学位論文要旨



No 113462
著者(漢字) 大槻,高史
著者(英字)
著者(カナ) オオツキ,タカシ
標題(和) 線形動物ミトコンドリアtRNAの特異構造の解析及びEF-Tuとの相互作用
標題(洋)
報告番号 113462
報告番号 甲13462
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4180号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 上田,卓也
内容要旨

 tRNAは特定のアミノ酸と結合してリボソーム内にアミノ酸を運ぶ役割をし、タンパク質合成において重要な働きをするRNAである。一般的なtRNAは、三つ葉のクローバーリーフのような形の二次構造をとり、三次元的にはL字型構造と呼ばれる構造をとることが知られている。ところが1987年のWolstenholmeらをはじめとした幾つかの報告により、線形動物ミトコンドリアにおいて、ほとんど全てのtRNAは通常のクローバーリーフにおける一つの葉(Tアームと呼ばれる部分)が欠けた形になっていることが明らかになった(図1)。本研究では、異常な二次構造をした線形動物ミトコンドリアtRNAがどのような立体構造をとり、どのように機能するかを調べることを目的としている。

 本研究では、まず、Tアームが欠けたtRNAの一例として豚回虫ミトコンドリア(A.suum mt)tRNAMetを取り上げ、NMRにより立体構造解析を行うことにした。大量のNMRサンプルを得るために、化学合成と酵素的連結を用いたサンプル調製を行い、合成サンプルが天然のものと同様な立体構造をとることを示した。この方法を応用して部位特異的な安定同位体標識を行い、NMRにより三次元的な相互作用を直接に調べ、モデリングを行った。さらに、線形動物ミトコンドリアにおいて、延長因子Tu(EF-Tu;アミノアシルtRNAをリボソームに運搬する働きをする)がどのようにTアームが欠けたtRNAを認識するかに着目した。

1.化学合成と酵素的連結によるA.suum mt tRNAMetの構築

 NMRにより立体構造解析をするためには大量のサンプルが必要である。ミトコンドリアtRNAは細胞内での存在量が少ないため、解析に必要な量を単離するのは非常に難しい。そのため、化学合成やin vitro転写合成などにより合成したtRNAを用いなければならない。化学合成は鎖長の短い(10-30残基程度の)RNAのNMRサンプルを調製するのには便利だが、鎖長が長いほど収率が悪く、tRNAのサンプルを調製するのに用いられた例はない。通常tRNAほどの大きさのRNAサンプルを調製する場合、転写合成が用いられる。ところが、転写合成は配列に依存して収率が悪い場合がある。A.suum mt tRNAMetは、この場合に相当し、4mlの反応系から15gのtRNAしか得られなかった。

 そこで本研究では、化学合成を用いた2つの方法によりA.suum mt tRNAMetを調製することを試みた。1つは少々効率が悪いが、全長のtRNAを合成する方法である。ここでは、1molスケールの合成カラムを用いて1.3mgのtRNAを調製することができ、NMRサンプルとして妥当な収率を得た。もう1つの方法として、tRNAを2つの部分に分けて化学合成し、それらをRNA ligaseによって連結することを行った。化学合成による方法はある特定の部位の標識または修飾に応用でき、それは転写合成ではできないことである。特にNMRによる解析には部位特異的な安定同位体標識が非常に役立つ。すなわち、安定同位体標識されたモノマーユニットを用いて化学合成することや、安定同位体標識されたヌクレオチドを挟み込んで連結反応を行うことにより標識することができる。

 これらの化学合成による方法により調製したtRNAの性質を調べたところ、確かにアミノ酸受容能を示した。さらに、化学合成で得られたものが、天然のtRNAと同様な構造をとっているか調べるために、1本鎖RNAを切断する酵素(RNase T2)と2本鎖RNAを切断する酵素(RNase V1)による切断パターンを比較した。その結果合成tRNAは、天然のものと同様な構造をとっていると考えられた(図1)。この結果から、化学合成により調製したtRNAが立体構造解析に適していることが示された。

図1 (a)合成、及び、(b)天然のA.suum mt tRNAMetの酵素的プロービング。RNaseT2及びRNaseV1による切断部位は黒及び白の三角形で示し、切断強度は三角形の大きさで示した。
2.NMRによるA.suum mt tRNAMetの立体構造解析

 tRNAのような大きいRNA分子は、安定同位体標識を用いてシグナルを分離しないとNMRによる解析は困難である。特に、調べたい部位を特異的に標識する方法は非常に役に立つ。そこで1.で述べた、化学合成を用いる方法を応用して、tRNA中の1残基または2残基だけを標識するという新しい標識方法を開発した。すなわち、いくつかの合成RNAと標識されたヌクレオチドを連結してtRNAを構築する方法である(U8を標識したときの例;図2a)。

 tRNAの立体構造は、二次構造で示されるステム及びループが三次元的な相互作用により立体的に配位することによって成り立っている。図1のような、酵素プローブ法により、示された二次構造は保持されていると考えられる。そこで三次元的相互作用を調べるため、上述した方法を用いて相互作用が予想される部位(U8、G(L2)、G(L3)、U(L4)、G(L5))を特異的に[13C,15N]標識し、NMRスペクトルを測定した。イミノプロトンシグナルは、水のプロトンと交換しやすいので、水素結合しているものしか観測されない。図2bに示すように5カ所標識したうちの4カ所(U8、G(L2)、G(L3)、U(L4))が水素結合していることが観測された。

図2 (a)A.suum mt tRNAsMetの部位特異的な標識法。U8は[15N,13C]ヌクレオチドにより標識した。*は標識ヌクレオチドを示す。(b)合成A.suum mt tRNAsMetの1次元スペクトル。上から、U8、G(L2)、[G(L3)とU(L4)]、G(L5)を標識したtRNAのHMQCスペクトル、未標識tRNAのノーマルスペクトル。

 この結果から、三次元的な相互作用が存在すると考えられる部位を拘束して、立体構造モデルを構築した。図3aが標準的なtRNA、図3bが今回作ったA.suum mt tRNAMetのモデルである。L字の肩の部分(elbow region)がTアームが欠けている影響で小さいが、全体的には、標準的なtRNAと同じ様なL字型の構造に組めることが示唆された。

図3 酵母tRNAPhe(a)及びA.suum mt tRNAMet(b)の立体構造モデル。
3.線形動物ミトコンドリアにおけるtRNAとEF-Tuとの相互作用

 次に異常構造を持つ線形動物ミトコンドリアtRNAが、翻訳系でどのように用いられるかについて調べることにした。EF-Tuは、翻訳系においてアミノアシルtRNAをリボソームに運ぶ役割をしている。細菌の系では、EF-TuはtRNAとのコンプレックスの結晶構造が報告されており(図4a)、tRNAのTステムはEF-Tuと相互作用していることが知られている。ところが、線形動物ミトコンドリアのtRNAにはTステムがない。そこで、本研究では線形動物C.elegansのミトコンドリアのEF-Tuの発現系を作り、Tステムの組めないtRNAとの相互作用を調べることにした(図5b)。このEF-TuはcDNAの配列からミトコンドリアのEF-Tuだろうと考えられたが、標準的なEF-Tuに比べてC末端に60残基ほど余分な領域(図4bにおいて"4"と書いてある領域)が付加していた。このような発現タンパクがEF-Tu活性を持つことを確認するため、牛ミトコンドリアのin vitro翻訳系で活性を調べたところ、E.coliや牛ミトコンドリアのEF-Tuと比べると少ないが、C.elegans mt EF-Tuでも活性があることが確認された。

 このEF-TuがどのようなtRNAと結合するかを加水分解プロテクションアッセイという方法により調べた。アミノアシルtRNAのアミノ酸は、中性pHでは次々と加水分解によって脱離していくが、EF-Tuと結合している場合この加水分解が防がれる。それをもとにEF-TuとアミノアシルtRNAとの結合を調べた。標準的なtRNAの例としてE.coli Met-tRNAMetを用いた場合、E.coli EF-Tuとは結合するが、C.elegans mt EF-Tuとはほとんど結合しないことが示された。一方、Tアームが欠けたA.suum mt Met-tRNAMetの場合は、E.coliのMet-tRNAMetの場合とは逆の結果となった。このようなtRNAはE.coliのEF-Tuとは結合しないが、C.elegans mt EF-Tuとは結合することが示された(図5)。これらの結果から、線形動物のミトコンドリア内には、Tアームが欠けたtRNAを特異的に認識するEF-Tuが存在することがわかった。C.elegans mt EF-Tuの4番目の領域が新たなtRNA結合領域となっているのかもしれない。今後はこれらのtRNAとEF-Tuの結合様式についてより詳しく調べる予定である。

図4(a)細菌のEF-Tu・アミノアシルtRNA・GTPの複合体の概略図。線形動物ミトコンドリアEF-Tu・Tアームの欠けたアミノアシルtRNA・GTPの複合体の予想図。図5加水分解プロテクションアッセイ。C.elegans EF-TuによってA.suum mt Met-tRNAMetのアミノアシルエステル結合の加水分解は特異的に抑えられる。それぞれの反応液には1.2M EF-Tuを加えた。アミノアシルtRNAの初濃度は33nMである。
審査要旨

 tRNAは特定のアミノ酸と結合してリボソームにアミノ酸を運ぶ役割をもった、蛋白質合成において重要な働きをするRNAである。一般的なtRNAは、三つ葉のクローバーリーフ様の二次構造をとり、三次元的にはL字型構造と呼ばれる立体構造をとることが知られている。ところが1987年にWolstenholmeらは、線形動物ミトコンドリアでは、ほとんど全てのtRNAが通常の三つ葉のクローバーリーフの内の一つの葉(Tアーム)を欠いた構造をとることを、その遺伝子レベルの解析から推定した。しかし、ミトコンドリアに実際にそのようなtRNAが存在し、翻訳過程で機能することは誰も実証していなかった。本論文は、これらの実証を目的とし、異常な二次構造をした線形動物ミトコンドリアtRNAがどのような立体構造をとり、どのように機能するかについて行った研究成果をまとめたものである。

 本論文は5章から成っている。第1章は序論であり、研究の背景と、これまでの研究成果をまとめている。

 第2章ではTアームが欠けたtRNAの一例として豚回虫ミトコンドリア(A.suum mt)tRNAMetを取り上げ、NMRによりその立体構造解析を行うために、大量のNMRサンプル調製のための化学合成と酵素的連結を併用した、tRNAの人工合成法について詳細に述べている。NMRにより立体構造解析をするためには大量のサンプルが必要であるが、ミトコンドリアtRNAは細胞内での存在量が少ないため、解析に必要な量を単離するのは非常に難しい。そのため、化学合成やin vitro転写合成などにより合成したtRNAを用いる必要がある。化学合成は鎖長の短い(10-30残基程度の)RNAを調製するのには便利だが、鎖長が長いほど収率が悪くなる、一方in vitro転写合成はtRNAの配列により収率にばらつきがある、などの欠点がある。そこで本研究では、化学合成したRNA断片を酵素的に連結する方法を採った。これは特定の三次的な塩基対を検出するために、特定部位に安定同位体標識した塩基を導入するのにも適用できるからである。こうして数mgのtRNAサンプルを取得する方法を確立した。合成tRNAを天然のものと比較したところ、アミノ酸受容能および、RNA分解酵素による感受性で両者に顕著な違いはなかったので、合成tRNAも天然のtRNAと同様な立体構造をとっていると結論された。こうして化学合成法で調製したtRNAが立体構造解析に適していることが示された。

 第3章では上で得られたA.suum mt tRNAMet1H-NMRによる立体構造解析の詳細を述べている。まず二次構造上の水素結合に関与するイミノプロトン(イミノプロトンは水のプロトンと交換しやすいので、水素結合しているイミノプロトンシグナルしか観測されない)の大部分を帰属し、クローバ葉型様構造をとることを確認した。ついで、三次構造上の塩基対を調べるために、RNA分解酵素による感受性テストで推定された三次的な相互作用が予想される5カ所の部位に[13C,15N]標識したUまたはG残基を導入し、そのNMRスペクトルを測定した。その結果4カ所のイミノプロトンが水素結合に関与していることが観測された。このように三次元的な塩基対が存在すると考えられる領域を拘束してコンピュータで立体構造モデルを構築したところ、A.suum mt tRNAMetではTアームが欠けているためL字型構造の肩の部分(elbow region)は小さいものの、全体的には標準的なtRNAと同じ様なL字型の立体構造に組めることが示唆された。tRNASerUCUで同様な実験を行った結果は第4章に述べられている。

 第5章ではこのようなTアームの欠けたtRNAが翻訳系で機能し得るかを調べる研究の端緒として、アミノアシル-tRNAをリボソームへ結合させるのに必須なEF-Tuとの相互作用を解析している。細菌の系ではEF-Tu-tRNAコンプレックスの結晶構造解析からtRNAのTステムがEF-Tuの認識に必須であることが知られているので、Tステムの欠けたtRNAを認識する線形動物ミトコンドリアのEF-Tuは特殊な構造をもつことが予測される。C.elegansミトコンドリアのEF-TuはそのcDNA解析から標準的なEF-Tuに比べてC末端に60残基ほど余分なアミノ酸が付加していることが分かった。そこで大腸菌におけるこの酵素の発現系を構築し、発現蛋白質のEF-Tu活性を牛ミトコンドリアのin vitro翻訳系を用いて調べたところ、大腸菌や牛ミトコンドリアのEF-Tuと比較して低いものの活性のあることが確認された。

 このEF-Tuが相互作用するtRNAの特徴を加水分解プロテクションアッセイで調べたところ、大腸菌tRNAは殆ど認識しないが、Tアームが欠けたA.suumミトコンドリアMet-tRNAMetはよく認識した。こうして線形動物のミトコンドリアのEF-Tuは、C末端に60残基のアミノ酸を余分にもっており、Tアームが欠けたtRNAを特異的に認識すると結論された。

 以上要するに、本論文はTアームの欠けた線形動物ミトコンドリアtRNAの大量合成法を確立し、その立体構造をNMRで解析し、通常のtRNAに類似したL字型に近い立体構造をとることを明らかにし、またこれと相互作用するEF-Tuのキャラクタリゼーションを行ったものであり、これらの成果は生命科学と生命工学に資するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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