本論文は、「温度勾配のある場における物質移動について」と題し、燃焼のように急激な温度勾配を伴う現象を的確に把握する場合不可欠である、温度勾配による物質の移動、とくに熱泳動またはThermophoresisと呼ばれる微粒子の移動について研究した結果をまとめたもので、8章からなっている。 第1章は、「序論」で、物質移動現象を誘起する様々な要因の一つとして温度勾配があり、温度勾配による物質の移動現象の具体的な例を挙げ、本研究の位置づけをおこなっている。 温度勾配による物質移動現象として、熱拡散(ソレ効果)ならびに熱泳動が知られている。いずれも正確な計測が困難な現象であるが、特に後者の場合、それに起因する現象が多数存在するにも関わらず、気体-固体の2相分散系で生じるため、信頼に足る基礎データが不足しており、不明な点が多く残されている。本研究は、それらの不明な点を明らかにするために計画されたものである。 第2章は、「研究目的」で、熱泳動に関するこれまでの研究を概観し、それらの研究の問題点を指摘するとともに、本研究の方針について述べている。 これまでの熱泳動の測定方法としては、静電気バランス法、スリット法、粒子非存在領域計測法、粒子体積計測法などがあるが、これらの方法には、温度勾配の大きな場における熱泳動の測定には適さない、あるいは場が複雑になりすぎて誤差が大きくなる、などの欠陥がある。これに対して、無重力環境を利用すれば、温度勾配の高い条件でも、自然対流の影響を無視できるなどの利点があり、熱泳動を精度高く計測できる。本研究では、このことに着目し、無重力環境を利用し、温度勾配の高い場での熱泳動の効果を、正確かつ詳細に明らかにすることを目的とした。 第3章および第4章は、それぞれ「実験装置及び方法」および「実験装置及び方法の検証」で、本研究に用いた実験装置ならびに実験方法とそれらの信頼性について述べている。 実験は、主として、約10秒間の質のよい微小重力状態を実現できる、地下無重力実験センター(JAMIC)の自由落下塔施設を利用しておこなった。落下中微小重力状態になるカプセルの中に、微粒子を注入し、その挙動を記録する装置、微粒子の存在する空間に温度場を形成させ、その温度場を測定する装置を組み込み、微小重力環境持続時間内に必要なデータを取得した。これらのデータの誤差は、主として試料に用いた微粒子の径のばらつきによるもので、適切な試料を選ぶことにより、3%以下にできることを示した。この誤差の数値は、従来の測定法のそれに比べて、1桁以上小さい。 第5章は、「熱泳動効果の測定結果」であり、実験結果について述べている。 熱泳動に及ぼす温度勾配、微粒子の材質および寸法、雰囲気圧力などの影響を詳細に調べ、今回の実験で得た熱泳動速度の値が従来の方法で得られた値より大きいこと、今回の実験の条件、すなわちクヌーセン数が0.0048〜0.38の範囲で、熱泳動速度がクヌーセン数の関数として表せること、などを示した。 第6章は、「理論予測式の検討」で、熱泳動を理論予測するための式について、歴史的経緯をも含めて、検討を行った結果について述べている。 これまでの理論予測は、ボルツマン方程式から出発し導かれた式を用いて行ってきたが、実験結果を用いて定める定数などが含まれており、用いた実験結果の誤差の大きさが、そのまま予測式の誤差の大きさとなっている。今回の実験では、誤差を小さく抑制でき、その結果として、熱泳動速度は、動粘性係数と比温度勾配の積に比例し、その比例係数はクヌーセン数に依存すると考えてよいことを示すことができた。 第7章は、「影響の予測」であり、本研究で得られた熱泳動の予測式を用いて、実際の場における微粒子の挙動に及ぼす熱泳動の効果を検討した結果について述べている。 温度勾配のある場を微粒子が通過する場合、温度勾配が10K/mm程度であっても、熱泳動の効果は顕著に現れる。このような場における粒子の挙動を考える場合にも、熱泳動による効果が粒子径によって変化することを指摘し、特に、流速が小さく一様でない場においては、粒子の移動は、熱泳動により強い影響を受けることを示した。 第8章は、「総括」で、本研究で得られた結果を総括している。 以上要するに、本研究は、微粒子の熱泳動について、これまで例がなかった無重力環境を利用し、精度の高い実験をおこない、それによって得た信頼性の高い多くのデータにより、熱泳動による微粒子の移動現象に関する基礎知識の蓄積に寄与したものである。本研究の結果は、実用の燃焼装置や反応装置などで見られる、温度勾配の比較的高い領域における微粒子の挙動の解明に役立つものであり、燃焼学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。 |