チタン、ニオブ、ジルコニウムなどの高融点金属及びその合金は、その特性を十分に発現させるために高純度化を行う必要があるが、高融点、化学的活性のため十分でないのが現状である。不純物の中でも特に酸素はメタルの機械的性質、電気的性質に大きな影響を及ぼすため、十分な除去及び制御が望まれているが、チタン、ジルコニウムとの親和力が大きく、従来のプロセスにおいて効果的な脱酸法は無い。これまでにカルシウムなどの強還元性の元素を主成分とするフラックスを用いた高融点金属の精錬に関する研究が行われており、固体チタンやその合金をよく脱酸できることが熱力学的に明らかになってきた。しかし、溶融金属からの脱酸の可能性を熱力学的に調査した研究は少なく、フラックスを用いた溶融高融点金属及びその合金の脱酸について考察された研究はほとんどない。本研究では、脱酸剤としてカルシウム及びイットリウムを用いた高融点金属及びその合金の脱酸挙動を熱力学的に明らかにするために、CaO坩堝やY2O3ペレットと平衡した溶融チタン、Ti-Al合金及びジルコニウム中のカルシウムまたはイットリウム及び酸素濃度を測定した。また、高融点金属及びその合金中の酸素の熱力学的性質を明らかにするために、Al2O3飽和の溶融Ti-Al合金中の酸素濃度を測定した。 第1章ではチタン、ニオブ、ジルコニウムの精製錬における不純物元素の挙動についてまとめ、またこれら高融点金属及びその合金の従来の再溶解プロセスにおける不純物除去、カルシウムなどを用いた脱酸に関する既往の研究を調査した。現行の再溶解プロセスではチタン、ジルコニウムからの効果的な酸素及び窒素の除去法がないこと、チタン及びその合金にはカルシウムによる脱酸が有効であるが、カルシウム以外の元素での脱酸に関する溶融金属の熱力学的測定はないことを指摘し、カルシウム、イットリウムによるフラックス脱酸を中心に、溶融高融点金属及びその合金の脱酸について熱力学的な知見を得ることを本研究の目的とすることを述べた。 第2章ではCaO飽和の溶融Ti3Al中のカルシウムと酸素の溶解度積の測定を2003K及び2053Kにおいて行った。メタル中カルシウム濃度の増加に伴い酸素濃度は減少し、また溶解度積([mass%Ca][mass%O])は高温の方が大きくなった。CaOのTi3Al中への溶解反応の標準Gibbsエネルギー変化及びTi3Al中カルシウムと酸素の相互作用係数eCaOを以下のように求めた。 この結果をチタンや他のTi-Al合金に関して得られている結果と比較し、TiAl、チタン、Ti3Alの順にカルシウム脱酸を行いやすいことを示した。また、溶鉄、溶融ニッケルにおける結果との比較から、溶鉄、溶融ニッケルのほうがTi-Al系より脱酸が行いやすいことを示し、また融体中でのカルシウムと酸素の相互作用は、チタン、アルミニウムといった酸素との親和力の大きい元素の存在により弱められると考えた。 第3章ではY2O3飽和の溶融チタン及びTi-Al合金中のイットリウムと酸素の溶解度積の測定を1793〜2093Kにおいて行った。メタル中イットリウム濃度の増加に伴い酸素濃度は減少した。溶解度積([mass%Y]2[mass%O]3)は高温になるに従い大きくなった。Y2O3のチタン、Ti3Al、TiAl中への溶解反応の標準Gibbsエネルギー変化及びメタル中イットリウムと酸素の相互作用係数eYOを以下のように得た。 これにより、イットリウムを用いた脱酸はTiAl、Ti3Al、チタンの順に行いやすいことを示した。また、1molの酸素原子が関与する酸化物のメタル中への溶解反応の標準Gibbsエネルギー変化の比較から、カルシウムの方がイットリウムのより熱力学的によく脱酸できることを示した。また、溶鉄、溶融ニッケルに関する結果と比較し、カルシウム系と同様、溶鉄、溶融ニッケルの方がTi-Al系より脱酸が行いやすいという結果を得た。相互作用係数は各メタルとも高温になると0に近づき、融体中でイットリウムと酸素間の関係が理想状態に近づくことを述べた。また、溶鉄、溶融ニッケル中の相互作用係数との比較から、融体中でのイットリウムと酸素の相互作用は、チタン、アルミニウムといった酸素との親和力の大きい元素の存在により弱められると考えた。 第4章ではY2O3飽和の溶融ジルコニウム中イットリウムと酸素の溶解度積の測定を2153K及び2173Kにおいて行った。メタル中イットリウム濃度の増加に伴い酸素濃度は減少し、溶解度積は高温の方が大きくなった。Y2O3のジルコニウム中への溶解反応の標準Gibbsエネルギー変化及びジルコニウム中イットリウムと酸素の相互作用係数eYOを以下のように得た。 これにより、同温度ではチタンよりもジルコニウムの方よく脱酸されることを示した。また溶融鉄、溶融ニッケルの結果とあわせ、イットリウム脱酸が行いやすい順にニッケル、鉄、ジルコニウム、チタンとなることを示した。 第5章ではAl2O3飽和の溶融Ti-Al合金中の酸素濃度の測定を1673〜1873Kにおいて行った。チタン濃度が高いメタルほど、また高温ほどメタル中酸素濃度は大きくなった。Ti-Al-O合金中への酸素の溶解反応の標準Gibbsエネルギー変化として以下の結果を得た。 Ti-Al合金中0.1mass%の濃度の酸素と平衡する酸素分圧は鉄、コバルト、ニッケル、銅などに比べ非常に低く、例えばTi-53.9mol%Alでは1873Kで5.57×10-21atmとなった。正則溶液モデルの適用により、溶融Ti-Al-O合金中の各成分の熱力学的性質を明らかにし、溶融チタン中への酸素の溶解反応の標準Gibbsエネルギー変化として以下の結果を得た。 第6章では、溶融チタン、チタン合金及びジルコニウムの合金の脱酸について総括的に考察を行った。VARやEBなどの既存の真空溶解プロセスにおける脱酸の可能性を論じ、溶融チタンでは、チタンの蒸気圧の方がTiO分圧や酸素分圧よりも高くなるため、脱酸は不可能であると結論した。また、Ti-Ni、Ti-Fe、Ti-Nbなどのチタン合金の脱酸についても、0.1mass%酸素を含むこれらのメタルの平衡酸素分圧は非常に低く、脱酸は熱力学的に不可能であることを示した。チタン、ジルコニウムのカルシウム、イットリウム脱酸に関しては、CaO、Y2O3の飽和条件下ではそれぞれカルシウム蒸気圧が高くなること、メタル中イットリウム濃度が高くなることを示してフラックスを用いて酸化物の活量を下げる必要があると論じ、CaO、YO1.5の活量を0.01まで下げれば、メタル中酸素濃度を0.1mass%にできることを示した。TiAlはカルシウム、イットリウムを用いたフラックス精錬による脱酸が非常に効果的であり、CaOの活量を0.5、YO1.5の活量を0.05まで下げれば、0.01mass%以下にまで酸素を低減できることを示した。 第7章では本研究を総括して述べた。 以上のように、本論文ではTi-Al合金、チタン、及びジルコニウムのカルシウム及びイットリウム脱酸に関する熱力学的性質を明らかにし、これら溶融金属の脱酸プロセスについて熱力学的な検討を行った。 |