学位論文要旨



No 113418
著者(漢字) 木藤,和明
著者(英字)
著者(カナ) キトウ,カズアキ
標題(和) 超臨界圧軽水冷却炉の安全解析
標題(洋) Safety Analysis of a Supercritical Water Cooled Reactor
報告番号 113418
報告番号 甲13418
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4136号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨

 超臨界圧軽水冷却炉は超臨界圧水を冷却材とする貫流型直接サイクルの原子炉概念である。貫流型とは現在の火力発電において広く採用されており、炉心を流れる冷却材はその全量が、主給水ポンプにより駆動されるシステムである。原子炉のシステムとして貫流型を採用し、冷却材に超臨界圧水を用いることにより、システムの思い切った簡素化が実現でき、熱効率も向上するため、現行軽水炉の改良では到達できない大幅なコストダウンが実現できる可能性がある。現在までに、超臨界圧軽水冷却熱中性子炉(SCLWR)と、高速炉(SCFR)の概念設計が行われている。これらの設計ではステンレス被覆を用いることで被覆管表面温度の制限値を450℃とし、現行軽水炉よりも高温化している。また、ニッケル合金(インコネル材)等を被覆材料とすることで、被覆管表面温度の制限を620℃とし、冷却材出口温度を現行超臨界圧火力並の600℃程度とする高温炉心の開発も現在研究されている。しかしながら、高温炉心の設計のためには炉心流量を下げる必要があり、これまで用いてきた過渡事象判断基準を満たすことができない。

 超臨界圧軽水冷却炉の安全解析は、現在までに冷却材喪失事故(LOCA)解析と確率論的安全評価(PSA)が行われている。その他の事故・過渡解析については、判断基準も含め、まに十分な検討がなされていない。超臨界圧軽水冷却炉は現行軽水炉とシステムが大きく異なるだけでなく、沸騰が無いことや伝熱劣化現象がおきるなどの超臨界圧水冷却の特性を考慮する必要があるため、現行軽水炉の安全解析コードによる安全解析、または現行軽水炉の安全解析の結果から安全性を予測することはできない。

 そこで本研究ではまず、超臨界圧軽水冷却高速炉用の過渡解析コードSPRAT-Fを開発した。SPRAT-Fコードでは熱伝達率評価にDittus-Boelterの式を用い、過渡事象判断基準にはBWRのMCHFRを参考にして、最小伝熱劣化熱流束比(MDHFR)を採用した。MDHFR判断基準は、擬臨界温度付近(25.0MPaの時に約385℃)における、最小伝熱劣化熱流束に対する表面熱流束の比として定義した。この判断基準を用いて、SCFRの事故・過渡解析を行った。解析事象は現行軽水炉の安全解析を参考にして定め、さらに超臨界圧軽水冷却炉の特徴的な事象として「補助給水系の誤起動」を過渡事象に加えた。安全解析を行った結果、超臨界圧軽水冷却炉では「外部電源喪失」過渡事象発生時に、MDHFR基準が非常に厳しく、判断基準を満足するために、主給水ポンプにフライホイールを設置すること、補助給水系容量を定格の20%にすることが必要なことが分かった。これは、SCFRは直接サイクルでありながら再循環系が無い貫流型の原子炉であるため、給水流量の減少が、炉心での冷却材流量の減少に直接つながるためである。しかもMDHFR基準が冷却材質量流量の1.2乗に比例しているため、流量低下の影響が大きく現れる。このために、炉心の定常運転時においてもMDHFRに大きな余裕を取る必要があり、単位電気出力当たりの主蒸気流量(流量出力比)が、同じ貫流型システムを持つ超臨界圧火力プラントの約2倍、ABWRと比べても約8%大きくなり、ターピン系が過大となりコスト低減が妨げられる結果となった。

 超臨界圧における伝熱劣化現象は、亜臨界圧におけるDNBと違い被覆管の温度上昇量は小さく、しかも連続的である。また、超臨界圧における熱伝達率は、超臨界圧水を単相流として扱い、乱流モデルを用いることにより数値計算が可能である。この数値計算結果は、熱伝達率と伝熱劣化熱流束の両者とも、山縣らの実験結果と良い一致を示している。よって、超臨界圧軽水冷却炉においては、熱伝達率を伝熱劣化発生以降も数値計算を用いて評価することにより、被覆管温度が精度良く得られる。これにより、燃料棒の健全性をMDHFRを用いずに評価することが可能である。そこで本研究では、代表的な乱流モデルであるk-モデルを用いて超臨界圧水の熱伝達率を広範囲にわたって数値計算した。また計算された熱伝達率を用いて、新たな超臨界圧水の熱伝達率相関式を提案した。本研究で提案した熱伝達率相関式とk-モデルによる計算との平均誤差は7.7%程度であり、適切な保守性を考慮することにより設計研究にも用いることができる。k-モデルにより計算された熱伝達率はテープル化し、テープルの適用範囲外は新しい熱伝達率相関式を用いて熱伝達率を評価するライブラリを開発し、SPRAT-Fに組み込んだ。そしてMDHFRを超臨界圧軽水冷却炉の判断基準から外し、新たな判断基準を設定することとにした。

 燃料棒の健全性を評価する基準としては、被覆管の座屈、設計応力比、塑性変形、クリープ破壊等が考えられる。これらはいずれも燃料棒の設計に強く依存する。本研究では、超臨界圧軽水冷却炉の燃料棒設計を検討することにした。燃料棒設計において、現行軽水炉と大きく異なるのは、炉心圧力が25.0MPaと高いことと、被覆材料がステンレスやニッケル合金などであることである。現行軽水炉においては、MCPRや最小DNBR以外で最も厳しい判断基準は被覆管の塑性変形の基準(1%未満)である。これは現行軽水炉が被覆材料に、熱膨張率が小さいジルカロイを用いているためである。しかし、超臨界圧軽水冷却炉の被覆材料であるステンレスやニッケル合金などは熱膨張率が大きく、塑性変形の基準は厳しくはならない。一方、超臨界圧軽水冷却炉では炉心圧力が高いために、座屈と設計応力比の基準が厳しくなる。座屈の基準は炉心と被覆管内側の圧力の差(燃料棒内外圧差)に依存し、設計応力比の基準は燃料棒内外圧差と被覆管温度に依存する。燃料棒内側はHeで初期加圧するものとし、ガスプレナム体積と燃焼の進行により発生するFPガスを考慮して、座屈と設計応力比の基準を満たす燃料棒設計アルゴリズムを作成した。これをSCFRの燃料棒適用すると、過渡事象判断基準として許容される被覆管温度は、被覆材料に肉厚0.52mmのSUS316を用いると610℃以下、同じ肉厚のインコネル700を用いると840℃以下となる。

 新たに定めた過渡事象判断基準を用いて、SCFRの事故・過渡解析を行った。ステンレス被覆のSCFRでは、「外部電源喪失」過渡事象時の最高被覆管温度は497℃であり、判断基準610℃を十分に下回った。また、MDHFRは最小値0.72をとり、従来の判断基準である1.0を下回ったが、MDHFRが最小値を取る時刻と、被覆管温度が最高値を取る時刻は離れており、たとえ伝熱劣化が起こったとしても、被覆管の健全性は十分に保たれることが分かった。また、主給水ポンプのフライホイールは不要となり、補助給水系も4%容量を3台とし、うち2台作動を仮定し8%あれば十分であり、プラント機器の合理化も可能となった。同じ直接サイクル型の原子炉であるBWRにおいて厳しい「負荷喪失」過渡事象では、超臨界圧軽水冷却炉が貫流型の原子炉であるため、高温の冷却材の出口が塞がれるために炉心で冷却材の停滞が起こる。そのため、冷却材温度が上昇し、この効果が圧力上昇の効果を上回るために事象の初期には出力が減少し、厳しくならない。この事象における最高出力は、BWRの解析では180%以上にもなるのに対し、SCFRでは114%である。同様の解析を高温炉心であるSCFR-Hについても行った。「外部電源喪失」過渡事象時の被覆管最高温度は636℃であり、判断基準840℃を十分に下回る。ステンレス被覆のSCFRの時と同様にMDHFRの最小値は0.64と従来の判断基準である1.0を大きく下回るが、被覆管の健全性は確保されている。この結果より、高温炉心であっても、MDHFR判断基準を用いない新しい判断基準を用いることにより、成立可能であることが示された。高温炉心の成立性が確認されたことにより、主蒸気出力比をABWRに比べ25%程度も削減でき、タービン系の大幅な合理化が可能となった。

