学位論文要旨



No 113433
著者(漢字) 住田,雅樹
著者(英字)
著者(カナ) スミダ,マサキ
標題(和) 浮遊帯域半溶融凝固法によるSm1Ba2Cu3O7-d酸化物超伝導材料の組織制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 113433
報告番号 甲13433
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4151号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 酸化物超伝導材料Sm1Ba2Cu3O7-d相(Sm123)の溶融凝固法による更なる臨界電流密度、Jc、特性の向上、あるいは組織制御技術の確立のためにはのためには、溶融凝固現象に関する深い理解が必要である。しかしながら高いJc特性を有する材料を再現性良く作製するためには最適溶融凝固条件の同定、半溶融組織、凝固組織形成機構の解明、添加物効果の定量的な評価、材料の大型化、機械的強度の向上など解決しなければならない問題点が多く残されていた。

 相平衡関係に関する報告からSm123相はSm2Ba1Cu1O5(Sm211)相と液相の包晶反応によって以下のように生成することが一般に知られている。

 

 Sm123相中に微細分散して取り込まれたSm211相粒子は混合状態における磁束のピンニングセンターとして作用することが一般に認識されている。また、Sm123相の結晶粒界は超伝導電流を阻害することから、単結晶Sm123相に最適な粒度と分布を持つSm211粒子を取り込ませることによってJc特性の向上を果たすことは十分に可能であると考えられる。著者は、既存のゾーンメルト法を適用して、半溶融プロセスによって凝固Sm123/211相の組織制御を行なうためには、前駆体の溶融分解により生成する半溶融組織形成、半溶融相から包晶凝固によって生成する凝固組織形成を連成的に考慮する必要があることに着目した。

 本研究では半溶融組織、凝固組織を同時に制御する手法として浮遊帯域半溶融凝固法を提案し、一方向溶融凝固時における半溶融組織形成過程、凝固組織形成過程に関する理解とこれらの組織制御を目的として研究を行なった。

 まず、Sm123相、及び同様の機構により結晶成長することが考えられるPrBa2Cu3O7-d(Pr123)相の凝固、結晶成長に関する知見を得ることを目的とし、Pr1Ba1O3(Pr110)-BaCu3O4擬2元系状態図の作製を行った。平衡状態図は溶融凝固プロセシングを行うさい不可欠な知見を与える。まず、BaCu3O4フラックス中におけるPrの溶解度を1173Kから1523Kの温度範囲で測定した。また、加熱保持急冷実験によりPr123相の生成する包晶温度(1244K(±1K))を決定するとともに包晶温度近傍における安定相を同定し、それぞれの領域においてPr110+L、Pr123+L、Pr123+Pr110であることが分かった。これらの結果を連成して包晶反応温度近傍領域のPr110-BaCu3O4擬2元系状態図を作成した。またPr溶解度曲線からPrのBaCu3O4フラックス中への溶解エンタルピーと、包晶温度における液相線勾配、典型的な成長条件下における結晶成長速度を求め、報告されているSm-Ba-Cu-O系、Y-Ba-Cu-O系の場合と比較検討した。

 また、Sm123相がSm2Ba1Cu1O5相(Sm211)と液相から包晶反応によって生成し、Sm123組成の完全液相を得ることが困難であることから、Sm123/211相の組織制御を考えた場合は、完全な液相の状態を経ない、半溶融プロセスを用いることで取り扱いが容易になり、工業的な利点が多い。そこで、半溶融プロセスによるSm-Ba-Cu-O系超伝導材料の組織制御法として浮遊帯域半溶融凝固法を提案し、最初に、大気中におけるSm211相と液相で構成される半溶融組織の形成過程、Sm123相とSm211相で構成される凝固組織の形成過程に及ぼす初期組成、成長速度、界面温度勾配の影響を検討した。組織観察、定性、定量分析の結果から、Sm123相の溶融分解により生成するSm211粒子は溶融界面近傍において成長方向に配向することを示した。配向Sm211粒子の平均粒径、d211、は成長速度、R、が大きくなるほど、また、溶融界面温度勾配の絶対値、|GM|、が小さいほど小さくなり、前駆体へSm211粒子を添加することが溶融界面近傍の液相中におけるSm211粒子の微細分散化に有効であることを示した。

 一方、Sm123凝固界面形態はRの増加に従い、ファセットで平滑な界面による成長形態からセル的な成長、等軸的ブロック状の成長形態へと変化した。また、界面形態に及ぼす温度勾配の影響は比較的小さく、Rを制御することによって比較的容易にSm123単結晶成長を達成できることを示した。

