学位論文要旨



No 113426
著者(漢字) 尹,性二
著者(英字)
著者(カナ) ユン,ソンイ
標題(和) 環境比較優位の最適化を考慮した共同実施活動(AIJ)の動学的評価
標題(洋)
報告番号 113426
報告番号 甲13426
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4144号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨

 持続可能な社会とは、技術だけでなく、社会システムと密接な関連を持っている。特に、貧富の格差、いわゆる分配の不平等は、以下に述べる意味において人類の持続可能な発展を脅かす力がある。すなわち、資源の不足や環境破壊が深刻化した際に特に経済力の弱い国に被害が集中し、貧富の差が益々拡大して、南から北へ大量の難民や地域紛争の発生という形で破局が起こりうるのである。このように持続可能性を脅かす貧富の格差を縮小し、なおかつ環境改善を行う方策としていくつかを提案し、それを分析する。

 具体的に国際的な枠組を考える前段階として一国モデルを用い

 

 のような式から直接間接二酸化炭素排出係数tjと国内最終需要Yi及び輸出Eiにより誘発される二酸化炭素排出総量Tiの推定を行う。さらに二酸化炭素排出に関してどのような要因が関わっているのかを分析する。式で表すと次のようになる。

 

 このような式から求められた結果を用いて4つの二酸化炭素排出削減のための規制方策を提案し最も効率が良い方策を探る。この際、評価基準としては各々の方策に関して国民経済に与える負荷を測定して最も負荷が少ないものを採択する方法を採る。その結果、平均以上排出している産業だけに排出規制をかけるべきであるとの結果が得られた。

 しかし、このような一国だけの規制では結局規制にかかった物に関しては国のなかでは生産せずに輸入してしまうことでその分外国で排出する。したがって、地球温暖化抑制には効果が得られないことになる。したがって、次には、国際的な枠組の一つとして環境比較優位に基づく産業再配置の分析を行う。

 具体的には、これに関わる2国間のGNPと雇用に与える影響を最小限度に留めた上で、CO2排出量を削減出来るような良子の産業構造を明らかにすることを目的とする。リカードが提唱した比較優位においては二つの国は各々が相対的に比較優位である財の製造に特化し、比較劣位である財については、相手国から輸入することによって、双方の得る便益の和を最大にすることが出来ることが証明されている。本研究ではこの比較優位の概念を環境排出にまで拡大することを提唱し、その基本的な分析を行ってきた。すなわち、以下の式で示すように二つの国は、付加価値当たりの二酸化炭素排出が相対的に少ない部門(環境比較優位部門)に生産を特化し、これと反対の環境比較劣位部門については、専ら相手国からの輸入に頼ることにより、国際的に二酸化炭素排出の少ない産業再配置を実現することが出来る。しかし、両国の産業構造はやや極端な構造をとるという結果が得られた。

1)目的関数

 以下の方程式で、下付き文字のLCは開発途上国を意味し、DCは先進国を意味する。

 GDPLC+GDPDC:最大化すべき目的関数

 GDPLC:開発途上国の付加価値の総合計、GDPDC:先進国の付加価値の総合計

 

 ベクトルXは各財の生産を意味する。対角行列Kは各財の生産額当たりの付加価値率を意味する。

2)制約条件

 産業連関分析の基本的枠組である生産の制約は以下のようである。

 

 

 二酸化炭素排出量に関する制約は以下のように表される。

 

 両国の雇用に関する制約は以下のようになる。

 

 地球環境改善を目指すもう一つの戦略である共同実施活動(AIJ)は経済的に温室効果ガスを削減するためだけでなく、先進国から途上国への技術移転を促進し、南北格差を是正するという点からも期待の大きい方策である。それゆえに、本研究では共同実施活動の戦略をゲーム理論を用いて分析した。分析の結果、図のように二酸化炭素の削減の限界費用曲線の形によっては、共同実施活動による技術移転が大きく縮小する可能性が有ることが示唆された。そこで本研究では、この二つの二酸化炭素削減方策の両者を止揚した新しい方策の可能性を探ることにした。それが動学的シミュレイションであり、その結果、共同実施活動ケースと環境比較優位を考慮した共同実施活動、つまりハイブリットケースが先進国、途上国の双方にとって受け入れ可能であり、南北格差の是正できる3つのケースのなかで最も優れた政策である結果が得られた。その結果を図で表すと以下のようである。

日本と中国のCO2削減のための限界費用曲線(1)日本と中国のCO2削減のための限界費用曲線(2)図表

 以上論文全体の要旨を示したが、地球環境の改善に寄与できる方策を提案するには甚だ不十分である。本研究はその緒に就いたばかりであるが、今後、上述の方策が機能するための条件を明らかにすることにより、人類の持続可能な発展への展望がより大きく開けてくるはずである。それから何よりも個人一人一人が地球環境問題に対する深刻さを感じ取って地球全体の雰囲気を変えていくべきであろう。

審査要旨

 本論文では、地球環境問題である地球温暖化防止における二酸化炭素削減のための方策に関して検討を行なったものである。すなわち、持続可能性を脅かす貧富の格差を縮小し、なおかつ地球温暖化に対する環境改善を行なう国際的な枠組として、環境比較優位に基づく産業再配置と共同実施活動とといった方策を提案し、このような方策に関して比較分析を行なったものである。

 まず第1章では、地球温暖化における温室効果ガスの特徴とそのガスのもっている地球温暖化指数などを紹介している。

 第2章では、地域別人口と化石燃料消費量の推移等に関して文献調査を行ない、環境改善のための国際的な枠組において地域問題と平等性の仮定と二酸化炭素許容排出量及び評価基準と公平の仮定などについて既存の理論を踏まえて整理している。また、環境規制に関する経済学的な考察を行なっている。環境規制の経済理論であるビグ的最適公害税金、汚染排出権去来制度、政策手段の選択問題、環境規制の経済的影響などに関して従来の研究として紹介を行なっている。

 第3章では、二酸化炭素排出量の推計手法を開発し、それに従って、一国における二酸化炭素排出量を推計し、削減の方策を考察している。しかし、一国だけの対策では、積極的な方策の投入が考え難く、つまり、規制されたものに関しては外国から輸入してしまい、その分外国で排出してしまう可能性があることを結果として示している。

 第4章では、二酸化炭素の問題は全地球的な問題であると考え、具体的には、これに関わる二カ国間のGNPと雇用に与える影響を最小限度に留めた上で、CO2排出量を削減できるような両国の産業構造を明らかにしている。さらに、南北問題も同時に解決できることに着目して理論展開をしている。したがって、ここでは環境比較優位の概念を考え、付加価値あたりの二酸化炭素排出が相対的に少ない部門(環境比較優位部門)に生産を特化し、これと反対の環境比較劣位部門については、専ら相手国からの輸入に頼ることにより、国際的に二酸化炭素排出の少ない産業再配置を実現することができるとの示唆を得ている。

 第5章では、地球環境改善を目指すもう一つの戦略である共同実施活動(AIJ)に関して分析を行なっている。これに関しては経済的に温室効果ガスを削減するためだけでなく、先進国から途上国への技術移転を促進し、南北格差を是正すると言う点からも期待の大きい方策であることに着目し、ゲーム理論を用いて日中の実データを使い共同実施活動の可能性などを評価している。

 第6章では、第4章と5章の方策の特徴を踏まえた上で、両者を融合した望ましい方策の考案を行なっている。これを本論文では融合方策と呼んでいる。この融合方策を分析する為、動学分析をおこなっている。その結果、融合方策では、上述した環境比較優位の静学分析の結果と共同実施のゲーム分析の結果を考慮し、拡張された共同実施ゲームの均衡点まで、資本援助がおこなわれるものとした前提の下に、2010年までのCO2発生量の推移を算定した結果、融合方策がより優れた対策であることが示唆されている。

 第7章では、全体のまとめとして第2章、3章、4章、5章、6章の結果が要約されており、また、本論文の成果と今後の課題について述べている。

 以上の論旨により、本論文では現在、地球温暖化問題の解決においてネックになっている南北問題の格差と協力に関する困難な問題に着目して、環境比較優位と融合方策といった方策を提案し、それぞれの方策に関して詳細に解析を行なっており、日本と中国をモデルとして取り上げ実際の政策としての実現可能性を分析するなど、一定の成果を上げており、地球システム工学の発展に寄与するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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