本論文は「Coral reefs and the global carbon cycle:a systems assessment of a concept to enhance CO2 fixation by coral reef ecosystems (:地球における炭素循環とサンゴ礁:サンゴ礁生態系による二酸化炭素固定促進概念の提案とシステム工学的評価)」と題し、全8章からなる。サンゴ礁がCO2の吸収源であるか放出源であるかに関して続いている議論に解を与え、温暖化問題の対策として利用する可能性を評価することを目的としている。 第1章は序章であり、研究課題に関する現状と論文の基本構成をまとめた。第1に、地球の炭素循環におけるサンゴ礁の役割を明らかにするために、CO2固定に関係するプロセスと全体的なバランスを制御する機構を調べること、第2に、地球環境工学的にサンゴ礁生態系のCO2固定の促進概念を設計し、数値モデルを利用してこの概念が温暖化対策として成立する可能性を評価することの必要性を述べている。さらに、研究遂行のためのシステム工学的方法について考察している。 第2章においては、観測を行ったふたつのサンゴ礁、宮古島保良湾とマーシャル共和国マジュロ環礁の特徴、測定項目、測定方法、データの解析方法について述べている。測定項目は、地形(水深、植生分布)、気象データ(日照、風、気温、潮汐)、海水の物理化学的データ(流れ、温度、塩分、比重など)、化学的データ(pH、溶存および粒子状の有機炭素、無機炭素、酸素、窒素、リン、アルカリ度など)である。 第3章は、保良湾の流れの流体力学的モデルの構築に関する。特に、これまでサンゴ礁の流れの解析において十分考慮されていなかったラジエーションストレスが流れの重要な駆動力であることを見いだし、水深依存性を含めそれを考慮したモデルを構築した。その結果、流れの測定結果を極めて良好に再現することができた。 第4章は、第2、3章の結果に基づき、保良湾におけるCO2の収支を推定したものである。流れの計算結果に基づき、湾内を完全混合糟列モデル、リーフ上をプラグ流モデルで表現することにより、化学的組成の複雑な時系列データを良好に再現することができた。その結果は、保良湾がCO2の吸収源である可能性を示す。しかしながら、推定誤差の範囲を超えていると結論することはできないので、より詳細な検討が必要である。 第5章は、第3章で開発した流体力学的モデルを環礁に適用したものである。リーフ型サンゴ礁である保良湾に対してラジエーションストレスを導入したモデルは、環礁に対しても有効であった。 第6章は、マジュロ環礁の化学的測定と流れ計算を合わせ、CO2収支について議論を行った。化学的測定の結果は、CO2を放出していることを示唆する。一方流れの計算結果は、環礁内の海水の滞留時間分布は平均十数日であり、数時間である保良湾と比較して長いことを示す。この環礁においては、光合成で固定された有機物の酸化、無機化が進行するため、CO2の放出源となっているものと推論した。 第7章は、本論文の評価を行い、さらに他の研究者の最近の研究結果も総合してサンゴ礁を温暖化緩和対策として利用する可能性について論じた。環礁の流れを制御し、それによって海水の礁内滞留時間を短縮する方法、および、サンゴ礁をラジエーションストレスによる流れを誘起する構造物として利用し、CO2固定能の大きい他の生態系と組み合わせる方法の提案を行っている。 第8章は結論である。サンゴ礁のCO2循環における役割は、光合成、石灰化に代表される生物活性と、生産された有機物の移動と化学反応の相互作用により決定される。そのCO2吸収・放出特性には、有機物酸化の進行度を通じて、海水の礁内滞留時間が深く関係している。滞留時間を評価する手法として、サンゴ礁に適用できる流れモデルを開発した。最後に、サンゴ礁を温暖化緩和策として利用する具体的方法について提案を行った。 以上、要するに本論文はこれまで不明であったCO2循環におけるサンゴ礁の役割を定量化するための方法を構築し、その温暖化緩和対策としての利用法を具体的に提案したものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |