本論文は6章より成る。 第1章は序論で、表面分析法一般についての概念と、特にX線吸収スペクトルを用いる表面分析について各種の方式を比較しその得失について述べている。X線吸収にともなう電子の放出を測定する方式の相互比較と歴史的発展についても述べている。 第2章は全電子収量法(TEY)と転換電子収量法(CEY)についての検討である。TEYを試料に流入する電流として測定する場合は、通常の電子分光方式とは異なり、高真空を必要とせず常圧下でもスペクトルを得ることができる。またCEYは放出電子が十分なエネルギーを持つ場合は、雰囲気ガスのイオン化による信号の増幅作用があり信号強度が増大し、一般的な条件下では利得は数十倍に及ぶ。同時に多くのガスではイオン化エネルギーに大きな差はないため一般的にガス共存化下での電子スペクトルの測定が可能となる。TEY、CEYあわせてガス共存下でX線吸収端スペクトル(XANES)の測定に有効であることをあきらかにしている。同時にTEYとCEYの分析深さの差をあきらかにしている。 第3章は斜入射条件下でのTEYによるXANESスペクトルを議論している。Au L3吸収端について全反射条件によるS/Bの変化を検討し、さらにそれを数値的シミュレーション比較し、矛盾のないことを確かめている。全反射条件下ではS/Bが改善されることまた、CEYと組合せる場合は測定対象とする吸収端によってS/Bが変化するが、Au L3の場合はTEYよりも低下することを示している。 第4章は石炭フライアッシュへの応用である。石炭フライアッシュは硫黄を含むが、環境科学の点からその存在状態は重要である。XANESスペクトルを蛍光X線法で測定したときにはかなりバルクに近い情報が得られる。TEYでXANESを測定するのは、粉末試料では必ずしも有利ではないが、試料電流法をとれば試料形態の影響はすくない。蛍光X線ではS2-とS6+が認められること、またTEY(試料電流法による)ではS6+が大部分であることをあきらかにしている。この結果フライアッシュは未酸化の硫黄が相当量残存するという新しい知見を得ている。同様の手法で硫化物蛍光体を分析したところ、安定な硫化物においても表面は硫酸塩となっていることがわかった。 第5章はCEYと蛍光X線法による状態分析を扱っている。多くの触媒は粉体あるいは多孔質の焼結体である。状態分析に有力な通常の電子分光法は多孔質試料には必ずしも適当ではない。しかしCEYは散乱などの影響がすくなく適用可能であり、ここではゼオライト触媒を検討している。ニッケルを担持した触媒を対象とし、まずニッケルについてCEYによるXANESを測定し電子構造との関連をあきらかにしている。ゼオライトZSM-5に0.1%Niを担持させた試料は、Ni量が低いが十分に測定可能であった。蛍光X線法は分析深さが深いためスペクトルの強度、S/Bは非常によいが、飽和がおこり化学情報に関する微細構造は変形することを示し、一方CEY法は分析深さが10nm程度で飽和がおこりにくく、スペクトルの変形が避けられることを明らかにした。これはバルク試料のスペクトルの解析においても有効である。ZSM-5 0.1%NiはNiOのスペクトルと近いプロフィルを示し、電子構造が近いことを明らかにしている。 第6章はまとめである。TEY,CEY両法の分析深さが一般にCEY>TEYでありおよそ10nm程度であること、各種マトリックスを検討し分析深さに関する値をあきらかにし、またS/Bが各種の条件下でどのように変化するか、さらに全反射条件によって表面敏感性を向上できるかなどを広く検討した結果をまとめている。とくに常圧下で測定可能で表面の凸凹にも影響を受けにくい、試料電流CEY,TEY法の有効性を述べている。 以上、本論分は表面分析法に関する新しい知見を得ており学術上意義が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |