ウランージルコニウム(U-Zr)合金の水素化物は、水素の効果により固有の安全性を有しており、既にTRIGA研究炉などで使用された実績がある。一方、豊富に存在するトリウム(Th)資源の有効利用、ならびに毒性の強い超ウラン(TRU)元素の低減、などという観点から、U-Th混合燃料が調べられてきた。これらの形態は、主として、酸化物、炭化物、熔融塩などであったが、トリウムは極めて安定な水素化物を生成するので、水素化物も燃料の一形態として非常に魅力的である。そこで、本研究では、TRIGA炉での経験を発展させたU-Th-Zr系の金属間化合物を基にする水素化物を提案し、新しいU-Th混合燃料としての可能性を、様々な特性試験の結果より調査した。 アーク溶解炉を用いて、U:Th:Zr=2:1:6、1:1:4、1:2:6、1:4:10の組成を有する純度99.95%以上のU-Th-Zr合金を作製した。各試料に対して、1173K、1.2×10-5Paの高真空下で脱ガス処理を行った後、温度773〜1173K、水素圧力100kPa以下の条件の下、水素吸収放出特性を調べた。また、1173Kにて等温脱離試験を行った。一部の試料については表面を研磨し、水素化前後の組織を走査電子顕微鏡(SEM)で観察するとともに、X線回折により結晶構造を調べた。温度変化時の相変態や分解反応等に伴う熱量の出入りを熱重量(TG)-示差熱分析計(DTA)ならびに示差走査熱量計(DSC)で、熱拡散率をレーザーフラッシュ法で測定した。さらに水素化した合金について、日本原子力研究所の材料照射試験炉(JMTR)にて中性子照射を行った。照射フルエンスは、7.4×1022、2.2×1023、7.4×1023nm-2であった。これらの試料については、微細組織観察や硬度試験等の照射後試験を行った。 図1にU-Th-Zr合金の水素吸収の履歴を、M-MHx系のプラトー圧の温度依存性とともに示す。図から分かるように、U-Th-Zr系はZr-H系ならびにTh-H系に囲まれており、2元系の水素化物の生成を避けThZr2H7-x相を生成するためには、1173Kでは、 という条件を満たさなければならない。上述した条件の下、試料中の水素吸蔵能力は非常に高く、またSEM観察によるとThの水素化物の生成は認められなかった。一方でZrの水素化物の生成が認められたが、これは、試料中に過剰にZrが存在していたためと思われる。 図1:U-Th-Zr合金の水素吸收の履歴。説明本文参照 表1に示すように、本研究において、水素化は以下の手順に従って行われた。まず、1173K、35kPaで水素化を始め(Point1)、それぞれ平衡に達するのを確認した上で、75kPa(Point2)、100KPa(Point3)と順次水素圧力を増やしていった。その後、試料温度を1073K(Point4)、773K(Point5)と下げていった。どの組成の合金についても、H/(Th+Zr)比は、ほぼ、Point1で1、Point3で1.34と増加した。 表1:U-Th-Zr合金の水素吸蔵能。説明本文参照。 図2に、水素化したU:Th:Zr=1:1:4合金の1173Kでの等温脱離曲線(本研究での測定結果)を示した。併せて、図には、1183、1173KでのThZr2H7-x、さらには、類似の系として、互いに混じり合わないThZrH3.9:ZrH1.4=1:2(Th:Zr:H=1:4:6.7)なる仮想的な混合物について計算した結果を示した。実験では、UThZr4Hx中のxが0.5〜5.7の広い範囲で、xの増加とともに緩やかに上昇するプラトー領域を有しており、この領域は計算結果よりもさらに輻広いものであることが分かった。また、x>5.7では、90kPa辺りに明瞭なプラトーが存在している。Zr-H系に関する研究によると、1173K、123kPaでは、ZrH-ZrH14の平衡状態にあることが知られているので、おそらくこのプラトー領域はZrH-ZrH1.4によるものであろう。このように、Zrの水素化物が存在するのは、合金中に過剰にZrが存在しているためである。これらの結果より、合金化によりU-Th-Zr合金は、水素に対して大きな吸蔵能力を有するようになり、さらに安定性も向上することが明らかになった。 図2:1173KでのUThZr4H9.5の等温脱離挙動。 U-Th、U-Zr、Th-Zr、U-Th-Zr系の状態図によれば、U:Th:Zr=2:1:6、1:1:4、1:2:6、1:4:10のいずれにおいても、室温では、金属間化合物として-UZr2固溶体のみが安定な相であり、U-Th、Th-Zrの間では安定な化合物は存在しない。水素化により、合金中のUは固溶体相より排除され、マトリックス中に細かく一様に分散する。一方、ThとZrはThZr2H7-xやZrH2のような安定な水素化物として存在する。これらの相も細かく一様に混在しており、その様子はTRIGA炉のU-ZrH1.6の場合と似ている。Uは-U相として、ThZr2H7-xやZrH2中に一様に分散している。しかし、水素はTh中に容易に固溶し得るにもかかわらず、X線回折によれば、Thの水素化物の生成は認められなかった。 SEMによる観察によると、原子炉照射の前後で各試料の微細組織には大きな変化は認められなかった。まだ燃焼度が小さい(最大で3.1%235U)とはいうものの、これまでのところ、大きな寸法あるいは重量の変化は示していない。 図3に示すように、7.4×1024nm-2までの中性子照射量においては、UTh2Zr6H11.4とUThZr4H7.2のヴィッカース硬さはフルエンスとともに若干減少する程度のようである。このことは、照射で欠陥が生成しても、U-Th-Zr合金が非常に微細な組織を有しているため粒界が多く存在し、そこで欠陥が吸収されてしまうためと推察される。この結果は、上述した合金が新しい原子燃料物質として適していることを示唆するものである。 図3:原子炉で照射されたU-Th-Zr合金のヴィッカース硬さ。 TG-DTA分析の結果によると、UTh2Zr6H15.5の昇温による変化において、616Kに始まり1116Kで終わるまで、3つの吸熱ピークが観測された。この試料では、昇温前は-U、ThZr2H7-x、ZrH2-xの3つの相が観察されたが、昇温後は-U、-Th、ThO2、Zr、-UZr2+xが観察された。酸化物は、アルゴン(Ar)雰囲気ガス中に微量ながら混入した酸素不純物の存在によるものである。図4は、U2ThZr6H13.3、UThZr4H9.9、UTh2Zr6H15.2、UTh4Zr10H27の各化合物に対してDSC測定を行った結果を示したものである。低温側の幅広いピークは、P(温度)-C(濃度)-T(温度)線図より、ZrH-ZrH14によるものであると考えられる。さらに図では、Uの含有量が大きい試料(U2ThZr6H13.3)では、1000K付近にピークが認められるが、Uの含有量が小さくなるにつれこのピークは現れなくなり、替わって1080K付近のピークが顕著になってくる。一方で、980KのピークはU含有量に対してほとんど影響されない。したがって、1080、980Kのピークは、それぞれ、ThZr2H7-x、ZrH2-xに基づくものであると言える。 図4:U2ThZr6H13.3、UThZr4H9.9、UTh2Zr6H15.2、UTh4Zr10H27のDSC曲線 図5に、U-Th-Zr合金各種の熱拡散率の温度依存性を示す。図より、ここに示した合金のいずれにおいて800K付近で急に熱拡散率が上昇し、Thの含有量が大きいほど熱拡散率が大きいことがわかる 一方、水素化物については、熱拡散率は温度とともに減少するが、UO2よりは良好な値を示していた。また、900K以上では水素が解離するので、熱拡散率は増加する。 図5:U2ThZr6、UTh2Zr6、UTh4Zr10合金の熱拡散率。 以上を総括するに、本研究では、様々な組成を有するU-Th-Zr合金の水素化物に対して照射後試験を含む数々の特性試験を行った。本研究で得られた結果は、これらの水素化物が原子燃料物質として有用であることを示すもので、TRIGA炉で用いられているU-ZrH1.6と比較しても優れた特性を有していることが示された。今後、より長時間の照射に対する安定性を調べるのが課題である。 |