学位論文要旨



No 113437
著者(漢字) 射場,久善
著者(英字)
著者(カナ) イバ,ヒサヨシ
標題(和) 光透過性を有する連続ガラス繊維強化エポキシ複合材料の製造と特性
標題(洋)
報告番号 113437
報告番号 甲13437
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4155号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 武田,展雄
内容要旨 1.緒言

 ガラス繊維強化プラスチックスでは他の特性を利用するように透明性を有する素材(繊維、マトリックス)を選択して製造することができるにもかかわらず、その利点を利用した製造・使用は行われておらず、光学特性を持つ可能性を秘めたまま現在にいたっている。透光性を持ちながら、複合効果による力学特性を得ることのできるオプトメカニカル複合材料(Optmechanical Composites)が実現できれば、ガラス繊維強化プラスチックスの応用範囲を広げることができる。

 これらの状況をふまえ、プラスチックス基複合材料として工業的に最も多く用いられているガラス繊維強化エポキシマトリックス複合材料を対象とし、力学、光学特性を両立させた複合材料の製造を試み、その光学特性、力学特性の測定とその評価、素材の屈折率の分散を考慮にいれた光透過スペクトルの解析を行った。また、複合材料の光透過率の理論的解析により光学特性について複合化における支配的因子を求め、透明性を持たせるための屈折率差のオーダーを求めること、実際に材料中に働いている熱応力などから生じる不均一性(屈折率分布)を求めること、またその不均一性による光透過率への影響を調べることを目的とした。

2.ガラス繊維強化エポキシの製造

 光透過性を持ち、力学特性の向上を可能としたガラス繊維強化エポキシ複合材料を作製する目的で、マトリックスと屈折率のほぼ等しいガラスを用いて、3種類の直径を持つガラス繊維を作製し、その繊維で強化したエポキシマトリックスを作製し、その光学、力学特性を測定した。その結果、以下のことが明らかになった。

 (i)3種類の直径を持つガラス繊維を作製し、その繊維で強化したエポキシマトリックス複合材料を作製し、その光学、力学特性を測定した。その結果、光透過性を持ち、力学特性の向上を可能としたガラス繊維強化エポキシが得られた。

 (ii)繊維軸に垂直な面でのベッケ線の観察により、複合化後の繊維とマトリックスの屈折率の大小関係は保たれていることがわかった。

 (iii)複合材料の光透過スペクトルは素材自体の吸収と素材の屈折率の分散による屈折率差のオーダーによって3つの領域(光透過率に対して素材の吸収が支配的である領域(I)、吸収が非常に小さく屈折率差が10-3よりも大きいことから光透過率が屈折率差によって変化する領域(II)、吸収が非常に小さくまた屈折率差も10-3以下と小さいことからほぼ一定の光透過率を示す領域(III))に分けられた。

 (iv)波長850nmのピコオーダーの超短光パルスを複合材料中に通して透過光パルスを測定し、光パルスから見てもこの領域(III)で十分透明であることが確認された。

 (v)複合材料に良い透光性を持たせるためには領域(III)のようにマトリックスと繊維の屈折率差を10-3以下にすることが必要であるとわかった。特に可視光領域での透光性を高めるには繊維とマトリックスの屈折率の分散を可視光領域で一致させるようにする必要があると考えられた。

 (vi)複合材料の繊維軸方向のヤング率、引張強度はともに繊維の特性を良く反映して、繊維体積率にともない増加した。ヤング率は複合則により説明できたが、引張強度は単繊維の引張強度と繊維に働く圧縮の熱応力を合わせた値よりも大きくなった。これは複合材料中では繊維表面がマトリックスに被覆され、繊維強度が単繊維時よりも大きく現れたと考えられた。

3.複合材料の光透過率解析モデル

 可視光領域で光の波長よりも十分大きい直径を持つ繊維で強化したオプトメカニカル複合材料を得るための指針を求めるために、一方向連続繊維強化複合材料の光透過率モデルを考え、光透過に関する支配的因子を求め、その影響を考察することを目的として以下の知見を得た。

 (i)一方向連続繊維強化複合材料において、繊維直径が波長より十分大きい場合の繊維に垂直に入射する光の透過率を解析的に得ることができた。

 (ii)繊維とマトリックスが共に均一である場合、透明な複合材料を得るには繊維径、繊維の配列(Geometrical Shadow)、繊維とマトリックスの10-3のオーダーの屈折率差が重要であることが明らかになった。

 (iii)実験値を定量的に説明できるように複合材料の光透過率を解析して求める際には、繊維(Geometrical Shadow)の配列(厚さ方向の繊維分布確率)と一本の繊維に対する光の損失割合(Qext)を求め、屈折率分布を考慮することが必要であると考えられた。

4.複合材料中の局所的な屈折率分布

 複合材料中の屈折率分布が光透過率に及ぼす影響を知るためには、まず、一本の繊維で強化した複合材料の熱応力分布を求めることが必要であると考えられたため、一本の繊維で強化した複合材料のマトリックス中の熱応力を実験的に求め、屈折率分布へ変換することを目的として、次の結果が得られた。

 (i)一方向連続繊維強化複合材料中の熱応力分布を三軸(zr)に分離して求めるために特殊なレンズ配置を持つ微小部分光弾性装置を作製した。

 (ii)直径の異なる一本のガラス繊維強化エポキシ中を通過する光の位相差を繊維軸方向の応力状態を変化させながら微小部光弾性装置にて測定した。その結果から、解析モデルを用いて外力の働かない場合の円筒座標系でのマトリックス中の三軸熱応力分布(rz)を求めた。

 (iii)得られた熱応力分布は理論的計算の傾向と同じく、径方向は圧縮、周方向は引張の熱応力が働いており、繊維から離れるにしたがってその大きさは減少した。その減少の割合は繊維径が大きいほど小さく、熱応力の分布が繊維周辺で繊維直径に比べて広範囲に分布していることが明らかになった。また、最も大きな熱応力の働く繊維近傍では応力の大きさは20〜30MPaと求められた。

 (iv)得られた熱応力分布を変換して、マトリックス中の三軸屈折率分布(nr、nz)を求めた。マトリックス中の屈折率は繊維近傍では径方向では5×10-4増大し、周方向では5×10-4減少しており、繊維から離れるにしたがってマトリックス素材自体の屈折率に近づくという結果が得られた。また、屈折率変化の影響を及ぼす範囲は熱応力が大きく分布していることと同じく、繊維半径が大きいほど、大きいということがわかった。

5.光透過率に及ぼす屈折率分布とその変化の影響

 複合材料の内部の不均一性の光透過率に及ぼす影響を知るために、ガラス繊維強化エポキシ複合材料に力学的負荷、熱的負荷を加えた状態で、複合材料の光透過率を測定し、屈折率分布を考慮した光透過モデルを検討した。その結果、以下の知見が得られた。

 (i)複合材料の繊維軸方向に引張あるいは圧縮負荷をかけた状態で光透過率を測定し、内部の状態の変化で光透過率は大きく影響を受けることが明らかになった。この影響は繊維直径、繊維体積率によって異なった。

 (ii)応力に対する光透過率の変化を考察するために、応力による屈折率の変化を繊維に平行な方向と繊維に垂直な方向の二つに分ければ、応力に対する光透過率の周期的変化が定性的に説明でき、特に繊維間とマトリックス界面近傍での異方的な屈折率差が重要であるとわかった。

 (iii)異方的な屈折率差の変化をより詳細に考察するために円筒座標系での熱応力を概算し、熱応力による屈折率差の変化は外力によるものと足し合わせて考えれることができるとわかった。

 (iv)複合材料中の屈折率分布の異方性が増すと、繊維軸に平行な方向に振幅を持つ光と垂直な方向に振幅を持つ光に分けて考えることが必要であることが明らかになった。

 (v)複合材料の外部温度を変えた状態で光透過率を測定し、温度の上昇に伴い、Christiansen効果が確認された。これはピーク波長においてその温度で繊維とマトリックスの屈折率が最も近づいたことを示していた。

 (vi)同一の繊維を用いた複合材料でも、繊維体積率が異なる場合、ピーク波長とその温度が異なることがわかった。これは複合材料中の熱応力に起因すると考えられた。

 (vii)複合材料の光透過率を複合材料中の繊維の総幾何学的影で解析すると、一本の繊維による散乱割合は繊維直径が大きいほど大きくなるとわかった。これは第4章で求めた屈折率分布の及ぼす範囲と関連があると考えられた。

