人工現実感とは、操作者が時間的・空間的に遠隔の地、あるいは計算機の内部で構築されたまったく別の世界(仮想空間)に、あたかも自分が実際に存在しているかのように、感覚提示を行なうヒューマンインタフェースを構築する技術である。 このような人工現実感システムの中でも、実際にものを触ったときの感覚、すなわち触覚を提示することは、システムの臨場感を高める点で有意義であり、例えば 1.CADシステムと組合わせることにより、実際にものを製造しなくても、計算機内で構築した物体モデルを触ったり操作したときの感覚が得られるようになるので、製作工程が大幅に短縮可能となる。 2.遠隔操作システムの中でも、とくに外界との接触が生じる作業において、より大きな臨場感が得られるので作業効率が向上する。 といった応用が期待できる。 本論文では、このような触覚を提示するシステムの中でも、操作者の上肢の関節角度の変化等より得られる感覚(自己受容知覚)によって主に認識される、物体の形状の提示を取扱う。 物体の形状提示を目的とした場合、任意の形状を提示するためには、形状を規定するパラメータである曲率を任意に提示可能である必要があるが、従来の研究では、曲率に関する議論はほとんどなされていなかった。 そこで本論文では,物体の形状を曲率という観点から議論を行ない、これにもとづく物体形状の提示法を提案する。 まずはじめに、第1章として、従来の同種の研究を曲率の観点から概観し、これらの研究の問題点について述べる。 従来の研究は、提示方式によって大別すると、装着型と遭遇型の二種類に分けられる。前者は、操作者はアクチュエータの取付けられたリンク機構を装着し、アクチュエータの駆動トルクを制御することで、操作者と仮想空間内の物体(仮想物体)との接触時の力を提示して形状提示を行なう方式であり(図1)、後者は、操作者の運動を計測し、それに応じて予め用意した実物体が、操作者と仮想物体との接触している部分の形状を近似するように、その位置・姿勢を制御して形状提示を行なう方式である(図2)。 図1.装着型の概念図図2.遭遇型の概念図 遭遇型は装着型と比較して、 ・操作者の運動計測部と操作者に対する形状提示部が分離しているので、操作者が仮想物体と接触していないときには、その運動を拘束しない。 ・予め実物体を待機させて形状提示を行なうので、剛な物体の形状提示に有利である。 ・稜や頂点など、曲率が大きく、装着型では提示が困難な形状に対しても、実物体にこれらの形状を付加することで容易に提示可能となる。 という特長が期待できるが、装着型に比べて研究の歴史が浅いために、装着型の研究において従来からなされてきた、一般的な曲率を有する形状をいかにして取扱い提示するか、という点に関する検討はなされていないのが現状である。 そこで本論文では、上記の特長を有する遭遇型形状提示システムにおいて、一般的な曲率を有する形状の提示法を提案することを目的とし、第2章以降でそれらを論じる。 第2章では、曲率が極めて大きい形状と考えられる縁や角などは、それぞれ「稜・頂点」として扱わねばならず、したがって遭遇型形状提示システムでは、形状提示に用いる実物体として、稜や頂点を有する物体を用いる必要があることを示す。 そしてこれに基づいて、「比較的曲率の小さい曲面から曲率の大きい縁まで、任意の曲率を有する仮想物体を提示する場合、システムをどのように設計すべきか」という問題について考察を加える。 この問題は、操作者が仮想物体と指先一点で接触する、という仮定を加えれば、形状提示に用いる実物体の形状および運動の自由度数に関する問題に置き換えられ、その結果、 1.実物体の形状は提示に用いる各面が凹凸の稜を有する形状である。 2.実物体に必要な運動の自由度数は、並進3自由度、回転3自由度の合計6自由度である。 の2条件が、上記の問題を解決するための必要充分な条件である、という結論が得られる。 次に第3章では、第2章で示したシステムの設計方針、とくに曲率の極めて大きい形状である縁を「稜」として扱うことにもとづいて、 1. 形状モデル:計算機内で提示すべき仮想物体の形状をいかにして管理・構成するか。 2. 提示アルゴリズム:形状モデルをもとに、どのようにして形状を提示するか。 について考察する。とくに形状を提示する人工現実感システムとして実装を考えた場合、形状モデルは、任意の曲率を有する形状を取扱える必要がある一方で、提示アルゴリズムが充分高速に計算可能であるような必要がある。すなわち一般性と実時間性の2つが要求される。 そこで本章では、この2つの要求を考慮した形状モデルと提示アルゴリズムを提案し実機に実装した結果を示す。 提案する形状モデルは、仮想物体の形状をパラメトリック曲面と呼ばれる2つの媒介変数で表される関数で記述し、更に稜の有無などの情報が付加した構造になっているので、複雑な形状を取扱い可能である一方で、提示アルゴリズムにおいて形状提示の際に必要な情報が直ちに抽出でき充分高速に計算可能である。 ただし、ここで提案する形状モデルと提示アルゴリズムは、実機への実装を重視した結果、 1.提示すべき仮想物体の曲面の曲率は比較的小さく、とくに曲率の大きい凹曲面は考えない。 2.操作者の指先は提示すべき仮想物体に対して充分近くにある。 を陰に仮定しているので提示可能な形状に制限がある。これらの問題に対する解答は第4章で示す。 第4章では、第3章で陰に仮定していた2つの問題を解決するために、稜の提示および実時間性はひとまず措いて、曲率の比較的大きい曲面に対する形状の提示法について考察する。 すなわち、第3章で提案する提示アルゴリズムでは、提示すべき形状の曲面の曲率が比較的大きく、操作者の指先が提示すべき仮想物体からある程度離れた場合、対応できない状況が生じるが、形状提示に用いる実物体の位置・姿勢が時間的に連続となるような条件を加えることによって、上記の問題が解決されることを示す。 ここでは、 1.操作者の指先と提示すべき仮想物体との遠近を曲面の最大主曲率を用いて判定する。 2.この遠近に応じて、実物体の位置・姿勢が時間的に連続となるように補間するの2つが本質的な役割を演じる。 そしてこの妥当性を数値計算によって検証した結果を示す。 第5章は本論文のまとめである。 |