学位論文要旨



No 113413
著者(漢字) コンプラウェノン,ワーリー
著者(英字)
著者(カナ) コンプラウェノン,ワーリー
標題(和) 離散時間H制御問題への連鎖散乱行列によるアプローチ
標題(洋) Chain-Scattering Approach to Discrete-Time H Control Problems
報告番号 113413
報告番号 甲13413
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4131号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 武田,常廣
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 助教授 合原,一幸
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 本論文では,離散時間系のH制御理論を取り扱う.図1のブロック線図はH制御の最も一般的な定式化の基礎となるものである.Pはプラントの伝達関数で,次式で与えられる.

 

 ただし,

 z ∈Rm:誤差(制御量)

 y ∈Rq:観測出力

 w ∈Rr:外部入力(外乱,基準入力など)

 u ∈Rp:制御入力(操作量)

 Kはコントローラの伝達関数で,次式で与えられる.

 

 上の二つの式より,閉ループ伝達関数は次式のように表される.

 

 

 H制御の目的は,外部入力が制御量に及ぼす影響を表すを何らかの意味で「小さく」するようにコントローラKを選ぶことである.このことを考慮に入れてH制御問題は次のように定式化される.

図1:フィードバック系H制御問題

 連続時間系においては,H制御理論の統一的な枠組が,連鎖散乱表現と(J,J’)-無損失因数分解という二つの基本的な手法に基づき確立されている.このアプローチは「無損失」「受動性」などのシステムの物理的な属性にかかわる概念を理論展開の中心に据えており,制御系の設計を物理的な感覚と結びつけながら行うことを可能にしている.(J,J’)-無損失因数分解は,線形システム理論における幾つかの重要な因数分解(たとえば,安定なシステムの全域通過システムと最小位相システムへの分解,正関数のスペクトル分解などである.)を特殊な場合として含む,より一般的な概念である.さらに,(J,J’)-無損失因数分解は,LQG理論におけるWiener-Hopf因数分解のように,H制御問題において非常に重要な役割を果たしている.一方,連鎖散乱表現は,回路網理論や信号処理理論など工学の様々な分野で用いられている.

 本論文では,この連続時間において用いられた手法を離散時間系に拡張し,特に離散時間J-無損失共役化子と呼ばれる概念を導入し,離散時間(J,J’)-無損失因数分解を求める.J-無損失共役化子は,与えられた伝達関数の極の一部を単位円内に移動させる役割を果たす.これらの離散時間系への拡張は自明ではなく,本論文では連続時間系と離散時間系の本質的な相違を明らかにする.結果として,離散時間におけるJ-無損失共役化子と(J,J’)-無損失因数分解は,離散時間リッカチ方程式が持つ複雑さに起因して,連続時間の場合より非常に複雑になる.

 一方,H制御問題を解くためのもう一つの重要な概念である,プラントの連鎖散乱行列表現も導入する(図2).連鎖散乱行列表現の最大の特徴は,二つのシステムのフィードバック結合がそれぞれの連鎖散乱行列表現の積によって,容易に表現できることである.しかし,H制御問題の4ブロックの場合にはプラントの連鎖散乱行列表現が存在しない.そこで,連続時間系において木村が用いた同様の手法により,プラントの連鎖散乱行列表現が存在するようにプラントの入出力を拡張する.

図2:連鎖散乱行列表現

 離散時間H制御問題は,連続時間の場合と同様に,プラントの連鎖散乱表現と(J,J’)-無損失因数分解に基づいて解くことができる.離散時間H制御問題を解くための手順は連続時間系の場合に類似しているが,リッカチ方程式が連続時間系のそれより複雑であるために,連続時間系の場合よりもはるかに困難となる.離散時間H制御問題を解くための必要十分条件は,二つのリッカチ方程式の解の存在性で与えられる.しかし,連続時間の場合と著しく異なる点は,リッカチ方程式の表現が複雑であること,(J,J’)-無損失因数分解で必要となる直達項の因数分解がリッカチ方程式の解にに依存すること,の二つの点である.

 離散時間H制御問題の一部は既に他の手法により解かれているが,本論文の結果は,最も一般的かつ体系的であり,解の導出過程は全て予備知識や高度な数学的な結果を必要としない完全に独立な新しいものである.さらに,双一次変換を含む連続時間システムへのアナロジに基づいた既存の手法では見出すことのできない離散時間H制御の本質的な固有の性質を,本論文の手法を用いることにより明らかにすることができる.また,本論文で与えられている離散時間H制御コントローラは,状態空間表現によって与えられ,実際にコントローラを構成するための簡単な手順が得られている.

審査要旨

 本論文は「Chain-Scattering Approach to Discrete-Time H Control Problems」と題し、離散時間動的システムに対するH制御問題を連鎖散乱行列の理論を用いて解決した結果をまとめたものである。数学的な背景からはじまって制御系の具体的な構造まで、英文9章から構成されている。

 第1章は「序章」であり、本研究の背景と目的について述べている。

 第2章は本研究で用いた数学的な結果をまとめて整理して述べたものである。

 第3章は「J-無損失共役化とその逐次構造」と題し、本研究で本質的な役割を演じるJ-無損失共役化の概念の定式化とそのシステム論的な意味づけを記述したものである。

 第4章は「J-無損失因数分解」と題し、第3章で導入した共役化の概念を用いて一般の伝達関数をJ-無損失行列とユニモジュラ行列の積に分解する手法を述べている。離散時間リッカチ方程式の安定化解の存在が分解可能であるための必要十分条件であることを示すと共に、その双対化も行っている。

 第5章は「プラントの連鎖散乱行列」と題し、プラントを連鎖散乱行列の形式で表現する手法を導出し、その幾つかの興味深い性質を明らかにしている。状態空間におけるフィードバック表現によって連鎖散乱表現が得られることも示している。

 第6章は「(J,J’)-無損失因数分解によるH制御」と題し、一般のH制御問題が数学的には(J,J’)-無損失因数分解に帰着できることを示している。本論文の最も重要な部分であり、論文提出者の独創性が表現されている部分でもある。

 第7章は「H制御問題の状態空間における解」と題し、これまでの結果を用いてH制御問題を解いている。連続時間システムの場合と基本的には同じような形で可解性条件が表現されているが、離散時間システムの方が構造的にははるかに複雑である。

 第8章は「H制御系の構造」と題し、第7章で得られたH制御器を用いた閉ループ系の構造を解析している。最悪ケースの外乱とそれを推定するオブザーバと疑似状態フィードバックで制御器が構成されることを示している。第9章は「終章」であり、本研究の成果が要約されている。

 以上本論文は連鎖散乱行列という新しいシステムの表現法を離散時間システムのH制御問題に適用して分かりやすい形で一般的な解を得るとともに、連続時間システムにない離散時間システムの特徴とその動的な構造を示した。この成果はサンプル値制御系やディジタル制御系の設計に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

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