本論文は「Study on the Preparation and Dielectric Constant Decrease Mechanism of PECVD F-doped SiO2 Films(PECVDによるF-doped SiO2薄膜の作製及び低誘電率化メカニズムに関する研究)」と題し、序章、終章を含め全7章からなっており、超LSIの層間絶縁膜として用いられるフッ素添加シリコン酸化膜の低誘電率化メカニズムの解明及びプロセスの改善を目指すものである。 第1章は序章であり、本論文の背景並びに目的について述べている。LSIの高集積化に伴い、配線寸法や配線間隔が縮小され、配線抵抗や寄生容量が増加する結果、RC時定数に代表される信号伝達時間に遅れが発生し、ULSIの性能が劣化する。ULSIの層間絶縁膜に使われているシリコン酸化膜にフッ素を添加すると誘電率が低下し、ULSIの性能を向上させることが可能であるが、その本質的なメカニズムについての検討はなされていなかった。本研究ではフッ素添加によりシリコン酸化膜の誘電率が低下する原因を、誘電率を構成する三つの分極成分(配向分極、イオン分極、電子分極)についてどの分極の減少が誘電率低下に寄与しているのかという観点から検討した。また、フッ素添加による吸湿性の増加、反応メカニズムの変化についても検討を行った。これらの検討結果は、次世代ULSI開発において工学的に重要な意味を持つだけでなく、応用用途の広いシリコン酸化膜の基礎物性の理解という点においても重要な意義を持つと考えられる。 第2章は、フッ素添加シリコン酸化膜の作製方法及び作製した膜の評価方法について具体的に述べている。このプロセスは、シランとその酸化剤である亜酸化窒素との混合ガスにエッチングガスとして用いられる四フッ化炭素を添加させて13.56MHzのRFプラズマで反応を起こし、製膜するものである。作製した膜は、誘電率、結合状態、ステップカバレッジなどの観点から評価を行っている。 第3章は、プラズマCVD法により作製されたシリコン酸化膜のフッ素添加による構造変化について述べている。フッ素添加により赤外吸収スペクトルのSi-O streching modeが高波数側にシフトし、半値幅が低下し、また、ラマン分光スペクトルから、フッ素添加により3員環構造が減少し、4員環構造が増加していることが確認された。赤外吸収スペクトルのSi-O streching modeのピーク位置からCentral Force Modelを用いてSi-O-Siの角度を評価した結果は、ラマン分光から得られた観測結果と矛盾がないことも確認できた。 第4章は、シリコン酸化膜のフッ素添加による誘電率の低下及びその解析について述べている。フッ素添加によりシリコン酸化膜の比誘電率は4.2から2.6まで低下した。2.6という比誘電率はゲート酸化膜の幅(いわゆるデザインルール)が0.15mの世代に適応ができるものである。この低誘電率化のメカニズムを解析するために、誘電率を電子・イオン・配向分極に分けてその寄与を調べた結果、電子・イオン・分極の低下だけではその誘電率の低下は説明しきれず、配向分極の低下が低誘電率化の主な原因であることを明らかにしている。 第5章は、シリコン酸化膜の誘電率低下の主な原因として考えられるSi-OHに起因する配向分極について述べている。まず、フッ素添加により膜中のSi-OH濃度が低下することが確認され、Si-OHの濃度と双極子モーメントを用いて誘電率を計算すると、測定した誘電率が良好に再現できることを示している。すなわち、フッ素添加によるシリコン酸化膜の誘電率低下の主原因はSi-OHによる配向分極の低下であり、Si-OHを膜中から完全に除去することによって誘電率を1.0程度低下させられると考えられる。また、フッ素添加によって消滅するOHと膜中に混入するフッ素との定量関係を検討した結果、過剰のフッ素が膜中に混入するとSi-F2のような構造を生成し、膜の吸湿性が増大することを示している。 第6章は、フッ素添加によるシリコン酸化膜の反応メカニズムの変化、ステップカバレッジの改善原因などについて述べている。反応器内にガスが滞在する滞留時間を変化させて製膜速度の滞留時間依存性、ステップカバレッジの滞留時間依存性などを評価し、製膜モデルを提案した。そのモデルから得られた速度定数を用いたモンテ・カルロシミュレーション結果が実際のステップカバレッジを良好に再現できることからモデルの妥当性を確認している。 終章では、本論文のまとめを行い、今後の展開ついて述べている。 以上、本論文は、フッ素添加シリコン酸化膜の誘電率低下メカニズムを明らかにするとともに、シリコン酸化膜形成プロセスへのフッ素添加による製膜速度低下、ステップカバレッジ改善などを反応工学的な解析を基に明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |