No | 113435 | |
著者(漢字) | 高村,由起子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカムラ,ユキコ | |
標題(和) | 気相からのcBN薄膜の成長過程 | |
標題(洋) | Growth process of cBN films from vapor phase | |
報告番号 | 113435 | |
報告番号 | 甲13435 | |
学位授与日 | 1998.03.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4153号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 金属工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | cBN(cubic boron nitride)は、そのダイヤモンドに匹敵する特性から、超硬コーティングから耐熱・耐環境半導体などへの広範な応用が期待される物質である。ダイヤモンド同様、高温高圧相であるcBNの低温低圧での気相からの薄膜化は、イオン衝撃を利用することで可能となった。しかしながら、膜中の高圧縮応力、基板への低付着力により膜の剥離・破砕、及び、欠陥を多く含む微結晶膜であることなどが厚膜化・高品質化の障害となり、cBN薄膜の実用化研究への進展を妨げている。堆積表面へのイオン衝撃を必要とするcBNの生成機構に起因すると考えられるこれらの問題を解決するために、cBNの生成機構を明らかにした上で、実用化に耐えうるcBN薄膜を高度なプロセス制御のもとで合成することが望まれる。cBN薄膜の堆積過程には、未だ不明な点が多いが、cBN生成にはイオン衝撃の際のイオンのエネルギーというよりは、運動量が寄与しているという事実、基板上に初期sp2結合層がある膜厚まで堆積した後にcBN相が生成、単相成長するという事実が明らかとなっている。初期層の存在は異なるプロセスにより合成されたcBN薄膜で確認されており、この堆積過程はcBN薄膜共通のものと考えられる。しかしながら、cBN生成に至るまでの初期層の厚みは合成プロセスや堆積条件などにより異なり、数nmから100nmと様々である。本研究では、基板入射粒子の条件が満たされていても、堆積下地の条件がある程度の初期層の成長の後に満たされない限りcBNの生成には至らないという点に特に着目した。cBN薄膜の堆積過程を明らかにしていく上では、気相の分析だけではなく、成長に伴う堆積下地の変化を調べることが不可欠と考え、cBN薄膜の膜成長に伴う生成相、組成、表面形態、応力、結晶組織の変化を調べることで、イオン衝撃を必要とするcBNの特異な生成過程・成長過程を明らかにすることを目的とした。 cBN薄膜の堆積過程を調べる目的で、異なる成長段階にあるcBN薄膜をバイアススパッタ装置を用いて合成した。ターゲットには、hBN(hexagonal BN)焼結体円盤、基板にはp型<100>配向のシリコンウェハーを用い、cBNの生成する条件である、ターゲット入力:600W、基板負バイアス電圧:300V、位相差:0°、スパッタガス:Ar、流量:40sccm、圧力:16mTorrで堆積時間を30sから300sまで変化させて堆積実験を行った。これらの試料についてフーリエ変換赤外吸収分光(FTIR)による生成相の同定、光電子分光法による組成及び成長表面生成相の分析、タッピング原子間力顕微鏡(AFM)による表面形態観察、膜応力の測定を行った。その結果、本法におけるcBN薄膜は、50nm程度の初期sp2結合層の形成、初期層上へのsp3相の生成と競合的な成長、sp3相の単相成長の三段階を経て成長していることが明らかとなった。Ar含有率、膜圧縮応力は初期sp2結合層と比較してcBN層で高い値を示す結果が得られた。膜表面は成長とともに徐々に粗くなってゆく傾向が認められ、二相が競合的に成長しているときにのみ平坦化が起きるのが認められた。 透過電子顕微鏡による断面組織観察は膜の成長に伴う組織変化を直接観察することが可能である。堆積時間300s、膜厚約100nmのcBN薄膜の断面透過電子顕微鏡写真を図1に示す。数nm程度のアモルファス層、40±20nm程度のtBN層がcBN層と基板の間に観察された。tBN層は、BN atomic planeが基板表面にほぼ垂直であるような配向性を有していた。tBN層とcBN層の界面の粗さは、タッピングAFMを用いて観察した膜表面と比較して大きく、tBN相とcBN相の競合的な成長はこの像からも確認された。成長段階の異なる試料について分析した結果から期待された通りの断面組織の像が得られたが、アモルファス層が存在すること、初期sp2結合層は乱れた構造のtBNからなり、配向性を有していることなどが直接観察により明らかとなった。 tBN層上のcBN生成サイトにおける断面高分解能透過電子顕微鏡像を図2に示す。白い矢印で示した部分に、二枚のtBN{00l}から三枚のcBN{111}が生成しているのが観察される。この関係は、高配向性グラファイト(HOPG)のprism plane上にダイヤモンドが核生成する際の関係に類似しており、またrBNが高圧下でcBNに無拡散変態する際にとると言われている結晶方位関係と同じである。cBN生成サイトにおけるtBNのBN atomic planeのstackingを調べる目的でフーリエ変換を行った結果も図2に示してある。スポットはそれぞれ、rBN{003}、{101}、{102}からのものと同定され、tBN層中にrBNが存在していることを示唆している。 cBN薄膜の断面TEM像に対して、その成長方向に順次フーリエ変換を行った結果を図3(a)〜(h)に示す。こちらの場合にも図3(e)に図2と同様のrBNを示唆するスポットが現われている。しかしながら、より堆積初期に当る図3(g)にはrBN{101}、{102}にあたるスポットは現われておらず、rBNの生成にはある程度の初期層の成長が必要と考えられる。rBN{003}とrBN{101}は、成長とともにそれぞれcBN{111}と別のcBN{111}へと変化してゆくのが認められ、cBNがrBN上に、ある結晶方位関係をもって生成していることが明らかとなった。 以上、バイアススパッタ法により合成したcBN薄膜の成長過程について調べた結果、cBN薄膜の堆積過程は、基板上へのアモルファス層(amorphous layer growth stage)、初期sp2結合層の形成(initial layer growth stage)、初期層上へのsp3相の生成と競合的な成長(transition stage)、sp3相の単相成長(cubic layer growth stage)の四段階からなり、本研究における実験結果を他の研究における結果とあわせて考察すると以下の様な堆積過程が考察される。 amorphous layer growth stageにおいては、基板上にaBN層が数nm形成される。この層の形成はおそらく基板のスパッタリングによる基板元素の混入などが原因であり、従って成長表面をBとNのみに純化し、BNが結晶化しやすい表面を作成する役割を担っている。initial layer growth stageにおいては、BN atomic planeが基板にほぼ垂直に、ランダムに成長してtBN層を形成する。tBN層中に発生する応力は1GPaとcBN層と比較すると小さいが、このような配向の原因と考えられる。ある程度成長したtBN層中にはrBNが観察された。tBN中のrBNはBN atomic planeの成長と応力に伴うtBNstackingの変化から局所的に生成したと考えられる。transition stageにおいては、rBN上に配向関係を持って生成したcBNが成長し、近傍のcBN粒と合体して表面を覆うまで続く。cubic layer growth stageでは、cBN上にcBNが一様に成長する。断面TEMでの暗視野像などからcBN層の柱状構造が明らかとなっており、cBNは下地とある程度の結晶方位関係を保ちながら成長してゆく。この柱状組織の直径は、AFM像で観察された20〜40nm程度の粒状組織に相当し、したがって結晶粒サイズはcBNのtBN層上での核生成密度で決定されている。 tBN層上でのcBNの生成には、tBN中で生成したrBNが寄与しており、cBNはrBNとある結晶方位関係をもって生成しているという事実は、今後、高品質cBN薄膜の合成を実現する上での鍵となると考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は「Growth process of cBN films from vapor phase(気相からのcBN薄膜の成長過程)」と題し、ダイヤモンドに匹敵する特性から、超硬コーティングや耐熱・耐環境半導体などへの広範な応用が期待されるcubic boron nitride(cBN)の気相合成に関して、主にその特異な薄膜成長過程の観点からまとめたものである。BNの高温高圧相であるcBNの気相からの薄膜合成は、堆積表面への適度なイオン衝撃により可能となるが、膜中応力による剥離・破砕や、欠陥を含む微結晶膜であることなど実用化には解決すべき障壁が少なからずある。本研究では、これらの問題はcBNの特異な生成機構に起因するとし、膜質向上のためにはcBNの生成機構に関する新たな知見が必要であるとの観点から成されたものである。特に、cBN薄膜の基板近傍に存在する初期sp2結合層に着目し、cBN薄膜の成長過程の解明には、成長に伴う堆積モードの変化を調べることが不可欠であるとし、cBN薄膜成長に伴う生成相、組成、表面形態、応力、結晶組織の変化を調べ、イオン衝撃を必要とするcBNの生成過程・成長過程の特異性を明らかにすることを目的としている。論文は5章から成っている。 第1章ではcBNの特性、及び気相合成による薄膜化が可能となるまでの歴史的な経緯を述べるとともに、現在cBN薄膜の抱えている問題点とその解決に果たす堆積過程解明の意義を述べ、本研究の目的を明確にしている。 第2章はcBN薄膜の堆積と同定に関する。cBN薄膜合成には、PVD法の中でも大面積、高速堆積が可能で、かつ装置が安価で工業的にも有利なバイアススパッタ法を用いている。膜厚100nm程度の均一なcBN薄膜は、剥離・破砕せずに長期間保存でき、フーリエ変換赤外吸収分光(FTIR)、電子線回折、光電子分光法(XPS)による定量的かつ再現性ある分析が可能であることを確認し、堆積条件の最適化が検討されている。 第3章では前章で得られたcBN薄膜の堆積過程を調べる目的で、異なる成長段階にあるcBN薄膜の分析結果についてまとめられている。FTIRによる生成相の同定、XPSによる組成及び成長表面生成相の分析、及び断面透過電子顕微鏡による組織観察から、本法におけるcBN薄膜は、2nm程度のアモルファス層、40nm程度のtBN層の形成、cBN相の生成とtBN層との競合的な成長、cBN相の単相成長の各段階を経て成長していることを明らかにしている。更に、タッピング原子間力顕微鏡(AFM)による表面形態観察から、膜表面はフラクタル的な形態を有することを明示するとともに、表面は成長とともに徐々に粗くなってゆき、二相が競合的に成長する過程での再平坦化を認めている。膜応力測定からは、初期層では1GPa程度、cBN層では10GPa程度の圧縮応力が発生していることを明らかにしている。またナノインデンテーション測定により、初期層とcBN層の硬度、弾性率の違いを明らかにし、cBN薄膜がコーティング材料として優れた性能を発揮する可能性を示唆している。更に、断面透過電子顕微鏡観察から、膜の成長に伴う組織変化を直接観察し、高分解能像をフーリエ変換することで組織の変化を調べている。特にtBNのstackingがcBN生成サイト近傍でrhombohedral BN(rBN)に変化し、rBN{003}とrBN{101}は、成長とともにそれぞれcBN{}と別のcBN{111}へと変化してゆく過程を示したことは、cBNがrBN上に、ある結晶方位関係をもって生成することを明示したものとして特筆に値する。 第4章では前章の結果を踏まえ、cBN薄膜の堆積過程を、基板上へのアモルファス層の形成(amorphous layer growth stage)、tBN層の形成(initial layer growth stage)、初期層上へのcBN相の生成と競合的な成長(transition stage)、cBN相の単相成長(cubic layer growth stage)の四段階に分けて多方面から総合的に論じている。 第5章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。 以上を要約すると、本研究はcBN薄膜の多層構造を念頭におき堆積過程を明らかにすることを目的に遂行され、cBN薄膜の多段階にわたる成長過程を明らかにし、特にtBN層上でのcBNの生成には、tBN中で生成したrBNが寄与しており、cBNはrBNとある結晶方位関係をもって生成することを初めて見い出したものであり、今後、高品質cBN薄膜の合成を実現する上での新たな知見を導出したものとして高く評価される。又、本研究の成果は気相プロセシング全般に寄与し、材料工学への貢献が大である。よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54011 |