学位論文要旨



No 113438
著者(漢字) 瀧川,順庸
著者(英字)
著者(カナ) タキガワ,ヨリノブ
標題(和) アルミナ系セラミックスの超塑性変形と微細組織
標題(洋)
報告番号 113438
報告番号 甲13438
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4156号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨

 セラミックスの超塑性変形は、難加工性材料であるセラミックスの加工法に新たな可能性を与えるものとして期待され、近年盛んに研究が行われている。また、その変形機構の解明および高温延性を支配する要因の理解は、変形を支配する粒界の挙動の理解につながり、より優れた新材料の開発につながる基礎知識を提供するものと期待される。本研究は、代表的なセラミックスであるアルミナ系セラミックスについてその変形挙動および微細組織を調べ、超塑性変形に及ぼす添加物の効果および、高温延性を支配する要因の理解を目的として行った。

 最初に、Al2O3の高温変形特性に及ぼす微量添加物の効果について調べた。図1に高純度Al2O3、0.1wt%MgO添加Al2O3、0.1wt%Y2O3添加Al2O3および0.1wt%ZrO2添加Al2O3の高温引張り試験により得られた応力-歪曲線を示す。変形応力、破断伸びなどの高温変形特性は添加物により大きく異なり、Al2O3セラミックスの変形特性が微量の添加物によって大きく変化することが確認された。高温変形特性と結晶粒成長挙動との比較の結果、微量添加物による高温変形特性の変化が、従来報告されてきた結晶粒成長による効果からだけでは説明できないことが明らかとなった。添加物による変形特性変化の起源を明らかにするために、高温変形の構成方程式を基にして変形のパラメータを求めた。表1にその結果を示す。歪速度感受性指数mおよび粒径指数pは3種類の材料で等しい値を示すものの、変形の活性化エネルギーは添加物により大きく異なるものとなった。変形の活性化エネルギーは粒界拡散の活性化エネルギーに対応するものであると解釈され、添加物により粒界拡散係数が変化することが明らかになった。これらの結果から、Al2O3セラミックスの高温変形応力の添加物による変化が、添加物の種類による粒界拡散係数変化に起因するという結論が得られた。

図1 高純度Al2O3および微量酸化物添加Al2O3の応力-歪曲線の一例.表1 微量酸化物添加Al2O3の高温変形パラメータの比較

 次に、Al2O3の高温変形特性に及ぼす微量添加物の効果明らかにするために、高純度Al2O3、0.1wt%MgO添加Al2O3、0.1wt%Y2O3添加Al2O3および0.1wt%ZrO2添加Al2O3の粒界の構造、組成、化学結合状態の詳細な分析を行った。図2に0.1wt%ZrO2添加Al2O3の粒界の高分解能電子顕微鏡写真およびEDSによる分析結果を示す。高分解能電子顕微鏡写真より、本研究で用いた試料の粒界には従来報告されていたアモルファス相などの第2相が存在しないことが明らかになった。また、EDS分析の結果、添加元素のピークは粒界からのみ観察され、粒内からは観察されなかった。この結果から、添加元素が粒界に偏析していることが明らかになった。このような偏析元素は、粒界の強度特性を変化させる。表2に高純度Al2O3および3種類の微量酸化物添加Al2O3における、曲げ試験により見積もった粒界破壊エネルギーを示す。粒界破壊エネルギーは偏析元素の種類により大きく変化することが明らかになった。添加物による粒界破壊エネルギー変化の起源を調べるために、粒界の化学結合状態を調べた。図2はMgO添加Al2O3およびZrO2添加Al2O3における酸素のK吸収端からのEELSスペクトルを示したものである。粒界からのピークは粒内からのものと比較してMgO添加で低エネルギー側に、ZrO2添加で高エネルギー側にシフトしていることが分かる。すなわち、偏析元素の種類により粒界の化学結合状態が変化していることが明らかになった。化学結合状態変化が偏析元素の種類によって異なることから、添加物の種類による粒界破壊エネルギー変化は偏析元素の種類による粒界の化学結合状態変化によるものであるという結論が得られた。

図2 0.1wt%ZrO2添加Al2O3の粒界の高分解能電子顕微鏡写真と粒内および粒界からのEDSスペクトル表2 粒界破壊エネルギーの比較図3 MgO添加Al2O3およびZrO2添加Al2O3における粒内と粒界の酸素K吸収端からのEELSスペクトルの比較.

