本論文は、「薄膜形成プロセスにおけるコンピュータ支援反応系設計法(Computer-Aided Reaction Design(CARD))の確立」と題し、緒言、結言を含め全10章からなっており、コンピュータシミュレーションの結果を指針として実験結果を予測し、最適な反応系を設計していく手法の開発を目指すものである。 第1章は緒言であり、本論文の背景並びに目的について述べている。工業プロセスへのコンピュータシミュレーションの導入は、研究開発過程における生産効率の飛躍的な向上を期待させるものであり、コンピュータを用いた計算技術の発達により、化学反応を扱うプロセスもシミュレーションの対象になりつつある。本論文は、化学反応を扱うプロセスであるChemical Vapor Deposition(CVD)法を研究対象とし、化学反応を考慮したコンピュータシミュレーターを"仮想反応器"として用い、そのシミュレーションの結果を指針としながら反応系の改善や最適設計を行う手法を提案しており、その手法をコンピュータ支援反応系設計法(Computer-Aided Reaction Design(CARD))と名付けている。 第2章では、CVD法における素反応シミュレーションやSiH4の燃焼、爆発、SiH4/O2系CVD法による製膜についての既往の研究報告がまとめられている。SiH4/O2系熱CVD法の素反応シミュレーションを行うために十分なデータセットは、燃焼の分野などで蓄積されているが、実際に素反応シミュレーションを行って、それを反応設計に結びつけた例はないことを指摘している。 第3章では、実験とシミュレーションの方法について詳細が述べられている。シミュレーションは、SiH4がSiO2になる気相反応の素過程を扱うものと、気相に生成したSiO2がブラウン運動により凝集する過程を扱うものに分けられる。 第4章では、CARDによって、プロセス中に生じている問題を解決し、最適な反応系を設計する手順を一般論として記述してある。 第5章では、前章で提案した問題解決手順の有効性を示すケーススタディとして、SiH4/O2系熱CVD法における問題解決例を示している。SiH4/O2系熱CVD法によるSiO2膜は、製膜温度が低いときはマイクロメーターサイズの凹凸面に対する膜の均一性が悪く(ステップカバレッジが悪く)、製膜温度が高いときはデンドライト状になるという問題があるが、このプロセスにCARDを適用し、最適な反応系の設計を行った。その結果、製膜温度を高くし、C2H4、C2H6、NH3、NO2をラジカル捕捉剤として反応系に添加することでSiH4の反応を減速するという反応系がCARDによって提案され、提案された反応系に対応する製膜実験によってステップカバレッジに優れ、表面が平滑な膜を作成することができた。また、添加する物質の量についても半定量的な指針が得られることを示している。 第6章では、反応モデルを仮定し、添加物(C2H4、NH3、NO2)によってSiH4の反応が減速する機構を示している。C2H4は分解過程でOH、Oを捕捉し、NH3、NO2はOを捕捉することによりSiH4の反応を減速していることが示された。 第7章では、SiO2クラスタの凝集シミュレーションを用いて、SiH4の反応速度の変化に対する、クラスタの凝集状態の変化について評価している。クラスタの平均サイズがモノマーの1.7倍以下である条件が、実際の実験で平滑な膜が生成する条件に対応することが示された。 第8章では、素反応データセットなどが揃っていない等の理由でシミュレーションを行うことが困難な反応系に対しても、CARDの適用が可能であり、最適な反応系を設計することができることを示している。前章までに示された結果とシミュレーションによらない知識を用いて、直接シミュレーションを行わず、C2H4、C2H6よりSiH4の減速効果の大きいn-C4H10を探索することに成功した。 第9章では、現状におけるCARDの特徴、適用できる範囲を示し、最適な反応系を設計する上での克服すべき課題について考察している。また、課題を克服する方法として、CARDに知識工学の分野で研究されているエキスパートシステムの概念を取り入れ、CARDエキスパートシステムを構築することを提案している。 第10章は結言であり、本論文のまとめを行っている。 以上、本論文は、CARDと名付けた手法、すなわち反応シミュレーションによる結果を指針として、反応系を設計、最適化する新しい手法を提案し、ケーススタディを通してその有効性を示したものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |