21世紀において「持続可能な発展」を実現するためには、生産活動のみならず、社会経済活動全般にわたって環境負荷を低減し、環境調和型の社会及び経済の枠組みを構築していかなければならない。 このためには我々はまず人間の活動が地球環境に与える影響をできる限り正しく認識し、測定し評価しておく必要がある。そしてこの認識及び評価の下で、投入する資源・エネルギー及び環境への各種排出物などをできるだけ少なくし、社会活動に伴う環境負荷を低減していくことが重要である。 LCA(Life Cycle Assessment)は、製品やサービスがそのライフサイクル全体を通して環境に与える影響を分析、評価する一つの手法である。持続可能社会を実現する上での課題は、製品、サービスの環境に及ぼす負荷をなるべく定量的に評価し、環境負荷のより少ない製品やサービスを生産し、消費し、その環境負荷情報に基づいて経済活動を行うことである。このような意味でLCAは地球環境調和型社会を構築する上で極めて重要な道具と認識されつつある。 社会で作られている製品のインベントリを完全に分析するには、製品のライフサイクルに関わるプロセスを完全に把握し、それぞれのプロセスについて考えられる環境負荷データを全て収集する必要がある。しかしこの理想的なインベントリ分析は、分析とデータ収集に非常に多くの時間を要し、実際に実行していくことは困難である。 企業が自社の製品についてLCAを行う場合、エネルギー消費や環境負荷のデータは企業毎に異なる。製品のLCAを行う場合は自社以外で行われるプロセスによる環境負荷を追いきれない場合がある。このような場合に客観的なデータが必要となる。 多様な環境影響を定量的に評価するインパクト分析については研究が不十分であり国際的合意もない。また評価する地域により環境問題の深刻度は異なり、どの環境影響項目を優先的に解決するかという社会的合意も無い。インパクト分析手法の研究は現在欧米を中心に進められている。日本における製品・ザーピスの環境影響を総合的に評価する場合、日本の環境負荷の現状を客観的に表すデータに基づいて、環境影響評価手法の研究を行うことが重要である。 そこで本研究では、これまでに得られているインベントリーデータよりも更に広範な品目まで網羅したインベントリーデータベースを構築するための基礎となるデータを得て、これを用いた環境影響の評価を行うことを目的として、約1800種の材料や製品の環境影響についての評価を行った。計算結果の詳細は本論文の巻末に掲載した。 本研究で提案したインパクト分析方法は、資源枯渇を含めて環境影響項目毎に環境影響を表わすので、どの環境影響項目が特に問題であるか容易に見て取ることができる。また、評価結果を環境負荷物質毎やライフサイクルステージ毎に表すことも可能であるため、どの環境影響物質を重点的に削減し、どのプロセスの環境影響が大きいか直ちにわかることも利点である。また各プロセスが全体の環境影響に及ぼす割合についてもわかるので、プロセスの変更や改良の検討にも利用することができる。このように、資源の枯渇を環境影響項目に含めて統合化したインパクト分析手法及びその材料への適用についての研究はこれまでになく、全く新しい試みである。 本研究ではそれぞれの環境影響を定量的に評価できるDT(Distance to Target)法を採用し、特性分析では科学的に決定された値(GWP等)を、各環境影響項目での目標値は、政府により定められた環境基準あるいは、国際的に定められた基準等を利用した。 (1)材料製造までの環境影響 図1は材料製造までの環境影響について示したものである。粗鋼は、大気汚染、富栄養化、資源枯渇による影響が大きいという結果となった。鉄鋼業は現在省エネルギー化を推進しているものの、商工業全体のエネルギー消費の約31%を占めるエネルギー多消費型産業である。鉄鋼業の燃料構成は石炭等の非石油系の燃料消費が約80%を占める。従って資源枯渇への影響が大きいのは石炭等の燃料消費によるものである。大気汚染の影響が大きいのは、大気汚染物質の排出係数が大きい石炭やコークス等の使用に伴うものである。また製銑・製鋼は大量の水を使用し、特にコークス炉から発生するガス液は窒素濃度が高いことが富栄養化の影響が大きくなった理由である。以上より鉄鋼材料製造時においては、石炭消費による大気汚染物質の放出を極力抑えること、石炭の消費量を削減すること、コークス炉等からの下水汚泥による水質汚染物質の排出量を抑制することが主な課題であるといえる。 図1 材料製造までにおける環境影響評価の結果 非鉄材料については環境影響項目毎に見ると、鉛地金、粗銅、アルミ地金は富栄養化の影響が大きかった。アルミニウムは、アルミナの製造工程で赤泥が、アルミ地金鋳造時においてアルミドロスが発生する。ドロスは多くの不純物を含み、特にAINが排出されると水との反応によりアンモニアが生成して富栄養化の原因となり得る。アルミ地金は富栄養化の影響が大きいが、資源枯渇、大気汚染の影響も大きい。またアルミニウム製造時は多量のエネルギーを消費し、その構成はエネルギー消費量の半分以上が石油系燃料消費によるものである。従って資源枯渇と、大気汚染の影響の割合が大きいのは、石油等の直接投入による寄与が大きいことを反映している。従ってアルミニウムの環境負荷低減の課題としては、ドロス処理の促進による廃棄量の削減、省エネルギー化、リサイクル促進が挙げられる。亜鉛地金は他の非鉄金属と異なり、富栄養化の影響は小さいが、資源枯渇と酸性化への影響が大きい。亜鉛地金の精錬にはコークスが多量に使用されるため非石油系の燃料消費により酸性化寄与物質の放出が多い。 (2)バージン材と再生材の比較 図2はアルミニウムバージン材と再生材の製造までにおける環境影響の比較したものである。再生材の環境影響はバージン材の約8%であった。アルミニウムの再生材のエネルギー消費量は、バージン材の約3%で済むという報告と比較すると若干大きな値である。再生材を生産する際には、ドロス発生率が上昇することを考慮すると妥当な結果であると考えられる。 図2 アルミニウムバージン材と再生材の製造までにおける環境影響の比較 図3は鉛の新地金と再生材を製造する際の環境影響を比較したものである。再生材製造時の環境影響は、バージン材の約7%であった。再生材のエネルギー消費量はバージン材の48.5%であるのと比較すると、再生材が及ぼす環境影響が非常に低いことがわかる。バージン材の環境影響の大部分は富栄養化であった。これはガス洗浄後の廃液によるものであると考えられる。富栄養化以外の環境影響の総和をとると、再生材の環境影響はバージン材の約48%であった。従って、鉛再生材は、エネルギー消費量の面のみから見れば、他の金属に比べてメリットは少ないが、環境影響の低減という面では非常に有効であることがいえる。 図3 鉛の新地金と再生材を製造する際の環境影響を比較(3)他の環境影響統合評価手法との比較 本研究により評価した環境影響の客観性及び特徴について検討するため、これまでに実施された環境影響統合評価手法(エコインディケータ95(オランダ)、EPS法(スウェーデン)、エコポイント法(スイス)、MIPS(ドイツ)))を利用した場合の結果と比較した。 エコインディケータ法は、本研究における結果と比べて酸性化の占める割合が比較的大きい。エコインディケータ法はヨーロッパの環境影響の評価手法である。従ってヨーロッパでは日本よりも酸性化による被害が深刻であることがわかる。EPSによる結果は、全ての材料において全体の環境影響の大部分をCO2排出による影響が占める。エコポイント法による環境影響評価結果は、全燐の放出による環境影響が全体の環境影響に大きな影響を与えることが分かった。エコファクターはスイスの環境基準に基づいて設定された指標である。スイスは燐による湖の富栄養化が深刻であるため、環境指数が高く設定されている。 本研究による材料の環境影響の評価は、CO2,NOx,SOxの大気系汚染物質とBOD,COD,SS,全窒素,全燐の水質系汚染物質の排出量、石油,石炭,天然ガス,ウラン鉱石のエネルギー資源の消費量を利用して行った。日本における環境問題はこれらの環境負荷物質による環境影響だけではなく、ダイオキシン等の発ガン性物質等や農薬・重金属等の排出についても環境影響評価に含めて評価すべきである。今後これらのデータベースが整備されれば、より詳細に分析することができる。 |