 本研究で添加物として用いたMgO、Y2O3およびZrO2は添加量を増加することにより第2相を形成する。超塑性変形を示す材料に2相組織を有する材料は多く見られるが、変形に及ぼす第2相の役割は明確にされていない。そこで、Al2O3系2相セラミックスの高温変形挙動および高温延性を支配する要因を調べた。用いた材料はAl2O3-20vol%spinel、Al2O3-20vol%YAGおよびAl2O3-7vol%ZrO2の3種類である。いずれの試料も2相にすることにより高温延性が改善された。特にAl2O3-20vol%spinelではAl2O3系セラミックスについて報告されている最大値である400%という伸びを記録した。高温変形挙動と結晶粒成長挙動の比較により、いずれの試料においても第2相の分散によりAl2O3の結晶粒成長が抑制されることが確認され、従来報告されてきた第2相による結晶粒成長の抑制効果がAl2O3セラミックスの超塑性変形に及ぼす第2相の効果の一つであることを確認した。また、同種の元素から構成される単相の微量酸化物添加Al2O3との同一結晶粒径における高温変形特性の比較の結果、拡散による応力集中の緩和が促進されているものが存在することが明らかとなった。これらの材料のAl2O3/Al2O3粒界には添加元素が偏析していることが確認され、微量添加Al2O3の粒界と同等の性質を有していると考えられる。このことから、第2相分散による緩和過程の促進は、異相界面における拡散による緩和が起こり易くなっていることによるものであると結論付けられた。さらに、Al2O3-20vol%spinelにおいて、クラック状キャビティの抑制効果がspinel分散による大幅な延性改善の要因であることを見出した。図4にMgO添加Al2O3およびAl2O3-20vol%spinelの歪量に対する引張り軸に垂直な方向へのクラック状キャビティ長さをプロットしたものを示す。両者でキャビティの成長速度は大きく異なり、このようなキャビティ成長速度の違いが高温延性を記述する一つの要因であることが明らかになった。高分解能電子顕微鏡による詳細な組織観察の結果、Al2O3/spinel界面の整合性が非常に良く、界面エネルギーが低下していることを見出した。これらの結果から、異相界面の整合性に起因するキャビティ成長速度の低下が高温延性改善の一つの要因であるという結論が得られた。

図4 MgO添加Al2O3およびAl2O3-20vol%spinelの歪量に対するキャビティ長さの変化

 最後に、これまでに得られた結果を基に、セラミックスの高温延性を記述するためのパラメータについての検討を行い、これを定式化し実験データとの比較を行った。まず、既存のモデルを用いて実験結果に対する考察を行い、これまでに報告されてきた結晶粒成長の抑制による効果、あるいは変形応力の低下による効果だけではセラミックスの高温延性を単純に記述し得ないことを示した。次に、破断時の粒径dfを超塑性変形における緩和の限界と仮定し、これに変形中の結晶粒成長の効果を組み合わせたモデルを構築した。このモデルにおいて、Al2O3系セラミックスの高温変形における破断伸びと温度の関係は以下の式により表される。

 

 図5に5種類のAl2O3系セラミックスの破断伸びと温度の関係を示す。実験データは本モデルによる理論曲線と良い一致を示し、本モデルがAl2O3系セラミックスの高温延性を記述し得るモデルであることが示された。また、本モデルにより、一定の歪速度条件下においては超塑性変形の最適温度が存在することが明確に示された。さらに、本モデルに対する考察から、超塑性セラミックスの高温延性は、結晶粒成長と拡散による緩和距離のバランスにより記述されることが示された。

図5 Al2O3系セラミックスの破断伸びと温度の関係
審査要旨

 本論文は、Al2O3系セラミックスの高温変形挙動および微細組織を調べ、変形特性に及ぼす添加物の効果および延性を支配する要因についてまとめたものである。

 第1章ではAl2O3セラミックスの微細組織と力学的特性、多結晶体の高温変形、超塑性変形および粒界の分析手法についての既存の研究を概説し、本論文の研究背景を説明している。

 第2章では、Al2O3に0.1wt%のMgO、Y2O3およびZrO2を添加した材料の高温変形特性を調べ、変形応力、破断伸びなどの特性が微量の添加物により大きく異なることを明らかにしている。また、これらの添加物による高温変形応力の変化が、従来報告されてきた結晶粒成長による効果からだけでは説明できないことを示している。さらに、高温変形の構成方程式をもとにして変形のパラメータを求めた結果、変形の活性化エネルギーが添加物により大きく異なることを見出している。添加物による変形の活性化エネルギーの上昇は、粒界拡散の活性化エネルギーの変化に対応するものであると解釈している。これらの結果より、微量添加元素によるAl2O3の高温変形応力の変化を現象論的に把握することに成功している。

 第3章では、微量酸化物添加Al2O3の粒界構造、組成、化学結合状態の詳細な分析を行っている。まず、高分解能電子顕微鏡解析より、0.1wt%MgO添加Al2O3、Y2O3添加Al2O3およびZrO2添加Al2O3の粒界には、従来報告されていたアモルファス相などの第2相が存在しないことを明らかにしている。また、EDS分析により、添加元素が粒界に偏析していることを見出している。このような陽イオンの粒界偏析が粒界強度を大きく変化させることを室温曲げ試験により実証した。EELSによる粒界の化学結合状態分析の結果は、粒界の化学結合状態が偏析イオンの種類によって異なることを示している。この結果は、陽イオンの種類による粒界強度の変化とよく対応している。以上より、多結晶Al2O3の高温変形特性が、粒界に偏析する微量の陽イオンによって大きく変化することを初めて明らかにしたものである。

 第4章では、Al2O3の高温変形特性に及ぼす第2相の役割について調べている。用いた材料はAl2O3-20vol%spinel、Al2O3-20vol%YAGおよびAl2O3-7vol%ZrO2の3種類であり、いずれの試料についても2相組織とすることにより高温延性が改善されるという結果を得ている。高温変形挙動と結晶粒成長挙動の比較から、第2相の分散によりAl2O3の結晶粒成長が抑制されることを確認しており、結晶粒成長の抑制効果がAl2O3系セラミックスの超塑性変形に及ぼす効果の一つであるとしている。また、本研究で初めて明らかとなった重要な事実は、第2相分散により拡散による応力集中の緩和が促進されていることである。このような緩和の促進のため、変形中のクラック状キャビティ成長速度が単相のAl2O3セラミックスと比較して大幅に抑制され、超塑性が実現するとしている。この結果は、Al2O3系セラミックスの高温延性の記述に新しい展望を開くものである。なお、キャビティ成長速度の低下には、異相界面の整合性が寄与する場合のあることをAl2O3-20vol%spinelについて見出しているが、これはクラック成長と界面構造の関連を明らかにする端緒となるものである。

 第5章では、これまでに得られた結果をもとに、Al2O3系セラミックスの高温延性を記述するための現象論的解析を行い、破断伸びfの定式化を行っている。破断伸びを記述するうえでは破断時の粒径dfが重要なパラメータであることを見出し、dfと変形中の結晶粒成長速度の関係からfを記述するモデルを構築している。このモデルは、Al2O3系セラミックスの高温延性に関する実験結果をよく記述するものである。また、このモデルにより、一定の歪速度条件下においては超塑性変形の最適温度が存在することが示されている。これは、拡散による緩和の促進と結晶粒成長による応力上昇のバランスにより生じるものであると説明している。

 第6章では、本論文において得られた結果を総括している。

 本論文において得られた結果はセラミックスの超塑性加工を実現するための材料設計指針を与える上で有益なものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54012