学位論文要旨



No 113439
著者(漢字) 田村,隆治
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,リュウジ
標題(和) Al-Cu-Ru系及びAl-Pd-Re系準結晶の電子物性
標題(洋)
報告番号 113439
報告番号 甲13439
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4157号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 木村,薫
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 助教授 枝川,圭一
内容要旨 【緒言】

 準結晶は並進対称性を持たないが、デルタ関数で表される逆格子点に象徴されるように並進秩序をもつ新しい固相である。この準結晶の研究は、結晶と非晶質固体を主な対象としてきた従来の固体物理学に、新しい概念と物性のより深い理解を与えるものとして期待される。

 熱力学的に安定な準結晶は、熱処理によって構造の良質化が可能であり、主に正20面体相(I相と略す)において、電子物性の測定が精力的に行われてきた。その結果、実験的に以下のことが明らかとなっている。(1)I相準結晶の電気抵抗率が異常に高い。特に欠陥が減少するほど、低温における抵抗率が上昇する。また同一組成のアモルファスよりも抵抗率が高い。(2)温度が上昇すると抵抗率が減少する。(3)Hall係数や熱電能に顕著な温度依存性が見られる(AlCuFe系、AlCuRu系)。(4)抵抗率と磁気抵抗が不規則系の理論で良く説明できる(AlCuLi系、AlCuFe系)。(5)電子比熱係数が自由電子値より1/3〜1/5倍小さい。

 一方、理論面では、強結合近似により1次元準結晶の電子状態とエネルギースペクトルが解析的に解かれており、2次元では数値的に、3次元では現実的な近似結晶のバンド計算により準結晶の電子状態と状態密度が調べられている。その結果以下のことが3次元の準結晶に関して予想されている。(6)波動関数は広がっても、局在してもいなく、臨界的であり、べきで特徴づけられる。(7)状態密度に0.5〜1eVの落込(擬ギャップ)があり、フェルミ準位がその中に位置している。(8)状態密度は擬ギャップ内を含めて、10〜20meVのスパイク状の構造を持っている。

 さて、Boltzmann伝導率は以下の式で表される。

 

 ここで、は拡散係数、N(0)はフェルミ準位における状態密度である。以上述べたことから、準結晶の高抵抗率の要因として以下のことが指摘された。

 (A)周期性の欠如に起因した電子局在効果(アンダーソン局在)

 (B)擬ギャップに起因したフェルミ準位における小さな状態密度

 このうち(A)は(1)式でDが小さいことに対応し、(B)はN(0)が小さいことに対応している。つまりこれらの2つの効果の複合で準結晶の高抵抗率が説明できるというわけである。

 ところがこのような金属的な描像では、I相準結晶の全ての電子物性が説明できないこと、特に抵抗率の高い準結晶ほどそれが顕著であることが指摘されてきた。そのうちの幾つかを挙げると、

 (a)Hall係数や熱電能に見られる顕著な温度依存性(上述の(3))

 (b)不規則系の理論との不一致(AlCuFe系、AlCuRu系、AlPdRe系)

 さらに、(b)と絡んで、弱局在理論そのものの妥当性に対する疑問も提起されている。

 このような背景のもと、本研究では、合金系としては、最も抵抗率が高く、その電気伝導が特異的であるAlCuRu系とAlPdRe系I相準結晶を選び、準結晶の電気伝導機構を解明すること、及び高抵抗率の起源を明らかにすることを研究目標とした。

【試料の作製と評価】

 試料の作製法は以下の通りである。まず、所定の組成に秤量した原料金属をアーク溶解し、母合金を作製する。Ru(融点2250℃)もRe(融点3180℃)も、Al(融点660℃)に比べて非常に融点が高く、特にReはAlの沸点(2467℃)よりも融点が高いので、均一な試料を得るためには、これらの高融点金属をアーク溶解で完全に溶かし切ることが必須である。このためAlPdRe系では、全て粉末の原料金属を用い、十分に混合した後プレスして押し固め、溶解するというプロセスをとった。このようにして得られた母合金から、以下の2通りの方法で単相のI相を作製した。AlCuRu系では主に、単ロール法により液体急冷を行い、700〜800℃で48時間熱処理を行い構造の良質化を行った。AlPdRe系では主に、母合金から切り出した試料をそのまま940℃で12時間熱処理を行い良質化をはかった。単相の評価には粉末X線回折を行い、均一性の評価には、SEM観察、EDX、WDX分析、ICP分析を行った。作製した試料の組成を図1(a)(b)に示す。

