1.緒言 吸収式冷温水機は環境負荷の小さな優れたエネルギー機器として注目を集めてきている。これまでに大型建造物の空調設備として実用化されており、その作動媒体(吸収液)としては濃厚LiBr水溶液が一般的であった。現在家庭用小型機の実用化を目指し高効率の吸収液が開発されており、LiBr,LiI,LiCl,LiNO3よりなる混合Li塩水溶液が提案されている。 吸収液中ではステンレス鋼の耐食性は自己不動態化により達成されることが期待されている。この場合、懸念されるのは吸収液中に多量に含まれるハライドイオンがステンレス鋼に局部腐食を引き起こすことである。局部腐食は因果時系列的にはすきま腐食と孔食、そして応力腐食割れ(SCC)とに分類できる。すきま腐食および孔食はSCCに優先して起こり、すきま腐食または孔食が発生するとこれらが起点となってSCCが発生する。ここから、本研究では2段階の防食設計を適用した。すなわち 1)すきま腐食を防ぐ。 2)すきま腐食を防げなかった場合にもSCCは防ぐ。 である。 これらの条件は再不動態化法および溶解・割れ両速度競合概念によればそれぞれ と表される。ここに、Esp,maxはEsp(局部腐食を起こしていない不動態化金属の自然電位)の最貴値、ER,CREVはすきま再不動態化電位、TcはSCC臨界温度である。 本研究では吸収液中において、オーステナイト系ステンレス鋼の耐すきま腐食性および耐SCC性を評価し、その使用可能性を検討することを目的とした 2SUS304鋼の耐すきま腐食評価方法 吸収液環境における耐すきま腐食性評価法として再不動態化法の適用可能性を取り上げた。再不動態化法は厳しい条件ですきま腐食を発生させた後に、条件を緩和して不動態化する臨界条件を求めるものである。このようにして求めた臨界条件を越えなければ、たとえすきま腐食が発生したとしても再不動態化することになり安全である。すきま再不動態化電位は貴な電位ですきま腐食を発生・成長させた後に電位を卑化させ、再不動態化した電位である。 まず、成長性すきま腐食の発生に関する下限界電位としてのすきま再不動態化電位ER,CREVの侵食度合い依存性を調べた。ER,CREVはすきま腐食の成長度合いに依存しない一定値となり、成長性すきま腐食と再不動態化性すきま腐食に関する臨界深さは40mであった。また、吸収液環境においてステンレス鋼のER,CREVはすきま腐食電位VC,CREVと一致することも明らかになった。 また、吸収液環境におけるER,CREV測定条件を3%NaCl水溶液環境における測定例と比較検討した。吸収液環境におけるER,CREV測定では、臨界深さを越えるすきま腐食を発生させるために3%NaCl水溶液環境におけるよりも5〜10桁大きい電気量を流すことが必要となる。すきま腐食の再不動態化の判定においては、吸収液環境には各種の酸化剤あるいは還元剤が含まれるので、それらの化学種の反応による電流を考慮した上で、経時的増加傾向の有無により判定しなければならない。 以上の点に注意すれば、吸収液環境における耐すきま腐食性評価に再不動態化法を適用できる。 炭素鋼を用いた実機で使用実績のあるクロム酸リチウム,硝酸リチウムおよびモリブデン酸リチウムを含む液中においてSUS304鋼の自然電位の挙動を炭素鋼のそれと比較して調査した。炭素鋼には孔食を起こしたクロム酸リチウムを含む液中では、SUS304鋼の自然電位はER,CREVよりも貴な電位域にあり、SUS304鋼はすきま腐食を起こす恐れがある。また、炭素鋼に孔食を起こすことなく使用可能であったモリブデン酸リチウムを含む液中ではSUS304鋼の自然電位はER,CREVよりも卑な電位域にありSUS304鋼はすきま腐食を起こすことなく使用できる。炭素鋼に孔食を引き起こした硝酸リチウムはを添加した液中においてもSUS304鋼の自然電位はER,CREVよりも卑な電位域にあり、SUS304鋼はすきま腐食を起こすことなく使用できる。 3SUS304鋼のすきま腐食に及ぼす環境因子の影響 金属の腐食は材料と環境の接点で生じる化学反応であるから、材料と環境の2因子が影響する。第3章では、材料因子をSUS304鋼に固定した上で、そのすきま腐食挙動におよぼす環境因子の影響を評価した。 吸収液としては効率の面から最適とされる60%の混合Li塩水溶液(LiBr-LiI-LiCl-LiNO3-H2O)(=A液)を中心として取り上げた。A液は液中に所要成分としてI-を含むが、I-は空気中の酸素によりI2に酸化されて液中に混入する。I2が混入するとSUS304鋼はすきま腐食を起こす。しかし、NaHSO3,Na2S2O3、SあるいはNa2Sを液に添加してI2をI-まで還元した場合、(1)式が満たされSUS304鋼はすきま腐食を起こすことなく使用できる。 最適組成とされるA液には吸収特性上所要成文としてLiNO3が4.6%含まれている。これは自己不動態化のために通常添加されてきた0.2%と比べて多く、SUS304鋼にすきま腐食を起こすことが懸念される。そこで、LiNO3濃度の影響を0〜4.6%の各濃度で調べた。この濃度範囲では(1)式が満たされ、SUS304鋼はすきま腐食を起こすことはない。 A液はLiBr,LiIおよびLiClの3種のハライドイオンを含む。そこで、ハライドイオンの組成比が耐すきま腐食性に及ぼす影響を調べた。ER,CREVは[LiI]/[LiBr]モル比の影響を受けず、LiNO3を含まない液では-230mV、4.6%LiNO3を含む液では-180mVでほぼ一定である。[LiCl]/[LiBr]モル比が増加すると卑になるが、40%LiBr-20%LiCl水溶液中においても-250mVにとどまる。 実機の現行の運転温度は150℃付近であるが、吸収サイクルの高効率化のために運転温度の高温化が検討されている。A液中で30〜240℃の温度の影響を調べた。4.6%LiNO3を含むA液はI2が混入していない場合30〜240℃では(1)式が満たされSUS304鋼はすきま腐食を起こすことなく使用できる。 4耐応力腐食割れ304鋼の開発 次に、環境因子をA液に固定した上で、オーステナイト系ステンレス鋼の耐SCC性および耐すきま腐食性におよぼす材料因子の影響を評価した。 まず、評価法の正当性を確認するためスポット溶接試片を用いてSCCを再現できることを確認した。 MoおよびPは耐SCC性に悪影響を及ぼす。MoおよびP量がすくなく、これら(y:Mo,x:P)が を満たす18Cr-10Ni-2Cu-1Al鋼は220℃で割れない。最も高い温度まで割れなかったのは2%Cu-1%Alを含みMoおよびP量を(Mo,P)=(0.05,0.021),(0.11,0.008)および(0.06,0.007)に抑えた47-C、48-BおよびCの3鋼種である。これらは240℃では割れたが、220℃では割れなかった。特にMoは、0.1%以上混入すると耐SCC性に悪影響を及ぼし、数%程度添加しても耐すきま腐食性を改善しない。 一方、18Cr-10Ni鋼に2%Cuとともに複合添加されるAlの添加量の1%から2および2.5%への増量は、PおよびMo量の低減に関する制限を緩和する効果があり、実用化上好都合である。 5吸収液に共存する銅の存在形態とそれがSUS304鋼の耐食性に及ぼす影響 吸収液中に溶解した銅の存在形態およびそれがSUS304鋼の耐食性に及ぼす影響、SUS304鋼と銅によるガルバニック対形成がSUS304鋼の耐食性に及ぼす影響を評価して以下の知見を得た。 吸収液中では、銅は-600mVより貴な電位域において1価の錯イオンCuBr2-となって全面溶解する。このとき、LiNO3が液中に存在すると銅の溶解を加速する。CuBr2-はSUS304鋼に対して自然電位をER,CREV以下の不動態域に保つ酸化剤として作用し、この時のカソード反応はSUS304鋼表面への銅の析出である。また、溶液に溶存酸素等の酸化剤が供給されると1価のCuBr2-はCu(II)に酸化される。Cu(II)はSUS304鋼にすきま腐食を引き起こす。 一方、SUS304鋼表面に銅が析出した場合および、SUS304鋼と銅とがガルバニック対を形成した場合、銅はSUS304鋼を犠性的にカソード防食するためEspは貴化しない。 6まとめ 本研究は、吸収液環境という外界から隔離された系を取り扱ったものであり、それゆえ環境因子側からの防食が可能であるという特色をもつ。本研究で示した防食設計および環境設計手法は今後ますます増えると思われる人工環境の設計に対するモデルとなり得ると考える。 |