学位論文要旨



No 113436
著者(漢字) 伊坪,徳宏
著者(英字)
著者(カナ) イツボ,ノリヒロ
標題(和) 材料の環境影響評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 113436
報告番号 甲13436
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4154号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 佐藤,純一
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 森,実
内容要旨

 21世紀において「持続可能な発展」を実現するためには、生産活動のみならず、社会経済活動全般にわたって環境負荷を低減し、環境調和型の社会及び経済の枠組みを構築していかなければならない。

 このためには我々はまず人間の活動が地球環境に与える影響をできる限り正しく認識し、測定し評価しておく必要がある。そしてこの認識及び評価の下で、投入する資源・エネルギー及び環境への各種排出物などをできるだけ少なくし、社会活動に伴う環境負荷を低減していくことが重要である。

 LCA(Life Cycle Assessment)は、製品やサービスがそのライフサイクル全体を通して環境に与える影響を分析、評価する一つの手法である。持続可能社会を実現する上での課題は、製品、サービスの環境に及ぼす負荷をなるべく定量的に評価し、環境負荷のより少ない製品やサービスを生産し、消費し、その環境負荷情報に基づいて経済活動を行うことである。このような意味でLCAは地球環境調和型社会を構築する上で極めて重要な道具と認識されつつある。

 社会で作られている製品のインベントリを完全に分析するには、製品のライフサイクルに関わるプロセスを完全に把握し、それぞれのプロセスについて考えられる環境負荷データを全て収集する必要がある。しかしこの理想的なインベントリ分析は、分析とデータ収集に非常に多くの時間を要し、実際に実行していくことは困難である。

 企業が自社の製品についてLCAを行う場合、エネルギー消費や環境負荷のデータは企業毎に異なる。製品のLCAを行う場合は自社以外で行われるプロセスによる環境負荷を追いきれない場合がある。このような場合に客観的なデータが必要となる。

 多様な環境影響を定量的に評価するインパクト分析については研究が不十分であり国際的合意もない。また評価する地域により環境問題の深刻度は異なり、どの環境影響項目を優先的に解決するかという社会的合意も無い。インパクト分析手法の研究は現在欧米を中心に進められている。日本における製品・ザーピスの環境影響を総合的に評価する場合、日本の環境負荷の現状を客観的に表すデータに基づいて、環境影響評価手法の研究を行うことが重要である。

 そこで本研究では、これまでに得られているインベントリーデータよりも更に広範な品目まで網羅したインベントリーデータベースを構築するための基礎となるデータを得て、これを用いた環境影響の評価を行うことを目的として、約1800種の材料や製品の環境影響についての評価を行った。計算結果の詳細は本論文の巻末に掲載した。

 本研究で提案したインパクト分析方法は、資源枯渇を含めて環境影響項目毎に環境影響を表わすので、どの環境影響項目が特に問題であるか容易に見て取ることができる。また、評価結果を環境負荷物質毎やライフサイクルステージ毎に表すことも可能であるため、どの環境影響物質を重点的に削減し、どのプロセスの環境影響が大きいか直ちにわかることも利点である。また各プロセスが全体の環境影響に及ぼす割合についてもわかるので、プロセスの変更や改良の検討にも利用することができる。このように、資源の枯渇を環境影響項目に含めて統合化したインパクト分析手法及びその材料への適用についての研究はこれまでになく、全く新しい試みである。

 本研究ではそれぞれの環境影響を定量的に評価できるDT(Distance to Target)法を採用し、特性分析では科学的に決定された値(GWP等)を、各環境影響項目での目標値は、政府により定められた環境基準あるいは、国際的に定められた基準等を利用した。

(1)材料製造までの環境影響

 図1は材料製造までの環境影響について示したものである。粗鋼は、大気汚染、富栄養化、資源枯渇による影響が大きいという結果となった。鉄鋼業は現在省エネルギー化を推進しているものの、商工業全体のエネルギー消費の約31%を占めるエネルギー多消費型産業である。鉄鋼業の燃料構成は石炭等の非石油系の燃料消費が約80%を占める。従って資源枯渇への影響が大きいのは石炭等の燃料消費によるものである。大気汚染の影響が大きいのは、大気汚染物質の排出係数が大きい石炭やコークス等の使用に伴うものである。また製銑・製鋼は大量の水を使用し、特にコークス炉から発生するガス液は窒素濃度が高いことが富栄養化の影響が大きくなった理由である。以上より鉄鋼材料製造時においては、石炭消費による大気汚染物質の放出を極力抑えること、石炭の消費量を削減すること、コークス炉等からの下水汚泥による水質汚染物質の排出量を抑制することが主な課題であるといえる。

図1 材料製造までにおける環境影響評価の結果

 非鉄材料については環境影響項目毎に見ると、鉛地金、粗銅、アルミ地金は富栄養化の影響が大きかった。アルミニウムは、アルミナの製造工程で赤泥が、アルミ地金鋳造時においてアルミドロスが発生する。ドロスは多くの不純物を含み、特にAINが排出されると水との反応によりアンモニアが生成して富栄養化の原因となり得る。アルミ地金は富栄養化の影響が大きいが、資源枯渇、大気汚染の影響も大きい。またアルミニウム製造時は多量のエネルギーを消費し、その構成はエネルギー消費量の半分以上が石油系燃料消費によるものである。従って資源枯渇と、大気汚染の影響の割合が大きいのは、石油等の直接投入による寄与が大きいことを反映している。従ってアルミニウムの環境負荷低減の課題としては、ドロス処理の促進による廃棄量の削減、省エネルギー化、リサイクル促進が挙げられる。亜鉛地金は他の非鉄金属と異なり、富栄養化の影響は小さいが、資源枯渇と酸性化への影響が大きい。亜鉛地金の精錬にはコークスが多量に使用されるため非石油系の燃料消費により酸性化寄与物質の放出が多い。

(2)バージン材と再生材の比較

 図2はアルミニウムバージン材と再生材の製造までにおける環境影響の比較したものである。再生材の環境影響はバージン材の約8%であった。アルミニウムの再生材のエネルギー消費量は、バージン材の約3%で済むという報告と比較すると若干大きな値である。再生材を生産する際には、ドロス発生率が上昇することを考慮すると妥当な結果であると考えられる。

図2 アルミニウムバージン材と再生材の製造までにおける環境影響の比較

 図3は鉛の新地金と再生材を製造する際の環境影響を比較したものである。再生材製造時の環境影響は、バージン材の約7%であった。再生材のエネルギー消費量はバージン材の48.5%であるのと比較すると、再生材が及ぼす環境影響が非常に低いことがわかる。バージン材の環境影響の大部分は富栄養化であった。これはガス洗浄後の廃液によるものであると考えられる。富栄養化以外の環境影響の総和をとると、再生材の環境影響はバージン材の約48%であった。従って、鉛再生材は、エネルギー消費量の面のみから見れば、他の金属に比べてメリットは少ないが、環境影響の低減という面では非常に有効であることがいえる。

図3 鉛の新地金と再生材を製造する際の環境影響を比較
(3)他の環境影響統合評価手法との比較

 本研究により評価した環境影響の客観性及び特徴について検討するため、これまでに実施された環境影響統合評価手法(エコインディケータ95(オランダ)、EPS法(スウェーデン)、エコポイント法(スイス)、MIPS(ドイツ)))を利用した場合の結果と比較した。

 エコインディケータ法は、本研究における結果と比べて酸性化の占める割合が比較的大きい。エコインディケータ法はヨーロッパの環境影響の評価手法である。従ってヨーロッパでは日本よりも酸性化による被害が深刻であることがわかる。EPSによる結果は、全ての材料において全体の環境影響の大部分をCO2排出による影響が占める。エコポイント法による環境影響評価結果は、全燐の放出による環境影響が全体の環境影響に大きな影響を与えることが分かった。エコファクターはスイスの環境基準に基づいて設定された指標である。スイスは燐による湖の富栄養化が深刻であるため、環境指数が高く設定されている。

 本研究による材料の環境影響の評価は、CO2,NOx,SOxの大気系汚染物質とBOD,COD,SS,全窒素,全燐の水質系汚染物質の排出量、石油,石炭,天然ガス,ウラン鉱石のエネルギー資源の消費量を利用して行った。日本における環境問題はこれらの環境負荷物質による環境影響だけではなく、ダイオキシン等の発ガン性物質等や農薬・重金属等の排出についても環境影響評価に含めて評価すべきである。今後これらのデータベースが整備されれば、より詳細に分析することができる。

審査要旨

 大量生産、大量消費が特徴的な近代物質文明は、人口の爆発的増大とも相まって環境への負荷を増大させ、地球温暖化、オゾン層の破壊、さらには生態系の破壊、各種資源の枯渇化といった環境問題を引き起こしつつある。問題の根源は生活における多種多様な製品やサービスの利用に伴う巨大なマテリアルフローであり、膨大な資源エネルギーの消費と大気、水、土壌中への各種物質の排出にある。環境と日々の産業・経済活動を分離して議論するのは不可能であり、地球環境問題を解決するためには製品やサービスの環境に及ぼす影響を評価し、その総和を地球の生態系の許容量の枠内に収めることが必要である。このような背景から環境影響評価法としてライフサイクルアセスメント(Life-Cycle Assessment)が注目を集めている。本論文は工業統計表等の公開データを利用し、約1800種の材料、製品のインベントリーデータを求め、新たに提案したインパクト分析手法により日本国内の環境負荷削減目標を立て、材料の環境影響分析を初めて行ったものである。

 論文は全六章より成っている。

 第一章は序論である。環境問題の現状を簡潔に要約すると共に、LCA研究の歴史、意義、国内のLCA研究の現状を整理し、本論文の目的と構成について述べている。

 第二章はLCAの一般的手法について紹介している。国際標準化機構(ISO)による国際規格案ISO14040によれば、LCAは目的の設定と範囲の明確化、インベントリー分析、インパクト分析、結果の解釈の順に実行される。インベントリー分析とは、製品やサービスについて、そのライフサイクル全体で有用な資源がどれくらい投入されているか、環境負荷物質がどの程度放出されてたかを明らかにするもので、LCAの最も基本となるものである。インベントリー分析手法は大別して産業連関法と積み上げ法の二種類ある。ここでは各手法の概要を説明すると共に実行上の問題点を整理している。

 インパクト分析では、インベントリー分析により算出されたそれぞれの環境負荷物質の排出量や資源の消費量を用いて、生体系への影響、人間の健康への影響、資源の減少等の環境影響項目毎に分類しその影響度を評価する。インパクト分析は分類,特性分析,評価の三つのステップから構成される。ここでは各段階についての説明を行い、これまでの研究事例について述べている。

 第三章では材料のインベントリー分析の結果について述べている。著者は、これまでに行われたインベントリー解析よりも更に広範な約1800品目まで網羅したインベントリーデータを用いて計算を行っている。またBOD,COD等の水質系環境負荷物質の排出量についても考慮して分析を行っている。

 鉄鋼材料については、石炭と石炭コークス等の非石油系燃料を投入する際と、非石油系燃料を製造する際におけるCO2排出量などの環境負荷が大きい。また採掘段階は全体の約1.4%、輸送段階は全体の約1%程度であり、これらの段階が占める排出比率は非常に小さい。水質環境負荷物質については、高炉、転炉、冷延工程における排水による負荷が大きいとしている。

 非鉄金属材料については、アルミ地金と亜鉛地金は電力生産時におけるCO2排出量が比較的大きい。いずれの金属も電力を多量に消費する電解工程を経るためである。

 第四章は材料のインパクト分析について述べている。著者は日本が資源のほとんどを海外に依存しているという現実から資源枯渇を環境影響項目として含め、かつ日本の環境問題の現状に基づいた環境影響評価を新たに提案し、これを用いて材料の環境影響統合評価を初めて行っている。

 資源の枯渇化による環境影響と環境負荷物質の放出による環境影響を統合化した環境指標は、保護対象(人間の健康、生態系の健全性、資源)が受ける被害を定量化し、更に保護対象の重要度を設定することで計算される。またこの計算を行うために必要となる規格値(環境影響項目毎の日本における現在の総環境影響値)及び低減係数(日本における環境影響の現状値と目標値との比)を算出している。

 その結果鉄鋼材料は大気汚染、富栄養化による影響が大きい。大気汚染への影響が大きいのは、大気汚染物質の排出係数が大きい石炭やコークスが大量に使用されるためである。富栄養化による影響が大きいのはコークス炉から発生する排水の窒素濃度が非常に高いためである。バージン材と再生材の比較によれば、アルミニウム、銅、亜鉛、鉛のどの金属についても再生材はバージン材の環境影響の30%未満であり、再生材の利用価値が高いことを示している。また材料の引張強度に注目して1MN当たりの材料の環境影響を求めている。これによれば、1トン当たりでは環境影響が最小であった鉛は、比強度が小さいため1MN当たりでは最大であった。一方粗鋼は引張強度が大きいため、1MN当たりで評価すると環境影響は最小となった。

 第五章では日本全体における環境影響に対する各製造業の環境影響の評価を行っている

 第六章は結論である。ここでは本論文によって得られた成果をまとめると共に、今後の課題として、適切なダメージ関数の設定と保護対象間の合理的な重みづけを挙げている。

 以上要するに本論文は日本国内の環境問題の現状に立脚し、材料のインベントリー分析、インパクト分析を初めて本格的に行ったものであり、材料の環境指標並びに材料のエコデザインなど材料工学への寄与は極めて大きい。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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