本論文は、「A Study on the Miscibility,Crystallization and Morphology of Crystalline Polymer Blends」(和訳:結晶性高分子ブレンドの相溶性、結晶化及びモルフォロジーに関する研究)と題し、結晶性高分子を含むブレンド系の相溶性及び結晶化の動的な因子がブレンドの結晶化挙動やモルフォロジーに及ぼす影響をまとめたものである。結論としては、本研究が生分解性ポリエステルを用いることで、今まで未知の領域として残っていた結晶性/結晶性高分子ブレンド系の結晶化挙動や特異なモルフォロジー形成を支配する因子として結晶化の速度論的な因子の役割について新しい知現を与え、結晶性/結晶性高分子ブレンド系の研究、生分解性高分子の実用化に寄与するであろうと述べている。 第1部(第1章-第4章)は序論であり、研究の背景、目的について述べている。特に、両成分高分子が融点以上の温度で相溶する結晶性/結晶性高分子ブレンド系では、相溶性を示す系がほとんど見い出されていなかったため研究が進まなかった問題点と、最近登場した生分解性高分子を用いることでどのようにこの間題が解決できるかについて述べている。 第2部(第5章-第7章)は「導電性粒子充填ポリ(-カプロラクトン)(PCL)/ポリビニルブチラール(PVB)ブレンド系」と題し、導電性粒子を充填したPCL/PVBブレンド系のモルフォロジーの変化で生じる試料の電気抵抗の変化について述べている。このブレンド系では、PCLにPVBを微少量ブレンドしただけで縞状構造を持つ巨大な球晶が形成されるなど大きなモルフォロジーの変化があらわれ、このモルフォロジーによって試料の電気抵抗も大きく変化すると予想された。試料の温度上昇による電気抵抗の増加量(PTC強度)はPCLだけの試料ではPTC強度が7に対し、PVBを5%ブレンドした試料ではPTC強度が5300になって、PVBのブレンド比及び分子量の増加とともに飛躍的に大きくなり、この電気抵抗の変化はPVBブレンドによるPCLのラメラのねじれの周期の変化と関連していることを示している。またこれらの結果をもとに、結晶性高分子複合材料で現われるPTC現象は、結晶の融解に伴う導電性粒子の分散状態の変化がその原因であることを確認したことが報告されている。 第3部(第8章-第10章)は「生分解性ポリエステル/ポリビニリデンハライドブレンド系」と題し、生分解性ポリエステルを含む結晶性高分子ブレンド系の相溶性、結晶化及びそのモルフォロジーについて述べている。第8章のポリ(3-ヒドロキシブチレート)(PHB)/ポリ(塩化ビニリデン・アクリロニトリル)共重合体(P(VDC-AN))系では、組成に依存する1つのガラス転移温度が現われ、ブレンドの平衡融点が30℃も降下し、さらに求められた相互作用パラメーターが-0.267であることから、PHB/P(VDC-AN)系は完全相溶系であり、PHBのカルボニル基を含む非常に強い相互作用が存在していることを述べている。さらにポリブチレンサクシネート(PBSU)/P(VDC-AN)系も同様な相溶性を示し、第9、10章で用いられたPBSUを含む他のブレンド系も相溶性を示す可能性が高いと述べている。第9章のPBSU/ポリフッ化ビニリデン(PVDF)系では、生分解性ポリエステルとしてPHBの代わりにPBSUを用いた両成分が結晶化する系について述べている。このブレンドでは、下限臨界共溶温度(LCST)型の相図を示し、高融点成分であるPVDFの球晶成長速度や融解挙動は結晶化条件に依存しないが、低融点成分であるPBSUは結晶化の動的な要因に大きく依存することを明らかにしている。球晶のモルフォロジーの観察からも、両者が結晶化するブレンドでは、ブレンド比だけではなく、結晶化条件によっても低融点成分の結晶化、融解挙動及びそのモルフォロジーが非常に大きく変化することを初めて証明している。特に低融点成分の結晶成長及びそのモルフォロジーが観察されたのはこの研究が初めてである。第10章も両者が結晶性であるPBSU/ポリ(塩化ビニリデン・塩化ビニル)共重合体(P(VDC-VC))系について述べているが、この系では両者はほぼ同じ温度範囲で結晶化するが、低融点成分であるPBSUの方が球晶成長速度が非常に速い。球晶成長の顕微鏡観察から、ブレンドのモルフォロジーは完全に低融点成分であるPBSUの結晶化速度によって支配されること、特に両者の球晶成長速度がほぼ同じになる結晶化条件(PBSU/P(VDC-VC)(40:60)ブレンド、Tc=90℃)では、PBSUの結晶がP(VDC-VC)の球晶に入り込んで成長した"interpenetrated spherulite"が現われることを報告している。結晶化速度による試料の融解挙動の測定では、結晶化させる際の冷却速度が速くなると、結晶化速度が遅いP(VDC-VC)は結晶化できないため、今までの結晶性/結晶性高分子ブレンド系では現われなかった低融点成分が高融点成分の結晶化挙動を支配する非常に珍しい現象を見い出している。 第4部はまとめで、結晶性高分子を含む複合系のモルフォロジーの大きな変化を利用してPTC現象の原因を実験で初めて確かめたこと、生分解性高分子を含む4種類のブレンド系(PHB/P(VDC-AN)、PBSU/P(VDC-AN)、PBSU/PVDF、PBSU/P(VDC-VC))が相溶系であることを発見したこと、結晶性高分子を含むブレンド系(特に両者とも結晶化するブレンド系)では、系の相溶性と結晶化の速度論的な要因とモルフォロジーはお互いに大きな影響を与え、結晶性高分子を含むブレンド系の結晶化挙動及びモルフォロジーを議論する際には、結晶化の速度論的な要因がいかに重要であるかを実験で明らかにしたことを述べている。そして結晶化速度や融点が異なる生分解性ポリエステルを用いたことが、今まで困難であった結晶性/結晶性高分子ブレンド系における結晶化の速度論的な研究を可能にしたと述べている。最後にこれらの生分解性高分子を含むブレンドの研究結果は環境にやさしい生分解性高分子の実用化にも貢献すると述べている。 以上の結果をまとめると、本論文は結晶性高分子を含むブレンド系の相溶性及び結晶化条件が系の結晶化挙動やモルフォロジーに及ぼす影響を調べることを念頭においた上で、その最も重要な要因でありながら今まで研究が進まなかった結晶化の速度論的な因子による系の結晶化挙動の解釈及びその高次構造形成過程を明らかにしたものであり、高分子物理学及び高分子工学に寄与するところが非常に大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |