学位論文要旨



No 113464
著者(漢字) 武田,直也
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ナオヤ
標題(和) 核酸を効率的に加水分解する金属触媒の構築
標題(洋)
報告番号 113464
報告番号 甲13464
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4182号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 渡辺,公網
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 八代,盛夫
内容要旨 1.緒言

 遺伝情報を司るDNAを任意の位置で切断し組換える技術の確立は、生命工学の飛躍的な進歩をもたらすことから大きな注目を集めている。現在の生命工学の根幹を支えている天然の制限酵素は、高い選択性と触媒活性をもってDNAを加水分解するが、認識する塩基配列は通常4〜10塩基対前後と短く、その配列は各酵素により限定される。このため、今後ヒトゲノムのような巨大なDNAを対象として扱うために、高い加水分解能を持ち、かつ切断位置を任意に設定することが可能な人工酵素(人工制限酵素)の開発が強く望まれている。

 この人工制限酵素の有力な分子設計は、それぞれ独立に構築した切断活性部位と基質認識部位を結合させるものである(Figure 1)。しかし、認識部位については多くの有力な研究成果があげられている反面、切断活性部位については有力な触媒が見出されていないのが現状であった。これは、DNAのリン酸ジエステル結合が生理条件下では極めて安定であり(無触媒下,pH7,25℃の条件での半減期は2億年とも見積られている)、非酵素的に加水分解することは従来不可能と思われてきたからである。

Figure 1. Molecular design of artificial hydrolytic nuclease.

 本研究では、この強固なDNAを生理条件下で迅速に加水分解する金属触媒の構築を行い、その反応機構について検討した。また見出した金属触媒を固定し、基質認識部位に結合させるための配位子についても合わせて検討した。

2.ランタニド金属イオンを用いたDNAの迅速な加水分解2-1.CeIVによるDNAの加水分解2-1-1.deoxyribodinucleotideの効率的な加水分解

 通常3価イオンとして存在するランタニド金属の中で、セリウムは唯一4価イオン(CeIV)としても安定に存在する。このCeIVが、DNAを効率的に切断することを見出した。

 Deoxyribodinucleotideであるthymidylyl(3’-5’)thymidine(TpT)は、CeIVによりpH7,50℃の条件下、半減期わずか3.6時間で切断される(Table 1)。CeIVによる反応の加速効果は、1011倍と著しく大きい。HPLC,1H-NMRによる反応生成物の分析では、TpTの加水分解物であるthymidine(Thd)及びその3’-または5’-monophosphate(Tp,pT)のみが検出された(Figure 2)。すなわち、切断反応は加水分解のみである。またCeIVは核酸塩基に依存せず、種々のdinucleotideを迅速に加水分解する(Table 1)。同様に、CeIVは、4種の塩基を有する1本鎖DNA(22mer)を核酸塩基に依存せず切断することも確認した。これより、人工制限酵素に応用の際には、認識部位を変えることでDNAの切断位置を任意に選択できると期待される。

Figure 2. HPLC pattern for the hydrolysis of TpT by CeIV at pH 7 and 50℃.Table 1. Rate constants for the hydrolysis of deoxyribodinucleotides(0.1 mM)by Ce(NH4)2(NO3)6(10mM)at pH7 and 50℃.
2-1-2.反応機構の検討

 CeIVによるTpT加水分解の反応機構を、動力学的に検討した。まず反応速度のpH依存性を検討したところ、pH2〜8.5の領域では反応速度はpHに依存せず一定であった(Figure 6)。CeIV上の配位水の第一解離定数(pK1)はほぼ0と極めて小さいことが知られており、この反応速度のpH非依存性は、CeIV上のこの解離した配位水がDNAのリン原子への求核剤として作用していることを強く示唆する。また重水中での反応では、pD2,3においてそれぞれ2.2,2.4の重水溶媒同位体効果を観察した。すなわち、プロトン移動を伴う酸触媒作用が反応に関与していることが示された。CeIVの配位数は8〜9と大きく、自身のリン酸基への配位と求核剤として作用する水酸化物イオンの配位を差し引いても、まだ多くの配位水がイオン上に存在する。この多数の配位水のいずれかが、DNAのリン酸基を立体的に有利な方向から攻撃し、酸触媒として機能していると考えられる(Figure 3)。

Figure 3.Proposed mechanism for the hydrolysis of TpT by CeIV.
2-2.CeIV-PrIIIの協同触媒作用による効率的なDNAの加水分解2-2-1.最も速い非酵素的なDNA加水分解

 高いDNA加水分解活性を誇るCeIVも、生理条件下(37℃)の反応では半減期は数日におよぶ。ゆえに人工制限酵素の生体内での応用を考えると、更なる触媒活性の向上が強く望まれる。そこでCeIVにこれと異なる金属イオンを組み合わせ、両者を同時に作用させる協同効果によりDNA加水分解活性の増大を試みた。この複数の金属イオンの協同作用は、purple acid phosphataseなどリン酸エステル結合を加水分解する多くの天然酵素の活性中心にも見ることができる。

 様々なイオンとの組み合わせを試みていく中で、周期律表上CeIVに隣接するプラセオジム(III)イオン(PrIII)との組み合わせが、著しい協同効果を示すことを見出した。CeIVと、単独では不活性なPrIIIとを混ぜ合わせた系で、TpTはCeIVのみの時と比べ10倍も速く加水分解される(Figure 4,Table 2)。この協同効果は、CeIVとPrIIIさらにネオジム(III)イオン(NdIII)との組み合わせに特異的である(Figure 5)。CeIV-PrIII,CeIV-NdIIIの協同触媒作用は、30℃においてもTpT加水分解の半減期がわずか6.3時間と、現在知られている最高の活性を示し、生体への応用を初めて可能なものとした(Table 2)。

Figure 4. HPLC pattern for the hydrolysis of TpT by combination at pH 7,50℃,30min.Table 2. Rate constants for the hydrolysis of TpT at pH 7 by 2:1 CeIV-PrIII and CeIV-NdIII combinationsa.
2-2-2.反応機構の検討

 CeIV-PrIIIの反応機構を動力学的に検討した。TpTの加水分解活性は、CeIV:PrIII=2:1のときに最大となる。反応のpH依存性をpH2〜8の領域で検討した結果、pKa6.2を示す触媒が作用していることを見出した(Figure 6)。

Figure 5. Catalytic activities of the combinations of CeIV with various metal ions(1:l)for the hydrolysis of TpT at pH 7 and 50℃.Figure 6.The pH-rate constant profiles of CeIV and CeIV-PrIII for the hydrolysis of TpT at 50℃.
3.DNA誘導体を用いた加水分解反応の律速段階の検討3-1.アルカリ加水分解

 DNAの加水分解は、Figure.7に示す2段階を経て進行する。Step 1)リン酸ジエステル基のリン原子が求核剤の攻撃を受け、リンを中心とした三角両錘型の5配位中間体を生成する。Step 2)中間体の軸方向のP-O結合が開裂し、加水分解が完了する。この2つのいずれが律速段階であるかを明らかにすることは、DNA加水分解触媒の分子設計を行う上でとても重要である。そこで律速段階検討のためのプローブとして、2種類のS-置換DNA誘導体(Figure 8;TpsT,Tp(s)T)を合成した。Step2が律速段階ならば、TpTに比べ良い脱離基を持つ(すなわちStep2の活性化エネルギーが低い)TpsTは、TpTよりも速く加水分解され、Step1が律速ならば、両者の加水分解速度には差が見られないことになる。S-置換によってリン原子の求電子性が変化している(すなわちStep1の活性化エネルギーが変化している)かについては、Tp(s)Tを用いることで調べることができる。脱離基がTpTと同じであり、かつP-S結合をもつTp(s)Tは、S-置換によりStep 1への影響のみを与えるからである。このS-置換の両Stepに与える影響を調べるために、1M NaOH水溶液中70℃の条件下、TpT,TpsT,Tp(s)Tのアルカリ加水分解を行った。TpTとTp(s)Tは2日後でもほとんど反応が進行しなかったのに対し、TpsTはおよそ100倍も速く加水分解された(Table 3)。すなわち、S-置換によるStep1への影響はなく、TpsTは脱離基の効果によりStep2の活性化エネルギーのみを下げることが明らかになった。故に、TpsTは律速段階決定のためのプローブとして最適である。

Figure 7. Mechaism of the DNA hydrolysis.Figure 8. Structures of TpT and its S-substituted analogues.Table 3. Rate constants for the alkaline hydrolysis of TpT and its S-substituted analogues in 1M NaOH(aq)at 70℃
3-2.CeIV,CeIV-PrIII系での律速段階とPrIIIの果たす役割

 CeIV,CeIV-PrIIIによるTpT,TpsTそれぞれの加水分解の速度定数をTable4にまとめる。CeIV,CeIV-PrIII共に、TpsTの方がTpTに比べ迅速に加水分解される。これより、両触媒系ともに加水分解反応の律速段階はStep2であることが明らかになった(Figure 9)。律速段階がともにStep2でありながら、CeIV-PrIIIはCeIVに比べてTpTを10倍速く切断する。すなわち、PrIIIはStep2の活性化エネルギーをさらに下げている。TpsTではCeIV,CeIV-PrIIIによる反応速度は変わらない。すなわちこの場合、PrIIIはStep2を加速しない。このことは、TpsTではStep1はStep2より活性化エネルギーが高いこと、PrIIIはこのStep1のエネルギーを変化させない(求核剤として作用しない)ことを意味する。

Table 4.Rate constants for the hydrolysis of TpT and TpsT by CeIV and CeIV-PrIII combination at pH7 and 50℃.Figure 9. Energy profiles for the hydrolysis of TpT by CeIV and CeIV-PrIII.
4.アミノアルコール配位子を用いたCeIV-PrIII均一触媒系の構築

 CeIV,CeIV-PrIIIの加水分解活性は高いが、これら触媒系はpH7では水酸化物のゲル状沈澱を生成し、系が不均一化するという欠点がある。そこで、種々の配位子をCeIV,PrIIIイオンと組み合わせ、1)pH7での系の均一化、2)高いDNA加水分解活性の両方を実現する反応系の構築を試みた。そして検討の結果、一分子内に6個もの水酸基をもつ1,3-bis[tris(hydroxymethyl)methylamino]propane(BTP;Figure 10)は、CeIV,PrIIIとモル比BTP:CeIV:PrIII=2:1:1で組み合わせると系を均一化し、かつDNAを効率的に加水分解することを見出した(Table 5)。すなわち、人工制限酵素の切断活性部位には、アミノアルコール配位子をもつCeIV-PrIII錯体が有用であると思われる。

Table 5. Catalytic activities for TpT hydrolysis of CeIV and CeIV-PrIII-BTP combinationa.Figure 10. Molecular structure of BTP.
発表状況学術論文

 1)Makoto KOMIYAMA,Yoichi MATSUMOTO,Nobuhiro HAYASHI,Kazunari MATSUMURA,Naoya TAKEDA,and Kimitsuna WATANABE,Polymer J.,1993,Vol.25,No.11,1211-1214.

 2)Tetsuro SHIIBA,Koji YONEZAWA,Naoya TAKEDA,Yoichi MATSUMOTO,Morio YASHIRO,and Makoto KOMIYAMA,J.Mol.Catal.,1993,84,L21-L25.

 3)Makoto KOMIYAMA,Takuya INOKAWA,Tetsuro SHIIBA,Naoya TAKEDA,Koichi YOSHINARI,and Morio YASHIRO,Nucleic Acids,Symp. Ser.,1993,29,197-198.

 4)Makoto KOMIYAMA,Morio YASHIRO,Tetsuro SHIIBA,Koichi YOSHINARI,Naoya TAKEDA,and Takuya INOKAWA,J. of the Faculty of Eng.,the Univ.of Tokyo(B),1993,Vol. XLII,No.2,143-154.

 5)Nobuhiro HAYASHI,Naoya TAKEDA,Tetsuro SHIIBA,Morio YASHIRO,Kimitsuna WATANABE,and Makoto KOMIYAMA,Inorg.Chem.,1993,32,5899-5900.

 6)Makoto KOMIYAMA,Naoya TAKEDA,Tetsuro SHIIBA,Yota TAKAHASHI,Yoichi MATSUMOTO,and Morio YASHIRO,Nucleosides and Nucleotides,1994,Vol.13,Nos.6&7,1297-1309.

 7)Makoto KOMIYAMA,Tetsuro SHIIBA,Yota TAKAHASHI,Naoya TAKEDA,Kazunari MATSUMURA,and Teruyuki KODAMA,Supramol.Chem.,1994,13,1297.

 8)Makoto KOMIYAMA,Teruyuki KODAMA,Naoya TAKEDA,Jun SUMAOKA,Tetsuro SHIIBA,Yoichi MATSUMOTO,and Morio YASHIRO,J.Biochem.,1994,115,809-810.

 9)Makoto KOMIYAMA,Tetsuro SHIIBA,Teruyuki KODAMA,Naoya TAKEDA,Jun SUMAOKA,and Morio YASHIRO,Chem Lett.,1994,1025-1028.

 10)Masami KOBAYASHI,Dai YOKOTSUKA,Naoya TAKEDA,Morio YASHIRO,and Makoto KOMIYAMA,Nucleic Acids,Symp.Ser.,1994,31,159-160.

 11)Naoya TAKEDA,Makoto IRISAWA,and Makoto KOMIYAMA,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,1994,2773-2774.

 12)Makoto KOMIYAMA,Naoya TAKEDA,Yota TAKAHASHI,Hiroshi UCHIDA,Tetsuro SHIIBA,Teruyuki KODAMA,and Morio YASHIRO,J.Chem.Soc.,Perkin Trans.2,1995,269-274.

 13)Makoto IRISAWA,Naoya TAKEDA,and Makoto KOMIYAMA,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,1995,1221-1222.

 14)Naoya TAKEDA,Makoto IRISAWA,Takamitsu IMAI,Morio YASHIRO,and Makoto KOMIYAMA,Nucleic Acids,Symp.Ser.,1995,34,207-208.

 15)Makoto KOMIYAMA,Naoya TAKEDA,Makoto IRISAWA,and Morio YASHIRO,DNA and RNA Cleavers and Chemotherapy of Cancer and Viral Diseases,Kluwer Academic Publishers,1996,321-335.

 16)Naoya TAKEDA,Takamitsu IMAI,Makoto IRISAWA,Jun SUMAOKA,Morio YASHIRO,Hidemi SHIGEKAWA,and Makoto KOMIYAMA,Chem.Lett.,1996,599-600.

 17)Naoya TAKEDA,Yusuke OKADA,Morio YASHIRO,and Makoto KOMIYAMA,Nucleic Acids,Symp.Ser.,1997,37,263-264.

総説

 1)武田直也,入澤真,小宮山真,化学と生物,1996,Vol.34,No.1,9-10.

審査要旨

 遺伝情報の保持,伝達を担うDNA,RNAを、任意の位置で切断し組み換える技術の開発は、様々な生命現象の人工的な制御を可能にすることから、近年大きな注目を集めている。遺伝子組換のためにはまず、DNAのある特定部位を’加水分解’反応により切断する必要がある。今日、この切断には天然の酵素が用いられているが、認識できる.DNAの塩基配列が短くしかも各酵素毎に決まっているため、その応用には限界がある。よって今後、巨大な高等生物の染色体DNAをも対象とし、これを思い通りに操作するためには、切断位置を任意に設定可能な人工の酵素(人工制限酵素)の開発が是非とも必要となる。しかし、DNAのリン酸ジエステル結合は生理条件下では極めて安定であり、これを加水分解できる触媒がないがために、人工制限酵素構築は達成されていないのが現状であった。

 本研究は、新しい金属触媒系を構築し、この従来不可能と考えられていた非酵素的なDNA,RNAの効率的な加水分解に成功したものである。論文は、以下に示す6章より構成されている。

 第1章は緒論である。本研究の背景にあるこれまでの経緯を記し、その上で研究を行う目的と意義を述べている。

 第2章では、生理条件下でDNAを効率的に加水分解する金属イオンについて検討を行った。セリウムは周期律表上のランタニド系列に属し、+3価と+4価として安定に存在する元素である。このうち+4イオン(CeIV)が、生理条件下でDNAを迅速に加水分解することを見出した。CeIVによるDNA加水加水分解の半減期は、pH7,50℃においてわずか3.6時間であり、無触媒下での2億年という数字と比較すると、その活性が著しく高いことが分かる。さらに、その反応機構について動力学的,分光学的な解析を行い、CeIVは1)その配位水を酸・塩基触媒として機能させ、2)DNAの2つのリン酸エステル結合を、3)P-O結合の開裂により切断していることを明らかにした。

 第3章では、前章で見出したCeIVを凌駕する高活性触媒系の構築を行った。CeIVは高いDNA切断能を有するが、完全な生理条件下(pH7,37℃)での切断の半減期は数十時間に及ぶ。ゆえに人工制限酵素の生体への応用を考えた時、更なる活性の増大が望まれる。ここで、CeIVにプラセオジム(III)イオン(PrIII)またはネオジム(III)イオン(NdIII)を組み合わせることで、CeIV単独の時に比べて活性を10倍にも増大をできることを見出した。反応の金属濃度依存性からは、この反応の活性種がCeIV:PrIII(またはNdIII)=2:1の混合クラスターであることを、またpH依存性からは、CeIV-PrIIIはCeIVに比べて強いLewis塩基触媒作用を有していることを明らかにした。続いて、この2つの金属の協同触媒作用を、他の金属イオンの組み合わせにも拡張した。CeIVやPrIIIと同じランタニド金属イオンであるランタン(III)(LaIII)に、鉄(III)(FeIII)またはスズ(IV)イオン(SnIV)を組み合わせることで、DNA加水分解に対し大きな協同効果が得られることを見出した。またRNAに対し、これらLaIII-FeIII,LaIII-SnIVに加え、非ランタニド金属イオン同士の組み合わせ(ZnII-FeIII,ZnII-SnIV;Zn=亜鉛)でも協同触媒作用系が構築できることを明らかにした。これらの反応機構についても検討したところ、動力学的な検討から、CeIV-PrIIIと異なり、LaIII-FeIII,ZnII-SnIVなどはモル比1:1で相互作用していることが示され、各金属イオンの配位水の酸解離定数からは、いずれの協同触媒系も、2つの金属イオンに酸・塩基触媒作用を分担していることが考察された。

 第4章では、1)リンへの求核攻撃、2)ヌクレオチドの脱離という2段階で進行するDNA加水分解反応において、どちらが律速段階であるのかを検討した。この結果は、DNA加水分解のために主に必要な触媒についての知見を与え、重要である。DNAと、これに比べて優れた脱離基を有するDNA類似体とを用い、その加水分解に対する反応性を比較したところ、2)のヌクレオチドの脱離が律速段階であることを明らかにした。さらに、これら基質を用い、第3章で見出したCeIV-PrIIIの触媒作用について詳細に検討したところ、PrIIIはこの律速段階の反応をさらに加速し、活性の増大をもたらしていることを示した。

 第5章では、ランタニド錯体によるDNAの加水分解を行った。第2,3章で見出した核酸の加水分解触媒は金属イオンであり、これらを人工制限酵素の切断活性部位に用いるためには、錯体化により固定しなければならない。そのための配位子を検討し、錯体になった時のDNA切断活性を評価した。CeIV-PrIIIは高い活性を示す一方、pH7では金属水酸化物形成により沈澱を生じてしまう。このようなCeIV-PrIIIに、1分子内に6個もの水酸基を有するbis-tris-propane(BTP)を組み合わせることで3者の複合体を形成させ、系を均一化することを達成した。またこのCeIV-PrIII-BTPは、CeIV:PrIII:BTP=1:1:2,pH7,50℃の条件下、DNAを半減期12時間で加水分解することを示した。これとは別に、LnIII(Ln=La,Ce)のShiff base型大環状錯体が、pH7,50℃でDNAを半減期十数日で切断できることを明らかにした。これらはいずれも無触媒時の半減期である2億年と比較すると、高い活性を有していることが分かる。

 第6章は総括である。研究全体を要約し、その成果が将来どのように発展していくかについて展望を述べている。

 本研究で得られた成果は、次世代の遺伝子工学の発展に大きく寄与し、医学,農学など多分野での応用も期待させる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク