本論文は、低温作動用固体酸化物型燃料電池(SOFC)の実用化のために、高性能な空気極の開発指針を得ることを目的として行われた研究成果をまとめたもので、7章からなる。 SOFCはその高い発電効率から次世代の発電システムとして大きな期待を集めているが、現状の作動温度は1000℃と高いため、耐久性、コスト等の点から低温作動化が望まれている。従来のイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を電解質としたSOFCについては非常に多くの研究成果もあり、Westinghouse社による円筒型SOFCは高い発電効率と耐久性を実現している。しかし低温においてより性能の高いセルを低コストで作製するためには、電解質をより導電率の大きい物質に変え、さらには高性能の電極を作製することが必要不可欠である。 本研究においては、電極の電子/イオン混合導電性に注目し、電極のイオン導電性と電極反応機構について検討を行った。イオン導電性の大きい材料を空気極に適用できれば、空気極の反応場を従来いわれていた三相界面によらずに電極全体に拡げることができると考え、混合導電体空気極を提案した。また、電極性能と混合導電性の関係を定量的に議論するために、モデル電極として緻密電極を利用し、現在最も一般的でるLa1-xSrxMnO3(LSM)と、混合導電性の大きい材料の例としてLa1-xSrxCo1-yFeyO3(LSCF)系のペロブスカイト型複合酸化物をとりあげ電極反応機構を検討した。尚、電解質材料としてはSm2O3をドープしたセリア(SDC)を用いている。 第1章は序論であり、燃料電池についての概論、SOFC研究の必要性、本研究の目的について述べている。 第2章は、本論文の研究で用いた実験手法、解析法について述べている。 第3章では、LSM/YSZ系において、レーザーアブレーション法によりLSM緻密電極を作製し、電極反応における酸化物イオンの電極バルク内拡散の寄与について検討を行った結果を述べている。LSM緻密電極は膜厚依存性、酸素分圧依存性などで多孔質電極とは大きく異なる挙動を示す。これらの結果により、LSM緻密電極においては、電極内の酸素の拡散が律速となっていることを示した。LSM緻密電極は非常に大きな抵抗をもち、電極バルク内を酸化物が拡散する反応経路は、多孔質電極においてはほとんど無視でき、既往の研究でいわれているように電極反応は三相界面を介して進行することも裏付けた。 第4章では、LSCF/SDC系において、組成、構造と電極特性の関係を検討している。まず、LSCF組成と電解質であるSDCの反応性について検討を行ったところ、AサイトにLaが入っている場合にはSDCとの反応生成物は確認されず、LSCFは電極材料として使用可能である事がわかった。また、過電圧は800℃、空気中、400mA/cm2で約40mV程度と非常に小さい値を示した。LSC電極において、構造と電極性能の関係を調べたところ、三相界面長、電極被覆率と電極性能の明確な対応は得られなかった。そこで、構造の大きく異なる3種類の電極(多孔質、緻密および多孔質/緻密二層電極)を作製し、電極反応機構を検討した。LSC/SDC系においては、電極特性は電極/電解質界面の構造に依存せず、電極反応は電極の表面反応が律速になっていることを明らかにしている。 第5章では、表面反応と電極内の酸化物イオンの拡散の両方を考慮した緻密電極反応モデルを構築し、電極反応の定量的議論を行っている。LSMのようにイオン導電率が極めて小さい物質の場合は、電極界面導電率が膜厚に比例し、また電極界面導電率と膜厚から酸化物イオン導電率を求められること、LSCのようにイオン導電率が比較的大きい物質の場合には電極界面導電率がに比例し、また表面反応速度定数を求めることができることを理論および実験の両方から示した。また、多孔質電極における膜厚と電極特性の関係を検討した。多孔質電極においては、膜厚が小さいところでは電極特性は膜厚に比例する。このことは、膜厚の増加により表面積が増大することによると結論づけた。膜厚がある程度大きくなると電極特性は一定となる。表面積が十分大きくなったために、表面反応以外の過程が律速になっていると考えられる。電極内の酸化物イオン伝導は律速になり得ないことを考えると、この場合、気相における酸素の拡散が限界性能を決める因子として現れていることが結論づけられた。 第6章では、SOFCの実用化に向けて残された課題について述べている。LSC空気極は、初期性能では十分な性能を比較的容易に実現できることを示した。電極反応機構の検討から、電極性能を長期にわたって維持するためには、材料の焼結を抑制して大表面積を維持することが重要であることがわかった。従って、耐久性の向上のためには組成のコントロールや電解質粒子との混合といった手法での電極の焼結を押さえる方法の検討が今後必要になると述べている。 第7章は、総括であり、本論文により得られた結果をまとめている。 以上要するに、本論文は低温作動用SOFCにおける空気極反応機構を検討し、混合導電性の大きい電極材料においては、従来の材料と反応機構が異なることを明らかにし、今後の電極開発のための指針を示し、エネルギーの有効利用に関する重要な提言に結びつくといえる。また、固体電気化学および化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |