学位論文要旨



No 113415
著者(漢字) 秋山,信道
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,ノブミチ
標題(和) 超冷中性子の磁場閉じ込め
標題(洋) Magnetic Confinement of Ultracold Neutrons
報告番号 113415
報告番号 甲13415
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4133号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉田,善章
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 上坂,充
 京都大学 教授 井上,信幸
内容要旨

 超冷中性子(UCN)とはエネルギーが0.2eV、速度にして10m/s程度以下の中性子を指す。UCNは色々な金属等の表面でそれぞれの物質の臨界速度以下の場合全反射するという性質がある。そのため、鏡状物質で作られた容器に閉じ込め、蓄えることができる。また、中性子は微小な磁気双極子モーメント(MDM,=±9.6623707×10-27[J・T-1])を持っており、非一様な磁場内でF=▽・Bの力を受ける。の符号は断熱条件が破られない限り保存されるため、絶対極小磁場内に、kinetic energyがそのポテンシャルより小さく、かつ磁場と反平行なMDMを持つ中性子を閉じ込めることができる。中性子を長時間閉じ込められれば、中性子-反中性子振動周期、中性子の電気双極子モーメント及び中性子の平均寿命などの測定を行なうことができる。ここで寿命測定に着目すると、陽子より質量の重い中性子は次式のように-崩壊をする。

 

 自由中性子の-崩壊には核構造の影響が含まれていないので、中性子の平均寿命n崩壊の本質と直接的に結び付いている。故にnの精密な値は物理学上非常に重要な値である。nは宇宙における4Heの存在量やニュートリノのフレーバー数などに密接に関係しており宇宙論、素粒子論からも精密な測定値が期待されている。

 鏡状物質による閉じ込め装置は、銅やニッケル等のありふれた材料で作成できるため、ロシア、フランス等でUCNの閉じ込めによる中性子の寿命測定実験が行なわれた。これら実験の結果、従来と比べ寿命測定値は飛躍的にその統計(887.6±3s)を上げることができたが、理論で予測できない範囲でのUCNの異常減衰が報告された。この現象の原因としては容器壁に付着している水素による吸収や、容器壁の振動など他多数が考えられ、それぞれについての原因を追求する実験が行なわれてきたが、依然本質的な原因は突き詰められていない。一方容器壁との相互作用のない磁場閉じ込めはこれらの全ての問題を回避できるため非常に有利である。磁場閉じ込めの例としてはMampe(1989),Anton(1989)らによって超伝導コイルを用いたトーラス型閉じ込め装置を用いた中性子の寿命測定が行なわれたがbetatron振動によるUCNのloss rateを評価することができず、鏡像物質による閉じ込め実験から得られた精度に達成できなかった。

 本研究では、永久磁石により作られる新しいUCN磁気閉じ込め装置を提唱し、閉じ込め特性の分析を行う事を第一の目的とする。閉じ込め領域を40×40×25cmとし、その周りに図1に示されている様に永久磁石を配置する。この装置は電源も冷却水も必要とせず、生成されるUCNに対して有効な閉じ込めポテンシャルは超電導コイルにより生成されるポテンシャルには及ばないものの、常電導コイルを用いた場合よりも強いポテンシャル25neVが得られる。UCNの初期捕捉、排出は磁石の一部を移動させ、閉じ込め条件を破ることにより行なう。中性子の寿命測定は閉じ込めの一定時間経過後の残留UCN量の直接測定、及び崩壊により放出される陽子の測定の二つの方法を用いて求める。

 UCNは原子炉から放出される熱中性子を液体重水素により冷却し、さらにUCNタービン等により減速することにより得られる。この様なUCN源には25neV以下のUCNが殆んど含まれていない。そこで第二の目的として閉じ込め可能なUCNの量を増やすための重力上昇管による減速装置の開発を行い、その効果を実験により明らかにする。実験は上記のシステムを国内で唯一保有、稼働しているKURとの共同研究によって行った。KURのスーパーミラータービンUCN源から出力されるスペクトルには6〜7m/sにピークがある。そこで、重力上昇管によるUCNの打ち上げ高さを2.0m程度にすることにより、そのスペクトルのピークを閉じ込め可能なエネルギーにまで下げ、磁場で閉じ込め可能なUCNに変換する。現在まで主に使用していた中性子導管は、ニッケル等を蒸着したフロートガラスを組み合わせたものであったが、特に曲管になった場合フロートガラス同士のすき間による中性子の漏洩が無視できない問題になっていた。すき間のない導管としては、金属表面を研磨したものを用いる方法があげられるが、これまでの導管は非常に高価であるか、研磨精度がさほど良くないかのどちらかであった。ところが、最近の電解複合研磨法の進歩により研磨精度がpeak to valleyで500-1000ÅのSUS導管をニッケル蒸着フロートガラスで作成する導管と同程度の廉価で得られるようになった。そこで、まず、このSUS研磨導管の輸送特性測定からUCNの輸送に対する有効性を示した。次に重力上昇管を閉じ込めボトル設置予定位置まで配管し、導管の端に上記磁気ボトルと同等の磁気ポテンシャルを持つ磁気U字管を設置した。図2は、この重力上昇管の打ち上げ高さと磁気U字管により輸送されたUCN束の関係を実験から求めた結果とモンテカルロシミュレーションによる計算結果を比較している。これらから最適な打ち上げ高さを2mと決定し、導管当りの閉じ込め可能なUCN束0.022c/secを得た。また、一回当たりの閉じ込め量は0.26個と評価した。フランスやロシアにはKURスーパーミラータービンと比べ、4桁以上も強い出力が得られるUCN源が存在する。本磁気閉じ込めシステムを上記のような強力なUCN源を利用し測定を行なうことにより、中性子寿命測定の精度向上が期待できる。

図1:磁気閉じ込め装置磁石配置。重力による効果により上部磁石は不要。上部には-30kV程度の高電圧をかけられた陽子検出器を配置し、崩壊により放出される陽子を検出する。図2:重力上昇管の打ち上げ高さと得られる25neV以下のUCN量の関係。曲線はモンテカルロシミュレーションによって得られた。
審査要旨

 原子炉において生成される中性子を冷却し、素粒子物理の研究や分析の手段として応用する研究が進められている。本研究は、低エネルギーの中性子を閉じ込め、その寿命を測定する新たな方法の可能性を検討したものである。中性子の平均寿命は、宇宙におけるヘリウム-4の存在量やニュートリノのフレーバー数などを評価するために必要であることから、精密な測定値が期待されている。

 本研究が対象とする中性子は、エネルギーが100neV以下(速度にして10m/s以下)の中性子であり、これを超冷中性子(UCN)と称する。中性子は、物質を構成する原子核との相互作用によって定まる臨界速度以下になると、物質表面で全反射される。NiやBeなどの金属表面では、臨界速度は5〜10m/s程度であり、UCNの全反射が起こる。これまでのUCN閉じ込めでは、金属を蒸着した鏡状物質で作られた容器が主に用いられてきた。これに対し、本研究では磁場を用いた閉じ込め法を検討している。中性子は微小な磁気双極子モーメントをもっており、非一様な磁場から力を受ける。したがって、強磁場領域で囲まれた磁気容器を構成すると、その中にUCNを閉じ込めることができる。この原理は、プラズマ源などに用いられている荷電粒子の閉じ込め法と共通するものであり、プラズマ応用の分野で開発されてきた手法が応用できる。本研究は、永久磁石を用いた簡便なUCN閉じ込め法の有用性を、磁場設計、UCN輸送管の開発、閉じ込め効率の評価に至るまでの理論的、実験的検討によって示したものである。これらの研究成果は、以下のような構成によってまとめられている。

 第1章は序論であり、研究の背景と位置づけについて述べている。鏡状物質による閉じ込めでは、理論的に評価できないUCNの異常損失が報告されている。その原因として、容器壁に付着している水素による吸収や、容器壁の振動など他多数が考えられる。容器壁との相互作用のない磁場閉じ込めは、これらの問題を回避できるため、中性子寿命の精度を高め得る可能性がある。これまでに、超伝導コイルを用いたトーラス型閉じ込め装置による中性子の寿命測定が行なわれたが、磁場のトロイダル方向の非均一性による中性子の漏洩が問題となり、鏡状物質による閉じ込め実験から得られた精度に達成できなかった。本研究で検討されたバケツ型の磁場配位では、中性子の閉じ込めは極めて簡単な原理によっているために、複雑な軌道を通っての漏洩の問題がないことが長所としてあげられている。

 第2章では、永久磁石を用いたUCN磁気閉じ込め装置を設計し、閉じ込め特性の評価を行なっている。この装置は電源も冷却水も必要としない簡便なものであり、原子炉室内での使用に適している。生成される磁場強度は、UCNに対する有効な閉じ込めポテンシャル25neVが得られる。具体的には、京都大学原子炉実験所(KUR)のUCN源を使った実験装置を設計している。UCNの初期捕捉、排出は、磁石の一部を移動させ、閉じ込め条件を破ることにより可能とし、中性子の寿命測定は、閉じ込め後一定時間経過後の残留UCN量の直接測定と、ベータ崩壊により放出される陽子の測定とを両立して行なう事から求めることを提案している。

 第3章では、UCNの重力減速について検討している。永久磁石を用いた磁気閉じ込め装置は、閉じ込めポテンシャルが比較的小さいという難点がある。UCNは原子炉から放出される熱中性子を液体重水素により冷却し、さらにUCNスーパーミラータービン等により減速することにより得られる。この様なUCN源には25neV以下のUCNが殆んど含まれていない。閉じ込め可能なUCNの量を増やすため、上昇管によって上方向へ輸送し、重力による減速を行なう。この場合の、中性子損失を実験的に評価し、数値シミュレーションの結果と比較している。実験はKURとの共同研究によって行なった。KURのタービンから出力されるUCNのスペクトルには6〜7m/sにピークがある。重力上昇管によるUCNの打ち上げ高さを2.0mにすることにより、そのスペクトルのピークを閉じ込め可能なエネルギーにまで下げ、閉じ込め可能なUCNに変換することができる。現在まで主に使用されていた中性子導管は、Ni等を蒸着したフロートガラスを組み合わせたものであったが、曲管部分にあるフロートガラスのすき間からの中性子の漏洩が大きかった。本研究では、電解複合研磨によって製作したステンレス導管を使用し、中性子損失の低減をはかった。本導管の輸送特性の測定は、シミュレーション結果とよく一致し、一回当たりの閉じ込め量は0.26個と評価された。

 第4章は本研究の結論にあてられている。本研究で検討した永久磁石を用いたUCN磁気閉じ込め法を、ILL(フランス)UCN源などにおいて用いることにより、中性子寿命の精度向上ができることが結論づけられている。また他の方法との比較を行ない、本システムの有用性が主張されている。

 以上を要するに本論文は、中性子の寿命測定における誤差を低減するための一つの方法として、永久磁石による純粋な磁気閉じ込めシステムを検討し、現存するUCN源において中性子寿命の精度向上が可能であることを示したものであり、システム量子工学における原子炉の応用研究の発展に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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