学位論文要旨



No 113453
著者(漢字) 野村,幹弘
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,ミキヒロ
標題(和) シリカライト膜の透過機構と粒界制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 113453
報告番号 甲13453
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4171号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 山崎,章弘
 東京大学 助教授 辰巳,敬
内容要旨

 近年、膜分離法では、高分子素材と比べて耐熱性、耐有機溶媒特性に優れる無機材料が用いられてきている。無機膜の開発により、高温でのガス分離や有機溶媒系での分離などへの応用が期待されている。本研究では、膜素材としてゼオライトに注目する。

 ゼオライトは他の製法の無機材料とは異なり結晶構造として数Å程度の規則的な細孔構造を持っている。その細孔径は炭化水素分子などと同程度であるため「分子ふるい能」を持っている。また、シリカ/アルミ比などを変えることにより親疎水性が制御できる。そのため分子ふるい能と吸着性の両面で、膜の素材として非常に大きな可能性を持っている。

 本論文では、ゼオライトとしてシリカライトを用いた。シリカライトはアルミを含まず非常に疎水的であり、5.6Å×5.3Åの細孔を持つ。現在、シリカライト膜の合成は、水熱合成法などで行われており、水/エタノールのパーベーパレーション(PV)分離で非常に高いエタノール選択透過性を示すことが知られている。

 しかし、シリカライト膜を含めゼオライト膜には、2つの問題点がある。まず、現在報告されているゼオライト膜はすべて多結晶膜である。多結晶膜では結晶と結晶の間に「粒界」が存在し、ゼオライト本来の性質を100%利用できていない可能性が高い。次に、透過性の評価が分離係数のみで行われている点があげられる。そのため、分離系の違う場合は膜性能の比較ができていない。また、その透過機構に関しても、吸着-拡散モデルなど提案されているが、粒界の解釈を含め明確なものはない。そのため、膜構造の指針も得られていない。

 そこで、本論文の目的は大きく分けて次の2点とする。まず、多結晶シリカライト膜の粒界のみを塞いだ分子ふるい膜の製作を行う。次に、粒界などの膜構造を考慮した水/エタノール分離の透過機構を検討する。

 シリカライト膜は、既報1)に従って製膜した。H2O/SiO2比が80と非常に水の多い水性ゲルを水熱合成し、ステンレス多孔質基材の上にシリカライトの多結晶膜を製膜した。このシリカライト膜は水/エタノールのPVで分離係数が40〜90と非常に高いエタノール選択透過性を示した。しかし、シリカライト結晶に入らない1,3,5-トリイソプロピルベンゼンが303KのPVで0.02[kgm-2h-1]程度透過することより、結晶と結晶の間に粒界が存在することが示唆される。

 そこで、シリカライト膜の粒界のみを塞いだ膜の製膜を行った。粒界の処理にはTEOS/オゾン対向拡散CVD法を用いた。TEOSの分子径はシリカライトの細孔よりも大きく、粒界のみの処理が可能である。また、TEOS/オゾン対向拡散CVD法で多孔質ガラスを修飾した膜の細孔径は3Å程度2)と考えられている。これはシリカライトの細孔より十分小さく、このTEOS/オゾン対向拡散CVD法によりシリカライト膜の粒界のみが選択的に処理できると考えられる。

 この方法で8時間CVD処理されたシリカライト膜は、288Kでn-ブタン、イソブタンの透過係数の比が87.8と非常に高い値を示した。また、1,3,5-トリイソプロピルベンゼンの透過も確認できず、シリカライト膜の粒界を選択的に閉塞できた分子ふるい膜が得られたと思われる。

 次に、シリカライト膜の水/エタノール系の透過機構について検討した。検討項目は次の3点である。まず、水とエタノールの透過の相互作用を実験的に明らかにする。2番目は、エタノールの高い選択性の原因を明らかにする。最後は、エタノールの透過を粒界と結晶中に分けて検討を行う。

 相互作用に関しては、水/エタノールの蒸気透過実験を行い、水もしくはエタノールの供給活量を一定にしてもう一方の活量を変化させた。エタノールの活量が一定の場合、水の活量を変化させても、エタノールの透過流束はほとんど変化しなかった。しかし、水の活量が一定でも共存するエタノールの活量の増加と共に水の透過流束は小さくなった。シリカライト膜の水/エタノール透過において、エタノールの透過は水の影響をほとんど受けず、水の透過はエタノールの存在により阻害されることが分かった。

 次に、水の透過の減少が、膜への吸着性の違いか膜中の拡散性の違いかを明らかにした。透過モデルは吸着-拡散モデルを用いた。このモデルでは、透過分子が膜面に吸着し膜中の濃度勾配を駆動力として拡散する。ここでは、粒界も結晶中と同じ透過現象と考え、膜を均質とし解析した。膜中濃度は吸着-脱着法で2成分吸着実験より測定し、膜中の拡散係数を一定と仮定した。

 水活量一定条件での吸着実験の結果を透過実験とともに表に示す。これより、シリカライト膜は水/エタノール系の吸着で競争吸着により水の吸着量が大きく減少していることが分かった。そして、モデルより計算した拡散係数はほとんど変化していないことより、エタノール選択性の原因はシリカライトのエタノール選択的吸着によることが分かった。

 しかし、膜均質のモデルでは、エタノール活量が大きい点で膜中の拡散を説明できなかった。そこで、エタノールの透過を粒界分とシリカライト結晶中に分ける。CVD処理された膜のエタノールの透過性より、シリカライト結晶中のエタノールの拡散について検討する。図にシリカライト膜とCVD処理膜のエタノールの透過を示す。シリカライト膜は活量の増加に対して直線的に透過流束が増加しているが、CVD処理膜は活量に対して透過流束がほとんど変わらない。そこで、結晶中と粒界中の濃度をLanguir型と活量に比例するタイプと考える。Lnagmuir型の吸着では活量が小さいところで急に立ち上がり、その後吸着量はほぼ飽和に達する。そのため、透過流束の傾きが粒界の寄与、切片が結晶中の寄与と考えられる。このモデルの妥当性を、膜の両側のエタノール活量を変化させた透過実験で検証した。

 本論文は、シリカライト膜の粒界の制御と透過現象の解明を目的に行われた。まず、粒界の制御のためにTEOS/オゾン対向拡散CVD法を適用した。穏和な反応条件を用いることにより、設計通り粒界のみを閉塞できたと考えれられる。

 そして、2成分吸着実験を行い、エタノール存在下での水の透過流束の減少が吸着性の違いによることを吸着実験とモデルを用いて明らかにした。さらに、結晶中と粒界の透過について、膜中濃度をLanguir型と活量に比例するモデルを提案し、実験結果を説明した。

表 エタノール存在下における水の透過係数と吸着量の変化(温度303K)引用文献1)Sano,T.;Yanagishita,H.;Kiyozumi,Y.;Mizukami,F.;Haraya,K.Separation of ethanol/water mixture by silicalite membrane on pervaporation.J.Memb.Sci.,95,221(1994)2)Nakao,S.;Suzuki,T.;Tsuru,T.;Sugawara,T.;Kimura,S.Molecular sieve membrane prepared by TEOS/O3 CVD in the opposing reactants geometry.AIChE Annual meeting,Miami USA,Novermber;Paper 150j(1995)図 CVD処理によるエタノール透過流束の変化(温度:303K)
審査要旨

 本論文は「シリカライト膜の透過機構と粒界制御に関する研究」と題し、序論、終論を含め全6章からなっており、触媒や吸着剤などに利用されているゼオライトの一種であるシリカライトを膜材料とし、ゼオライト結晶間の粒界を閉塞した分子ふるい膜の作製とその透過機構の解明を目的としたものである。

 第1章は序論であり、本論文の背景ならびに目的について述べている。ゼオライトは結晶構造として数オングストローム程度の規則的な細孔構造を持つ無機素材であり、その細孔径は炭化水素分子などと同程度であるため結晶として分子ふるい能を持っている。また、シリカ/アルミナ比などを変えることにより親疎水性が制御可能である。そのため分子ふるい選択性と吸着選択性の両面で、膜の素材として非常に大きな可能性を持っている。このようなことから高分子素材と比べて耐熱性、耐有機溶媒性に優れているゼオライト膜の開発は、高温でのガス分離や有機溶媒系での分離などへの応用が期待され、工学的にも重要な意義を持っているとしている。

 第2章では、水熱合成法によるシリカライト膜の合成とそのキャラクタリゼーションについて述べている。水/シリカ比が80と非常に水の多い水性ゲルを水熱合成し、ステンレス多孔質基材上に多結晶膜を製膜した。このシリカライト膜は、水/エタノールのパーベーパーレーション(PV)分離係数が40〜90と非常に高いエタノール選択透過性を示した。そして、合成時間が長くなるとエタノールの分離係数が上昇し透過流束が小さくなる傾向より、膜が密になっていることが示唆された。しかし、シリカライト結晶に入らない1,3,5-トリイソプロピルベンゼンが303KのPVで0.02kgm-2h-1程度透過することより、結晶と結晶の間に若干の粒界が残存していると結論づけている。

 第3章では、シリカライトの結晶と結晶の間の粒界のみを塞いだ膜の製膜について述べている。粒界の処理にはTEOS/オゾン対向拡散CVD法を用いた。対向拡散CVD法は膜の両側から原料蒸気を導入し、細孔中でCVD反応を行う方法である。CVD反応で細孔中に生成したアモルファスシリカにより、それぞれの原料分子が拡散できなくなった時点で反応が終わるため、ピンホールのない均一な径の細孔が得られる。TEOSの分子径はシリカライトの細孔よりも大きく、このTEOS/オゾン対向拡散CVD法によりシリカライト膜の粒界のみが選択的に処理できると考えられる。この方法で8時間CVD処理されたシリカライト膜は、288Kのガス透過実験において、ヘリウムの透過係数はほとんど変化しなかったにも関わらず、n-ブタン、イソブタンの透過係数の比が87.8と非常に高い値となった。また、1,3,5-トリイソプロピルベンゼンの透過も確認できず、シリカライト膜の粒界を選択的に閉塞した分子ふるい膜が得られた。

 第4章では、シリカライト膜の水/エタノール系の透過機構について述べている。水/エタノールの蒸気透過実験を行い、供給側のエタノールの活量が一定の場合、水の活量を変化させてもエタノールの透過流束はほとんど変化せず、供給側の水の活量が一定の場合には、共存するエタノールの活量の増加とともに水の透過流束が小さくなることを明らかにした。これより、シリカライト膜の水/エタノール透過において、エタノールの透過は水の影響をほとんど受けず、水の透過はエタノールの存在により阻害されるとしている。

 このエタノール選択透過性が、膜への吸着性の違いに起因するのか、あるいは膜中の拡散性の違いに起因するのかを、シリカライト膜への2成分吸着実験をおこなって明らかにした。透過モデルは、透過分子が膜面に吸着し膜中の濃度勾配を駆動力として拡散する、吸着-拡散モデルを用いている。この章では、粒界でも結晶中と同じ透過現象が生じていると考えて膜を均質とし、膜中の拡散係数を一定と仮定して解析した。シリカライト膜は水/エタノール2成分系の吸着で単成分と比べて水の吸着量が大きく減少していることが示された。そして、モデルに基づいて計算した膜中の拡散係数はほとんど変化していないことより、エタノール選択性の原因はシリカライトのエタノールの選択的吸着であることが明らかになった。しかし、膜の供給側あるいは透過側でエタノール活量が大きな場合には、この章で仮定したモデルでは説明できなかった。

 第5章では、エタノールの透過を粒界の透過とシリカライト結晶中の透過とに分けて検討している。CVD処理された膜と未処理のシリカライト膜のエタノールの透過を比較することにより、シリカライト結晶中のエタノールの拡散について検討した。シリカライト膜のエタノールの透過では活量の増加に対して直線的に透過流束が増加しているが、CVD処理膜では活量に対して透過流束がほとんど変わらないことより、結晶中のエタノール濃度がLangmuir型で示され、粒界中では膜中濃度が活量に比例するモデルを提案した。このモデルの妥当性を、膜の両側のエタノール活量を変化させた透過実験で検証した。このモデルにより第4章で説明できなかった膜の両側でエタノール活量が大きな点についても解析可能となった。

 第6章は終章であり、本論文のまとめを行い、今後の展望について述べている。

 以上、要するに本論文は、ゼオライト膜の粒界を選択的に制御する対向拡散CVD法を開発するとともに、ゼオライト膜の透過を初めて粒界中とゼオライト結晶中とに分離して検討を行ったものであり、膜工学ならびに化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54013