学位論文要旨



No 113430
著者(漢字) 賀茂,尚広
著者(英字)
著者(カナ) カモ,タカヒロ
標題(和) Al-Cu-Rn単準結晶の成長と構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 113430
報告番号 甲13430
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4148号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 助教授 木村,薫
 東京大学 助教授 枝川,圭一
内容要旨

 発見から13年を経た現在、準結晶研究は、当初の新しい準結晶合金の探索といった動向からシフトし、準結晶とは実際どういうものであるのかという本質を捉え留ことを主眼とした、電子物性や原子構造に関する研究の重要性が増してきている。

 Al-Cu-Fe,Al-Cu-Ru,Al-Pd-Mnなどに代表されるF型準結晶は、熱的に安定な相であり、構造の規則性にも優れているので、準結晶の構造解析用の測定試料としては最適である。しかし、並進対称性を持たず、結晶では許されない5回などの回転対称性を有する準結晶の場合、その構造決定までの道のりは険しい。その最も重要な手段として、単準結晶による構造解析実験は必須である。

 本研究では、上記の系の中で単準結晶の作製されていないAl-Cu-Ru、もしくは四元系のAl-Cu-Fe-Ruの単準結晶作製を試みた。そして、その単準結晶について成長過程や構造に関して様々な角度からアプローチし、その成長と構造に関する基本的な知見を得ることを目的とする。一方、局所構造の類似性によって準結晶の構造解析に重要なAl-Cu-Ru1/0近似結晶の単結晶作製も試み、その構造の決定を行う。

(1)Al-Cu-Ru系単準結晶の作製とその成長過程

 数種の異なる組成でAl-Cu-Ru準結晶の単結晶を作製することに成功した。それらの組成は価電子濃度e/a=1.75のライン上にきれいにのっており、Al濃度で、58〜68at.%の広範囲に渡って単準結晶が生成することがわかった(図1)。

 これらの単準結晶について、SEM観察よりその成長過程を、EDX組成分析より内部の濃度分布について詳しく調べた。その結果これらの単準結晶は包晶反応を経て生成される成長過程でそれぞれの核が互いに互いの成長を妨げたり、同インゴット内の単準結晶の熱処理時の温度条件が微妙に異なったり、液相から直接初晶として晶出しないため内部に初晶が残存していたり、微妙な組成の揺らぎを含んでいたりと、様々な条件が複雑に絡み合うため、質の良い単準結晶を得ることは非常に困難であることが明らかになったにもかかわらず、生成された単準結晶の外形は、図2に示すように、二十面体の対称性をもつ1ミリ大の十二面体形状に成長し、しかもフラットな五角形の面、及びシャープなエッジを有しているので、モルフォロジーの観点からみても、また、そのラウエ斑点も非常にきれいな5回対称性を示すことからみても、少なくとも単準結晶であることは間違いない。しかし実際には、内部にはサブグレインやモザイクが多数存在し、およそ<1°の傾きをもってそれらが一つの単準結晶を形成していること、また、ボイドや他の相も含まれていること、2〜3at.%程度の濃度分布が単準結晶中に存在すること、等が明らかとなった。図3に、サブグレインによるX線回折ピークの割れを示す。また、濃度分布の証拠となるEDX測定の結果を図4に示す。同様の測定で、ブリッジマン法やチョクラルスキー法によって作製したAl-Pd-Mn単準結晶においても、数at.%程度の濃度分布は存在することもわかった。

 内在するサブグレインは950[℃]×65[h]等の融点直下の長時間アニールでも解消されないことも判明した。

 これらの状況を十分踏まえた上のその後のX線回折実験で、およそ40m程度のサイズ内なら、シングルグレインの質の高い単準結晶と言えるものが生成されることもわかった(図5)。

 一方、Al-Cu-Ru単準結晶のマクロスコピックな成長過程にはフラクタル成長(図6)と大きな核が小さな核を取り込んでいく一種のオストワルド成長の二通りの方法があることを見いだした。成長表面のフラクタル次元は1.73次元であった。

(2)Al-Cu-Ru系の準結晶と近似結晶の生成組成範囲の決定

 従来から知られているAl-Cu-Ru準結晶の単相領域のみならず、もう少し広い範囲の組成で得られる相の決定、安定相と準安定相の判別を粉末X線回折、DTA、光学顕微鏡による組織観察、EDX、ICP測定により行った。その結果(図7)、3次元準結晶相の単相領域は従来から報告されているように、Al65Cu20Ru15付近で、その周りに広い範囲に渡ってI相が生成すること、1/0近似結晶も従来から指摘されているAl71Cu7Ru22の付近の広い範囲に生成することがわかった。さらに、他に晶出する結晶相、RuAl,RuAl2,Ru4Al13,Al7Cu2Ru,1/0近似結晶,CuAl2の生成領域を詳細に調べ明確にした。1/1近似結晶は700℃程度の温度で長時間アニールしないと現れてこない高温安定相であることもわかった。

(3)Al-Cu-Ru系単準結晶の4軸X線構造解析と構造モデル

 本章では、Al-Cu-Ru単準結晶の構造解析と構造モデルの構築を行った。良質な単結晶を得にくく、また作製可能な大きさも限られているAl-Cu-Ru単準結晶なので、4軸X線回折測定をする際に、通常の測定よりもかなり気を付けなければならない点が多い。

 まず、今までの測定法・補正法・解析法を徹底的に見直し、それぞれの精度の向上を行った。軽元素のみで構成される有機質などの解析よりもX線吸収係数のはるかに大きい重元素を含む合金を扱うこと、また準結晶の場合、周期性をもたないので理論的には無数の回折ピークが測定しうることは、精度の良いデータを得るためには大きな実験的障害となる。実験データの精度の向上は、重要な課題であり、この点を慎重に検討し、できる限り精度の良いデータを追及した。

 その後、構造モデルを構築し、4軸X線回折測定から得られる測定データとモデルからの計算値を最小二乗法によりフィッティングした。

 また、単準結晶試料の等価な二つの領域に関して、放射光を用いたRu吸収端のエネルギー近傍でのX線異常散乱測定を行い、両者の全環境・Ru環境構造を調べた。

 具体的に明らかになったことを下に列記する。

 ・吸収係数を実験的に求めた結果、吸収率t=3.2であった。試料サイズは0.3mmなので、吸収係数=10.67[mm-1]となった。

 ・X線異常散乱測定の結果、結晶学的に等価な領域で、特定のサイトを占めるRu原子の割合が1〜3at.%程度違うことがわかった。

 ・四元系のAl-Cu-Fe-Ru単準結晶の同族元素のFeとRuのサイトは同一であり、数%程置換している可能性が高いことがわかった。

 ・本測定を行う対称領域の決定は慎重に行い、その方法を確立した。

 ・40mサイズ(未整形)および0.3mm球状のAl-Cu-Ru単準結晶試料の4軸X線回折測定を行い、各種補正を丁寧に施し、精度の良いデータを得た。

 ・そのデータを用いて、モデルを構築した。2種類のMackay Icosahedral Clusterを超格子性を考慮し、準周期的に配置していく構造モデルであり、Rwは0.146にまで収束した(図8、表1)。

 ・一方、3次元パターソンマップから得られる情報より、2種類のBergman Clusterを、3DPTの格子点に超格子性を保つように配置し、Bergman Clusterと重なるVertexサイトは取り去るという新たなモデルの可能性を提示した。

(4)Al-Cu-Ru1/0近似結晶の単結晶作製とX線構造解析

 Al-Cu-Ru系ではじめて1/0近似結晶の単結晶作製に成功した。その試料を用いて4軸X線回折測定を行った。その結果この結晶は立方晶で空間群はPmであることの他、さらにそのtopologicalな構造が解明された(図9、表2)。クラスター構造は、内部に二十面体クラスターを含み、これらが立方晶を構成していることも明らかになった。

 (1)で述べたように、Al-Cu-Ru系においては単準結晶も三組成で作製されている。このことからしても、この系では熱力学的にChemical Orderによるエネルギー利得が比較的小さいため、特定のサイト原子は容易に入れ替わることができ、占有率の異なる結晶(近似結晶)・準結晶が作られうるシステムであると考えられる。

 本系で解明された1/0近似結晶の構造は、他の系で1/0近似結晶が発見された場合にもその第一モデルとして利用されうるものである。

・総括

 (1)Al-Cu-Ru単準結晶を初めて作製し、そのマクロな成長過程とその内部の濃度分布、最大隣接角1°以下のサブグレインの存在、などを明らかにした。

 (2)Al-Cu-Ru系の準結晶と近似結晶の生成組成範囲を、従来の研究報告よりも広い範囲に渡って決定した。

 (3)Al-Cu-Ru単準結晶のより精密な構造解析法を確立し、その構造モデルの構築を行った。

 (4)Al-Cu-Ru系ではじめて1/0近似結晶の単結晶作製に成功した。その試料を用いて4軸X線回折測定を行い、立方晶で空間群はPmであることを明らかにするとともに詳細な構造を決定した。

図1 3種の異なる母合金から生成した単準結晶の組成。その母合金の仕込み組成を番号で示す。e/a=1.75のライン上に分布している。図2 単準結晶のSEM像図3 0.3mm球状Al-Cu-Ru単準結晶の(422222)スキャンプロファイル。図中には6ピークを示した。図4 Al-Cu-Ru単準結晶内の濃度分布を示した3元系組成図。(●)EDXによる面内組成分析の結果(○)ICP発光分光測定による組成(3点共)。図5 Al-Cu-Ru単準結晶と、Al-Pd-Mn単準結晶ならびにSi単結晶とのメインピークの比較。(○)Si(004)(●)Al-Pd-Mn(422222) (△)Al-Cu-Ru(422222)ピーク。それぞれの半値巾(FWHM)も図中に示した。図6 Al-Cu-Ru単準結晶のフラクタル成長表面のSEM像。図7 Al-Cu-Ru系の近似結晶と準結晶の相の生成組成範囲。図8 Al-Cu-Ru準結晶の擬粉末回折パターン。実験値(-)と構造モデルから得られる計算値(□)の比較。Rw=0.146にまで収束した。図9 Al-Cu-Ru1/0近似結晶の単位胞。表1 Al-Cu-Ru準結晶のモデル。各16サイトの原子占有率。表2 Al-Cu-Ru1/0近似結晶のモデルIとIIの原子位置ならびに占有率。
審査要旨

 準結晶の発見から13年を経た現在も、その電子物性や原子構造の本質に関して未だ明らかでない部分が多く残されている。その解明には単結晶試料を用いた実験が必須であるが、単結晶の作製の成功が報告されているのは、Al-Pd-Mn、Al-Pd-Reなど、いわゆるF型準結晶のうちの数種の合金にすぎない。本論文は、これまで単結晶の作製されていないAl-Cu-Ruおよび四元系のAl-Cu-Fe-Ru準結晶の単結晶を作製し、その形成組成範囲、成長形態および原子構造を詳細に論じたものである。また、局所構造の類似性から準結晶の構造解析に重要なAl-Cu-Ru1/0近似結晶の単結晶作製と、そのX線単結晶解析による構造の決定も内容としている。

 第1章は序論であり、本論文の目的、準結晶・近似結晶の概念、研究の背景等について述べている。

 第2章ではAl-Cu-Ru系単準結晶の作製法とその結晶性ならびに特異な成長過程について詳細に述べている。

 数種の異なる組成でAl-Cu-Ru準結晶の単結晶を作製に成功したことを報告している。その外形は、二十面体の対称性をもつ1ミリ大の十二面体形状であり、ラウエ斑点は非常にきれいな5回対称性を示す。しかし、これらの単結晶内部の濃度分布・準結晶性について詳しく調べた結果、サイズの大きな単結晶の内部にはサブグレインやモザイクが多数存在し、1度以下の最大隣接角をもってそれらが一つの単準結晶を形成していること、ボイドや他の相も含まれていること、2〜3at.%程度の濃度分布が単準結晶中に存在することが明らかにされた。そして、およそ40m程度のサイズ内であれば、シングルグレインに近い良質な単結晶が生成されることも判明した。また、Al-Cu-Ru準結晶のマクロスコピックな成長過程にはフラクタル成長と大きな核が小さな核を取り込んでいくオストワルド成長の二通りの様式があることを見いだしている。

 第3章ではAl-Cu-Ru系の準結晶と近似結晶の生成組成範囲を広い領域で精密に決定している。また、結晶および近似結晶と共に晶出する結晶相であるRuAl,RuAl2,Ru4Al13,Al7Cu2Ru,CuAl2の生成領域を詳細に調べている。これにより作成された実用状態図は、この系の準結晶研究にとって極めて有用な基礎データである。

 第4章ではAl-Cu-Ru系単準結晶の4軸X線構造解析と構造モデルについて述べている。Al-Cu-Ru準結晶は、良質な単結晶を得にくく、作製可能な試料の大きさも限られているので、信頼性の高いデータを得るためには通常の結晶の場合よりも解析に際して注意すべき点が多い。本研究では、既存の測定法・補正法・解析法を徹底的に見直し、それぞれの精度の向上を計った結果、高精度かつ高信頼度のデータを得ている。また、放射光を用いたRu吸収端のエネルギー近傍でのX線異常散乱測定も行い、Ru原子の環境構造を解析した。これらの測定データから導かれる結果を基に、異なるクラスターから構成される二つの構造モデルを構築し、その妥当性について論じている

 第5章では、Al-Cu-Ru1/0近似結晶の単結晶作製とX線構造解析を行っている。作製に成功した1/0近似結晶の単結晶試料を用いて4軸X線回折測定を行った結果、この結晶は空間群Pm3の立方晶で、二十面体クラスターを内部に含んだ構造であることが明らかになった。この解析により、全原子の配位を決定している。ここで解明されたAl-Cu-Ru系1/0近似結晶の構造は、他の系で1/0近似結晶が発見された際にもその出発モデルとして有用なものである。

 第6章では本論文の総括を述べている。

 以上を要するに、本論文は、Al-Cu-Ru系準結晶と1/0近似結晶の単結晶を作製し、これを用いた実験によりその成長形態、生成組成範囲、原子構造に関して得られた重要な知見をまとめたものであり、この分野の研究に大きな寄与するものである。

 よって本論文は、金属工学の発展へ貢献するところ大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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