渦電流探傷法(Eddy Current Testing:ECT)は非破壊検査の重要な手法として、原子力発電所における蒸気発生器(SG)伝熱管や航空機などの重要な機器の欠陥検査に適用されている。特にSGの供用期間中検査においては原子力発電所の高稼働率を維持しつつ安全性を高めるために不可欠な探傷手法である。その理由としては数千本の細管を短時間で全数全長探傷可能であり、且つ減肉、傷に感度の良いことが挙げられる。最近では、原子力発電所の安全確保を一層推進するためにECT非破壊検査に対する要求はさらに高まり、単に欠陥の有無だけでなく欠陥の形状・種類を定量的に評価すること、及び、より微小欠陥の検出などの信頼性・精度の向上が必要とされている。 本論文では、プローブの最適設計によるECT探傷能力の向上、及び測定データからのき裂形状の再構成によってSG検査に適用されるECT技術の高度化を図る。研究の遂行に際して、SG細管に放電加工(EDM)によって作られた微小人工欠陥を有する試験片を対象とし、それを検出する高性能プローブの開発、並びに最適設計法の確立を行なう。加えて、各プローブにより測定された信号からその微小き裂の形状を同定する方法を提案・検証し、更に、自然き裂への適用可能性について検討する。この二つの問題に関して具体的に次の三つの研究内容を実施した。まず、従来の3次元渦電流解析手法に基づいたFEM-BEMコードを適用し、き裂とプローブの相互作用の特徴を数値計算結果に基づき考察した。次に、ECTプローブの簡易評価・設計法の妥当性を数値計算結果に基づいて検証し、それを利用して新たなプローブを提案した。最後に、任意形状の導体、プローブに関する順問題の高速ソルバーを開発し、物理モデルに基づくき裂形状の再構成手法の確立を図った。本論文の最も重要な内容は上記の2番と3番であり、それぞれ、プローブの最適化と逆問題解析に相当する。 第1章においては研究背景・目的と本論文の概要が述べられ、さらにはECT技術に関連したこれまでの研究成果、特にSG検査に関するレビューがまとめられている。 第2章においては、ECT技術の原理・現状を紹介し、また、本研究に関連する渦電流解析手法としてA-法及び体積分法(VIM)の支配方程式の導出と離散化の手順及び検出信号の計算式がまとめられている。 第3章においては、前章でまとめられたA-法に基づいたFEM-BEMコードを利用してき裂とプローブの相互作用の特徴を数値計算によって調べた。本章の前半には、各種ECTプローブの特長を把握するために現在実用化されている中で高性能と思われる2種類のプローブの検出性能をシミュレーションで評価し、その結果を別の数種のプローブの結果と比較した。結論としては、プラスポイントプローブが従来型のプローブの中で最も優れていることが判明した。後半では、き裂が管の半径方向又は軸方向から傾いた場合の検出信号を上記コードを用いて評価し、き裂の傾きによる影響を調べた。実際のSG検査問題に対して、き裂の傾きは検出信号に大きな影響を与えず、重要なき裂パラメータの同定には無視できるものの、その傾きの定量化は難しいことが判った。 第4章では、従来のプローブ評価法における高いコスト及び物理的直観に乏しい欠点を解決するためにECTプローブの簡易評価法を提案・検証した。具体的には、まず励磁静磁場の分布より渦電流の分布を直接に予測する経験式を提案し、その物理的意味を渦電流問題の積分型支配式に基づいて説明した。次に微小き裂による渦電流の変化分を近似するためにリング電流モデルを提案した。これらの簡易関係式とリング電流モデルに基づき、定量的な結果(例えば、S/N比、渦電流による磁場など)が得られるプローブの簡易評価法を新たに開発した。この手法の有効性はFEM-BEM法の結果との比較によって確認されている。本簡易手法では、励磁磁場から渦電流の分布またはき裂による誘起磁場変化分の分布を推定でき、更にプローブのリフトオフ変化または傾きに対するS/N比の計算が可能である。 これらの特長を利用して、本章の後半にはECTプローブの簡易設計法を開発した。具体的には、円管の周・軸両方向の渦電流が発生できる励磁方式を想定し、それに対する誘起磁場の変化分の分布を簡易法を用いて予測する。検出コイルが誘起磁場変化の大きい場所に位置すべきという条件を利用し、更に、前章で判った相互誘導、差動出力の方式を考慮して、最適な検出方式が選べる。これらの励磁と検出方式を組み合わせたプローブに対して簡易評価法によってS/N比を計算し、その検出能の高いプローブを最適なプローブとする。最後に、この簡易設計法に基づいて2種類のプローブの基本構造を設計し、その高い検出能をFEM-BEM法の数値計算の結果により確認した。 第5章においては、複雑形状を有する非磁性導体における順問題の高速解法及び自然き裂のモデリングによって自然き裂を再構成する手法が確立された。実際の応力腐食き裂などの自然き裂は直接に再構成することが困難であるために、本研究ではき裂をモデル化し、そのモデル化したものを再構成することにする。即ち、自然き裂の再構成の初期段階として異なる特長を持つ三つのモデルを提案し、最適化手法のCG法に基づいてその再構成を行なうこととする。上記の物理モデルに基づいた逆解析には、高速且つ精度の高い順問題ソルバーが不可欠である。そこで、A-法とデータベースを用いた新たな順問題の解法を提案し、その有効性と精度をベンチマークモデルの解析によって検証した。この新たな順問題の高速解法をき裂形状同定のための最適化手法に適用することによって、ECT信号からき裂形状を推定する手法が確立された。本論文では、EDMき裂に対して上記のアプローチに基づく解析コードを作成し、パンケーキコイルによる実機測定インピーダンスなどの信号を用いて再構成を行なった。いずれの場合でも短時間で(数十秒から数十分、SGI Indigo 2)非常に良い精度で収束解が得られ、この手法の有効性とロバスト性が確認された。さらに、新たに開発中の4センサプローブを模擬したデータからも再構成を行ない、相互誘導、差動出力方式のような複雑なプローブに対しても有効であることが判った。 最後に、本論文の結論が第6章にまとめられている。本研究によって得られた重要な結論をまとめると次のようになる。 1.き裂の傾斜による検出信号への影響を調べた。き裂の深さが一定である場合、半径方向の傾斜はECT信号にほとんど影響を与えない。軸方向傾斜の場合、傾斜の角度が大きくなると信号が小さくなるものの、10°以下の傾斜は影響が少ない。 2.渦電流分布の簡易評価法を提案・検証し、き裂がない場合の渦電流を励磁コイルの静磁場により簡単に推定できるようになった。さらに、き裂による渦電流の変化分を近似するリング電流モデルを提案し、プローブの検出性能の定量的な評価手法を開発した。 3.静磁場と渦電流の簡易関係及びリング電流モデルを用いて、新たなECTプローブの最適設計法を提案した。また本手法に基づいて二つの高性能と思われる新しいプローブを設計し、その高い検出能力をFEM-BEMコードによって確認した。 4.A-法に基づいたデータベースを用いる順問題の高速解法の開発に成功した。ポテンシャルを未知数とするため、より大きいき裂への対応または任意形状のき裂の取り扱いに非常に有効であることが判った。ベンチマーク問題に適用し、この手法が高速且つ高精度であることを示した。 5.自然き裂の三つのモデルに対してそれを再構成する反復解法を提案し、感度解析までの式を導出した。更に、開発された順問題の高速解法と組み合わせてEDMき裂の再構成コードを作成し、各々の測定信号よりき裂の再構成を行なうことによって、この手法の有効性、ロバスト性及び複雑なプローブへの適用性を示した。 |