学位論文要旨



No 113420
著者(漢字) 染矢,聡
著者(英字)
著者(カナ) ソメヤ,サトシ
標題(和) 流体内構造物に衝突して剥離した噴流による自由液面自励振動
標題(洋)
報告番号 113420
報告番号 甲13420
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4138号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨 1.緒言

 高速増殖炉の炉容器には冷却材の高速循環流、自由液面が存在する。強い非線形性をもつ両者の相互作用により、自励振動等、液面の不安定現象が生じ得る。高速炉での液面振動は炉内構造物への熱応力付加や反応度、流量の制御に影響する。流れと自由液面との相互作用による自励振動現象にはジェットフラッタ(1)や自励スロッシング(2)(3)が報告されている。一方、高速炉炉容器には反応度制御のための流体内構造物(UIS)も存在する。流れと流体内構造物との相互作用によるエッジトーン(4)は研究例も多い。しかし自由液面、流体内構造物と流れの三者を有する系における自由液面自励振動はこれまであまり報告例がない。このような系で生じる現象を把握することは工学的に重要である。本研究ではこれら三者を有する簡単な実験系で液面挙動を調査し、4種類の自由液面自励振動を観測した。これらのうち液面隆起振動は本研究で新たに発見した振動現象であったため、振動発生及び振動数を支配するパラメータを調査し、自由液面形状に着目して振動数決定機構を検討した。

2.円筒体系における自由液面自励振動

 図1に示す断面を持つ装置を用いて表1に示すパラメータの組合せについて実験を行った。底面中央から流入した円形噴流はUISに衝突して流れの向きを変え、自由液面に衝突する。体系Aで実験を行った結果、4種類の振動とそれらの複合状態が観測された。以下では単一の液面振動状態で振動した4種類の振動のみについて検討する。観測された4種類の振動をそれぞれ液面隆起振動、(0,2)スロッシング及びスロッシング、スロッシングと称することとする。図2に示すように(周方向の節数,径方向の節数)で固有振動のモードを表す。液面隆起振動は(0,2)モード同様に液面中心部が周方向均一に上下するが固有振動とは一致していなかった。他の3種類のスロッシングにおける振動液面及び振動数はそれぞれ各モードの容器内流体固有振動に良く一致していた。これらの振動発生条件を図3にまとめた。

 2.1液面隆起振動 液面隆起振動はUIS挿入深さ(L)、噴流流入流速(V)が共に比較的小さい領域で生じた。Lが大きくなるにつれてより高流速条件下で発生した。流入口から流入した噴流はUISに衝突した後、UISの周りの液面に周方向均一な盛り上がりを形成する。この液面隆起は周期的に成長消滅し、振動は主にUIS近傍で生じていた。振動液面、振動数ともに容器内流体の固有振動には一致していなかった。

 2.2(0,2)スロッシング (0,2)スロッシングはL、Vが共に大きい領域で、Lが大きくなるにつれてより低流速条件下で発生した。流入噴流は振動すること無くUISに衝突し、UIS衝突後の剥離噴流が液面振動と同期して振動していた。(0,2)スロッシングでは剥離噴流は二つの節を持って振動し、自由液面ではなく内筒内壁に衝突して容器内に大きな二つの循環渦を形成する。また、実験の結果、(0,2)スロッシングではフローパターンの2次元性が重要であることがわかった。このフローパターンの類似性から、(0,2)スロッシングは「水平平面噴流による自励揺動」(3)と同一の振動発生機構を持つ現象であると考えられる。

 2.3(1,1)スロッシング スロッシングの振動発生領域はLが比較的小さく、液面隆起振動のそれよりも高流速側に位置し、スロッシングはLが30mmから100mmまでの比較的流速の小さい領域に分布した。前者では衝突噴流による液面隆起が見られたが、後者では見られなかった。いずれの振動でもUIS衝突前の噴流が振動していたが、スロッシングでは流入噴流が流入口を唯一の節として振動しており、スロッシングでは流入口以外にも節を有していた。これら振動特性に関して、前者は「ジェットフラッタ」(1)、後者は「垂直平面噴流による自励揺動」(2)と類似しており、同一の発生機構による振動であると考えられる。

 2.4液面隆起振動に対する装置形状効果 液面隆起振動に特に注目するため、スロッシングを助長する内筒を除いた体系B、C、Dで実験を行い、装置形状効果を調べた。

 体系B内側円筒を除いた場合の振動発生領域を、体系Aの場合とあわせて図3に示した。発生領域は全体的に高流速側にシフトしてかなり広がった。

 体系C流入口-液面間距離(h)が大きくなると振動発生に必要な流速が大きくなり、その範囲もやや狭くなった。

 体系D本実験の範囲内において、水深(H)は液面隆起振動の発生領域に特に影響を与えなかった。

 2.5液面隆起振動の振動数 体系Bにおける振動数と流速の関係を図4にまとめた。UIS挿入深さ(L)、流速(V)が大きくなるにつれて振動数は低下した。液面隆起振動はUIS周囲の液面隆起の周期的な生成・消滅が特徴的な現象である。また、実験では流速が大きいほど液面隆起の最大高さが大きかった。これは流速が大きいほど振動周期が長くなったことと関係していると考えられる。Lが大きいほど振動周期が長くなることは、Lが大きいほどUIS底面から液面隆起の最高到達点までの距離が長くなるためと考えられる。このように液面隆起振動では液面形状(液面隆起高さ)も重要であると考えられる。しかし、円筒体系ではこれらの測定は困難であった。

3.矩形体系における液面隆起振動

 液面隆起高さの測定や液面形状と剥離流れとの同時可視化を行うため、図5に示す矩形体系で実験した。

 3.1噴流、自由液面の挙動 液面隆起振動発生時のUIS近傍の液面形状と剥離噴流の剥離流線の可視化結果を図6に示した。この条件下では振動周期(T)は0.9秒である。液面隆起の消滅に約、液面隆起の形成に約の時間を要している。また、液面隆起形成の際、まず剥離噴流の下流側液面(A)のみが盛り上がり、Aの液位が最大になった後、Aの液位をほぼ保った状態でUIS側壁付近の液位(B)が上昇する。これらのことから液面隆起振動は、液面隆起消滅、下流側液面隆起形成及びUIS側液面隆起形成の3つの過程に分けて考えることが可能である。これら3つの過程は実際には独立ではないが、本研究ではこれらが独立であると仮定して振動周期の議論を行った。

 3.2液面隆起高さ 図7に振動発生時の最大液面隆起高さ()を流入流速についてまとめた。はUIS挿入位置に関わらず、流入流速に比例して大きくなった。液面隆起は多くの場合、UIS側壁部で最大到達高さに達した。

 3.3振動周期

 3.3.1振動周期の分割 矩形体系での液面隆起振動の振動周期(T)を図8にまとめた。図8からUIS設置位置に関わらず、Tは(1)式で表されるVの一次関数よって一意に決定された。

 

 液面隆起形成及び消滅にかかる時間がそれぞれ異なっていた(図6)ことからh-L=100[mm]の場合を例にとり、液面隆起の形成にかかる時間(Tup(EXP))と液面隆起の消滅にかかる時間(Tdown(EXP))をVTRを用いて測定した(図9)。図9から、Tup(EXP)は流速、又は液面隆起高さとともに長くなり、Tdown(EXP)は流速とともにわずかに長くなるものの、ほぼ一定であることがわかる。

 3.3.2液面隆起形成時間 下流側液面(図6(A))だけが隆起する際、高さ()だけ液面が重力場の自由運動によって上昇すると考えると、下流側液面隆起形成にかかる時間(Tup1)はで表される。

 次に、図10(a)に示すように、噴流及び下流側(左側)液面は変動せず、噴流とUISとの間の液面(図6(B))が上昇する過程を図10(b)の体系に置き換えて考える。剥離噴流では剥離点の近傍で流れと直角方向の速度勾配が急俊で大きな渦度を持つ。そこで剥離噴流の剥離点付近が連通口、下流部分は固体壁の役割を果すとする。剥離噴流の下流側液位は変動しない。剥離噴流の左側がタンク、右側が枝管である。UIS側液面隆起形成時間(Tup2)は枝管内液面振動の周期の半分であると考えられ、で表される。

 以上より、液面隆起形成時間(Tup(CAL))は実験値を含む(2)式で表され、Tup(EXP)とTup(CAL)は比較的良く一致した(図9)。これより、少なくとも矩形体系で観測した液面隆起振動では、液面隆起形成時間を、下流側液面の自由運動による上昇時間(Tup1)と圧力差によるUIS側液位回復時間(Tup2)との重ね合わせで表すことができる。

 

 3.3.3液面隆起消滅時間 Tdown(EXP)は流速及び液面隆起高さにほとんど依存しなかったため、波の伝播を考えた。液面隆起消滅時間を波の周期の2分の1とすると、Tdown(CAL)は(3)式で表される。波長()、水位(h)の実験値を代入して求めたTdown(CAL)を図9に×印で示した。図9から液面隆起消滅時間は、波の伝播で説明できるといえる。これは図6のの場合にみられるように、噴流が水平方向に変向し、噴流という支えを失った液面隆起が下流側に流出していく様子からも理解できる。

 

4.結言

 流体内構造物(UIS)、自由液面、噴流を有する円筒装置で、4種類の自由液面自励振動を観測したため、これらの振動特性を実験的に調査した。これらの内3種類は容器内流体の固有振動に良く一致し、既知の振動現象との類似性が高いことがわかった。液面隆起振動は報告例の無い振動現象で、振動の支配因子を実験により調査した。

 矩形装置を用いて実験を行い、液面隆起振動の液面形状と振動周期に関して調査した。液面隆起振動の振動周期を、剥離噴流の下流側液面隆起の形成、UIS側液面隆起の形成及び液面隆起の消滅という3つの過程に区分する簡易モデルで説明することができた。液面隆起の形成にかかる時間は、重力場における上昇運動による剥離噴流下流側の液面隆起の形成と、液位差によるUIS側隆起の形成との和と考えることができる。液面隆起の消滅にかかる時間は重力波が2分の1波長だけ伝播する時間にほぼ等しい。

参考文献(1)飯田・班目・岡本・深谷,機論,61-582,B(1995),517.(2)深谷・班目・岡本・飯田,機論,60-574,B(1994),2014.(3)岡本・班目・萩原,機論,57-535,B(1991),647.(4)林・宮本・藤原・伊藤,計測自動制御学会論文集,16-6,(1980),110.図.1 Cross sectional view of the test tank図.2 Oscillating modes図.3 Oscillating region図.4 Dependence of frequency on V and L表.1 Geometric Parameters図.5 Cross sectional view of the test tank図.6 Oscillating free surface and separated jet in Swell Flapping図.7 Relation between the inlet velocity and the swell height図.8 Relation between the jet inlet velocity and the period of Sweel Flapping図.9 Time for swell rising up and breaking down (h-L=100[mm])図.10 The concept of the model for Tup2
審査要旨

 高速増殖炉の開発では経済性向上が課題となっているが、そのためには炉容器をはじめとする機器の小型化が必要となる。ところで現在実証炉として開発が進められているトップエントリー型炉では、炉容器や中間熱交換器に自由液面がある。小型化により冷却材速度が上がると自由液面が不安定になり、カバーガスの巻き込みや液面の振動などの問題が発生する恐れがある。しかしながらこれまでは具体的にどのような問題が生じるかは調べられていなかった。本論文は、高速炉炉容器を単純化した体系で、冷却材流速や体系パラメータを実機条件より厳しくしていったとき発生する液面振動について、水実験により調べたものである。

 第1章は序論であり、研究の背景や動機、既往研究についてまとめ、本論文の位置づけと研究の目的について述べている。

 第2章では高速炉炉容器上部プレナムを単純化した円筒体系での実験結果をまとめている。円筒下部中央に炉心出口に相当する流入口があり、その直上部には炉心上部機構に相当する円柱が液面から差し込まれる。円柱下面に衝突した流れは円筒外周下部から流出する。この体系で流量と円柱の液面からの水中への挿入深さを変化させることにより、4種類の自励振動を観察している。うち2種は直径方向の節を1本有する線対称モードで、円柱周囲の液面の局所的隆起を伴うものと伴わないものがある。残りの2種は円筒内に周方向の節を有する軸対称モードで、液面付近の流れが外向きのものと内向きのものとがある。4種の振動は発生領域も明確に異なる。このような振動の発生を発見したこと自体、特筆すべき成果である。さらにそれぞれの振動の特徴を明らかにし、軸対称モードで液面の流れが外向きの振動、すなわち液面隆起振動と名付けられたもの以外は、これまで矩形体系で発見されていた振動と同じ機構で発生していると結論づけている。

 第3章では液面隆起振動の特徴を円筒容器の形状を変化させてさらに詳しく調べている。流出を円筒外周の下部ではなく外周壁からのオーバーフローとすることで他のモードの振動の発生が押さえられ、液面隆起振動はより広い領域で発生するようになる。実験の結果、円柱下部の角で剥離する流れが振動発生に大きく影響すること、振動数はスロッシングの固有振動数でなく流量や円柱挿入深さで変化することを明らかにしている。

 第4章では矩形容器を用いて円筒容器の液面隆起振動と同種の振動を発生させ、それについて調べている。液面形状の変化と構造物の角で剥離する流れの方向変化を同時観察するとともに、その振動数を支配する因子を分析している。この振動は調和振動でなく、1周期は剥離流れによって液面が隆起するのに要する時間と液面の隆起で剥離流れの向きが変わり隆起が消滅する時間に分けられ、前者のほうが長い。それぞれの時間を適切なモデルに基づいて算出し、実測結果と比較してよい一致をみている。このことから振動数の予測ができるばかりでなく、振動の機構についても大きな示唆を与えている。

 第5章は結論で、本研究の成果をまとめるとともに今後の研究課題を整理している。

 以上のように本論文は、流体内構造物に衝突して剥離した噴流によりどのような自由液面自励振動が発生するかについて実験的に明らかにするとともに、発生する振動についてその特性を調べ発生機構等について考察を行ったものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54636