 さらに、Sm-Ba-Cu-O系超伝導材料の高Jc特性を達成するために有効とされる低酸素分圧雰囲気を採用し、Po2=0.01atm雰囲気下における浮遊帯域半溶融凝固時を行ない、半溶融組織形成、凝固組織形成に及ぼす初期組成、成長速度の影響を検討した。溶融界面においてSm123から分解生成したSm211粒子は成長方向と平行な方向に棒状に配向した。前駆体へSm211粒子を添加した場合は溶融界面近傍の液相中におけるSm211粒子の微細分散化に有効であった。さらに、前駆体に微量Ptを添加した場合は溶融界面近傍におけるSm211粒子の成長が抑制され、微細分散した組織が得られた。

 一方、Sm123凝固界面形態はRの増加に従い、ファセットで平滑な界面による成長形態からセル的な成長、等軸的ブロック状の成長形態へと変化した。また、組織観察結果から、等軸的ブロック状への界面形態変化は新たなSm123相の核生成、成長によって引き起こされることを示唆した。また、前駆体へのSm211粒子の添加はSm123相の成長界面安定性を促進し、さらに、前駆体への微量Ptの添加が凝固Sm123相の平滑界面による臨界成長速度を顕著に増大することを示した。

 考察として実験結果の定量的、定性的な説明を目的とし、半溶融組織形成機構をモデル化し、実験結果との比較検討を行うことによってモデルの妥当性を評価するとともに、溶融条件パラメーターの寄与を議論した。具体的には、一方向定常成長している棒状Sm211粒子の先端過熱度、TS、とR、及びスペーシング、、の関係を溶質拡散律速を仮定して導くことにより操作点の予測を試みた。異なる成長速度下においてTS-曲線の極小値で与えられるminは成長速度の増大に従い小さくなる傾向を示した。また、minに比べ、実験的に得られたopは3〜5倍大きい値を示し、モデルによる予測と実験結果は比較的よく一致した。また、半溶融組織形成への溶融条件依存性を考察した。

 さらに、Sm211と液相から包晶凝固によってSm123相が生成するさいの凝固界面形態の安定性をBispherical座標を用いてモデル解析することによって凝固条件パラメーターの寄与を定性的、定量的に考察した。211粒子は123/L界面の進行に従い、液相内拡散による分解によって粒径を減少する。また、液相拡散律速による包晶凝固が起こるとき、123/L界面前方には組成的過冷却が必ず存在することが示された。組成的過冷却は界面温度勾配、G、が小さく、成長速度、R、が大きいほど、また、液相中211粒子の体積分率、fL211、が小さく、211粒子の粒径、r211、が大きいほど生成しやすい。さらに、L/211界面における123相の核生成を考えることによって実験的に得られた凝固123相の界面形態変化を定性的、定量的に説明することが可能であることを示し、モデルによる予測と報告されている実験結果が比較的よく一致することを示した。凝固123相の界面形態を決定する支配因子はR、及びr211であり、G、fL211の影響は比較的小さい。また、既存の金属材料の包晶凝固の場合と異なり、fL211、r211が界面形態を支配する要因であることから、凝固組織を制御するためには半溶融組織を制御することが重要であることを示した。

 異なる成長条件で得られた試料の超伝導特性を測定することによって、最適溶融凝固条件、あるいは最適凝固組織の模索を行なった。異なる前駆体初期組成の場合について、Rが小さいほうがJc特性は向上していることから、単結晶の特性が優れていることが確認された。また、前駆体に微量Pt(0.3wt%)を添加し、Sm123相中に取り込まれるSm211粒子が微細分散化されることでJc特性が顕著に改善される。しかし、同様の凝固組織をもつ試料の場合でもPt添加量を増加した場合は特性が低下する。また、他の物質、あるいはプロセスとの比較によって浮遊帯域半溶融凝固法により優れた特性を有する材料を作製可能であることを示した。得られたJcの値は、77K、1Tにおいて3.6*104A/cm2、3Tにおいて1.6*104A/cm2であり、過去に報告された値に対して非常に優れた特性を示した。

 最後に、これら一連の研究結果から得られた知見から、半溶融相中のSm211粒子の分布制御の重要性、組織形成に及ぼす添加物効果、また、Sm-Ba-Cu-O系における平衡状態図の整備は急務であること、溶融凝固機構のモデリングのによる現象理解、が今後、組織制御技術の熟成を行ない、産業レベルでの展開を目指していくにあたり必要と考えられる課題であることを指摘した。

審査要旨

 溶融凝固法による酸化物超伝導材料Sm1Ba2Cu3O7-d相(Sm123)の更なる臨界電流密度、Jc、特性の向上、あるいは組織制御技術の確立のためには、溶融凝固現象に関する深い理解が必要である。本研究は半溶融組織、凝固組織を同時に制御する手法として浮遊帯域半溶融凝固法を提案し、凝固Sm123/211相の組織制御の指針を得るため、特に一方向溶融凝固時における半溶融組織形成過程、凝固組織形成過程を明らかにしたもので、全8章より成る。

 第1章は緒言であり酸化物超伝導材料Sm123の材料開発の経緯、今後に残されている問題点、凝固組織形成に関する基礎理論をレビューした。

 第2章ではSm123相と同様の機構により結晶成長すると考えられるPr1Ba2Cu3O7-d(Pr123)相の凝固、結晶成長に関する知見を得ることを目的とし、Pr1Ba1O3(Pr110)-BaCu3O4擬2元系状態図の作製を行った。平衡状態図は溶融凝固プロセシングを行うさい不可欠な知見を与える。また、得られた状態図からPrのBaCu3O4フラックス中への溶解エンタルピーと、包晶温度における液相線勾配、典型的な成長条件下における結晶成長速度を求め、報告されているSm-Ba-Cu-O系、Y-Ba-Cu-O系の場合と比較検討した。

 第3章では半溶融プロセスによるSm-Ba-Cu-O系超伝導材料の組織制御法として、浮遊帯域半溶融凝固法の開発を行うために基礎的な知見を得ることを目的として、大気雰囲気中においてSm123相の溶融分解によって形成され、Sm211相と液相で構成される半溶融組織の形成過程、及びSm123相とSm211相で構成される凝固組織形成過程に及ぼす初期組成、成長速度、界面温度勾配の影響を検討した。

 第4章ではSm-Ba-Cu-O系超伝導材料の高Jc特性を達成するために有効とされる低酸素分圧雰囲気を採用し、Po2=0.01atm雰囲気下における浮遊帯域半溶融凝固を行ない、半溶融組織形成、凝固組織形成に及ぼす初期組成、成長速度の影響を検討した。

 第5章では半溶融組織形成機構をモデル化し、実験結果との比較検討を行うことによってモデルの妥当性を評価するとともに、溶融条件パラメーターの寄与を議論した。具体的には、一方向定常成長している棒状Sm211粒子の先端過熱度、Ts、とR、及びスペーシング、、の関係を溶質拡散律速を仮定して導くことにより操作点(operating point)の予測を試みた。モデルによる予測と実験結果は比較的よく一致し、また、半溶融組織形成への溶融条件依存性を考察した。

 第6章ではSm211と液相から包晶凝固によってSm123相が生成するさいの凝固界面形態の安定性をBispherical座標を用いてモデル解析することによって凝固条件パラメーターの寄与を定性的、定量的に考察した。211粒子は123/L界面の進行に従い、液相内拡散による分解によって粒径を減少する。また、液相拡散律速による包晶凝固が起こるとき、123/L界面前方には組成的過冷却が必ず存在すること示した。組成的過冷却は界面温度勾配、G、が小さく、成長速度、R、が大きいほど、また、液相中211粒子の体積分率,fL211、が小さく、211粒子の粒径、r211、が大きいほど生成しやすい。さらに、L/211界面における123相の核生成を考えることによって実験的に得られた凝固123相の界面形態変化を定性的、定量的に説明することが可能であることを示し、モデルによる予測と実験結果が比較的よく一致することを示した。また、既存の金属材料の包晶凝固の場合と異なり、fL211、r211が界面形態を支配する要因であることから、凝固組織を制御するためには半溶融組織制御の重要性を指摘した。

 第7章では異なる成長条件で得られた試料の超伝導特性を測定することによって、最適溶融凝固条件、あるいは最適凝固組織の模索を行なった。また、他の物質、あるいはプロセスとの比較によって浮遊帯域半溶融凝固法により優れた特性を有する材料を作製可能であることを示した。得られたJcの値は、77K、1Tにおいて3.6*104A/cm2、3Tにおいて1.6*104A/cm2であり、過去に報告された値に対して非常に優れた特性を示した。

 第8章では研究を総括するとともに、一連の研究結果から得られた知見をもとに今後の展望、必要と考えられる課題を述べた。

 以上を要するに、本研究はSm-Ba-Cu-O系超伝導材料の組織制御に関する指針を明確にしたものであり、凝固・結晶成長工学の進展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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