学位論文要旨



No 113419
著者(漢字) 酒井,清吾
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,セイゴ
標題(和) 自由液面を有する定常排水渦周囲の流れ場に関する研究
標題(洋)
報告番号 113419
報告番号 甲13419
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4137号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨 1.緒言

 自由液面を有する体系において排水すると、旋回流による渦が生じ、気泡を巻き込む現象が観察されることがある。気泡巻き込みはさまざまな工学分野において問題視されており、解決すべき重要な課題の一つである。

 気泡巻き込み現象の把握のため、大別して、巻き込み発生限界の整理および渦流れ場の研究が長年に渡って行われてきた。巻き込み発生限界に関しては、マクロパラメータを用いた無次元数での整理に汎用性がないことが明らかとなっており(1)(2)、現象の把握には、流れ場を代表する局所パラメータを知る必要がある。渦流れに関しては解析的研究が多く、その中でも無限体系における理想的な流れ条件に対しては、下降流速が自由液面からの距離に比例するという仮定から、Navier-Stokesの式の厳密解が得られ、解は伸長渦流れとして知られている(3)。しかしながら、実際に観察される有限容器内の渦流れは伸長渦流れとは異なる。

 渦近傍の流速分布はくぼみ先端での気泡形成およびくぼみ形状に影響する。したがって、形状パラメータなどのマクロパラメータによる、流れ場を代表する局所パラメータの決定メカニズムとともに、それらの局所パラメータとくぼみ形状の関係を調べることが重要である。そこで本研究では、有限の円筒容器内に形成される渦流れ場を測定し、渦近傍の流れ場を代表する局所パラメータが形状パラメータによって如何に決定されるのか調べた。また、伸長渦流れの理論に基づき、局所パラメータによって実際の渦近傍の流れ場を簡略的にモデル化し、支配方程式を解いた。さらに、得られた圧力分布からくぼみ形状を解析的に求め、実験結果と比較した。渦近傍に複雑な流れ場が形成され、渦軸周りに下降流速の小さな領域が現れる理由に関しても考察を行った。

2.実験2.1実験装置および実験方法

 本実験に用いたテストセクションを図1に示す。テストセクションは透明アクリル樹脂製の円筒容器で、容器上部には接線方向に流入口が、容器底部中心には軸方向に出口管が設けられている。長方形流路から流入する水により循環が与えられる。出口管は長さ50mmの円管で、容器外側に突き出た形状となっている。実験パラメータは容器深さH、出口管直径Dおよび給水流量Qである。

 流れ場を染料、粒子などのトレーサーにより可視化し、流速分布を求めた。また、下降流速の半径方向分布を、レーザドブラー流速計(LDV)を使用して測定した。くぼみ形状は可視化写真から測定した。

2.2実験結果

 容器内の循環を粒子を用いて測定したところ、その半径方向分布は中心部および流入口近傍を除き、その軸方向分布は容器底面を除き、それぞれ一様に分布していた。そこでを可変パラメータに対しまとめると、図2のようになる。循環はHおよびQにより決定され、Dには依存しなかった。

 下降流速zの半径方向分布をLDVにより測定した。測定結果の一例を図3に示す。下降流速は渦中心近傍において大きく、その外側ではほとんどゼロとなっている。同一のQにおいては、Dが小さな場合は中心部に最大の下降流速が観られるが、Dの増加とともに中心部が遅くなり、渦軸周りに相対的に下降流速の小さな領域、すなわち淀み域が形成された。

 LDVによる下降流速の半径方向分布から、渦中心部に高速の下降流が存在することがわかった。そこで染料により渦中心部の最大下降流速の測定を行ったところ、Vdは自由液面からの距離zに比例して増加した(Vdz,:下降流の速度勾配)。また、その際、Vdが測定される半径方向位置は、実験条件によっては渦中心ではなくわずかに外側となり、内側の渦軸周りに染料が滞留する領域ができた。この傾向はLDVの測定結果とよく一致していた。そこで、滞留が観られる領域の半径を淀み域半径r1、その外側において染料が高速で下降する最大の半径を高速下降流領域の半径r0として、くぼみ直下で測定を行った。図4および5はr0およびr1の測定結果である。r0はDとほぼ比例関係にあり、Qに対する依存性は小さい。また比例係数は、Hの増加とともに小さくなる傾向にある。一方、r1はQが小さな場合ゼロとなっており、淀み域が形成されていない。r1はQやDの増加とともに大きくなる傾向にあるが、単純な比例関係などは成り立っていなかった。

 実験結果より、有限容器内の渦流れ場を表す局所パラメータは、、r0およびr1であることがわかった。

3.解析

 実験においてくぼみを写真撮影しその形状を求めたところ、くぼみ半径rmが伸長渦流れにおける式(:動粘性係数)では表されなかった(4)。くぼみ形状は渦中心近傍の流速分布に影響される。流れ場は、Vdがzに比例するという伸長渦流れの特徴を有する一方で、下降流速に半径方向分布が存在するという伸長渦流れと大きく異なる特徴も有する。そのためrmは伸長渦流れの式で表すことができないと考えられる。そこで、伸長渦流れの理論を改良し、渦近傍の流れ場を簡略的にモデル化し、支配方程式を解いた。

 流れは軸対称(∂/∂=0)、密度は一定、現象は定常であるとする。実験結果より下降流速の半径方向分布を次のように仮定し、各領域での解を求めた。

 

 ここで、r1=0とおけば淀み域が存在しない場合を表す。なお、は容器底面を除いて軸方向に一様に分布していたので、伸長渦流れと同様に∂/∂z=0を仮定した。式(1)の下降流速分布は、r=r1およびr=r0において下降流速の不連続による剪断が作用しており、実際の粘性流体ではあり得ない分布である。r=r1およびr=r0の各境界において支配方程式は満足されないが、それぞれの領域においては厳密解が求められる。そこで、部分的には支配方程式が満足されてはいないところがあっても、大部分の領域で満足するような解を求めた。

 前述の仮定の下に支配方程式を解き、無次元数を用いると、最終的に半径方向の圧力分布p(r)が求められ、では渦中心と無限遠との圧力差が有限値となり、

 

 で与えられる。ここで1はr=r1における循環、は動粘性係数であり、、Fp1()およびAはそれぞれ

 

 で与えられる。そこで=0.5となる半径を解析的くぼみ半径rmaと定義し、rmaをr0によって無次元化した値をとおく(≡rma/r0)。r1とr0の比(=r1/r0)および0をパラメータとしてを求めると、解析結果は図6の曲線で与えられる。

4.考察4.1くぼみ半径の比較

 実験結果から得た局所パラメータを使ってrmaを求め、rmとの比較を行った。なお、実験結果からを求めると、くぼみが形成される場合はその値が2より大きくなり、圧力が有限の値をとることを確認している。実験および解析的に求めたくぼみ半径の比較を図7に示す。くぼみ半径は実験結果と解析結果の間でよく一致していた。

4.2淀み域の発生

 下降流の流速分布のみを考えると、式(1)のような分布が、あるz方向の断面において存在したとしても、これは下流に行くにしたがって急速に滑らかな分布に変化してしまう。もし周方向速度がゼロであるならば、式(1)のような分布がz方向のどの断面においても成立するとは考えられない。一方実際の流速は、軸方向速度zよりもの方が大きい。また、のr方向の勾配は渦中心領域において大きく変化する。したがって、が解析により求めた値とわずかに異なるだけで、平衡していない大きな力が生じてしまう。この力が急峻なzのr方向の勾配を作り出し、平衡する可能性がある。このような関係が起こり得るのは、の急変部が渦中心領域に存在する場合のみである。すなわち、rmaとr0は同程度の大きさでなければならない。

 図6の解析結果より、0より十分に大きく、流れ場が淀み域を形成しない(=0)ならば、=2.121/0で与えられる。すなわちの値は、0の増加とともに小さくなるはずである。しかしながら一方で、r0はrmaと同程度の大きさでなければならないので、は0.1〜1程度の値をとる必要があり、十分大きな0に対しては、=0の条件を維持できない。したがって、流れ場は大きな0の下で同程度のオーダーのをとるように>0すなわち淀み域を発達させると考えられる。実験結果からを算出し図6の解析結果にあわせて図示した。=0の実験結果だけをみると、解析結果同様右下がりの傾向を示している。一方がゼロでない実験結果に着目すると、はどれも0.7程度の値をとっている。

4.3マクロ-局所パラメータ-くぼみ形状の関係

 実験結果より、有限円筒容器内に形成される渦流れ場を表す代表的な因子として、、r0およびr1の4つの局所パラメータが挙げられる。またサブマクロパラメータとして、容器中心部を下降する流量Q1および容器壁に沿う流量Q2が考えられる。一方流れ場モデルより、これら4つの局所パラメータが与えられれば、くぼみ形状が決定される。そこで、本実験体系におけるマクロパラメータ、局所パラメータおよびくぼみ形状の相関関係をまとめると、図8のように表される。

5.結言

 有限の円筒容器内に形成される渦流れ場の測定、および渦近傍の流れ場を簡略的にモデル化し、流れ場の解析を行った。その結果、流れ場を代表する局所パラメータを介して、容器形状などのマクロパラメータと定常排水渦のくぼみ形状の関係が明らかとなった。また、解析より出口管直径で決まる高速下降流領域の半径の0.7倍程度の半径位置にくぼみ半径が現れるように、淀み域が形成されることがわかった。

参考文献(1)Baum,M.R.,"Gas Entrainment at the Free Surface of a Liquid:Entrainment Inception at a Laminar Vortex",BNES J.13,(1974),203-209.(2)Takahashi,M.,Inoue,A.and Aritomi,M.,"Gas Entrainment at Free Surface of Liquid(I)Gas Entrainment Mechanism and Rate ",J.Nucl.Sci.Tech.,25-2,(1988),131-142.(3)Rott,N.,"On the Viscous Core of a Line Vortex",ZAMP,IXb,(1958),543-553.(4)Sakai,S.,Madarame,H.and Okamoto K.,"Flow Distribution Around a Bathtub Vortex",Proc.ICONE-3,1,(1995),583-588.Fig.1Test sectionFig.2Relation between and QFig.3Radial distribution of downward velocityFig.4Radius of fast downward flow regionFig.5Radius of stagnant regionFig.6Relation between 0 and Fig.7Comparison of gas core radiusFig.8Relation among macro-,local-parameters and vortex profile
審査要旨

 現在開発中のトップエントリー型高速増殖炉において、自由液面での冷却材中へのカバーガスの巻き込みが問題となっている。巻き込みで生じた気泡は炉心を通過する際、反応度異常や伝熱劣化の原因となりうるため、過大な巻き込みを生じないよう機器を設計する必要がある。液面でのガス巻き込みにもいくつかのタイプがあるが、本研究は旋回渦による液面くぼみ底部からの巻き込みに着目しており、その基礎研究として旋回渦周囲の流れ場について調べている。このような流れ場は自由液面を有する容器の液面下の排水口からの排水時によく生じるもので、そこにおけるガス巻き込みは機械工学、土木工学などでも問題となっている。

 第1章は序論であり、研究の背景や動機、既往研究についてまとめ、本研究の目的を述べている。

 第2章は実験について述べている。円筒容器の上部から接線方向に流入し底面中央から排出する単純な体系の流れ場は、渦中心近傍の高速下降流領域、容器壁に沿って下降し底面に沿って中心に向かう薄い境界層領域、残りの大部分を占める下降流がほとんどない領域の3つからなる。高速下降流領域の形状を詳しく調べたところ、必ずしも中心が最も高速な円柱噴流状ではなく、中心に淀み域をもつ中空の環状であることを見出している。流量、排水口直径、容器深さというマクロなパラメータを変化させてガス巻き込みの有無を支配する液面くぼみの形状を調べるだけでなく、循環の分布、高速下降流の速度、その領域の半径、淀み域ができる場合はその半径という渦中心付近の局所パラメータの変化も調べ、直接的にはそれらが液面くぼみの形状を支配していることを示している。なお、流量のわずかな増加で高速下降流速が急増する非線形な現象は淀み域の発生と関係があることを発見している。

 第3章では排水渦周囲の流れ場を基礎方程式から近似的に解いている。下降流速が半径方向に一様であれば基礎方程式の厳密解が存在する。しかし実際の下降流速は半径方向に分布し、この場合半径方向と軸方向の変数分離ができないため厳密解は求まらない。そこで実験結果を参考にして、軸方向流速は環状領域だけ有限で一様であり、その外側と中心部ではOと仮定している。中実円柱状の下降流分布も同じ定式化で、中心部の半径をOとおくことで記述される。それぞれの領域では基礎方程式の厳密解が求まる。半径方向及び周方向の速度は連続という条件から導いた速度場は各領域の境界で圧力の連続条件を満足しない。しかしながら不連続性は小さいことから、見通しのよい近似解であるとしてその性質を調べている。

 第4章では実験結果と流れ場の近似解の比較を行っている。まず、近似解では高速下降流領域半径を下降流速勾配と動粘度で無次元化した量がある値以下では渦中心部に局所くぼみはできないことが示されるが、実験でもこれが成立していることを確認している。次に、下降流速の不連続部は周方向速度勾配の大きいところにくるという条件を加えることで、無次元化された高速下降流領域半径がある程度以上大きくなると中心部に下降流速Oの領域が発生することを近似解から導いている。この解析結果は実験において渦中心部に淀み域が発生する理由をよく説明するものである。さらに体系全体のマクロなパラメータと渦中心付近の局所的パラメータの相互関係についても考察している。

 第5章は結論で、本研究の成果をまとめるとともに今後の研究課題を整理している。

 以上のように本論文は、自由液面を有する定常排水渦周囲の流れ場を実験で詳しく調べ、渦中心の高速下降流の分布が中実円柱状から中空の環状に遷移することが下降流速に大きく影響することを示すとともに、その遷移の発生理由について解析による説明を与えたものであり、渦周囲の流れ場を支配する諸量の関係を明らかにした点で工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54010