今から30〜40年前に放射線検出器は、NaIシンチレータから半導体検出器へ、エネルギー分解能の抜本的向上という革命的出来事があった。NaIシンチレータの分解能は、半値巾で約10%、それが半導体検出器になると約0.2%に迄改良されたのであるが、今回は超伝導トンネル接合素子(ジョセフソン素子)を用いて同じことが起きようとしている。例えば、Fe-55のエックス線(5.9keV)に対し半導体検出器だと、半値巾は既に実現されている理想値で100eVであるが、超伝導ジョセフソン素子を用いると1〜2eVに迄いくだろうと言われている。 超伝導のジョセフソン素子が発見された1962年から、常にこの素子を放射線測定器に使う可能性は言われ続けてきたが、その可能性が議論できるような素子が出始めてきたのはつい最近のことである。国内では、新日鉄のグループが国際的にも秀れたNb系の超伝導トンネル接合素子を作っており、本論文はこの新日鉄のジョセフソン素子を使って、どれ程の高分解能の放射線測定器になり得るかを検討評価したものである。結論としては、Nb系ジョセフソン素子としては、国際的にも最高級のエネルギー分解能の実現を示した論文であり、論文自身は7章から構成されている。 第1章は、序論であり、本研究の経緯や超伝導トンネル接合素子(Super conducting Tunneling Junction,STJ素子という)の放射線検出器としての動作原理や研究の現状についてレビューし、STJ素子中にエックス線が入ったときの物理的現象の概略と新日鉄の素子を用いて実際の実験に利用できるようなSTJ検出器の開発を目的にすると述べている。 第2章は、このような超伝導状態を実現するために必要なクライオスタットについてまとめている。実用的な放射線検出器を作るという観点より、外部から放射線が入射して、超伝導検出器で計数できるように窓材を工夫しているほか、電気的雑音や熱雑音、音響雑音などにも配慮した構造としている。 第3章は、最適な前置増幅器の設計について検討しており、STJ素子の静電容量が大きいことに対応した電荷型前置増幅器が要求されており、このことに対し低雑音で相互コンダクタンスの大きくかつ消費電力の少ないJFET素子のうちから、2SK190という製品を見つけ出し、これを4つ並列接続して目的を達成している。また、雑音について定量的な評価を行ない、新しく生成再結合雑音とでも呼ぶ頃を見つけ、大きな容量をもつ検出器では重要と指摘するとともに、実測値とのよい一致を示している。 第4章は、STJ検出器によるエックス線検出特性について述べており、電流対電圧特性、エックス線入射時のピーク位置や検出効率の入射エネルギー依存性、バイアス電流依存性について、実験的に評価している。特に、この実験的評価において、鉄55の5.9keVエックス線に対し半値巾66eVというNb系では世界一、超伝導検出器として世界でもトップレベルのデータを出している。 第5章は、STJ検出器内で生じている信号形成過程の理論的解析で、準粒子再結合、拡散過程の重要性を指摘している。また、光電ピーク効率の実験値との詳細な比較を行ない、スペクトル形状全体に渡って計算による再現を試み、簡単なモデルにしてはまずまずの一致度を示し、今後のモデル化の方向性について示している。 第6章は、STJ検出器の実際の測定への応用であり、この検出器を遠路はるばると東海村から播磨の大型放射光施設Spring8まで運び、そこで蛍光エックス線分析に利用してみた例について示している。この利用では、低い検出効率や散乱線の効果等により微量元素分析には到らなかったが、多くの経験を積み、今後の改善点を示している。 第7章は、結論と今後の課題につき述べ、66eVという最高性能を示してはいるが、理想からすればまだ20倍以上も悪いので、今後はSTJ素子自身の製作にも挑戦したいとしている。 本研究により、超伝導エックス線検出器の研究は、格段の進歩を示し、高分解能検出器としてSpring-8の現場にまで利用できるようになり、放射線計測上、誠に大きな成果を挙げたと言えよう。 よって、本研究は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |