トカマクなどの核融合装置において、ダイバータ、リミターは炉心からの高熱流束のプラズマを中性化して排気する役割、つまり粒子制御、ヘリウム灰排気等の役割を担うものである。しかしプラズマと対向壁との相互作用により不純物が発生し、それがプラズマ中へと混入し、プラズマ特性を劣化させたり、また粒子密度制御が困難となりプラズマディスラプションをひきおこす原因になるなど重大な問題となっている。炭素系材料が用いられた場合、物理的、化学的な損耗過程が知られ、特に後者は今後低温高密度ダイバータが採用された場合に、逆に損耗量が増加することが危惧される。それゆえ対向壁の寿命を決定する上で、不純物粒子がプラズマ中においていかなる解離、または電離過程を経て輸送されるか、またはいかなる状態(化学形、エネルギー、荷電状態など)で対向壁に再付着されるかを理解することは重要である。 そこで我々は境界プラズマの特性に近いパラメータを有する定常プラズマ発生装置MAP(Materials And Plasma)を用いて、材料に照射し、発生、混入した不純物の原子分子過程ならびに輸送特性を評価する研究を次のように行った。 1.対向材料として有望視されている、黒鉛材ならびにほう素被覆材をプラズマで照射し、直接不純物をプラズマ中に混入させ、プラズマ内の不純物輸送特性を評価する実験を行い、物理損耗により、混入したほう素、炭素粒子の輸送特性を検討した。 2.化学損耗によりプラズマ中に混入した炭素を含む分子種の輸送特性をスペクトル分析により評価した。また本手法を用いた、実機におけるモニタリングの可能性について考察した。 3.損耗によりプラズマ中に混入した炭化水素種の質量分析実験およびそれらの輸送特性、付着挙動を評価した。 1.の研究において、等方性黒鉛およびデカボランをCVD法により被膜させたホウ素材ターゲットへHeプラズマを照射した。図1(a),(b)に黒鉛材プラズマ照射実験の炭素原子、イオンの荷電状態別密度分布およびほう素のそれらを示す。なお、電子密度1018m-3、電子温度10eVの特性のプラズマを用いた結果である。x=0がターゲットの位置であり、これらの分布は分光により得られたCまたはBのスペクトルを遷移確率で規格化することにより求められた。 また図2(a),(b)に計算モデルにより得られた炭素粒子、ほう素粒子の密度分布に表す。この計算モデルはコロナ平衡が成立していると仮定し、質量保存則、運動量保存則を基とし、材料表面における反射効果などを採り入れたモデルである。 炭素に比べ、ほう素粒子は質量が軽いため、かつ電子衝突イオン化が起こりやすく、壁近傍に分布する傾向にあることがわかった。またプラズマの密度を5×1018m-3、電子温度6eV程度の環境において、同様の実験を行ったところ、図2(a),(b)の結果に比べて、それぞれのスペクトル強度は減少したものの、それらと同様の分布を得た。強度が減少した理由はプラズマが低温化したこと(電子温度の減少)およびプラズマ流による摩擦力の増大によると考えられる。またその環境下における計算結果と比較したところ、やはり実験および計算とも、ほう素の方が壁近傍において多く分布している事実に変化は無かった。 図1:炭素、ほう素粒子のプラズマ内軸方向分布(実験値)図2:炭素、ほう素粒子のプラズマ内軸方向分布(計算値) 次に2.の研究において、水素プラズマを黒鉛材料に照射し、分光装置を用いて化学損耗により生成した種の解離により生成したと推測されるC2(A3g-X-3u)、CH(A2-X2)およびの炭素を含む分子スペクトルをプラズマ中にて観測した。 またそれらのスペクトルを量子理論に基づき、計算するモデルを作成し、実験、計算で得られたスペクトルを比較することにより励起温度を算出した。ここで実際のプラズマにおいては、回転、振動に関する励起、脱励起過程の時間スケールおよび衝突によるエネルギー移行過程が異なるために、単一の温度で表すことは問題があると考え、振動、回転励起状態に個別にBoltzmann分布が成立するという仮定をモデルに取り入れ、それぞれ振動、回転励起温度を別に求めた。CH、C2、H2に関する励起温度のプラズマ軸方向分布を図3に示す。図3のなかでrot,vibはそれぞれ回転、振動励起温度を表す。 図3:分子種のプラズマ内励起温度測定(上がCH、下がC2) 次に得られた温度を検証するために、励起状態の存在時間と衝突時間を評価した。前者よりも短いスケールで衝突反応が起こっている系は熱平衡が成り立つと考えることができる。そこでvibrational energy transfer(VET)、rotational energy transfer(RET)、translational energy transfer(TET)などの衝突過程について考え、これらの衝突時間を評価し、CHは、H2分子と次のような時間スケールで衝突が起こることが分かった。 RETのエネルギー移行はスムーズに進み、熱的平衡が十分成立する条件にあると考えられる。それゆえCHおよびC2の回転励起温度はそれぞれの粒子の並進エネルギーに近いと言える。逆に並進エネルギーから回転エネルギーへの移行もスムーズに行なわれるために、回転励起温度が振動温度より高い値を示す理由であるとも考えられる。しかしVET移行は励起状態の寿命よりも長い時間を必要とするため、熱的平衡から多少逸脱しているのではないかと考えられる。 トカマク等の大型装置における、これらの分子スペクトル分析による炭化水素種のモニタリングの可能性について、衝突時間スケールをもとに考察した。まず境界層の分子密度は1021/m-3と見積もられた場合、励起状態における衝突消光による無放射遷移の影響について考える必要があり、その場合のCHとH2分子との回転レベルの衝突時間はRET=10-5sと見積もられた。これは衝突消光の衝突時間とほぼ同等の時間スケールであり、無放射遷移の影響が無視できなくなり、この理論の適用が難しいことが分かった。H2密度が1020m-3以下の場合はこの方法が十分適用できることが予想される。 これまでスパッタリングによる炭素を含む分子種の存在、特性等を分光法によりに評価してきた。しかしながら可視分光により同定され得る分子種の種類は限られている。そこでその他の分子イオン種の同定、およびその存在量を評価するために、プラズマ中において質量分析を行なうための分析装置系を設計計画した(研究3.)。これは磁場に支配されるイオン粒子がラーマー半径軌道を描く特性を利用したものである。 炭素材料にプラズマを照射した場合の質量分析結果を図4に表す。酸素系不純物と質量数が重なるものが多く存在するが、M=15に相当する電圧値(図4の横軸の90付近)の信号のみがそれらの影響を受けず、かつArプラズマ照射時は観測されなかったことから、これは化学損耗によるCH4に起因する、CH+3の信号であると推測される。その他C2Hx、C3Hx、C4Hxなどの信号も観測され、重い炭化水素も生成することが分かった。 炭素、ほう素粒子のモデルを用いて、CH4のプラズマ内密度分布を算出するとともに、スパッタされた粒子の付着率を評価した。この結果から、化学損耗された粒子のイオン化平均自由行程は物理損耗された炭素単体のそれと比べ短いため、より付着しやすいことが分かった。またNe=1021m-3の環境下において、88%もの化学損耗された粒子が付着することが、計算により見積もられた[4]。 このような実験室レベルの素過程の評価が実際の大型装置において、直接適用できるとは必ずしも言い難いが、大型装置においては観測しがたい現象を、明らかにしてきた。そして本研究で用いた方法論を実際の装置におけるプラズマ-対向材料相互作用にいかに適用させるかが今後の課題である。 図4:質量分析結果 |