学位論文要旨



No 113409
著者(漢字) 李,庭昌
著者(英字)
著者(カナ) イ,チョンチャン
標題(和) 結晶性高分子ブレンドの相溶性、結晶化及びモルフォロジーに関する研究
標題(洋) A Study on the Miscibility,Crystallization and Morphology of Crystalline Polymer Blends
報告番号 113409
報告番号 甲13409
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4127号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 教授 早川,禮之助
 東京大学 助教授 伊藤,耕三
 東京大学 助教授 田中,肇
 東京大学 講師 木村,康之
内容要旨 §1初めに

 結晶性高分子を含む相溶系ブレンドでは、非晶性高分子をブレンドすることによって、純粋な結晶成分に比べて球晶の成長速度の低下、球晶の内部構造の大きな変化、結晶成分の融点降下などが現われる。特に両者が結晶性の場合は、両者の融点が降下し、いわゆる共融現象が現われる可能性もある。また、成分高分子間の液/液相分離と結晶化の二つの相転移が当時に起こる場合にも複雑な高次構造が現われる。このように結晶性高分子ブレンドにおいて結晶成分の結晶化挙動やモルフォロジーが画期的に変わることは、ポリマーブレンドの目的である材料の機能化や高性能化に重要な意味を持つ。しかし、今までの高分子ブレンドの研究では非晶性/非晶性や結晶性/非晶性高分子ブレンドの場合が多く、結晶性高分子どうしの研究例はほとんどない。結晶性/結晶性高分子ブレンドの研究例が少ない理由としては、高分子の中で結晶化する高分子の割合は少なく、また、二つの成分が相溶するためには何らかの引力的な相互作用が必要だが、結晶性でありながら引力的な相互作用を持つブレンド系は稀にしかないことが挙げられる。しかし、最近、生分解性高分子に対する関心が高まってきているなか、微生物によって分解される脂肪族ポリエステルが合成できるようになった。生分解性高分子の中でも脂肪族ポリエステルは、高分子ブレンドの立場から見た場合に非常に興味深い高分子である。これらの脂肪族ポリエステルには、主鎖に極性のカルボニル基を持ち、他の高分子との間で相互作用をしやすいため、これらの生分解性高分子を含むブレンド系は相溶系になる可能性が高い。また、これらの脂肪族ポリエステルには非常に結晶化度が高いものが多く、一次核の生成頻度が低いため、非常に大きな球晶を形成する場合が多い。これらの生分解性高分子を含むブレンドは結晶性/結晶性高分子の研究だけではなく、ブレンドによる生分解性高分子の機能の改善策や実用化にも重要な意味を持つ。

 本研究の目的は、生分解性ポリエステルを用いて今まで未知の領域に残っていた結晶性/結晶性高分子ブレンド系の相溶性、結晶化及びそのモルフォロジーを調べることである。§2ではまず、非晶成分が結晶成分のモルフォロジーを大きく変える系に導電性粒子を充填した複合系で起こる、電気物性の飛躍的な変化の例を報告する。§3、§4では、両者が結晶性である生分解性ポリエステルとポリビニリデンハライド(poly(vinylidene halide))とのブレンド系の結果を報告する。両者が結晶化するこれらのブレンド系では、結晶性/非晶性高分子ブレンド系と同様に結晶化挙動の変化でモルフォロジーの変化や融点降下などが現われるが、結晶化とモルフォロジーは両者の結晶化の動的な要因に互いに大きく依存する。

§2ねじれて成長したラメラ構造をもつ高分子複合系の電気物性:(PCL/PVB)/CB系

 結晶性高分子に導電性粒子を充填した複合材料では、温度増加とともに試料の電気抵抗が増加し、特に融点付近で急に抵抗が大きく変化するPTC(Positive Temperature Coefficient)現象が現われる。このPTC現象の原因は、結晶が融解する過程で試料内部の導電性粒子の分散状態が変化するためであると言われているが、まだ明らかではない。本研究では、poly(-caprolactone)[PCL]/poly(vinylbutyral)[PVB]系の大きなモルフォロジーの変化に着目し、導電性粒子(CB,Carbon Black)を充填した試料のモルフォロジーの変化で生じる電気抵抗変化の測定結果から、PTC現象の機構について考察する。PTC現象の機構が理論ではなく、実験結果を用いて議論されるのはこの研究が初めてである。

 試料の顕微鏡観察及び球晶成長速度の結果から、PVBをブレンドすることでPCLの球晶成長速度は遅くなるが、CBはPCLの核生成や球晶成長速度には何の影響も与えないことが分かった。これは、PCLの球晶成長面でのPCLの濃度は、成長中一定になっていることを意味し、結局CBはPCLの成長過程で球晶の内部に残されていると考えられる。また、試料表面のAFM観察からも、球晶と球晶の間には一部のCB粒子は存在するが、CB粒子の殆どは球晶の内部に残っていることが確認された。図1にPCL/PVBブレンドのPTC強度(電気抵抗変化の対数比)のPVBブレンド比依存性を示す。全試料はCBの量は同じ(5vo%)である。結晶融解過程で、PCLのみの試料は室温での電気抵抗の約10倍増加するが、PVBを1%ブレンドした試料では約200倍、PVB5%の試料では室温の抵抗率に比べて5000倍も高くなる。PTC強度のPVB分子量依存性も、ブレンド比一定で、PVBの分子量が大きくなるとPTC強度も大きくなった。PVBをブレンドしてもPCLの融点や結晶化どは殆ど変わらないことから、この大きな電気抵抗の変化がPVBブレンドによるPCLの結晶化度などの結晶の変化から起因すろものではないことが確かめられた。一方、PCLにPVBをブレンドすると、ラメラのねじれによる消光リングを持つ大きな球晶が形成される。画像解析法を用いたPCL/PVBブレンド系の消光リングの幅とPVBとの関係についての報告によると、消光リングの幅、即ちPCLのラメラのねじれの周期はPVBをブレンドすると短くなる。また、同じPVB量では、PVBの分子量が大きいほどねじれの周期が短くなる。従って、本研究で現われたPVBのブレンドによる電気抵抗の変化は、PVBのブレンドによるPCLのラメラのねじれの周期の変化と関連していると考えられる。即ち、まっすぐ成長したラメラを持つ系(PCLのみの系)では、結晶融解過程で主にラメラ表面に垂直な方向にCB粒子の変位が起こるが、ねじれて成長したラメラを持つ系(PCL/PVBブレンド系)では、あらゆる方向にCB粒子の変位が起こると考えられる。また、PVBブレンド比が増加するとねじれの周期が短くなるため、単位長さ当たりのCB粒子の変位量が大きくなる。すると、Oheらの等価回路モデルの分散因子が大きくなって抵抗の増加量(PTC強度)が大きくなると考えられる。結論として、CBを充填した結晶性高分子で現われるPTC現象は、PCL/PVBブレンド系のPVBブレンドによるPCLのモルフォロジーの大きな変化を利用することで、結晶の融点に伴うCBの分散状態の変化がその原因であることを確認した(ねじれの周期が短いほど融解過程でのCBの分散状態の変化が大きいため、PTC強度も大きくなる)。

図1.PTC特性のPVBブレンド比依存性
§3PBSU/PVDFブレンド系の相溶性、結晶化挙動及びモルフォロジー

 本節ではpoly(butylene succinate)[PBSU]/poly(vinylidene fluoride)[PVDF]系の相溶性と結晶化の動的な因子が系の融点及びモルフォロジーにどのような影響を与えるかについて報告する。このPBSU/PVDF系では、(1)両者の融点が45℃しか離れていなく、(2)今までの両成分が結晶化するブレンド系とは逆に低融点成分であるPBSUの方がPVDFより結晶化度が高く球晶成長速度が速いため、PBSUはPVDFと競争して結晶化することができると予想される。特に、PBSUは他の脂肪族生分解性ポリエステルと同様に結晶化の過程で一次核の生成頻度が非常に低いため、大きな球晶を形成し、PVDFの結晶が存在しても球晶成長過程を顕微鏡で観察することができる。著者の知る限りでは、結晶性/結晶性高分子ブレンドで、低融点成分の結晶化過程の顕微鏡観察や結晶化過程が調べられたのはこの研究が初めてである。

 試料のcloud pointの観察結果から、PBSU/PVDFブレンド系は図2のようなLCST型の相図を示した。この相図から、このブレンド系はPVDFの融点以上の温度では(約200℃まで)熱力学的に相溶系であることが分かる。図2からは、平衡融点ではないが、両成分からも融点降下が現われた。しかし、両成分が結晶化できるブレンドでは、結晶化速度のような動的な要因が重要であるので、その影響を調べるためにPBSU/PVDFブレンドをmeltから様々な条件で冷却させ、その冷却過程で結晶化された試料の融点を測定した。その結果から、高融点成分であるPVDFの融点降下の量は試料の冷却速度に依存しないが、低融点成分であるPBSUは冷却速度が速いほど融点降下の量が大きくなることが分かった。この低融点成分の融点降下の冷却速度依存性は次のように説明することができる。即ち、meltからの冷却速度が速いほどPBSUが結晶化できる温度に達するまでに結晶化するPVDFの量が少なく、PBSUが結晶化する際に希薄剤として働くPVDFの量が多いためである。このことから、結晶性/結晶性高分子ブレンドでの結晶化挙動(特に低融点成分)は結晶化の動的な因子が非常に重要であることが確認された。

図2..PBSU/PVDFブレンド系の相図

 図3に2段階で結晶化させたPBSU/PVDF(40:60)試料のモルフォロジーを示す。(a)は試料を150℃で成長させたPVDFの球晶を示す。(b)はPVDFを全部に結晶化させた後、この試料を90℃に冷却した直後の写真である。この段階ではまだPBSUの結晶化が進んでいないため、PVDFの球晶しか観察されない。(c)は90℃で5分経過した後の写真である。PVDFの球晶と球晶の間にあったPBSUがこの5分間で結晶化し、明るくなっているのが見える。(d)は(c)と同じ場所を90℃で2時間経過した後の写真である。今度はPVDFの球晶の内部が(b),(c)に比べて明るくなった。これは、PVDFを先に150℃で結晶化させる際に、PBSU分子はPVDF球晶の成長面あるいはPVDF球晶内部のラメラ間に排除されるが、90℃に冷却されてからは、そのうちPVDF球晶の成長面排除されたPBSUの方がすぐ結晶化し、PVDF球晶内部にあったPBSUはそれより遅い速度で結晶化するためであると考えられる。このようにPBSUを2段階で結晶化させることで、PBSU単体では現われない複雑なモルフォロジーが現われた。このようなモルフォロジーをもつブレンドはPVDF単体より優れた力学的物性を示すことが予想される。PBSU/PVDF系ではブレンド比だけではなく、結晶化条件によっても低融点成分の結晶化、融解挙動及びそのモルフォロジーが非常に大きく変化することが示された。

図3.PBSU/PVDF(40:60)ブレンドを2段階で結晶化させた試料の偏光顕微鏡写真。(a)PVDF球晶(Tc=150℃),(b)90℃に冷却直後、(c)90℃で5分経過後(PVDFの球晶の間でPBSUが結晶化),(d)90℃で2時間経過後(PVDFの球晶内部でPBSUが結晶化)
§4PBSU/P(VDC-VC)ブレンド系の相溶性、結晶化挙動及びモルフォロジー

 §3では、両方が結晶化するブレンド系では、ただ融点の差だけではなく結晶化の速度論的な因子(crystallization kinetics)が重要であることが分かった。ここで我々は、もし低融点成分の結晶化速度が高融点成分より非常に早い場合には、今までの結晶性/結晶性高分子での報告とは逆に低融点成分によっても高融点成分の結晶化挙動が変わる可能性があることに着目した。本節で用いるPBSU/P(VDC-VC)系は、(1)二つの構成高分子はほぼ同じ温度範囲(Tc:70〜100℃)で結晶化すること、(2)低融点成分であるPBSUの方が高融点成分であるP(VDC-VC)より球晶成長速度が非常に速いこと(約100倍)、(3)核生成の頻度の違いから、P(VDC-VC)の球晶は数+mのものしか観察できないが、PBSUは数mmの球晶まで成長し、その成長過程の観察が用意であることで、結晶性/結晶性高分子ブレンド系における結晶化の速度論的な因子の影響を調べるには非常に有効な系である。本節では、生分解性ポリエステルであるPBSUとPoly(vinylidene chloride-co-vinyl chloride)[P(VDC-VC)]とのブレンド系の相溶性、結晶化挙動及びそのモルフォロジーについて報告する。

 キャスト試料のTgのPBSUブレンド比依存性の測定からは、すべてのブレンドで組成に依存する1つのTgが現われることから、この系はP(VDC-VC)の融点以上の温度で相溶であることが分かる。ブレンドの球晶成長の顕微鏡観察からは、結晶化の動的な要因(即ち、結晶化温度及びブレンド比)によって様々なモルフォルジーが現われた。特に、PBSUの球晶成長速度がある程度遅くなると、P(VDC-VC)もPBSUと競争しながら球晶成長することができるため、この過程で複雑な球晶のモルフォルジーが現われた。図4(a)に80℃で13分間結晶化させたブレンド(60:40)でのPBSU球晶写真を示す。この組成と温度では、PBSUの球晶成長速度がP(VDC-VC)より約50倍程度速いため、低融点成分のPBSUの方がすぐ結晶化してしまい、PBSUだけの球晶が現われた。図4(b)に95℃で90分間結晶化させたブレンド(60:40)の球晶を示す。PBSUの球晶の内部で暗くて小さい点のように見えるのがP(VDC-VC)の球晶である。この温度でもまだ、PBSUの方がP(VDC-VC)より球晶成長速度が約十倍程度速いため、PBSUがP(VDC-VC)の球晶を囲みながら成長する様子が見える。PBSUに囲まれたP(VDC-VC)球晶は、その成長が止まってしまうため、PBSU球晶の中心から近いほどP(VDC-VC)球晶が小さいことが分かる。図4(c)は(40:60)ブレンドを90℃で90分間結晶化させた試料の球晶写真である。この条件では、両者の球晶成長速度がほぼ同じであるため、両者とも同じ大きさの球晶が現われるが、P(VDC-VC)の核生成頻度の方が大きいため、ある程度結晶化が進むと、PBSUがP(VDC-VC)の結晶内部を通って成長するninterpenetrated spheruliteが現われた。これは、PBSU/P(VDC-VC)(40:60)ブレンドでは、P(VDC-VC)球晶のラメラ領域に排除されるPBSUの量が多く、また、その厚さが厚いため、PBSUがその内部で結晶化するためである。従って、PBSU/P(VDC-VC)系では、ブレンド比や結晶化温度によって結晶化速度が変わると、ブレンドのモルフォロジーも非常に大きく変わることが分かった。即ち、結晶性/結晶性高分子ブレンドのモルフォロジーは結晶化の動的な要因によって支配される。

図4.PBSU/P(VDC-VC)ブレンドの偏光顕微鏡写真(a)(60:40)ブレンド,Tc=80℃,(b)(60:40)ブレンド,Tc=95℃,(c)(40:60)ブレンド,Tc=90℃

 100℃/minで急冷しながら結晶化させた試料の融点測定からは、低融点成分(PBSU)からの融解のピークは現われるが、高融点成分の融解は現われなかった。この結果では、今までの結晶性/結晶性高分子での報告とは逆に低融点成分が高融点成分の結晶化挙動を支配した。これは、冷却速度が速くなると、結晶化速度が速いPBSUはすぐ結晶化するが、結晶化速度が遅いP(VDC-VC)はPBSUの結晶の中では殆ど結晶化できないためである。しかし、今まで報告されている結晶性/結晶性高分子ブレンドでは、いつも高融点成分が低融点成分の結晶化挙動を支配した。従って、結晶性/結晶性高分子ブレンドの結晶化及びそのモルフォロジーを議論する際には、両成分の結晶化の速度論的な要因がいかに重要であるかが明らかである。また、このように低融点成分が高融点成分の結晶化挙動を支配するという研究例は本研究が初めてである。

審査要旨

 本論文は、「A Study on the Miscibility,Crystallization and Morphology of Crystalline Polymer Blends」(和訳:結晶性高分子ブレンドの相溶性、結晶化及びモルフォロジーに関する研究)と題し、結晶性高分子を含むブレンド系の相溶性及び結晶化の動的な因子がブレンドの結晶化挙動やモルフォロジーに及ぼす影響をまとめたものである。結論としては、本研究が生分解性ポリエステルを用いることで、今まで未知の領域として残っていた結晶性/結晶性高分子ブレンド系の結晶化挙動や特異なモルフォロジー形成を支配する因子として結晶化の速度論的な因子の役割について新しい知現を与え、結晶性/結晶性高分子ブレンド系の研究、生分解性高分子の実用化に寄与するであろうと述べている。

 第1部(第1章-第4章)は序論であり、研究の背景、目的について述べている。特に、両成分高分子が融点以上の温度で相溶する結晶性/結晶性高分子ブレンド系では、相溶性を示す系がほとんど見い出されていなかったため研究が進まなかった問題点と、最近登場した生分解性高分子を用いることでどのようにこの間題が解決できるかについて述べている。

 第2部(第5章-第7章)は「導電性粒子充填ポリ(-カプロラクトン)(PCL)/ポリビニルブチラール(PVB)ブレンド系」と題し、導電性粒子を充填したPCL/PVBブレンド系のモルフォロジーの変化で生じる試料の電気抵抗の変化について述べている。このブレンド系では、PCLにPVBを微少量ブレンドしただけで縞状構造を持つ巨大な球晶が形成されるなど大きなモルフォロジーの変化があらわれ、このモルフォロジーによって試料の電気抵抗も大きく変化すると予想された。試料の温度上昇による電気抵抗の増加量(PTC強度)はPCLだけの試料ではPTC強度が7に対し、PVBを5%ブレンドした試料ではPTC強度が5300になって、PVBのブレンド比及び分子量の増加とともに飛躍的に大きくなり、この電気抵抗の変化はPVBブレンドによるPCLのラメラのねじれの周期の変化と関連していることを示している。またこれらの結果をもとに、結晶性高分子複合材料で現われるPTC現象は、結晶の融解に伴う導電性粒子の分散状態の変化がその原因であることを確認したことが報告されている。

 第3部(第8章-第10章)は「生分解性ポリエステル/ポリビニリデンハライドブレンド系」と題し、生分解性ポリエステルを含む結晶性高分子ブレンド系の相溶性、結晶化及びそのモルフォロジーについて述べている。第8章のポリ(3-ヒドロキシブチレート)(PHB)/ポリ(塩化ビニリデン・アクリロニトリル)共重合体(P(VDC-AN))系では、組成に依存する1つのガラス転移温度が現われ、ブレンドの平衡融点が30℃も降下し、さらに求められた相互作用パラメーターが-0.267であることから、PHB/P(VDC-AN)系は完全相溶系であり、PHBのカルボニル基を含む非常に強い相互作用が存在していることを述べている。さらにポリブチレンサクシネート(PBSU)/P(VDC-AN)系も同様な相溶性を示し、第9、10章で用いられたPBSUを含む他のブレンド系も相溶性を示す可能性が高いと述べている。第9章のPBSU/ポリフッ化ビニリデン(PVDF)系では、生分解性ポリエステルとしてPHBの代わりにPBSUを用いた両成分が結晶化する系について述べている。このブレンドでは、下限臨界共溶温度(LCST)型の相図を示し、高融点成分であるPVDFの球晶成長速度や融解挙動は結晶化条件に依存しないが、低融点成分であるPBSUは結晶化の動的な要因に大きく依存することを明らかにしている。球晶のモルフォロジーの観察からも、両者が結晶化するブレンドでは、ブレンド比だけではなく、結晶化条件によっても低融点成分の結晶化、融解挙動及びそのモルフォロジーが非常に大きく変化することを初めて証明している。特に低融点成分の結晶成長及びそのモルフォロジーが観察されたのはこの研究が初めてである。第10章も両者が結晶性であるPBSU/ポリ(塩化ビニリデン・塩化ビニル)共重合体(P(VDC-VC))系について述べているが、この系では両者はほぼ同じ温度範囲で結晶化するが、低融点成分であるPBSUの方が球晶成長速度が非常に速い。球晶成長の顕微鏡観察から、ブレンドのモルフォロジーは完全に低融点成分であるPBSUの結晶化速度によって支配されること、特に両者の球晶成長速度がほぼ同じになる結晶化条件(PBSU/P(VDC-VC)(40:60)ブレンド、Tc=90℃)では、PBSUの結晶がP(VDC-VC)の球晶に入り込んで成長した"interpenetrated spherulite"が現われることを報告している。結晶化速度による試料の融解挙動の測定では、結晶化させる際の冷却速度が速くなると、結晶化速度が遅いP(VDC-VC)は結晶化できないため、今までの結晶性/結晶性高分子ブレンド系では現われなかった低融点成分が高融点成分の結晶化挙動を支配する非常に珍しい現象を見い出している。

 第4部はまとめで、結晶性高分子を含む複合系のモルフォロジーの大きな変化を利用してPTC現象の原因を実験で初めて確かめたこと、生分解性高分子を含む4種類のブレンド系(PHB/P(VDC-AN)、PBSU/P(VDC-AN)、PBSU/PVDF、PBSU/P(VDC-VC))が相溶系であることを発見したこと、結晶性高分子を含むブレンド系(特に両者とも結晶化するブレンド系)では、系の相溶性と結晶化の速度論的な要因とモルフォロジーはお互いに大きな影響を与え、結晶性高分子を含むブレンド系の結晶化挙動及びモルフォロジーを議論する際には、結晶化の速度論的な要因がいかに重要であるかを実験で明らかにしたことを述べている。そして結晶化速度や融点が異なる生分解性ポリエステルを用いたことが、今まで困難であった結晶性/結晶性高分子ブレンド系における結晶化の速度論的な研究を可能にしたと述べている。最後にこれらの生分解性高分子を含むブレンドの研究結果は環境にやさしい生分解性高分子の実用化にも貢献すると述べている。

 以上の結果をまとめると、本論文は結晶性高分子を含むブレンド系の相溶性及び結晶化条件が系の結晶化挙動やモルフォロジーに及ぼす影響を調べることを念頭においた上で、その最も重要な要因でありながら今まで研究が進まなかった結晶化の速度論的な因子による系の結晶化挙動の解釈及びその高次構造形成過程を明らかにしたものであり、高分子物理学及び高分子工学に寄与するところが非常に大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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