【I相準結晶の電子物性】

 電気抵抗率は1.5〜300Kの温度範囲で、van der Pauw法により測定した。図2(a)(b)にI相準結晶の伝導率と抵抗率の温度依存性を示す。4.2Kにおける伝導率(抵抗率)は、AlCuRu系で数百〜百-1cm-1(数千〜1万cm)で、AlPdRe系では数百から低いものでは1-1cm-1(数千から高いもので百万cm)近くにも達する(緒言の(1))。実際、Al70Pd20Re10の試料は0Kに外挿した伝導率0が実質ゼロであり、外挿の仕方によっては負の値にもなる。0がゼロになるという意味で、AlPdRe系で金属-絶縁体転移が観測された。また抵抗率は、例外なく、温度が上昇すると減少し(緒言の(2))、I相準結晶に固有の性質であると考えられる。また伝導率の変化は温度に対してリニアではなく、べき的である。このことは抵抗率の高い試料において一層顕著である。

 Hall係数は20〜300Kの温度範囲で測定した。I相準結晶のHall係数の温度依存性を図3(a)(b)に示す。図3(a)には低抵抗試料のHall係数が、図3(b)には高抵抗試料のそれが示してある。AlCuRu系とAlPdRe系の一部の試料で、Hall係数に非常に顕著な温度依存性が観測された。このようなHall係数の温度依存性は不規則系の理論からは出てこない。従ってHall係数の温度変化はキャリヤ数の温度変化によってもたらされているものである(バンド効果)。この変化のスケールが、温度にして100Kの程度であることから、この温度依存性は理論計算によって予想されたフェルミ準位近傍のスパイキーな構造(緒言の(3))に起因していると考えられる。

 一方、Hall係数に顕著な温度依存性の見られない場合について付言するが、そのこととバンド効果とは矛盾しないことを指摘しておく。キャリヤとして電子とホールが共存するような場合は、基本的にキャリヤ間で補償効果が働き、Hall係数の絶対値は小さくなり、温度変化は抑えられ。このような電子とホールの補償が効くことは準結晶においてはむしろ自然だと考えられる。

 磁気抵抗は12テスラまでの磁場下で測定した。代表的な試料につき、1.5Kと4.2Kにおける磁気抵抗の磁場依存性を図6に示す。I相準結晶においては、移動度が小さいにも関わらず、12テスラで最大40%を超す大きな磁気抵抗を示す。しかも抵抗率の高い試料ほど大きな磁気抵抗を示し、通常の金属の場合と逆である。さらに最も抵抗率の高いAl70Pd20Re10では、1.5K、4.2Kともに低磁場側で負の磁気抵抗が観測されているが、このことはN.F.E.近似では全く説明できない。このようなI相準結晶の磁気抵抗の振舞いは、Boltzmann伝導率では無視されている、電子波の干渉効果を考慮に入れないと説明できない。

 磁化率はSQUIDにより2〜300Kの温度範囲で測定した。I相準結晶の磁化率の温度依存性を図4に示す。スピン常磁性が強く働く通常の金属とは逆に、全ての試料において大きな反磁性が観測された。このことはN(0)が小さいこととコンシステントである。また温度依存性もはっきり見られ、抵抗率比(20K/300K)の大きい試料ほど、磁化率は小さく、温度依存性が顕著になっている。このことはフェルミ準位における状態密度の落込みが大きくなっていることとコンシステントである。

【伝導機構の解析】

 まずバンド伝導の枠組みで、低温側(約20K以下)と高温側(約20K以上)に分けて、解析を行った。高温側ではキャリヤの熱励起が重要であるから、多種類存在すると考えられる電子やホールを1種類の電子とホールに繰り込んで次の2バンドモデルの式により解析しした。

 

 ここでne(h)e(h)は、それぞれ、電子(ホール)の数、電子(ホール)の移動度である。解析結果を図5(a)(b)に示す。I相準結晶のHall係数の特異な振舞いが良く再現できているのが分かる。またHall係数の温度変化のあまり見られない準結晶においては、キャリヤ間で実際に補償が起きていることが確認された。さらに解析の結果より、これらI相準結晶においては通常の単純金属に比べて、キャリヤ数が3桁から4桁少ないことが分かった。従って、この結果は状態密度N(0)が通常の単純金属に比べて3桁から4桁落込んでいることが高抵抗率の原因であることを示している。このことは電子比熱係数から見積もられるN(0)が自由電子値に比べて高々1桁しか違わないこととは対照的な結果である。

 低温側は電子波の干渉効果が重要であるから、不規則系の理論である弱局在理論と電子間相互作用理論によって解析を行った。これらの理論によるフィッティング結果を図6(a)(b)に示す。低抵抗試料においては確かにこれらの干渉効果によって、磁気抵抗と伝導率の振舞いが良く説明できるのに対し、高抵抗試料においては両者の振舞いを同一のパラメータでフィットすることはできなかった。パラメータを吟味した結果、高抵抗試料においては、スピン・軌道散乱が強すぎるために弱局在理論の仮定が満たされていないことが原因であると考えられる。しかし以下に述べるように高抵抗試料では電子間相互作用の方がはるかに重要である。高抵抗試料につき電子間相互作用のみでフィッティングを行った結果を図7に示す。電子間相互作用だけで基本的な振舞いが驚くほど良く再現されることが分かる。高抵抗試料において電子間相互作用の効果が強く効く理由としては、キャリヤ数が非常に少ないために短距離のポテンシャルが強く働くことによると考えられる。以上のことより、I相準結晶の低温における抵抗率の発散的な増大はフェルミ準位の状態密度が非常に小さいことに起因して、フェルミ準位に電子間相互作用によるcorrclation gapが生じていることによるものであることが分かった。

 準結晶の伝導機構の解釈として、べき的に局在した状態間の非弾性散乱によるホッピング伝導も議論した。Mottの枠組み、パーコレーション法のいずれの場合でも伝導率の温度依存性はべき型になることが分かり、高抵抗準結晶において見られたべき的な温度依存性に対する説明を与えることができる。ただし、バンド伝導、局在伝導いずれのアプローチも非弾性散乱による状態間の遷移が伝導に寄与しており、従って本質的に同じものを見ている可能性があることが示唆される。

【構造と電子物性の関係】

 以上述べてきたように、準結晶の高抵抗率には、フェルミ準位における状態密度が3桁から4桁にわたって小さいことが重要な因子となっている。このことの起源を明らかにするために、構造と電子物性の関係を調べた。

 AlPdRe系準結晶の抵抗率比(20K/300K)は2通りの仕方で組成に依存する。1つは1原子当りの価電子数(c/)であり、もう1つは遷移金属濃度である。前者に対しては、擬ギャップ効果が対応する。後者は構成元素間の結合が関与していると思われる。その理由は以下の通りである。1つは、遷移金属濃度を増加させると、規則ピーク強度が増加すること、これは、特定の元素間に強い結合が生じた効果を見ているものと考えられる。もう1つは同様に遷移金属濃度を増加させていくと準格子定数が大きくなることである(図8)。原子間の結合性のない剛体球モデルでは原子半径の大きいAlをそれの小さい遷移金属で置換すると準格子定数が小さくなると考えられるが、それとは逆の傾向にあることが分かる。要するに2番目の点は、遷移金属濃度が増すにつれ結合の方向性が強くなり、共有結合性を帯びてきていることに対応している。具体的には、Alの伝導電子が遷移金属と結合をつくり、エネルギー的に安定化を図っているものと考えられる。結合の形成に伴って、従来の擬ギャップ効果にさらに加えてフェルミ準位における状態密度が減少し、異常な高抵抗率を生んでいるものと考えられる。

【総括】

 本研究で得られた結論を以下にまとめる。

 1.I相準結晶の伝導機構は、主にバンド伝導の観点から検討した結果、低温側では、弱局在効果と電子間相互作用によって、高温側では、スパイク状のバンド間の遷移によって決まると考えられる。伝導率が低くなると電子間相互作用が支配的になり、correlation gapが形成され、金属-絶縁体転移が起こる。また、電子とホールの補償効果が顕著になる。

 2.高抵抗率の起源は、主に擬ギャップやスパイキー構造の形成による、フェルミ準位における状態密度の減少と考えられる。これらの形成要因として、従来の効果に加えて、共有結合性の増加の可能性を指摘した。

図1作製した試料の組成と単相領城(a)AlCuRu系(b)AlPdRe系図2I相準結晶の伝導率と抵抗率の温度依存性(a)低抵抗試料(b)高抵抗試料図3I相準結晶のHall係数の温度依存性(a)低抵抗試料(b)高抵抗試料図4I相準結晶の磁化率の温度依存性(20K/300K)図5(a)2バンドモデルによる伝導率とHall係数のフィッティング結果(低抵抗試料)図5(b)2バンドモデルによる抵抗率とHall係数のフィッティング結果(高低抗試料)図6弱局在理論と電子間相互作用理論による磁気抵抗と伝導率のフィッティング結果(a)低抵抗試料(b)高抵抗試料図7高抵抗試料の電子間相互作用理論のみによる磁気抵抗と伝導率のフィッティング結果図8準格子定数0及び平均原子間距離<>の遷移金属濃度依存性
審査要旨

 準結晶は、結晶の「周期性」と異なる、「準周期性」という特異な秩序構造を持つ物質群である。その最も特徴的な物性としては、金属元素のみから構成される合金としては異常に高い抵抗率等の、電子輸送現象が注目されてきた。高い抵抗率の原因は、状態密度の深い擬ギャップ内にフェルミ準位が位置するため有効キャリア密度が少ないことと、フェルミ準位付近の電子状態が局在傾向を持つためキャリア易動度が小さいことの二つである。このような状況の起源や電気伝導機構については、様々な議論が行われてきたが、いまだ確立したものは無い。本研究は、準結晶合金の中で高抵抗率が特に顕著なAl-Cu-Ru系とAl-Pd-Re系において、電子物性と構造の組成依存性を詳細に調べることにより、電気伝導機構及び擬ギャップや局在性の起源を明らかにすることを目的としている。論文は、6章より構成されている。

 第1章は序論で、本研究の目的と論文の構成について述べ、研究の背景となる従来の研究について概観している。

 第2章では、試料の作製と評価について記述している。Al-Cu-Ru系もAl-Pd-Re系も、融点や原子量が大きく異なる元素の合金であるため、組成が均一な試料を作ることは難しい。従来の報告でも、同じ仕込み組成に対して電子物性に試料依存性が大きいことが報告されている。本研究では、試行錯誤で様々な作製方法を試み、均質な試料を得ることに成功し、第5章で述べているように、電気抵抗率や構造の組成依存性を明らかにしている。最終的な作製方法は、原料粉末を混合、プレスし、アーク溶解の後、融点直下で熱処理するというものである。評価は、粉末X線回折測定、ICP組成分析、SEM観察とEDX組成分析を行っている。

 第3章では、Al-Cu-Ru系とAl-Pd-Re系準結晶およびAl-Cu-Ru系近似結晶に対して、電気伝導率、ホール係数、磁気抵抗、磁化率の測定を行い、その特徴を明らかにしている。Al-Cu-Ru系近似結晶は、電気抵抗率が正の温度依存性を持ち、ホール係数は温度依存性が無いことを示した。これは、キャリア密度が温度変化せず、易動度が温度の上昇と共に減少するという、通常の金属と同じ状況である。これに対して、Al-Cu-Ru系準結晶では、電気抵抗率が負の温度依存性を持ち、抵抗が高くなるとホール係数が顕著に温度変化する。後者はキャリア密度が温度変化することを意味しており、この効果が大きくなると、前者が電子間相互作用と弱局在効果の理論で説明できる温度依存性からずれてくることを示した。電気抵抗率(伝導率)の温度依存性がキャリア密度のそれによって支配されている状況は、通常の半導体と同じであることを指摘している。Al-Pd-Re系準結晶においては、抵抗率とホール係数の温度依存性の大きさに相関が無くなり、後者が非常に小さくなることを示し、電子とホールの補償効果が大きいことを指摘した。抵抗率が大きいほど磁気抵抗が大きくなり、また、常に正であることから、磁気抵抗の起源としてスピン・軌道散乱が強い場合の局在効果であることが示唆された。抵抗率が大きいほど磁化率の反磁性が大きくなっているが、これはパウリ常磁性成分が減少しているためであることを指摘した。

 第4章では、第3章の実験結果を、バンド伝導とホッピング伝導という二つの立場から、さらに精密に解析することにより、伝導機構について議論している。バンド伝導については、まず、電子とホールの二つのキャリア密度が熱励起で同時に温度変化するとした2バンドモデルで、伝導率とホール効果の符号の逆転を含めた温度依存性を説明することに成功している。2バンドというのは準結晶のフェルミ面を考えると無数に存在するキャリアを代表させた電子とホールを考えていることを意味し、熱励起とはバンド計算から予測されている状態密度のスパイキー構造間のバンド間遷移に相当するとしている。約20K以下の低温側では、多種類のキャリアを考慮しただけでは、磁気抵抗の大きさが実験より数桁小さくなってしまうことから、電子間相互作用と弱局在効果を考慮しなければならないことを指摘している。さらに、他のグループからも報告されていた、Al-Pd-Re系で抵抗率が高くなると伝導率の温度依存性と磁気抵抗を同時に説明できなくなるという問題を、弱局在効果を取り入れないで電子間相互作用のみを考慮することにより解決した。最も高い抵抗率の試料において、相関ギャップが開くことにより、金属-絶縁体転移が起こっていると結論している。ホッピング伝導については、準周期系に特徴的な電子の臨界状態間のホッピング伝導により、伝導率の温度依存性を説明することに成功しており、バンド伝導からのアプローチとの関係について議論している。

 第5章では、他のグループからは報告されていなかった、抵抗率の温度変化の大きさ(抵抗率の絶対値と良い相関があり、測定精度が高い)の組成依存性を詳細に調べ、粉末X線回折測定から得られる、準格子定数、規則ピーク強度、2回軸に対する5回軸のピーク強度比等の構造に関する情報の組成依存性との関係を調べている。その結果、上記の4つの量すべてが、原子当たり価電子数が1.75に近づくほど、また、遷移金属濃度が増加するほど、増大する傾向があるとしている。特に、準格子定数は平均原子半径が減少するにも関わらず増大しており、これは単純な剛体球パッキングでは説明できず、抵抗率も同時に増大することから、共有結合性が増加している可能性を提案している。

 第6章は、総括である。

 以上要するに、この研究は、従来試料依存性が大きいとされてきた高抵抗率準結晶において、均質な試料の作製方法を確立し、電子物性の特徴、組成依存性および構造との関係を明らかにし、4つの物性測定の結果を矛盾無く説明できる伝導機構を提案した。特に、通常の金属や半金属では起こらない室温以下の温度でのキャリア密度の変化があるという半導体的機構、抵抗率が高くなったときに弱局在効果が消失し電子間相互作用のみが重要となり相関ギャップにより起こる金属-絶縁体転移、原子当たり価電子数や遷移金属濃度によって増大する擬ギャップの起源としての共有結合性、等の新しい提案をしている。これらの成果は、物質科学や材料学の発展に寄与するところが非常に大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54637