 結論として、本研究により超臨界圧軽水冷却炉の燃料棒設計と、それに関連した判断基準の関係が明らかになった。特に乱流モデルを用いた数値解析により、伝熱劣化後も含めて熱伝達率を求めることにより、被覆管温度を正確に評価し、伝熱劣化熱流束比(MDHFR)を過渡事象判断基準として用いないこととした。また、超臨界圧水に対する新たな熱伝達率相関式を提案した。新たな過渡事象判断基準を用いてSCFRおよびSCFR-Hの安全解析を行い、負荷喪失事象が厳しくないなど、SCFRの安全上の特徴を明らかにした。また、新たな過渡事象判断基準を用いることでSCFR-Hの設計が可能になり、主蒸気流量出力比を低減でき、SCFRのより一層の経済性向上の可能性が示された。

審査要旨

 本論文は超臨界圧水を冷却材として用いる発電用原子炉の安全解析について記述したものである。論文は7章より構成されている。

 第1章は序でありまず超臨界圧水を原子炉の冷却に用いると相変化がないので気水分離や再循環が不要で小型化と性能向上が期待できることが述べられている。過去の研究では過渡事象発生時の超臨界下での伝熱劣化の防止を熱設計の条件として用いていたが、亜臨界圧のバーンアウトほど激しい現象でないため合理化の余地があると述べている。研究の目的は超臨界圧水冷却炉の安全上の特性を解析により検討するとともに伝熱劣化の防止にかわる合理的な過渡事象判断基準を開発することであると述べている。

 第2章は超臨界圧軽水冷却炉の事故事象と過渡事象を列挙し、その判断基準について述べている。次に安全確保の方針、安全保護系と補助系の設計と設定値について記述し、伝熱劣化を考慮する従来の過渡解析基準で解析を行っている。

 給水加熱喪失事象はBWRような再循環水と給水の混合がないのでより厳しくなること、一方負荷喪失事象は超臨界圧下では加圧時の冷却水密度上昇が大きくないこと、貫流型のこの原子炉では冷却水が停滞し、燃料からの伝熱で冷却水密度が下がるため出力上昇が抑えられることによりBWRほど厳しくならないとしている。外部電源喪失時には伝熱劣化を防止するためには主給水ポンプにフライホイールをつけコーストダウン時間を10秒とする必要があるとしている。

 第3章は超臨界圧水の熱伝達率をk-モデルを用いた乱流数値解析により求めテーブル化している。これを用いると伝熱劣化後も被覆管温度を評価できるとしている。さらに計算結果を整理して熱伝達相関式を提案している。

 第4章は燃料棒の設計について述べている。燃料被覆管に座屈、クリープ破壊、過圧破損、PCI破損をおこさせないこととし、過渡事象時の健全性を考察し、超臨界圧軽水冷却炉の設計条件では座屈と設計応力比の基準が支配的であるとしている。具体的には過渡事象判断基準として肉厚0.52mmのステンレス被覆管とニッケル合金被覆管についてそれぞれ610℃以下、840℃以下を導きだしている。

 第5章は超臨界圧軽水冷却炉過渡解析コード、SPRAT-Fの開発について述べている。まず、給水ポンプ、蒸気加減弁、原子炉停止系、補助給水系等の特性について記述し、次に解析コードの概要、計算手順、その検証について述べている。

 第6章は超臨界圧軽水冷却高速炉の事故、過渡事象の解析結果を述べている。外部電源喪失時には伝熱劣化は生じるが、最高被覆管温度は536℃と上記の判断基準を満たしているとしている。これにより主給水ポンプのフライホイールは不要になり、補助給水系の容量も合理化されるとしている。またニッケル合金被覆を用いる高温の高速炉心についても解析を行いあまり冷却水密度係数が小さい炉心では冷却材流量の全喪失事象が厳しくなり、密度係数がBWR程度の炉心では給水加熱喪失事象が厳しくなることを示している。

 第7章は結論で本研究の総括を述べるとともに、伝熱劣化防止を条件とはしない過渡事象判断基準が作られたことにより、冷却水流量を低減し、エンタルピ上昇の大きい炉心を設計できるようになり、プラントの高温化と合理化が可能になると述べている。

 以上を要するに本論文は超臨界圧軽水冷却炉の安全解析を行い、その特徴を明らかにするとともに、合理化された過渡事象判断基準を作成している。これらの成果はシステム工学、特に原子炉設計工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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