近年の高出力超短パルスレーザーの目覚ましい発展により、テーブルトップ規模でテラワット以上の高出力パルスの発生が可能となった。この一連の技術革新において最も重要な役割を果たしたものが、チタンサファイア結晶を代表とする新しい広帯域レーザー媒質と、チャープパルス増幅法である。チタンサファイアは約300nmにわたる非常に広帯域な利得スペクトルをもち、他のレーザー媒質ではなしえない超短パルスの発生と増幅を可能とした。また、チャープパルス増幅によって、超短パルスの非線形伝搬に伴う媒質の損傷が回避出来、飽和フルーエンスの高い固体レーザー媒質における高効率増幅が可能となった。 この二つの技術により、チタンサファイアレーザーから10Hz以上の繰り返しで、時間幅100fs,ピーク出力1TW前後の高出力パルスが比較的容易に得られるようになっている。その結果、希ガス原子のイオン化、高次高調波発生といった高強度光電場下の物理現象の研究が急速に発展した。 高強度光電場下での多くの新しい現象の探究には、レーザーの超短パルス化と高ピーク出力化が重要である。現在、チタンサファイア発振器から得られているパルス幅の最短記録は6.5fsである。しかしその一方で、50fs以下の高出力超短パルスをテラワットレベルまで増幅することは非常に困難である。なぜなら、広いスペクトル領域での位相補償が必要であり、高い増幅率に伴うスペクトルの狭帯化が不可避だからである。 高出力超短パルスの応用において、パルスの瞬間的な電場強度だけでなく、時間的な履歴が重要となる実験も数多い。その一つが、固体ターゲットからの高密度プラズマ発生である。高密度プラズマ生成のためには、プラズマ膨脹の時間スケールよりも短い励起レーザーパルス(<〜1ps)を用い、数nsにわたってパルス前端部の強度をプラズマ生成の閾値以下(<1010W/cm2)に抑制することが必要である。例えば、照射強度1018W/cm2で高密度プラズマを生成する場合、パルスのバックグランドに対する尖頭部の強度コントラスト比として108以上という極めて高い値が必要である。高出力チャープパルス増幅レーザーにおいては、高出力化、超短パルス化と同時に、いかにして高いコントラストをもつクリーンパルスを発生させるかが、重要な課題となっている。 本論文ではまず、チャープパルス増幅による高出力超短パルスチタンサファイアレーザーの開発について述べる。次に、テラワット級チタンサファイアレーザーにおけるパルスクリーニングと高密度プラズマ生成への応用について述べる。最後に全体の研究成果についてまとめる。 高出力超短パルスチタンサファイアレーザーの開発 製作したレーザーシステムは大別して、発振器、パルスストレッチャー、増幅器列、パルスコンプレッサーから構成される。発振器はカーレンズモード同期チタンサファイアレーザーであり、その出力は、パルスエネルギー2.4nJ、スペクトルの半値全幅は約50nmである。超短パルス化と高出力化のためには、十分なパルス伸長による高効率増幅とパルス圧縮の両立、及びスペクトルの狭帯化の回避が必須である。そのために以下に述べるような手法を用いた。 まずパルスストレッチャーでは、光学系の収差を低減するために、球面鏡からなる低収差オフナー光学系を用いた。それにより発振器からの超短パルスは約330psまで伸長され、効率的な増幅が可能となった。前置増幅器としては、再生増幅器を使用した。再生増幅器中でパルスは共振器中を多数回往復するため、高い増幅率と良好なビーム形状を得ることが出来る。しかし、再生増幅器に用いられる通常のポッケルスセルの場合、増幅中に四分の一波長電圧が印可され続けるため、顕著なスペクトルの狭帯化が生じる。この影響を最小限にするため、パルスの取り込みと取り出し時においてのみ四分の一波長電圧を印可される構成のポッケルスセルを使用した。また、高利得に伴うスペクトルの狭帯化を避けるために、著者らが考案した単層膜エタロンを再生増幅器中に挿入してスペクトル制御を行った。チタンサファイア再生増幅器においてスペクトルの狭帯化をエタロンで補償する場合、20fs付近のパルスに対する適当な厚みは数mとなる。そのようなエアギャップ型エタロンを製作することは、実際上非常に困難であり、ピエゾ素子等による厚みの制御が必要となる。それに対して、数m厚の蒸着膜の場合、正確な厚さの単層膜が容易に製作可能であり、また、基板と膜の材質を変えることによりスペクトル変調の深さを20%程度まで変えられるという利点がある。 これらの改善により、再生増幅器の自己発振スペクトルは半値全幅12nmから32nmへ約3倍広げられ、パルス増幅後のスペクトルとしては半値全幅で55nmが得られた。再生増幅後、パルスは二段のマルチパス増幅器により880mJまで効率的に増幅された。マルチパス増幅器中の飽和増幅によるスペクトルシフトを補償するため、ストレッチャー中に円形マスクを挿入し、補助的にスペクトル形のバランスを調整した。平行配置の回折格子対からなるコンプレッサーでは、回折格子間距離と入射角の二つの自由度を用いて、三次までの位相補償を行った。また、空気中での非線形伝搬を避けるため、パルス圧縮は真空中で行われた。その結果、ほぼフーリエ限界の超短パルスを得ることが出来、次のような出力を得た。 図表チタンサファイアチャープパルス増幅レーザーにおけるパルスクリーニング チャープパルス増幅レーザーにおいてパルスのコントラスト比を低下させる要因として、位相歪みによるペデスタルとAmplified Spontaneous Emission(ASE)によるバックグラウンドが考えられる。50fs以下の超短パルスレーザーでは広帯域の位相補償が難しいことから、位相歪みによるペデスタルとASEのどちらがプラズマ実験において問題となっているのか自明ではなかった。そこで著者らは、ダイナミックレンジ約108,光学遅延2nsをもつ三次自己相関計を製作し、テラワット級チタンサファイアレーザーの広ダイナミックレンジ波形測定を行った。その結果、ナノ秒の時間スケールにおいて発振器のコントラスト比は107以上であるのに対して、増幅後のパルスにはコントラスト比105の平坦なバックグラウンドが存在することが確認された(図1,×印)。このバックグランドの時間スケールは、伸長されたパルス幅と較べて十分長いことから、位相歪みによるペデスタルではなく、増幅器からのASEであると結論された。 ASEの主な起源は、再生増幅器における106を超える高い増幅率と考えられる。そこでASE抑制のため、J程度のクリーンなパルスを発生させて、それを再生増幅器に注入するという実験を行った。通常のチャープパルス増幅レーザーにおける種パルスのエネルギーはnJ程度であるのに対し、数Jの種パルスを用いることにより、増幅器列での全増幅率は約三桁低減され、ASEが抑制される。 実験では、発振器からの種パルス(時間幅50fs,エネルギー3nJ)を伸長せず、はじめに共焦点マルチパス型の前置増幅器で約3Jまで増幅した。次いで、パルスを可飽和吸収フィルターに通し前置増幅器からのASEを除去したところ、コントラスト比109の非常にクリーンなJパルスを得た。このパルスを、再生増幅器を含むチャープパルス増幅システムへ送り、パルス伸長、増幅、圧縮を行った。その結果、数nsの時間スケールにおけるコントラスト比は107となり、約100倍のASE抑制が達成された(図1,丸印)。 図1:高ダイナミックレンジ三次自己相関波形。 得られたクリーンパルスを用いて、照射強度1017W/cm2で炭素ターゲットからの高密度プラズマ生成実験を行った。高密度プラズマに特徴的な現象として、イオン化ポテンシャルの低下(Continuum Lowering)がある。これは、プラズマ中でのイオンの高励起状態の準位が近接するイオンや自由電子からの外場よって乱され、束縛状態ではなくなる現象である。高ダイナミックレンジ時間分解X線分光を行った結果、プラズマ生成初期においてイオン化ポテンシャルが最大10%低下していることが見出された。 結語 チャープパルス増幅による高出力チタンサファイアレーザーを製作し、繰り返し10Hzでピーク出力22TW,時間幅22fsのパルスを得た。このような高出力超短パルスを得るために、低収差ストレッチャーによる十分なパルス伸長とそれによる高効率増幅、再生増幅器中での単層膜エタロンによるスペクトル制御、コンプレッサーでの入射角のずらしによる三次までの位相補償等を行った。特に単層蒸着膜からなるエタロンでのスペクトル制御は、著者らによって初めて行われたものである。 得られたピーク出力は、1995年に達成された米国UCSD(University of California,San Diego)グループの出力(4.4TW,18fs)を上回り、仏Ecole Polytechniqueの出力(25TW,32fs)に次ぐ世界最大級のものである。仏グループと較べた場合、著者らのシステムは再生増幅器とスペクトル制御を行っている点が異なり、出力としてはより短いパルス幅と良好なビームパターンを得ることが出来た。また、100TW級へのスケーリングが可能である点で優れているといえよう。 また、チャープパルス増幅による高出力チタンサファイアレーザーにおいて高ダイナミックレンジ三次自己相関測定を行った。その結果、コントラスト比105のASEが数nsの長い時間スケールで存在することを明らかにした。このようなASEの存在は、固体ターゲットを用いた実験や、増幅器からのエネルギー抽出といった観点から、非常に重大な問題である。そこで、チャープパルス増幅の種光としてASEのほとんどないJパルスを用いて、パルスクリーニングを行った。その結果、コントラスト比は107に改善され、約100倍のASE抑制が達成された。 このクリーンパルスを用い、照射強度1017W/cm2で固体ターゲットからのプラズマ生成実験を行ったところ、高密度プラズマ中でのイオン化ポテンシャル低下が確認され、パルスクリーニングの有効性が実証された。 |