本論文は「低圧ICP-CVD法によるダイヤモンド薄膜合成」と題し、次世代半導体ダイヤモンド合成に必要と考えられる10mTorr程度での低圧合成環境を、高プラズマ密度を有する低圧誘導プラズマ(低圧ICP)を用いたCVD法により検討し、結晶成長可能な条件の探索と、低圧化に伴う諸問題を詳細に検討した研究をまとめたものである。通常のダイヤモンド低圧合成は100〜102Torrの圧力で行われるのに対し、本研究においては100mTorr以下の低圧合成を試みている。100mTorr以下の合成環境では、生成機構を支配する因子を定量的に決定し、厳密にプロセスパラメターを制御できる可能性がある。さらに入射イオンエネルギーを基板バイアスによって制御できる利点、及びプラズマ診断が比較的容易な利点がある。本論文の目的は、100mTorr以下におけるダイヤモンド合成の試みを通して、低圧合成環境において重要なイオン衝撃とラジカル種密度の役割を解明すること、及びさらなる合成環境の低圧化の可能性について検討することである。論文は6章から成っている。 第1章においては、ダイヤモンド気相合成技術の歴史的経緯について記すとともに、低圧合成に関する研究の意義と必要性について述べている。また近年の高密度、高配向ダイヤモンド核生成技術を可能とした負バイアス印加プロセスに関して、提案された諸説をまとめるとともに、プロセス解明におけるプラズマ診断の重要性を指摘している。 第2章においては、低圧ICPの放電維持機構、実験装置の構成及び得られるプラズマ特性等について記している。プラズマの特性評価を発光分光法及びシングルプローブ法により行い、水素プラズマの場合について、高周波入力1500W以上でグロープラズマから低圧ICPに遷移し、の発光強度とプラズマ密度の著しい増加が見られることを見出し、低圧ICPがダイヤモンド合成に必要とされる1010cm-3以上の高プラズマ密度を有することを確認している。 第3章においては、ダイヤモンド状炭素膜(-C:H)の合成に関する報告を行い、イオンエネルギー一定のもと、Ar添加が膜質に及ぼす影響を調べている。堆積原子一個当たりの入射Arイオンフラックスの増加と内部応力、炭素の結合状態の変化を比較し、イオン衝撃による損傷に関する知見を得るとともに、得られた膜をバッファ一層としたダイヤモンド高密度核生成の可能性について述べている。 第4章においては、ダイヤモンド成長に及ぼすイオン衝撃の影響について検討している。Si(100)基板を用いた堆積結果から、平均イオンエネルギーにほぼ対応するとみられるシース電圧19V以上では成長不可能であること、シース電圧3V以下の場合に自形を有する結晶が成長可能であること、イオンフラックスが小さいほど明瞭な自形を有することを示している。またダイヤモンド(100)基板を用いた堆積結果から、シース電圧3V以下の低イオンエネルギー環境では、高イオンフラックスの方が表面に吸着したラジカル種の拡散を促進する効果が高く、得られる結晶粒径が大きいことを見出している。また20mTorrにおけるダイヤモンド薄膜の成長速度は50nm/h程度であること、及び堆積した炭素原子一個当たりの入射イオン数は50個以下であることを示している。 第5章においては、反応前駆体と思われるラジカル種の密度に対応するプラズマ密度の影響について検討している。前章の結果を踏まえシース電圧を3V程度に減少させ10mTorr以下におけるダイヤモンド成長を試み、自形を有する結晶が得られる低圧限界として10mTorrを達成している。また5〜80mTorrのダイヤモンド合成環境においてプローブ法を用い電子温度、プラズマ密度の測定を行い、電子温度は3〜5eV、プラズマ密度は2〜4×1010cm-3の範囲にあることを明らかにし、成長の低圧限界はプラズマ密度の減少よりもむしろ電子温度の増加によって結果的にイオン衝撃の軽減が困難になる可能性を示唆している。 第6章は総括であり、本論文の成果がまとめられている。 以上を要約すると、本研究は高密度プラズマCVD法を用いて従来困難であった100mTorr以下の圧力におけるダイヤモンド合成を可能とする条件を明らかにし、低エネルギー高イオンフラックス支援による新たなダイヤモンド合成プロセス発展の可能性を開くものである。本研究の結果は、ダイヤモンド気相合成技術のみならず、薄膜プロセス分野全般に寄与し、材料工学への貢献が大である。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |