学位論文要旨



No 113427
著者(漢字) 堤井,君元
著者(英字)
著者(カナ) テイイ,クンゲン
標題(和) 低圧ICP-CVD法によるダイヤモンド薄膜合成
標題(洋)
報告番号 113427
報告番号 甲13427
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4145号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
 東京大学 助教授 光田,好孝
内容要旨 I.緒言

 ダイヤモンドをエレクトロニクス用材料として実用化するには、欠陥や不純物が少なく平坦で高配向であることが必要であり、その性能を最大限引き出すにはヘテロエピタキシャル技術の確立が不可欠である。既存の半導体薄膜材料と同様に、ダイヤモンドの合成技術も、必然的に粒子間の衝突が少なく反応制御性に優れ、低いガス温度を有しプロセスの低温化が期待できる超低圧に向かうことになると予想される。通常の「低圧」合成は、100〜102Torrの圧力で行われるのに対し、本研究においては100mTorr以下の「超低圧」合成を試みた。超低圧合成には、(I)堆積物がダイヤモンドから非ダイヤモンドへと変化する圧力領域における環境変化を調べることにより、生成機構を支配する因子を決定できる、(II)粒子間の衝突が減少するにつれ、より厳密なパラメター制御が可能となり、原子レベルの反応制御により、高配向ダイヤモンドを合成できる、などの可能性がある。さらに100mTorr以下の圧力では、(I)固体表面に生成するシース中の衝突がほとんどなく、基板に入射するイオンエネルギーを基板バイアスによって制御できる、(II)各種プラズマ診断を比較的容易に用いることができる、等の利点がある。従来100mTorr以下の圧力において、自形を示すダイヤモンドを得ることが困難であった主たる埋由として、(I)イオンエネルギーが大きいために結晶構造が破壊される、(II)プラズマ密度が低いために、成長に必要な高ラジカル密度が得られない、等が考えられる。本研究においては、圧力10-2Torrにおいて高密度のプラズマを維持し得る誘導結合プラズマ(ICP)を用いて圧力100mTorr以下におけるダイヤモンド合成を行う。超低圧合成における重要なパラメターとして、イオン衝撃とプラズマ密度に着目し、両者の定量評価とダイヤモンド成長における役割の解明を目指す。

II.実験方法

 低圧ICPのプラズマ発生部は、水冷パイレックスガラス三重管の外側に二巻きした水冷銅ヘリカルアンテナ(二回転)から構成されている。インピーダンスマッチング回路を経由して高周波(13.56MHz)を印加し、プラズマを発生させる。プラズマ発生部はステンレス製の反応容器(チャンバー)上部に設置し、原料ガスは発生部の上部から導入する。基板ホルダーはTaワイヤーのヒーター部と、ステンレス製の電極部、及び電極部と等電位にあるMo製フレームカバーによって構成される。基板温度(Ts)と基板バイアス(Vb)はそれぞれ独立に制御可能である。基板には20×20mmSi(100)を用い、エタノール希釈したダイヤモンドパウダー(40〜60Å)中でスクラッチ処理を施した。主な実験条件をTable1に示す。基板とプラズマ発生部の距離は約100mmに設定し、各種プラズマ診断は基板上方約15mmの位置において行った。プラズマ電位(Vp)をエミッシブプローブ法により測定した。イオンエネルギーに相当するシース電圧(Vsheath)はVsheath=Vp-Vbで与えられる。またラジカル密度の変化に対応するプラズマ密度(ne)を静電プローブ法によって測定した。

Table 1実験条件
III結果及び考察VpとVsheathの評価

 Fig.1に20mTorrにおけるVpのVb依存性を示す。Vb=0〜+10VにおいてはVp=10〜12Vであるが、Vb+20Vにおいては、Vsheath2Vを保ちながらVpはVbに比例して増加するため、イオンエネルギーの最小値は2eV程度である。またVbが高いほど、基板に入射するイオンフラックスが小さいことが電流の連続性を用いて説明可能である。さらにVpの半径方向分布を調べた結果から、0VVb+10Vの範囲ではSi基板と基板ホルダー間の接触抵抗、及び自己バイアスのために、Si基板上方のVpがMo基板ホルダー部上方のVpよりも数V低いことが示された。Vb=0Vにおいては、実際の基板表面のポテンシャルは-9Vと見積もることができる。Vb=+10Vにおいては、接触抵抗がシース抵抗に比べて十分に小さいと仮定すると+6V程度と見積もられる。Vb20Vでは、単にVbが実際の基板表面のポテンシャルとなる。他の圧力においても同様にしてVsheathの評価を行った。

イオン衝撃の影響

 20mTorrにおいて得られた堆積物の観察及び分析により、ダイヤモンドの結晶性はVsheathに強く影響されることが示された。Vsheath=19Vにおいては、得られた堆積物は自形を示さず、ラマン分析においてもダイヤモンドの成長は確認できなかった。Vsheath6Vにおいては、得られたダイヤモンドは明確な自形を示さなかった。結果として、成長可能なVsheathの臨界値は11V<19Vの範囲にあり、Vsheath2Vにイオンエネルギーを低減することにより、自形を有するダイヤモンド成長が可能であった。特に十分にVbを高くして、イオンフラックスを減少させることにより、明瞭な自形が得られることが示された。

ダイヤモンド成長の低圧限界

 Fig.2にラングミュアプローブ法とトリプルプローブ法によって得られた、プラズマ密度(ne)の圧力依存性を示す。低圧化に伴うプラズマの不安定化、シース実効面積のプローブ電圧依存性等を考慮すると、5m〜10mTorrにおいてはラングミュアプローブ法において電子電流により得られたneが最も信頼性が高いと思われる。neは圧力が増加すると、2×1010cm-3から4×1010cm-3に増加する。Vsheath3Vにイオン衝撃を軽減することにより、10mTorrにおける自形を有するダイヤモンドの成長が達成されたが、5mTorrにおいては明確な結晶は観察されなかった。すなわち10mTorrのne=3×1010cm-3程度にneが減少すると、核生成密度と成長速度の低下が急激に進むと考えられる。

 Fig.3に5m〜80mTorrにおける堆積物の形態を、ne、Vb、及びVsheathによって整理して示す。◎は明瞭な自形を示すダイヤモンド、○はある程度自形を示すダイヤモンド、△は自形等は確認できないが分析手法によりダイヤモンドの生成が確認されたもの、×はダイヤモンド生成が未確認なものである。10mTorr以下においては自形を有するダイヤモンドを得るには十分高いVbが必要であり、イオン衝撃との関連が示唆される。

Fig.1 圧力20mTorrにおけるVpFig.2 圧力5m〜80mTorrにおけるneFig.3 堆積物の形態と各種パラメターの関係
IV結言

 ・基板に正バイアスVbを印加してVsheathを減少させることにより、イオンエネルギーを減少させることが可能である。VbがVpを越えることはできず、Vsheathの最小値は2〜3V程度であった。またVbが高いほど基板に入射するイオンフラックスは小さくなることを示した。

 ・ダイヤモンド成長を可能とするしきい値は11V<19Vの範囲に存在し、自形を有するダイヤモンドの成長はVsheath2〜3Vの時に可能である。また同じVsheath2〜3VであってもVbが高く、イオンフラックスが小さいほど明瞭な自形を有する。

 ・本実験におけるneは、圧力(5m〜80mTorr)が高いほど高く、2〜4×1010cm-3の範囲にあった。イオンエネルギーを3eV程度に抑えることにより100mTorr以下の低圧において自形を示すダイヤモンドを得ることに成功し、成長の低圧限界10mTorrを達成した。

