本論文は7章より構成されており、非線形非平衡現象の現象論的把握、機構解明の観点から、水-ニトロベンゼン-水3相液膜振動系の解析を行い、今後の応用に向けた検討がなされている。 第1章は序論であり、非線形非平衡現象の基礎について述べている。部分の協同現象により全体が分子集合体として機能し、時間的・空間的な振動現象が観測されることが、生物系・化学反応系の例を挙げて概説され、また膜による非線形反応の研究について概説されている。 第2章では、実験装置系について概説されている。従来の装置の問題点について検討され、本研究でチューブを使った実験系を採用した理由について述べられている。 第3章では、振動現象の界面形状依存性について検討した結果が記述されている。界面の外縁を形成するチューブの材質によって約6倍もの安定性の向上が見いだされた。これはチューブのぬれやすさの変化による効果と考察されている。また、チューブ先端に特異点を設けて界面外縁部の形状を変更することにより、約5倍以上の安定性の向上が観測された。これらの界面外縁部の改良により、併せて従来と比較して約30倍以上もの大幅な安定性の向上に成功した。このことは現象と界面外縁部とが密接に関与していることを示しており、実際ビデオ観察から界面外縁部より振動が開始されることを明らかにしている。また安定性の向上は現象から得られる情報の質的向上をもたらし、複数の振動モードの存在など、新事実が発見された。モード変化は反応進行中に現象が突然変化することを意味しており、モード変化時に非線形反応に特有の分岐現象が観測された。 第4章では、振動現象の溶液状態に対する依存性について検討されている。pH依存性測定により振動モード間の移行がpHに明確に依存することや、モード毎にpH変化の様子が異なることが見いだされている。この結果から水素イオンが振動を制御する機構を提案し、イオンの流れが振動モードを決定していることを結論している。 第5章では、第3章・第4章の結果を受け、提案した機構の妥当性を検証することを目的として現象のコンピュータシミュレーションを行っている。実験結果から予想される振動機構を数式化し、計算により、電位・イオン濃度による振動の再現に成功している。この機構は神経系の興奮機構とよく類似しており、この系を神経系の人工モデルとして用いることが可能であると結論されている。また、この機構による各相のイオン濃度変化の計算により、振動モード間の変化を再現することに成功している。計算結果が実験結果を極めてよく再現することから、マクロな振動現象をミクロな物質移動により説明できることを結論している。 第6章では、現象の界面間相互作用について検討されている。チューブを増やし系を多相化することにより、界面間に於いて神経伝達に似たパルス伝達が観測される全く新しい系の開発がなされた。界面間距離依存性の確認によって、この系に於いては、電気的な流れが化学情報に変換され、物質の流れとして界面間を伝達され、界面を刺激して再度電気的な流れに戻ることによって伝達されることが明らかになった。実際、外的な電気的刺激により、振動が起きない界面に於いても界面振動が観測された。これらの結果は、神経細胞間の情報伝達機構と全く同様であり、人工の神経系として神経伝達機構の解明に寄与することができると結論されている。 第7章では、以上の内容が総括され、今後の展望について述べられている。 以上述べた様に、本論文では液膜の化学振動反応に対して、特に振動発現機構についての詳細な検討がなされ、その過程で従来知られていなかった新現象の発見や、装置系の工夫により振動現象の安定性の飛躍的向上と、新しいパルス伝達系の開発に成功している。これらの成果は生体などで広く観測される非線形リズム現象の理解を深め、生物現象の利用に新しい途を拓く点で、生体関連化学及び、工業物理化学の分野での今後の発展に貢献するものであると認められる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |