調波との(2)-相互作用である。また、aとa+(bとb+)は基本波(倍高調波)の生成消滅演算子、サイトのスピン演算子である。式(1)の3項、は、それぞれ2準位系のポンピング項、基本波と倍高調波の減衰項である。12は共振器端における光子の減衰率、n1とn2は熱浴の平均光子数である(ここで添字1は基本波、2は倍高調波をあらわす)。W21とW12は反転分布を作るポンピング率であり、2準位系は負温度の熱浴と接している。

 一般にQ値の高い共振器において、2準位系は光モードの時間発展より十分早く緩和する。そのような場合、2準位系の断熱消去が可能となる。この近似が可能でない場合には、通常の(倍高調波の関与しない)レーザー系の運動は周期的あるいはカオス的となり、その際のHopf分岐はQ値の低い場合におこることが知られている[6]。本論文では両者の場合について調べた。Q値の高い断熱消去が妥当な場合については、断熱消去は原子の定常状態への射影演算子を用いておこない、さらにc数のFokker-Planck方程式(FPE)へと変換した。

 

 ここで非対角の射影演算子は次のように定義される。

 

 式(7)のようにpositive P-表現を用いたため、FPEの拡散行列は常に半正値である[7,8]。そこで、Kramers-Moyal展開[9]を用いることができ、Langevin方程式が得られる。対角成分のclassical subspace(1,1)を取り、4次元の位相空間に限ることにする。そこでLangevin方程式は次のようになる(絶対0度)。

 

 ここでX≡/1、K≡2/1、Cはポンピングパラメーター、n0はt→1tと規格化されたレーザーの飽和光子数である。また、ノイズ項は揺らぎを考慮するときに必要となる。

 まずこの非線形Langevin方程式の定常解と、その近傍での安定性を求めた。は複素数であるから、定常解まわりで線形化したJacobianは4つの固有値をもつ。また、定常解はポンピングの強度によって3つの領域に分類できる(図1)。

図1:ポンプ強度と安定解

 1.レーザー発振していない領域(C<1)

 ポンピングがレーザー閾値よりも弱いとき(C<1)、安定解は=0となり、またバンチングを示すことがわかる。通常のレーザーのようにC=1がレーザーの閾値であり、この閾値以上のさらに強いポンピングでこの解1は安定性を失い、次の解2へと移行する。

 2.レーザー発振の領域(1<C<Cth)

 このとき安定解は次のようになる。

 

 ここでCth=(1+K/2)(1+K/2A)、A=2n0K-1X2である。もしも非線形パラメーターXが0であれば、当然||2=n0(C-1)のように通常のレーザーと同じ解を持つ。式(10)は基本波と倍高調波の非線形結合が、閾値C=1のわずか上で、レーザー発振を抑制していることを示している。またこの場合、4次の固有値特性方程式は、強度ゆらぎと位相ゆらぎの2つの項に分けられる。強度ゆらぎに対応する2つの固有値は、すべてのパラメーター領域で常に負の実部を持ち、||と||の強度ゆらぎは振動的あるいは指数関数的に減衰する。一方の位相ゆらぎに対応する2つの固有値は、一方が常に0であり、他方はこの解2のパラメーター領域で負の値となる。このゼロ固有値は、基本波と倍高調波間の絶対位相が定まらないことによる。これは通常のレーザースペクトルが非常に細い線幅をもつことと同じ起源である。他方の位相ゆらぎの固有値は相対位相に対応し、さらに強いポンピングC>Cth(||>K/2X)のもとで負となり安定性を失い、次の解3へと移行する。

 3.SHG飽和領域(C>Cth)

 解2の領域では、倍高調波の強度は基本波の強度の2乗に比例しているため、より強いポンピングに対して飽和するのは明らかである。そのため、この解3では倍高調波の強度は基本波の強度に比例する。また、Rabi振動に対応した周期的な振動()をすることがわかる。そこで、を回転解として、

 

 とおいて解を求める。

 

 図2にポンプ強度に対する、解のRabi分裂と二つのモード間の位相差を示す。この式(12)より明らかに、±とRabi分裂し、C=Cthにおいて解が分岐することがわかる。この閾値は解2の安定性の条件と一致している。

図2:Rabi分裂とモード間位相差

 SHGが飽和する解3は、非線形性の強さXが大きく、かつ、倍高調波の減衰率Kが小さい、閉じ込められたパラメーター領域で実現することがわかる。また、共振器の減衰率が大きく断熱消去が妥当でない場合の系のカオス的振る舞いや、相転移点近傍におけるノイズスペクトル、発光のエネルギー効率なども調べた。

[1]S.Nakamura and G.Fasol,The Blue Laser Diode(Springer,Berlin,1997).[2]N.Yamada,Y.Kaneko,S.Nakagawa,D.E.Mars,T.Takeuchi and N.Mikoshiba,Appl.Phys.Lett.68,1895(1996).[3]N.Yamada,Y.Ichimura,S.Nakagawa,Y.Kaneko,T.Takeuchi and N.Mikoshiba,Jpn.J.Appl.Phys.35,2659(1996).[4]A.A.Kazakov,S.V.Shavkunov and E.A.Shalaev,Sov.J.Quantum Electron.11,1381(1982).[5]S.A.Barysbev,S.A.Belozerov,V.I.Bilak,A.A.IoItukhovskil,I.I.Kuratev,A.V.Semenenko and Yu.V.Tsvetkov,Sov.J.Quantum Electron.17,1115(1987).[6]P.Mandel,Theoretical Problems in Cavity Nonlinear Optics(Cambridge University Press,Cambridge,1997).[7]C.W.Gardiner,Quantum Noise(Springer-Verlag,1991).[8]D.F.Walls and G.J.Milburn,Quantum Optics(Springer-Verlag,1994).[9]H.Risken,The Fokker-Planck Equation(Springer-Verlag,1989).
審査要旨

 レーザーの微小共振器中に、2次の非線形分極率(2)が大きい物質を挿入する。このような系で、レーザー媒質と非線形物質の倍高調波の吸収が小さい場合に対して、基本波と倍高調波の相克を理論的に考察した。本論文提出者は、第一にレーザー発振の閾値よりポンピングを強めるとき、倍高調波の強度の飽和に伴う新しい相が出現することを発見した。第二に、赤色の基本波に対して青色または緑色の倍高調波を有効に取り出す最適条件を求めることに成功した。

 第1章は、序章として本論文の背景とその意義を述べた。第一にその著しい微小体積のため基本波・倍高調波モードの電場振幅が大きくなるというメリットがあり、非線形相互作用を非常に強くできる。第二に、発光過程の大部分がレーザー発振モードと結合できるように設計でき、発振閾値を極めて下げることができる。その結果として、第三に単一電磁場モードの近似が許され、その電磁場と電子系の非線形相互作用を極めて増大できる結果、多彩な新しい非線形光学現象が理論的に予測できる。これが本論文の一つのテーマでもある。また具体的な材質として、本論文では、微小共振器のモデルに遷移金属酸化物を提案した。遷移金属酸化物は、反転対称性を持たず倍高調波のエネルギー領域で吸収が極めて弱いものが多いと期待できるからである。遷移金属イオンを含んだ媒質を用いて微小共振器を作ることにより効率よく発振し、倍高調波が、緑色から青色、さらには紫外となる可能性も指摘できた。また、レーザー発振と倍高調波発生をひとつの媒質で兼ねる可能性も示された。

 次の第2章では、考えるべきモデルを設定した。本論文では、二つのモデルを考えた。第一のモデルはTi3+:Al2O3レーザー媒質と大きな非線形分極率(2)を持つ媒質を同時に微小共振器に挿入したものである。共振器は微小であるため単一モードのみが発振し、レーザー媒質とは異なる空間分布を持つ非線形媒質と強く相互作用するように設計する。第二のモデルは、反転対称性を欠く遷移金属酸化物、例えばYMnO3などの系でレーザー発振させ、同時に同じ物質を非線形媒質として用いたものである。これらのモデルの違いは、本章以下で用いる結合定数の中に取り込まれている。微小共振器中では、結晶における倍高調波発生のように位相整合に悩まされることはないのが、もう一つの大きな特長である。これらのモデルに従って、Hamiltonianを具体的に書き表し、その係数の表現とその物理的意味を論じたのが第2章である。遷移金属イオンでは、格子振動と強く結合する電子系は3準位または4準位モデルとして記述するのが一般的であるが、本論文では基本波の発振に寄与する2つの準位を2準位モデルとして取り込み、他の準位の存在はポンピングパラメータと緩和定数の中に定量的に取り込んだ。

 第3章では、基本波と倍高調波の運動を記述する数学的武器となる正値P表現を解説した。この表現を用いることにより、系の時間発展を示す運動方程式はFokker-Planck方程式となる。

 第4章では、2準位電子系の運動が断熱近似できる場合について、射影演算子の方法を用いることにより、2準位系を断熱消去した。その結果、基本波と倍高調波の輻射場が従うLangevin方程式がノイズまで含めて得られた。

 第4章で得られた結果をもとに、第5章では、定常解とその解のまわりでの安定性を求めた。その結果、ポンピング強度に応じて、3つの解の存在が示された。2番目の解は、基本波のレーザー発振を示す。3番目の解は、基本波だけでなく倍高調波に対してもよい共振器となっていることに起因する、ラビ振動を伴う新現象である。さらに、解のパラメータ依存性を調べ、非線形相互作用、倍高調波の減衰、といった量の大きさと2つの閾値の関係を明らかにした。具体的な非線形相互作用の大きさについても述べ、本論文でのパラメータが十分実現可能であることを示した。また、レーザー系において本質的に重要なノイズスペクトルをも示し、倍高調波発生(SHG)飽和領域におけるRabi分裂と、安定解まわりでの揺らぎに特徴的なピークが現れることを発見した。

 第6章では断熱近似が妥当でない場合については、基本波と倍高調波ばかりでなく、2準位系の運動を同列に取り扱い、輻射場の特徴をさらに考察した。そこでは、倍高調波の吸収が存在する場合における出力エネルギー効率や倍高調波に対して断熱消去が可能な場合などが考察された。

 第7章において、結果を簡潔にまとめて最後に結論を述べた。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、応用物理学上重要なものであり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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