 (viii)屈折率分布を導入した光透過モデルを検討し、屈折率分布が光透過率に及ぼす繊維周辺の分布有効部分を評価する必要があることが明らかになった。

6.結言

 ガラス繊維強化エポキシ複合材料を製造し、その力学特性、光学特性を測定した結果、光透過性を持ち、力学特性の向上を可能としたガラス繊維強化エポキシが得られた。また、複合材料の光透過率に影響を及ぼす支配的因子を複合材料の光透過解析モデルを用いて求めた。複合材料の光透過性に影響を及ぼす複合材料内部の不均一性の影響を求めるために、一本の繊維で強化した複合材料でマトリックス中の屈折率分布を実験的に得られた熱応力分布から変換して求めた。力学負荷、熱的負荷時の複合材料の光透過率を測定し、種々の屈折率分布での光透過率の変化を調べた。以上をまとめ、ガラス繊維強化エポキシ複合材料で従来研究されていない複合材料中の不均一性がもたらす複合材料の光透過性への影響を考察した。

審査要旨

 本論文は「光透過性を有する連続ガラス繊維強化エポキシ複合材料の製造と特性」と題し、6章から構成されている。近年、複合材料の特性を多機能化することが要求されている。本論文は力学特性と光学特性を両立させたガラス繊維強化エポキシマトリックス複合材料の製造と複合化指針について実験的、理論的な立場から検討したものである。

 第1章ではガラス繊維強化プラスチックの特性と用途、基本力学特性に関する従来の研究を整理し、ガラス繊維強化プラスチックスに光学特性を付与することの利点、および複合材料に光透過性を付与することを目的とした従来の研究を示すとともに、本研究の位置づけを明らかにしている。

 第2章では光学特性と力学特性を両立したガラス繊維強化エポキシマトリックス複合材料を製造し、その光学的および力学的特性を測定している。まず、マトリックスとの屈折率差が10-3オーダー以下のガラス繊維を製造し、それをエポキシマトリックスと複合化し、一方向連続繊維強化複合材料を作製した。得られた複合材料の光透過スペクトルを詳細に測定することにより、素材自体の吸収と素材の屈折率の分散による屈折率差のオーダーによって光透過率が3つの異なる領域に分けられることを明らかにした。さらに、複合材料の力学特性を調べ、これらの特性が繊維体積率の増加に伴い増加することを確認した。これらの結果より、光透過性と力学特性の向上を共に可能としたガラス繊維強化エポキシが作製できることを実証した。

 第3章では可視光領域で光の波長よりも十分大きな直径を持つ繊維で強化した一方向連続繊維強化複合材料の光透過モデルを考案し、複合材料の光透過率を理論的に求める手法を提案した。その手法を用いて繊維直径、繊維とマトリックスの屈折率差、繊維体積率などが光透過性に及ぼす影響を解析的に求め、光透過性には繊維の配列と一本の繊維に対する光の損失割合が重要な因子であることを明らかにした。また、光透過性のある複合材料を大きな繊維体積率で得るためには繊維とマトリックスの屈折率差が10-3以下のオーダーになることが必要であることを示した。

 第4章では材料中で局所的に働いている屈折率分布を求めるために、微小部応力測定装置を設計、試作し、一本のガラス繊維の強化エポキシ複合材料中の微小部分の熱応力分布を求め、それをもとに屈折率分布を変換して求めた。

 第5章ではガラス繊維強化エポキシ複合材料の内部の屈折率分布を変化させた状態で、複合材料の光透過率を測定し、屈折率分布を考慮した光透過モデルを検討した。複合材料の繊維軸方向の力学的負荷で繊維とマトリックス間の屈折率分布の差を大きくすると、光透過率は無負荷の時から10-20%変化し、その変化の原因は繊維に平行な方向と繊維に垂直な方向の屈折率の変化が応力によってそれぞれ異なるためであることを明らかにした。熱的負荷により繊維とマトリックス間の屈折率分布差を小さくした場合にも複合材料の光透過率は10-20%変化し、繊維とマトリックスの屈折率が一致する波長で透過光強度が最大になることを見いだした。これらの結果をもとに、複合材料の屈折率分布の不均一性を考慮したモデルを得るためには、光の進展が大きく影響を受ける繊維の周りの有効屈折率分布を導入し、かつ、光を繊維軸に平行な方向に振幅を持つ光と垂直な方向に振幅を持つ光についてそれぞれの効果を考えることが重要であるという結論を得た。

 第6章では本研究で得られた結果をまとめている。

 以上を要するに本論文は、光学特性と力学特性を両立したガラス繊維強化エポキシ複合材料を製造し、その力学特性と光学特性を評価し、最大の光透過性を得るための複合化指針を示したものであり、複合材料工学の進歩発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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