学位論文要旨



No 113452
著者(漢字) 遠藤,明
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,アキラ
標題(和) 低温作動用固体酸化物燃料電池の空気極に関する研究 : 電極の混合導電性と反応機構
標題(洋)
報告番号 113452
報告番号 甲13452
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4170号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 講師 大島,義人
内容要旨 緒言

 近年化石燃料の大量消費による地球温暖化や酸性雨といった地球規模の環境問題がクローズアップされてきている。また、化石燃料はあと数十年で枯渇する可能性があり、エネルギー問題も深刻な課題となっている。限られた資源を有効に利用し、かつ環境に対する負荷の小さい新たなエネルギー技術の開発は人類にとって急務といえる。化石燃料の有効利用を考えた場合、従来の火力発電では発電効率が50%程度が限界であろう。これに対し、燃料電池は化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換するため、カルノー効率の制限を受けることなくより高い発電効率が期待できる。燃料電池は電解質の種類によっていくつかに分類される。なかでも、本研究で対象とする固体電解質型燃料電池(SOFC)は、ほかの燃料電池と比べ数々の長所を持ち、次世代の発電システムとして期待されている。

 現在のSOFCはその作動温度が約1000℃と高く、構成材料間の反応やシンタリングによる電極の劣化によるセル性能の低下が問題となっている。長期間安定して使用するためには高温作動のメリットがなくならない程度に作動温度を下げることが有効であると考えられる。800℃程度の低温でも十分な出力の得られるSOFCが実現できれば、構成材料の選択の幅が広がり耐久性も向上するのでセルの設計が容易になる。しかし、現状のまま作動温度を下げると固体電解質であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)の導電率低下のみならず電極での過電圧も増大し十分な出力は得られなくなる。従って、作動温度の低温化を実現するためには、固体電解質の薄膜化のみならず高性能な電極の開発が必要である。本研究では、SOFCの構成要素のうち空気極に注目した。その理由は、低温化を行った場合、過電圧の増大は空気極において特に顕著であり、電極材料の選択を含めた高性能な空気極の開発が必要となってくると考えられるからである。

 空気極における電極反応は、主に気相/電極/電解質の三相界面を介して進行すると考えられている。電解質に一般的なイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を使用する場合、これらの条件を満たすものとして現在もっとも一般的なものがLa1-xSrxMnO3(LSM)である。LSMはペロブスカイト型複合酸化物であり高温では高い電子導電性を有するが、酸化物イオン導電性が低いために電極反応は気相/電極/電解質の三相界面近傍のみでしか起こらないことが指摘されている。これに対し、本研究では、電子導電性と酸化物イオン導電性を併せ持つ混合導電体を電極材料に用いれば電極反応を三相界面に依存せずに行わせることができる、ということに着目した。つまり混合導電性の高い電極材料を用いた場合、電極バルク内を通る経路も反応に寄与すると考えられ、過電圧の低減が期待できる。本研究では、800¥DegCにおいて十分に過電圧の小さい電極を実現する方法として、混合導電体を電極材料に用いることを提案する。以前より、混合導電体の電極材料の利用した空気極は性能がよいといわれてきた。しかしどのような理由でかははっきりとしていなかった。本研究では、電極材料の物性、電極構造を考えた上で、電極反応においてどの因子が重要かを示し、その材料を使って電極を作製するにはどういったことが要求されるかについて論じた。

実験の概要

 本研究ではおもに二つの材料系についての実験を行った。。

(i)LSM/YSZ系

 LSMは現在もっとも一般的に用いられている空気極材料であるが、電極反応における酸化物イオン伝導の寄与を定量的に評価するために、三相界面のない緻密な電極を作製し評価を行った。緻密な電極の電気化学特性を調べることにより、電極内部を酸化物イオンが拡散する反応経路の定量的評価が可能となる。また、電極特性の測定からLSMの酸化物イオン導電率も評価することができる。

 LSM緻密電極の作製はレーザーアブレーション法より行い、SEM及びXRDによりキャラクタリゼーションを行ったところ、緻密で単相のLSM膜が作製できていることが確認された。

 電極の緻密性を確認するために電極インピーダンスの膜厚依存性を測定したところ、電極界面抵抗は膜厚にほぼ比例し(FIg.1)、このことから電気化学的にも作製したLSM膜が緻密であることが確認された。

Fig.1LSM緻密電極のインピーダンスの膜厚依存性

 また、Fig.2に示したように交流インピーダンス測定により得られた電極界面導電率は酸素分圧にはほとんど依存しない。これは緻密電極にのみ見られる特性で、緻密電極の電極反応は電極内の酸化物イオンの化学拡散が律速であることがわかり、多孔質電極の電極反応とは大きく異なる特性を持つことが明らかになった。

Fig.2LSM緻密電極の界面導電率の酸素分圧依存性

 直流分極測定からは、電極反応速度は酸素活量の-1/2乗に比例しているが、この点も多孔質の電極(電極反応速度は酸素活量の-1/2乗に比例)とは異なる傾向が見られた。

 このことを利用して、Hebb-Wagner法によりLSMの酸化物イオン導電率も算出することが可能であり、その値は800℃で5.9×10-8[S/cm]であった。

(ii)LSCF/SDC

 混合導電体空気極の候補としてLa1-xSrxCo1-yFeO3(LSCF)系のペロブスカイト型複合酸化物を取り上げた。電解質としては低温用として注目されているSDC(Sm2O3 doped Ceria)を用いた。電極組成、電極構造と電極性能の関係を議論し混合導電性の大きい(酸化物イオン輸率の大きい)材料を電極に用いた場合の電極反応機構を検討した。本研究では、電解質SDC上に、構造の異なる3種類(緻密、多孔質、緻密+多孔質 二層)のLSC(La0.6Sr0.4CoO3)電極を作製し、直流・交流分極特性を測定し電極反応機構を考察した。また比較のため、LSMに関しても同様の測定を行った。

 LSC緻密電極のインピーダンスの膜厚依存性、酸素分圧依存性を調べた結果、膜厚が異なるものでも絶対値および依存性は変わらない結果となり、LSM緻密電極の場合の膜厚依存、酸素分圧依存とは大きく異なる結果となった。(LSMの場合、電極界面導電率は膜厚に反比例し、酸素分圧依存はほとんどない。)LSCの場合、電極バルク内の酸化物イオンの拡散は非常に早いと考えられるので膜厚依存性がないものと考えられる。Fig.3に緻密+多孔質 二層および多孔質のLSC電極の酸素分圧依存を示す。

Fig.3 3種類のLSC電極の電極界面導電率の酸素分圧依存性

 多孔質電極と二層電極の酸素分圧依存性はよく似ている。低酸素分圧領域で酸素分圧の一乗に比例する過程が現れるが、これは気相拡散が現れている可能性がある。また、酸素分圧の1/2乗に比例するプロセスが、高酸素分圧領域で律速過程となっている。膜厚依存性からもわかるようにLSCでは電極内部の酸素イオンの拡散は律速になり得ないので(この過程は表面反応に対応していると考えられる。

 Fig.4にLSCの3種類の電極の直流分極特性を示す。

Fig.4 3種類のLSC電極直流分極特性

 LSCでは、緻密電極上に多孔質層を重ねることにより過電圧は著しく減少し、二層電極は多孔質のみの電極とほぼ同じ特性を示した。これは、LSCの電極性能が電極/電解質界面の構造に依らないことを直接的に示している結果である。多孔質層を重ねたことによる表面積の増大が過電圧の減少をもたらしたと考えられ、LSCの電極反応が表面反応律速であるという交流インピーダンス測定の結果から得られた知見と一致している。

 構造の異なる3種類のLSC電極の電極特性を測定した結果、LSC上の電極反応は表面反応が律速過程になっていることがわかった。とくにLSC二層電極の直流分極特性は電極性能が電極/電解質界面の微細構造に依らないことを直接的に示す結果である。

まとめ

 LSMはイオン導電性が低く電極反応は主に気相/電極/電解質の三相界面を介して進行する。このため、緻密な電極を作製しその特性を測定すると極端に抵抗は大きくまた膜厚に比例する。したがって、従来いわれている通り電極/電解質界面の構造が電極性能にとって重要になっている。一方、LSCの場合はイオン導電性が大きいために電極/電解質界面の構造は電極反応には関係なくなり、表面反応が律速過程になっていることがわかった。

 LSCとLSMではそのイオン導電性の違いから電極反応機構が異なることが確認された。

 LSMでは三相界面量の多い電極を作製することが重要であるといわれているが、LSCの場合は電極表面積の多い電極を作製することが電極性能を向上させるのに効果的であるといえる。

審査要旨

 本論文は、低温作動用固体酸化物型燃料電池(SOFC)の実用化のために、高性能な空気極の開発指針を得ることを目的として行われた研究成果をまとめたもので、7章からなる。

 SOFCはその高い発電効率から次世代の発電システムとして大きな期待を集めているが、現状の作動温度は1000℃と高いため、耐久性、コスト等の点から低温作動化が望まれている。従来のイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を電解質としたSOFCについては非常に多くの研究成果もあり、Westinghouse社による円筒型SOFCは高い発電効率と耐久性を実現している。しかし低温においてより性能の高いセルを低コストで作製するためには、電解質をより導電率の大きい物質に変え、さらには高性能の電極を作製することが必要不可欠である。

 本研究においては、電極の電子/イオン混合導電性に注目し、電極のイオン導電性と電極反応機構について検討を行った。イオン導電性の大きい材料を空気極に適用できれば、空気極の反応場を従来いわれていた三相界面によらずに電極全体に拡げることができると考え、混合導電体空気極を提案した。また、電極性能と混合導電性の関係を定量的に議論するために、モデル電極として緻密電極を利用し、現在最も一般的でるLa1-xSrxMnO3(LSM)と、混合導電性の大きい材料の例としてLa1-xSrxCo1-yFeyO3(LSCF)系のペロブスカイト型複合酸化物をとりあげ電極反応機構を検討した。尚、電解質材料としてはSm2O3をドープしたセリア(SDC)を用いている。

 第1章は序論であり、燃料電池についての概論、SOFC研究の必要性、本研究の目的について述べている。

 第2章は、本論文の研究で用いた実験手法、解析法について述べている。

 第3章では、LSM/YSZ系において、レーザーアブレーション法によりLSM緻密電極を作製し、電極反応における酸化物イオンの電極バルク内拡散の寄与について検討を行った結果を述べている。LSM緻密電極は膜厚依存性、酸素分圧依存性などで多孔質電極とは大きく異なる挙動を示す。これらの結果により、LSM緻密電極においては、電極内の酸素の拡散が律速となっていることを示した。LSM緻密電極は非常に大きな抵抗をもち、電極バルク内を酸化物が拡散する反応経路は、多孔質電極においてはほとんど無視でき、既往の研究でいわれているように電極反応は三相界面を介して進行することも裏付けた。

 第4章では、LSCF/SDC系において、組成、構造と電極特性の関係を検討している。まず、LSCF組成と電解質であるSDCの反応性について検討を行ったところ、AサイトにLaが入っている場合にはSDCとの反応生成物は確認されず、LSCFは電極材料として使用可能である事がわかった。また、過電圧は800℃、空気中、400mA/cm2で約40mV程度と非常に小さい値を示した。LSC電極において、構造と電極性能の関係を調べたところ、三相界面長、電極被覆率と電極性能の明確な対応は得られなかった。そこで、構造の大きく異なる3種類の電極(多孔質、緻密および多孔質/緻密二層電極)を作製し、電極反応機構を検討した。LSC/SDC系においては、電極特性は電極/電解質界面の構造に依存せず、電極反応は電極の表面反応が律速になっていることを明らかにしている。

 第5章では、表面反応と電極内の酸化物イオンの拡散の両方を考慮した緻密電極反応モデルを構築し、電極反応の定量的議論を行っている。LSMのようにイオン導電率が極めて小さい物質の場合は、電極界面導電率が膜厚に比例し、また電極界面導電率と膜厚から酸化物イオン導電率を求められること、LSCのようにイオン導電率が比較的大きい物質の場合には電極界面導電率がに比例し、また表面反応速度定数を求めることができることを理論および実験の両方から示した。また、多孔質電極における膜厚と電極特性の関係を検討した。多孔質電極においては、膜厚が小さいところでは電極特性は膜厚に比例する。このことは、膜厚の増加により表面積が増大することによると結論づけた。膜厚がある程度大きくなると電極特性は一定となる。表面積が十分大きくなったために、表面反応以外の過程が律速になっていると考えられる。電極内の酸化物イオン伝導は律速になり得ないことを考えると、この場合、気相における酸素の拡散が限界性能を決める因子として現れていることが結論づけられた。

 第6章では、SOFCの実用化に向けて残された課題について述べている。LSC空気極は、初期性能では十分な性能を比較的容易に実現できることを示した。電極反応機構の検討から、電極性能を長期にわたって維持するためには、材料の焼結を抑制して大表面積を維持することが重要であることがわかった。従って、耐久性の向上のためには組成のコントロールや電解質粒子との混合といった手法での電極の焼結を押さえる方法の検討が今後必要になると述べている。

 第7章は、総括であり、本論文により得られた結果をまとめている。

 以上要するに、本論文は低温作動用SOFCにおける空気極反応機構を検討し、混合導電性の大きい電極材料においては、従来の材料と反応機構が異なることを明らかにし、今後の電極開発のための指針を示し、エネルギーの有効利用に関する重要な提言に結びつくといえる。また、固体電気化学および化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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