学位論文要旨



No 113411
著者(漢字) 田中,玲子
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,レイコ
標題(和) 線形均質システムの自律可制御性に基づく耐故障性解析
標題(洋) Fault-Tolerance Based on Autonomous Controll ability for Linear Homogeneous Systems
報告番号 113411
報告番号 甲13411
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4129号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 武田,常廣
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 自然物、人工物に関わらず同じ性質をもつ要素が互いに結合してシステムを構成しているものがある。結晶や建築構造物のトラス構造などが代表例である。一般に、均質な要素がある規則性に従って結合してできたシステムは、全体として対称性をもつ。その解析には群論が有効なことが知られており、例えば結晶学として体系化されている。工学システムにおいても均質な要素の結合により大規模なシステムを構成する例が多く実現されている。このようなシステムは、設計や解析の簡便性、均質要素の大量生産可能性、さらに、要素数や要素間結合の規則性の変化による多用なシステムの構成可能性といった利点をもつ。

 本論文では、要素の均質性と要素間結合の規則性によって生じるシステムの対称性を有限群論に基づいて扱い、対称な制御システムの耐故障性を可制御性の観点から解析した。可制御性が満たされなければ、システムを自由に制御できないため、可制御性は制御のしやすさに関係する重要な性質である。この解析により、大規模システムでの要素間結合の規則性と耐故障性との関係を数理的に明らかにした。

 システムを構成する各要素は各々コントローラをもち、他のいくつかの要素と結合しているものとする。m個の均質な要素{S1,…,Sm}からなるシステム全体の状態方程式は

 

 で与えられる。ただし、i,iはそれぞれ要素Siの状態と入力を表す。要素の均質性は非零の定行列P.Q,Kにより表され、結合の規則性はA行列の非対角成分の零/非零パターンに現れている。各要素の状態iは、自分自身のコントローラからの入力iと、結合している他要素Siの状態jによって変化する。ここで、要素Siの故障を自分自身のコントローラからの入力iが零になるものと考える。すると、故障した要素は結合を通じて他要素から制御されなければならない。このように、いくつかの要素が故障してもシステム全体の可制御性が保たれるとき、「システムは自律可制御である」と定義する。しかし、要素間の結合の規則性によっては、いくつかの要素故障によりシステム全体が非可制御になることがある。そこで、どの程度の故障によってシステム全体が非可制御になるのか、その故障要素数と故障要素の配置パターンによって耐故障性を評価できる。本論文では、要素間結合の規則性と要素個数によって決まるシステムの対称性に着目し、自律可制御性の失われる故障要素の配置パターンを求めた(図1)。

図1本論文での解析の概略。均質な要素がある規則性に従って結合してできたシステムは、全体として対称性をもつ。この対称性に基づき、システムの可制御性が失われる故障パターンを解析する。

 一般にシステムの対称性は、回転・鏡映・並進の三種類の組み合わせで表すことができる。そこで、回転と鏡映について対称なリング型(図2(a))、並進と鏡映について対称な鎖型(図2(b))、さらに、階層システムを扱うのに必要な車輪型(図2(c))の三種類の基本的な規則性をもつシステムと、これら三種類の型の組み合わせによって得られる広範な階層システムの耐故障性を解析した。

図2本論文で扱うシステムの基本的な型(m=8)。

 その結果、要素個数をmとすると、リング型,鎖型,車輪型では、それぞれm,m+1,m-1の約数番目以外の要素が全て故障した場合に非可制御になることを明らかにした(図3)。図3の例のように、システムを非可制御にする故障パターンでは、正常な要素と故障要素とが規則的に配列している。この結果より、リング型,鎖型,車輪型では、それぞれm,m+1,m-1が素数の場合に耐故障性が高いことがわかる。これらの場合には、二つ以上の要素が正常ならばシステムは自律可制御になるためである。

図3故障により非可制御になる均質システムの例。黒丸は正常な要素を表し、白丸は故障要素を表す。

 階層システムについても同様の解析により、各層の結合の規則性について得られる故障要素の配置パターンの組み合わせによって、自律可制御性が失われることを明らかにした(図4)。したがって、各層について耐故障性の高い構造(結合の型と要素個数)ならば、階層システム全体として耐故障性が高いことがわかる。同様に、階層が増えた複雑なシステムに対しても解析ができる。

図4故障により非可制御になる階層システムの例。黒丸は正常な要素を表し、白丸は故障要素を表す。三層以上の組み合わせについても同様に、非可制御になる故障パターンが各層についての故障パターンの組み合わせにより求められる。

 このように、システム全体を非可制御にする故障要素の配置パターンをシステムの対称性に基づいて求め、要素間結合の規則性と耐故障性との関係を明らかにした。これらの結果を群論的対称性に着目して一般化すると、自律可制御性喪失時の対称性のレベルダウンが明らかになる。つまり、故障により非可制御になるシステムは元のシステムのもつ対称性の一部を保持し、その部分群について対称である。したがって、部分群の数の少ない群について対称なシステムほど耐故障性が高いことがわかる。また、環境の変化によってシステムの性質が変化する場合に「対称性のレベル変化」が見られることは、結晶の相転移やトラス構造の座屈パターンなどで知られている。本研究の解析では、この「対称性のレベル変化」が制御システムの性質の変化時にも見られることを示している。

 以上より、本研究は、システムの可制御性とコントローラ故障の関係を制御論と群論を用いて解析したものであり、耐故障性の高い均質システムの構造を明らかにした。また、対称なシステムの性質の変化を、制御論の観点から数理的に解析し、対称性の変化が見られることを明らかにした。

審査要旨

 制御の世界にもネットワークが導入され,制御機器を相互結合して効率,信頼性などの制御性能の向上を目指すという分散制御の流れが顕著になってきている.しかしながら,多数の機器を結合していくと制御系全体は複雑となり,何らかの数理的な解析が不可欠となる.この解析法の一つは,性質の同じ機器が互いに結合されて制御系を構成するという均質性を柱とする手法である.この手法では,対称性が解析の鍵であり,対称性の解析には群論が有効である.

 「Fault-Tolerance Based on Autonomous Controllability for Linear Homogeneous Systems(線形均質システムの自律可制御性に基づく耐故障解析)」と題する本論文は,分散制御系の可制御性を群論の観点から解析したものである.可制御でなければ,どのような制御も無意味である.このため,可制御性の解析は制御のしやすさの解析と深い関係があり,最適なアクチュエータ配置や最適な制御ネットワーク構成などの問題解決への足がかりとなるものである.ここでは,分散制御系の耐故障性を現代制御理論と群論を用いて解析している.単純な分散制御系から階層制御系までの結合構造と耐故障性との関連が解析されており,全部で7章からなっている.

 第1章は「Introduction」であり,本研究の目的,手法などが,結合された三槽のタンクを例に概念的に述べられている.また,均質システムおよび結合の数学的定義を行ない,ここで扱う故障を具体的に定義している.この故障はアクチュエータ故障の一種であるが,制御用ネットワークの故障も含むものである.さらに,各機器の均質性と結合の規則性が分散システムの対称性を生み,故障により対称性が変化することで非可制御になるという本論文の中心となる概念が紹介されている.

 第2章は「Loss of Controllability」である.ここでは,可制御性の簡単な解説から始め,本論文の主題である自律可制御性の定義を行っている.これは,アクチュエータ故障時も可制御性が保たれるという性質であり,この可制御性を保てる故障数が耐故障性の尺度となることを主張している.合わせて,可制御性を逸する故障パターンをカットとして定義し,これが自律可制御性と表裏の関係にあることを明らかにしている.

 第3章は「Homogenous Structured Systems」である.ここでは、結合の規則性と結合された機器の個数のみによって決まる均質システムの集合として均質構造システムを定義し,本論文で扱う対称な均質構造システムの定義を導出している.同時に,群論に基づく基礎的な対称性から鎖型,輪型,車輪型という三種の基本となる均質構造システムの結合を紹介している.

 第4章は「Analysis of Cuts」である.ここでは本論文の解析の前提となる構造可制御性の諸性質の解説から始まり,対称性と非可制御性の関係を数理的に明らかにしている.この関係から,前章で定義した三種の均質構造システムのカットを明らかにしている.これは,結合の規則性と結合された機器の個数から耐故障性が決まるという本論文の主張の根幹をなす部分である.

 第5章は「Group Theoretic Symmmetry」である.ここでは,故障による対称性の遷移を扱う.故障によりシステムの対称性が変化し,その変化が非可制御性に結びつくという関係を群論から明らかにし,前章の耐故障性解析の結果を一般化している.

 第6章は「Application to Hierarchical Structured Systems」である.第4章で導出した三種のタイプの組合せに対応する階層システムの耐故障性解析が各タイプに対する解析の組合せとして可能なことを示している.この解析を何段も繰り返すことで非常に複雑な結合をしている対称システムの解析も可能である.

 第7章は「Conclusion」である.ここまでの研究を総括するとともに,将来の研究課題をまとめている.課題の一つは,さらに複雑な分散システムの解析であり,それには部分的な対称性への着目が有望なことが指摘されている.また,ここで行った解析を出発点にして分散システムの設計を行える可能性も検討している.具体的には,分散システムの結合構造の設計や各機器における分散制御装置の設計である.

 以上,本論文は,従来,系統的な解析がほとんどなされていなかった分散システムの可制御性とアクチュエータ故障の関係を制御論と群論を用いて解析したものであり,耐故障性が高い機器の結合構造も明らかにしている.同時に耐故障性が高い機器の結合構造なども提案しており,制御工学の研究に貢献するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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