審査要旨

 本論文は「低圧ICP-CVD法によるダイヤモンド薄膜合成」と題し、次世代半導体ダイヤモンド合成に必要と考えられる10mTorr程度での低圧合成環境を、高プラズマ密度を有する低圧誘導プラズマ(低圧ICP)を用いたCVD法により検討し、結晶成長可能な条件の探索と、低圧化に伴う諸問題を詳細に検討した研究をまとめたものである。通常のダイヤモンド低圧合成は100〜102Torrの圧力で行われるのに対し、本研究においては100mTorr以下の低圧合成を試みている。100mTorr以下の合成環境では、生成機構を支配する因子を定量的に決定し、厳密にプロセスパラメターを制御できる可能性がある。さらに入射イオンエネルギーを基板バイアスによって制御できる利点、及びプラズマ診断が比較的容易な利点がある。本論文の目的は、100mTorr以下におけるダイヤモンド合成の試みを通して、低圧合成環境において重要なイオン衝撃とラジカル種密度の役割を解明すること、及びさらなる合成環境の低圧化の可能性について検討することである。論文は6章から成っている。

 第1章においては、ダイヤモンド気相合成技術の歴史的経緯について記すとともに、低圧合成に関する研究の意義と必要性について述べている。また近年の高密度、高配向ダイヤモンド核生成技術を可能とした負バイアス印加プロセスに関して、提案された諸説をまとめるとともに、プロセス解明におけるプラズマ診断の重要性を指摘している。

 第2章においては、低圧ICPの放電維持機構、実験装置の構成及び得られるプラズマ特性等について記している。プラズマの特性評価を発光分光法及びシングルプローブ法により行い、水素プラズマの場合について、高周波入力1500W以上でグロープラズマから低圧ICPに遷移し、の発光強度とプラズマ密度の著しい増加が見られることを見出し、低圧ICPがダイヤモンド合成に必要とされる1010cm-3以上の高プラズマ密度を有することを確認している。

 第3章においては、ダイヤモンド状炭素膜(-C:H)の合成に関する報告を行い、イオンエネルギー一定のもと、Ar添加が膜質に及ぼす影響を調べている。堆積原子一個当たりの入射Arイオンフラックスの増加と内部応力、炭素の結合状態の変化を比較し、イオン衝撃による損傷に関する知見を得るとともに、得られた膜をバッファ一層としたダイヤモンド高密度核生成の可能性について述べている。

 第4章においては、ダイヤモンド成長に及ぼすイオン衝撃の影響について検討している。Si(100)基板を用いた堆積結果から、平均イオンエネルギーにほぼ対応するとみられるシース電圧19V以上では成長不可能であること、シース電圧3V以下の場合に自形を有する結晶が成長可能であること、イオンフラックスが小さいほど明瞭な自形を有することを示している。またダイヤモンド(100)基板を用いた堆積結果から、シース電圧3V以下の低イオンエネルギー環境では、高イオンフラックスの方が表面に吸着したラジカル種の拡散を促進する効果が高く、得られる結晶粒径が大きいことを見出している。また20mTorrにおけるダイヤモンド薄膜の成長速度は50nm/h程度であること、及び堆積した炭素原子一個当たりの入射イオン数は50個以下であることを示している。

 第5章においては、反応前駆体と思われるラジカル種の密度に対応するプラズマ密度の影響について検討している。前章の結果を踏まえシース電圧を3V程度に減少させ10mTorr以下におけるダイヤモンド成長を試み、自形を有する結晶が得られる低圧限界として10mTorrを達成している。また5〜80mTorrのダイヤモンド合成環境においてプローブ法を用い電子温度、プラズマ密度の測定を行い、電子温度は3〜5eV、プラズマ密度は2〜4×1010cm-3の範囲にあることを明らかにし、成長の低圧限界はプラズマ密度の減少よりもむしろ電子温度の増加によって結果的にイオン衝撃の軽減が困難になる可能性を示唆している。

 第6章は総括であり、本論文の成果がまとめられている。

 以上を要約すると、本研究は高密度プラズマCVD法を用いて従来困難であった100mTorr以下の圧力におけるダイヤモンド合成を可能とする条件を明らかにし、低エネルギー高イオンフラックス支援による新たなダイヤモンド合成プロセス発展の可能性を開くものである。本研究の結果は、ダイヤモンド気相合成技術のみならず、薄膜プロセス分野全般に寄与し、材料工学への貢献が大である。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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