高温超電導フライホイールによるエネルギー貯蔵は、システムがコンパクトであることやエネルギー貯蔵効率が高いなどの特長を有することから、発電設備や核融合炉などへの応用が有望視されている。高温超電導フライホイールの研究開発の現状として、国外では米国、ドイツなどで試験機がつくられ、日本国内でも1993年に100Wh級のブロトタイプが製作され、長時間にわたる高性能な試験運転の実績が報告されている。しかし、実用化に不可欠な大型化の実現にはなお多くの課題が残っている。特に高温超電導フライホイールの重要な構成要素である磁気軸受の特性の把握とそれに基づく最適設計はシステム開発全体の成否に関わっている。 本論文はこのような背景を踏まえて、高温超電導軸受の最適設計手法の確立と浮上特性の改善を目的とする。これを軸として、まず高温超電導体と永久磁石の間に発生する電磁力がそれぞれの材料特性や幾何学的パラメータにどのように依存するかその感度解析を行なった。そしてこれらのパラメータと軸受浮上特性との関係を考察し、最適設計の手順を提案した。 次に、超電導バルクの遮蔽電流分布及び電磁力を解析的に評価する手法を開発し、浮上システムの設計に有用なツールを提供した。また、磁束クリープによる磁気軸受浮上特性の緩和について理論的検討を行い、数値計算による評価を実施した。さらに超電導遮蔽電流のヒステリシス特性を利用することによる浮上緩和の改善手法を提案した。この手法は高温超電導体の固有の性質を利用したものであり、実用性が高い。最後に、交流磁場下の超電導磁気軸受の動的特性を実験的に評価した。浮上体の非線形振動及び浮上量減衰現象と軸受の磁気剛性及び交流磁場の振幅との関係を理論的に検討した。 第1章においては、磁気浮上の定義、高温超電導体の磁気浮上における役割を紹介し、本論文の背景・目的を述べ、論文の各章の概要を説明した。 第2章においては、まず超電導体における重要性質である完全導電性、完全反磁性、臨界磁場、臨界温度、臨界電流密度などを簡単に説明し、本論文の議論を展開するために必要な超電導に関する基礎理論の中、ロンドン理論、臨界状態モデル、磁束クリープ・フロー理論などを紹介した。次に、従来の磁気軸受の基本原理を述べ、問題点を列挙した上、高温超電導体を磁気軸受に導入する必要性及び高温超電導磁気軸受のエネルギー貯蔵分野における応用を紹介した。さらに、高温超電導磁気軸受に関する研究の現状についてのレビューをまとめた。 第3章では、超電導磁気軸受の実用化における最適設計手法の開発をテーマとし、主に現在まで系統的に議論されていない、超電導磁気軸受における幾何学的パラメータの浮上特性への影響を扱った。高温超電導体を利用した磁気浮上は超電導遮蔽電流と外部磁場の相互作用によって実現されるため、浮上力は遮蔽電流及び外部磁場の分布により決定される。これらの分布に影響を与える永久磁石及び高温超電導バルクの配置の最適化は磁気軸受の浮上特性の最適化につながると考えられる。大型の高温超電導軸受は、磁石と超電導バルクの製作技術の制限より、回転側は複数のリング状磁石、静止側も同様に複数の超電導バルクにより構成される。本論文では以下の幾何学的要素の浮上特性への影響を考慮し、数値解析により定量的な評価を行なった。(1)永久磁石リングの数及び着磁方向(2)高温超電導バルクの寸法及び形状効果(3)超電導バルクと永久磁石との相対位置関係本論文では、これらの評価より得られた知見を基に浮上力の最適化手法を提案した。一方、高温超電導磁気軸受における電磁力評価はその設計において重要な課題である。特に設計の初期段階では、解析条件と結果の関係がより明瞭に反映されるような近似解法の開発が要求される。本論文では遮蔽電流の分布領域とこの領域内の遮蔽電流分布を近似的に求めることにより、電磁力を求める解析手法を開発した。 第4章では、超電導磁気軸受における緩和現象を扱った。磁束クリープ現象は微視的にはピンニングセンターに捕捉された磁束量子の熱的揺らぎに起因すると考えられている。巨視的には遮蔽電流の減衰や超電導体内の磁場分布の経時変化として現れ、浮上力の減衰、あるいは荷重が一定である場合には磁石と超電導体との間の浮上距離の減衰の原因となる。この現象による影響を超電導磁気軸受の設計に反映させるために数値解析による緩和の評価を実施した。また、超電導体内部の遮蔽電流分布の減衰に対する理論的考察を行ない、外部磁場の変化により超電導体中にヒステリシス電流分布が生じる場合には、浮上力の経時減衰が改善されることが分かり、その効果を数値解析と実験により検証した。この手法は、超電導体の本来の特性を利用したもので、付加手段を必要としないため、実システムへの適用性が高いと考えられる。 第5章においては、交流磁場の影響下の超電導磁気軸受の動的現象の実験的な評価と理論的考察をまとめた。高温超電導磁気軸受における永久磁石の磁化の不均一性は準静的な浮上では問題にならないが、高速回転する場合、磁化の不均一分布が超電導体に変動磁場をつくるため、磁気浮上に与える影響として、浮上体の非線形振動と浮上量の経時的減衰が考えられる。そこで、回転時の永久磁石の磁化の不均一性による交流磁場の影響を、永久磁石の周囲にパンケーキ型コイルを巻くことにより模擬した。実験では、交流磁場の振幅と振動数をパラメータとし、非線形振動と浮上量の減衰を観測した。まず、非線形振動については低周波領域で共振曲線の跳躍現象と分数調波振動が観測された。非線形振動の跳躍現象は主に系の非線形剛性と加振力により決められるため、本論文ではこの非線形剛性と加振力を数値計算より求め、非線形振動理論により共振曲線の跳躍現象を理論的に予測可能であることを示した。また、このような振動実験により逆に磁気浮上系における電磁力の非線形特性を求めることも可能である。浮上量の減衰に関しては、交流磁場の影響により磁束クリープの場合より減衰が大きくなるが、その程度は交流磁場の振幅に依存することが分かった。この現象は交流磁場下の超電導体遮蔽電流の減衰特性に起因すると考えられ、交流磁場と磁束クリープを同時に考慮した理論モデルにより定性的に説明される。また、浮上系の磁気剛性が強い場合、同様な交流磁場下でも浮上量の減衰が小さくなることが観測され、超電導磁気軸受の磁気剛性を材料、幾何学的設計、冷却条件などの最適化により大きくすることが浮上量減衰の改善に寄与すると考えられる。 最後に、本論文の結論が第6章にまとめられている。本研究によって得られた重要な結論をまとめると次のようになる。 1.臨界状態モデルに基づいた電流ベクトルポテンシャル法を用いて、高温超電導体と永久磁石の間に発生する電磁力の材料、幾何学パラメータの感度解析を行なった。これらのパラメータと浮上特性との関係を考察した上、最適設計手法を提案した。 2.超電導バルクの遮蔽電流分布及び電磁力を解析的に評価する手法を開発した。この手法では超電導体の幾何学的パラメータと材料定数を決めた場合、遮蔽電流と外部磁場の作用により生じる電磁力と外部磁場との関係を解析的に明示したものであり、磁気軸受の最適化設計に寄与する。 3.磁束クリープによる磁気軸受浮上特性緩和の数値計算による評価を実施し、数値計算結果が緩和特性の特徴を正確に反映しており、磁気軸受の設計に十分適用できることを確かめた。理論的な考察より、超電導遮蔽電流のヒステリシス特性を利用することにより、緩和特性が改善されることを示し、その効果を数値計算と実験により検証した。この改善手法は高温超電導体の固有の性質を利用したものであり、実用性が高い。 4.高温超電導磁気軸受における交流磁場下の浮上体の非線形振動と浮上量の経時的減衰を実験的に評価した。非線形振動理論により共振曲線の跳躍現象を理論的に予測することが可能であることを示した。また、このような振動実験により逆に磁気浮上系における電磁力の非線形特性を求めることも可能である。浮上量の減衰の交流磁場の振幅に対する依存性を評価し、これが交流磁場と磁束クリープを同時に考慮した遮蔽電流の減衰モデルにより定性的に説明されることを示した。また、浮上系の磁気剛性の増大が浮上量減衰の改善に寄与する。 |