学位論文要旨



No 113461
著者(漢字) 李,東鎭
著者(英字)
著者(カナ) リ,ドンジン
標題(和) 液晶ポリウレタンおよびポリイミドウレタンの合成
標題(洋) Synthesis of Liquid Crystalline Polyurethanes and Polyimideurethanes
報告番号 113461
報告番号 甲13461
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4179号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨

 本論文は筆者がこれまでに行って来た液晶ポリウレタンおよびポリイミドウレタンの合成についての研究をまとめたものである。本研究では、ポリウレタンの構造と液晶性の関係を解明し、安定な液晶性を示すポリウレタンを得ることを目的とした。本論文は、以下に示す5つの章から構成される。

第1章緒言

 第1章では既往の研究を紹介し、本研究の背景を述べた。液晶状態から紡糸された芳香族ポリアミドは高強度、高弾性率繊維を与えることが分かって以来、いろいろなポリマーの液晶性が検討されてきた。芳香族ポリアミドは溶液状態で液晶相を発現するライオトロピック液晶であるが、その際、特殊な溶媒を用いるので応用面においてかなりの制約がある。そこで、溶融時にすでに分子鎖が高配向状態になり、そのまま固定されて高強度、高弾性率が得られるなど従来の高分子に見られない特徴がある、サーモトロピック液晶ポリエステル系のものが開発されてきた。ポリエステル系の液晶ポリマーは、高い溶融温度を下げるため、分子構造の最適化として共重合体の調製による安定な液晶相の発現や成形性の改良が図れ、実用化が進んだ。溶融と溶解の改良の方向に研究が行って来た。

 ポリウレタンは耐薬品性、耐磨耗性、機械物性、耐久性に優れ、発砲体、エラストマー、塗料、接着剤などとして自動車、住宅、医療などをはじめとして、非常に多岐に渡る産業分野において使用されている。ポリウレタンが液晶性を示すことが初めて報告されて以来、その高性能化を目的として様々な構造の液晶ポリウレタンの合成について研究が行われてきた。しかしながら、ポリウレタンはポリエステル系と違って液晶性を発現しにくい化合物として知られていた。ウレタン結合(-NHCOO-)が3元素から成ることから、例えば、フェニルベンズウレタン基が平面構造を取れずメソゲンになれないのが大きな原因と考えられる。しかも、ウレタン基は分子間水素結合を形成し易く、ポリウレタンは結晶性高分子となる傾向を持っている。

 本論文では、新規機能のポリウレタンの合成を目的としてビフェニレン基を導入したサーモトロピック液晶性を示す全パラ型ポリウレタン、コポリウレタンおよびポリウレタンブレンドを作り、分子構造と液晶性発現の相関および水素結合など分子間相互作用の液晶性への寄与などについて調べた。さらに、安定な液晶性を示すポリウレタンを合成するためポリイミドウレタンを作り、その液晶性を検討した結果を述べる。

第2章モノトロピック液晶性を示すビフェニレンメソゲン含有パラ型ホモおよびコポリウレタンの合成

 第2章では、まず、ビフェニレンメソゲンを含むパラ型ホモポリウレタンの液晶性を調べた。目的とするポリウレタンは、ビフェニレンメソゲン基を有する4,4’-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ビフェニレン(BPm:mはスペーサーの炭素数)と、2,5-トルエンジイソシアネート(2,5-TDI)を窒素気流下、乾燥DMF中で重合させることにより得られた。得られたホモおよびコポリウレタンの液晶性はDSCおよび偏光顕微鏡により調べた。シェアをかけながら偏光顕微鏡下で観察することにより、液晶性は発現することが分かった。液晶状態とは、液晶相を示し十分なモビリティーを持つ固相と液体との中間状態と定義した。種々の分子量のホモポリウレタンPU6Tを合成し、その液晶性を調べた。[]が0.64,0.77および0.82であるPU6Tは、それぞれ197-182℃、202-183℃、201-181℃の範囲でネマティック液晶相を示し、[]が0.23であるPU6Tの場合は液晶性を示さなかったことから、0.64以上の固有粘度([])を持つPU6Tがモノトロピック液晶性を示すことが分った。このことから、ホモポリウレタンPU6Tの液晶性はその分子量と関係があり、恐らく分子鎖の運動性がある程度抑えられた高分子量物で発現すると考えられる。ポリウレタンの液晶性の発現には、結晶性やウレタン基による強い分子間水素結合に基づく配向が、大きな影響を持っていることが分った。ビフェニレンメソゲンを含むポリウレタンは、モノトロピック液晶であると結論された。

 次に、分子鎖に不規則性や分子間結合力をある程度弱めるような分子構造を導入するために、ランダム共重合を行い、コポリウレタンの構造と液晶性について検討した。ここでジオールモノマーとして、アルキレンスペーサーの長さが違う2種の化合物、BPmおよびBPnを用い、2,5-TDIと重合させることによりコポリウレタンを合成した。コポリウレタンPUmnT(BPm/BPn=100/0,75/25,50/50,25/75,0/100 mol%;m,nはスペーサーの炭素数)の中でPU68T,PU611TおよびPU811Tは全組成比でモノトロピック液晶性を示したが、PU211Tは0/100,25/75の組成のみでモノトロピック液晶性を示した。例えば、冷却時、PU68T(75/25)の場合、188-173℃で、PU68T(50/50)の場合、171-157℃で、PU68T(25/75)の場合は169-158℃の範囲で液晶相が観察された。ビフェニレンメソゲン基を含むパラ型コポリウレタンにおいては、適当に乱れた分子構造の導入によって、モノトロピック液晶性が発現されることが見出された。

第3章モノトロピック液晶性を示すポリウレタンのブレンド

 第3章では、二種の液晶ポリウレタンのブレンドを行い、異なるホモポリウレタンのブレンドによる液晶性への影響について検討した。ポリウレタンのブレンドはホモポリウレタンPUmTとPUnTをDMFに溶解させ、均一にした後、溶媒を濃縮し、その後真空乾燥することにより行った。

 得られたポリウレタンブレンドの液晶性は、DSCおよび偏光顕微鏡により調べた。ホモポリウレタンのブレンドの場合にもシェアをかけながら偏光顕微鏡下で液晶性を調べると、ブレンドPU6T/PU8T(50/50)の場合は174-155℃で、ブレンドPU8T/PU11T(50/50)の場合は165-153℃の範囲でモノトロピック液晶性を示した。ポリウレタンの液晶性はビフェニレンメソゲンの相互作用の他にウレタンユニットの間に働く分子間水素結合の作用で引き起されると考えられる。また、ポリマーの熱重量測定を行い、5%および10%減量温度を求めた結果、分解温度は液晶温度範囲よりおよそ100℃程高く、いずれのポリマーも高い熱安定性を持っていた。

第4章エナンチオトロピック液晶性を示す主鎖型コポリウレタンの合成

 パラ型ポリウレタンは、ウレタン基により形成される分子間水素結合がポリマー鎖の配向を起し易く、モノトロピック液晶しか作られていなかった。第4章では、エナンチオトロピック液晶性の創成を目指して、主鎖中に液晶性発現に不利と考えられているメタ型ユニットを導入したパラ・メタ混合構造のポリウレタンを合成し、構造と液晶性の相関について調べた。

 メタ型ユニットである2,4-およびパラ型ユニットである2,5-トルエンジイソシアネート(TDI)と、4,4’-ビス(-ヒドロキシアルコキシ)ビフェニレン(BPn:nはスペーサーの炭素数)を重合させることによりパラ・メタコポリウレタンを合成した。試料を等方性液体状態まで昇温してから降温する際(1st cooling)、シェアをかけて偏光顕微鏡下で観察することにより液晶性が認められた。このサンプルを再び昇温すると(2nd heating)、シェアをかけずに液晶性が認められた。すなわち、コポリウレタンPUnTmp(n:スペーサーの炭素数;m:メタ型ユニット;p:パラ型ユニット;m/p=100/0,80/20,60/40,50/50,40/60,20/80,0/100mol%)の中でメタ型の比率が50%以上のコポリウレタン、すなわち、組成比m/p=80/20,60/40,50/50のコポリウレタンは、降温時と昇温時のいずれにおいても液晶相が観察された。従って、エナンチオトロピックコポリウレタンが生成することが分かった。残りは、モノトロピック液晶であった。一方、PU11Tmpでは液晶ポリマーではなかった。これは、メチレンユニットの増加が分子の集合形態に乱れを引き起こし、構造的に不安定となり、液晶相が発現されなかったものと考えられる。

第5章イミドユニットを有する主鎖型液晶ポリイミドウレタンの合成

 液晶ポリウレタンを作るには、メソゲン基の導入の他に、共重合による適当な強さの水素結合の形成、メタ型屈曲鎖の導入、芳香族への置換基の導入、およびブレンドが必要であることが分ってきた。第5章では、熱的に安定なイミドユニットを導入することによるポリマーの液晶性への影響について検討した。

 2,4-または2,5-トルエンジイソシアネート(TDI)とN,N’-ビス[2-メチル-4-(-ヒドロキシアルコキシ)フェニル]-2,3,6,7-ナフタレン ジカルボキシイミド(BMNDIn:nはスペーサーの炭素数)からポリイミドウレタンを合成した。イミド基を導入したジオールモノマーBMNDInのアルキレン鎖としては炭素数が5,6,8,11のものを用いた。融点以下での熱分解の防止と溶解性向上のために、すべての化合物のベンゼン環にメチル置換基を導入した。ポリマーの熱的性質および構造はDSC測定、偏光顕微鏡観察、NMR、IRなどを用いて確認した。パラ型ポリマーPIUnTpおよびメタ型ポリマーPIUnTmでは、n=5,6,8のポリマーは、シェアをかけながら偏光顕微鏡で観察した時に、モノトロピック液晶性が現れた。一方、n=11のポリイミドウレタンは、液晶性を持たなかった。例えば、PIU6Tpの場合、253℃から226℃までの降温過程で、PIU6Tmの場合は242℃から221℃においてネマチック液晶性が認められた。他のモノトロピック液晶も高い熱安定性を示した。

審査要旨

 本論文は「液晶ポリウレタンおよびポリイミドウレタンの合成」と題し、分子間力として分子間水素結合および物理的な力としてシェアをかけることによって液晶性を発現する新規機能性のポリウレタンの合成を目的とし、分子構造と液晶性発現の相関および水素結合など分子間相互作用の液晶性への寄与などについて調べている。さらに、熱的に安定な液晶性を示すポリウレタンを合成するためイミドウレタンを作り、その液晶性を検討した結果が記述されている。以下の5章より構成されている。

 第1章は序論である。液晶ポリマーについて紹介し、本研究の目的が述べられている。まず、ライオトロピックとサーモトロピックに大別することができる液晶ポリマーの分子構造、相構造および研究の方向について記述されている。次に、ポリウレタンやポリイミドウレタンに関する研究の歴史的考察がなされ、さらにそれらのポリマーの液晶性が述べられている。

 第2章では、4,4’-ジヒドロキシアルキルオキシビフェニレンと2,5-トリレンジイソシアネートを重付加に作った、ビフェニレンメソゲン含有パラ型ホモおよびコポリウレタンの合成の結果が述べられている。まず、種々の分子量を持つビフェニレンメソゲン含有パラ型ホモポリウレタンを合成し、その液晶性の結果が記述されている。シェアをかけながら偏光顕微鏡下で観察することにより、液晶性が発現することが示されている。シェアという物理的作用で、隠れていたポリマー本来の液晶性が出現することを発見した。[]が0.64〜0.82である高分子量のポリウレタンは、降温時のみに示すモノトロピック液晶性を持つが、[]が0.16〜0.23である低分子量のポリウレタンは、液晶性を示さなかった。パラ型ポリウレタンの液晶性と分子量の関係を明らかにした初めての報告であり、分子鎖の運動性がある程度抑えられた高分子量体でメソゲン間相互作用と分子間水素結合により液晶性が発現されることが分った。次に、共重合により合成した高分子量のコポリウレタンはモノトロピック液晶性を示した。このビフェニレンメソゲン含有パラ型コポリウレタンの合成は、ランダム共重合やアルキル基の長さが異なる二種の化合物を利用することにより、ポリマー鎖の分子間相互作用をある程度弱めるような分子構造の導入、すなわち適当に乱された分子構造の導入によって、液晶性が発現されることが見出された。

 第3章では、新規の試みとして2つのポリウレタンのブレンドを行い、その液晶性についての結果が記述されている。アルキル基がヘキシルであるホモポリウレタンPU6Tとオクチルを含むPU8TおよびPU8Tとウンデシルを含むPU11Tとのブレンドは降温時のみに液晶性が現れるモノトロピック液晶性を示したが、エチレンを含むPU2TとPU11Tとのブレンドは液晶性を示さなかった。ポリウレタンブレンドの液晶性は高分子量ホモポリウレタンの液晶性と関係があり、同じ液晶相を持つ高分子量体ポリウレタンのブレンドは、全組成比で完全に相容して同じ液晶相を出現することが明らかにされている。

 第4章では、エナンチオトロピック液晶性の発現を目的とし、メタ型およびパラ型ジイソシアネートの共重合を行って作った、主鎖型コポリウレタンの液晶性について述べられている。アルキル基の長さが6および8であるコポリウレタンは、メタ型ユニットとパラ型ユニットの組成比が80/20,60/40,50/50のものが降温時と昇温時の両方で液晶相が観察されるエナンチオトロピック液晶であることが分った。降温時にシェアをかけることにより液晶性が示したサンプルを、今度はシェアをかけないで昇温すると、昇温時にも液晶性を示すことが明らかにされている。50モル%以上のメタ型ユニットの導入によって、コポリウレタンの分子鎖間に働くメソゲン相互作用と水素結合が適度に弱められたと考えられる。その結果、普通のエナンチオトロピック液晶と同程度の分子間力と分子鎖配向性が誘起され、エナンチオトロピック液晶性を示すポリウレタンが初めて得られたのである。

 第5章では、熱的に安定なポリウレタンの合成を目的とし、イミドユニットを有するメソゲンを含まない主鎖型液晶ポリイミドウレタンの合成の結果が記述されている。メタ型ユニットである2,4-あるいはパラ型ユニットである2,5-トルエンジイソシアネートとN,N’-ビス[2-メチル-4-(-ヒドロキシアルキルオキシ)フェニル]-2,3,6,7-ナフタレンジカルボキシイミドからパラ型およびメタ型ポリイミドウレタンが合成された。アルキル基の長さが5,6,8のものが、モノトロピック液晶性を示した。253℃から221℃という高温域かつ比較的広い温度範囲で安定した液晶性を示すポリイミドウレタンの合成に成功している。

 以上、本論文は分子間力としての分子間水素結合およびシェアという物理的な力をかけてポリマー鎖の配向を起こすことにより液晶性を発現する初めての報告であり、工業的に重要なポリウレタンの範疇に液晶ポリウレタンを加えたことで高分子工学の発展に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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