原子炉において生成される中性子を冷却し、素粒子物理の研究や分析の手段として応用する研究が進められている。本研究は、低エネルギーの中性子を閉じ込め、その寿命を測定する新たな方法の可能性を検討したものである。中性子の平均寿命は、宇宙におけるヘリウム-4の存在量やニュートリノのフレーバー数などを評価するために必要であることから、精密な測定値が期待されている。 本研究が対象とする中性子は、エネルギーが100neV以下(速度にして10m/s以下)の中性子であり、これを超冷中性子(UCN)と称する。中性子は、物質を構成する原子核との相互作用によって定まる臨界速度以下になると、物質表面で全反射される。NiやBeなどの金属表面では、臨界速度は5〜10m/s程度であり、UCNの全反射が起こる。これまでのUCN閉じ込めでは、金属を蒸着した鏡状物質で作られた容器が主に用いられてきた。これに対し、本研究では磁場を用いた閉じ込め法を検討している。中性子は微小な磁気双極子モーメントをもっており、非一様な磁場から力を受ける。したがって、強磁場領域で囲まれた磁気容器を構成すると、その中にUCNを閉じ込めることができる。この原理は、プラズマ源などに用いられている荷電粒子の閉じ込め法と共通するものであり、プラズマ応用の分野で開発されてきた手法が応用できる。本研究は、永久磁石を用いた簡便なUCN閉じ込め法の有用性を、磁場設計、UCN輸送管の開発、閉じ込め効率の評価に至るまでの理論的、実験的検討によって示したものである。これらの研究成果は、以下のような構成によってまとめられている。 第1章は序論であり、研究の背景と位置づけについて述べている。鏡状物質による閉じ込めでは、理論的に評価できないUCNの異常損失が報告されている。その原因として、容器壁に付着している水素による吸収や、容器壁の振動など他多数が考えられる。容器壁との相互作用のない磁場閉じ込めは、これらの問題を回避できるため、中性子寿命の精度を高め得る可能性がある。これまでに、超伝導コイルを用いたトーラス型閉じ込め装置による中性子の寿命測定が行なわれたが、磁場のトロイダル方向の非均一性による中性子の漏洩が問題となり、鏡状物質による閉じ込め実験から得られた精度に達成できなかった。本研究で検討されたバケツ型の磁場配位では、中性子の閉じ込めは極めて簡単な原理によっているために、複雑な軌道を通っての漏洩の問題がないことが長所としてあげられている。 第2章では、永久磁石を用いたUCN磁気閉じ込め装置を設計し、閉じ込め特性の評価を行なっている。この装置は電源も冷却水も必要としない簡便なものであり、原子炉室内での使用に適している。生成される磁場強度は、UCNに対する有効な閉じ込めポテンシャル25neVが得られる。具体的には、京都大学原子炉実験所(KUR)のUCN源を使った実験装置を設計している。UCNの初期捕捉、排出は、磁石の一部を移動させ、閉じ込め条件を破ることにより可能とし、中性子の寿命測定は、閉じ込め後一定時間経過後の残留UCN量の直接測定と、ベータ崩壊により放出される陽子の測定とを両立して行なう事から求めることを提案している。 第3章では、UCNの重力減速について検討している。永久磁石を用いた磁気閉じ込め装置は、閉じ込めポテンシャルが比較的小さいという難点がある。UCNは原子炉から放出される熱中性子を液体重水素により冷却し、さらにUCNスーパーミラータービン等により減速することにより得られる。この様なUCN源には25neV以下のUCNが殆んど含まれていない。閉じ込め可能なUCNの量を増やすため、上昇管によって上方向へ輸送し、重力による減速を行なう。この場合の、中性子損失を実験的に評価し、数値シミュレーションの結果と比較している。実験はKURとの共同研究によって行なった。KURのタービンから出力されるUCNのスペクトルには6〜7m/sにピークがある。重力上昇管によるUCNの打ち上げ高さを2.0mにすることにより、そのスペクトルのピークを閉じ込め可能なエネルギーにまで下げ、閉じ込め可能なUCNに変換することができる。現在まで主に使用されていた中性子導管は、Ni等を蒸着したフロートガラスを組み合わせたものであったが、曲管部分にあるフロートガラスのすき間からの中性子の漏洩が大きかった。本研究では、電解複合研磨によって製作したステンレス導管を使用し、中性子損失の低減をはかった。本導管の輸送特性の測定は、シミュレーション結果とよく一致し、一回当たりの閉じ込め量は0.26個と評価された。 第4章は本研究の結論にあてられている。本研究で検討した永久磁石を用いたUCN磁気閉じ込め法を、ILL(フランス)UCN源などにおいて用いることにより、中性子寿命の精度向上ができることが結論づけられている。また他の方法との比較を行ない、本システムの有用性が主張されている。 以上を要するに本論文は、中性子の寿命測定における誤差を低減するための一つの方法として、永久磁石による純粋な磁気閉じ込めシステムを検討し、現存するUCN源において中性子寿命の精度向上が可能であることを示したものであり、システム量子工学における原子炉の応用研究の発展に貢献するところが大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |