本論文は七章より構成されており、ホウ素をドープしたダイヤモンド薄膜をCVD法により作製し、その電気化学特性について述べられている。第一章では問題の設定と研究の方向づけとがなされ、第二章に研究で用いた実験系について述べられ、それに続く四つの章で具体的な研究成果が示されている。最後の章は全体の総括と研究に関する将来展望が述べられている。 第一章は序論であり、前半ではダイヤモンドの物性、合成法、評価法および応用について述べられており、ダイヤモンドがいくつもの優れた性質を有した物質であることが紹介されている。後半ではまず同じ炭素電極材料で比較する観点から、sp2炭素電極材料の物性および電気化学特性が説明されている。次にダイヤモンドの電気化学についての報告例が紹介されており、従来のsp2炭素電極や金属電極と比較した場合ダイヤモンド電極が優れた電極材料になる可能性を有していることが示されている。しかしダイヤモンドの電気化学について未だ研究の初期段階にあるため、解明されていない部分が多いことを指摘している。 第二章では、ホウ素をドープしたダイヤモンド薄膜の作製法および電気化学実験系について説明されている。前半では、ダイヤモンド薄膜作製用CVD装置が紹介されており、大面積の薄膜が再現性よく作製でき、しかもホウ素のドーピングも他の方法に比べて安全かつ簡易であるといった特徴が説明されている。後半ではCVD法で得られたダイヤモンド薄膜から電極を作製する手順や電気化学測定に用いた装置類等を紹介している。 第三章では、前半でダイヤモンド薄膜へのホウ素のドーピング量に対して、得られた薄膜の物性および電気化学特性の関係について検討を行っている。ドープ量の増加によりダイヤモンドの電気的性質が半導体性から導電性へ変化することを、抵抗率およびレドックス系に対する電気化学応答性などの結果より明らかにしている。この結果よりホウ素ドープダイヤモンド電極を作製する際の指針を与えている。後半では半導体性ダイヤモンド薄膜の光電気化学特性について検討を行っている。広いバンドギャップをもつダイヤモンドに対して、エキシマレーザー照射によりバンド間の直接光励起に成功し、また実験結果よりダイヤモンドの伝導帯の下端電位が真空準位に近いことから、光励起により得られた電子が高いエネルギーを有する可能性が示唆されている。 第四章では、導電性ダイヤモンド薄膜の適用例として、水溶液系および非水溶液系での還元反応における電気化学特性について述べられている。まず、水溶液系の酸素還元においてダイヤモンドの電気化学的挙動を検討している。酸素還元反応は電気化学測定において電位窓を狭める原因となるが、従来の白金やグラッシーカーボンに比べダイヤモンドでは酸素還元が抑えられることを見出し、またダイヤモンド上では2電子還元反応が起こっていることを明らかにしている。次に非水溶液系でフラーレンの室温における6電子還元について述べている。フラーレンの6電子還元は室温では困難で、白金では5電子還元までしか進まないのに対し、ダイヤモンドでは6電子還元まで進んだことから、ダイヤモンド電極が非水溶液系においても優れた特性を有することを示唆している。 第五章では、CVD法によりダイヤモンド薄膜を作製する際に同時に生じる非ダイヤモンド成分(sp2炭素)のダイヤモンド電極の電極応答への影響について検討している。まず酸性溶液中の酸素還元において、ダイヤモンド電極の電位走査のアノード端電位を変化させることによりカソード側の電位で還元電流の挙動が変化する現象を見出している。この現象をグラッシーカーボンとの比較などにより、ダイヤモンド表面上および結晶粒界に存在するsp2炭素がアノード分極により活性化され反応サイトとなることを考察している。また1電子レドックス系および2電子レドックス系において、アルカリ溶液中における電位走査によるダイヤモンド電極応答の変化について述べており、レドックス系の種類によりsp2炭素の電極応答への影響が異なることについて考察し、電極上での反応について簡単なモデルで説明している。 第六章では、HOPG電極上へ電解合成した高分子薄膜に対し、電解質溶液中における走査プローブ顕微鏡によるin situ微細加工に成功したことが述べられている。この手法を用いることで、ダイヤモンド電極上に機能性薄膜をつけた場合に表面微細加工を行える可能性を示唆している。 第七章では、本研究で得られた結果の総括および将来の展望が述べられている。この中で、n型導電性ダイヤモンド薄膜の作製が今後のこの分野の更なる発展につながる可能性が示唆されている。 本論文における結果は、ホウ素をドープしたダイヤモンド薄膜が新規の電極材料として電気化学の分野に新たな知見を与えるのみならず、材料科学の分野においても有益な知見を与えるものであり、基礎・応用いずれの見地からも高く評価でき、かつこれらの分野における今後の発展に寄与するものと認められる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |