遷移金属の窒素錯体に関してはこれまでに様々な種類の金属および配位子を含むものが報告されているが、[M(N2)2(phosphine)4](M=Mo,W)で表される窒素錯体は、配位窒素分子が温和な条件下で多様な含窒素有機配位子へ変換出来る点で非常に興味深い。当研究室では窒素錯体cis-[M(N2)2(PMe2Ph)4](1;M=Mo,W)およびtrans-[M(N2)2(dppe)2](2;M=Mo,W;dppe=Ph2PCH2CH2PPh2)のプロトン化によって得られるヒドラジド(2-)錯体と、ケトンやアルデヒドとの縮合反応によりジアゾアルカン錯体が得られることを報告している(Scheme1)。本研究では、ジアゾアルカン錯体を用いた含窒素有機化合物の新規な合成法の開発を目指して、さらに多様なジアゾアルカン錯体の合成を行い、それらの反応性について検討した。 Scheme 1 まずジアゾアルカン錯体を用いたピラゾールの合成について検討した。ヒドラジド(2-)錯体[WCl2(NNH2)(L)(PMe2Ph)2](3a,L=PMe2Ph;3b,L=CO)とジケトンMeCOCHR2COR3(R2=H,Me;R3=Me,Et,Ph)の縮合反応からジアゾアルカン錯体「WCl2(NN=CMeCHR2COR3)(L)(PMe2Ph)2](4)が得られた(Scheme 2)。ButCOCH2COButおよびPhCOCH2COPhは立体障害のために3aとは反応しなかったが、3bと反応してジアゾアルカン錯体[WCl2(NN=CR1CH2COR3)(CO)(PMe2Ph)2](R1=R3=But,Ph)を与えた。 Scheme 2 同様の条件下における3aとトリケトンの反応では、縮合反応は一方の末端カルボニル基でのみ進行し、[WCl2(NN=CRCH2COCH2COPh)(PMe2Ph)3](5;R=Me,Ph)が得られた。それに対して、3bとPhCOCH2COCH2COPhの反応では両末端のカルボニル基で縮合反応が進行し、[WCl2(CO)(PMe2Ph)2(NN=CPhCH2COCH2CPh=NN)WCl2(CO)(PMe2Ph)2〕が得られた(Scheme 3)。 Scheme 3 4および5(R=Me)のEtOH/KON系での反応によりピラゾールが得られた。(Scheme 4)。 Scheme 4 次にジアゾアルカンのシス位にカルベン配位子を導入し、両者を相互作用させることを検討した。イソシアニド-ジアゾアルカン錯体[MX2(NN=CMePh)(CNtBu)(PMe2Ph)2](M=Mo,W;X=Cl,Br)をトリメチルアルミニウムと反応させ、さらに加水分解を行うことでカルベン-ジアゾアルカン錯体[MX2(NN=CMePh){=C(Me)NHtBu}(PMe2Ph)2)](6)が得た。6(M=W,X=Cl)をCO下で[Me3O][BF4]と反応させることにより、カチオン性カルベン-ジアゾアルカン錯体trans-[WCl(NN=CMePh){=C(Me)NHtBu}(CO)(PMe2Ph)2][BF4」が得られることがわかった。 Scheme 5 次に、単核の場合とは異なる反応性を期待して、ジアゾアルカン配位子中へのフェロセニル基の導入について検討した。まず、3aとFeRC=O(Fe=CpFe(5-C5H4)-,Cp=5-C5H5;R=H,Me)の反応により、新規なフェロセニルジアゾアルカン錯体[WCl2(NN=CRFc)(PMe2Ph)3)](7)を得た。7のCVチャートからは、Wの一電子酸化に帰属しうる可逆な酸化波(EPOX=0.15eV vs.SCE)と、Feの一電子酸化に由来する不可逆な酸化波(EPOX=1.13eV)が観測されたが、前者のEPOXは類似の構造を有するジアゾアルカン錯体[WCl2(NN=CMe2)(PMe2Ph)3]と同様の値(EPOX=0.13eV)を示した。次に、7の一つのPMe2Phを各種-アクセブター配位子で置換すると(Scheme 6)、W由来のピークが高電位側へシフトしたのに対し(EPOX=1.05-1.15eV)、Fe由来のピークはほとんどシフトしなかった。 Scheme 6 次に、2から誘導される[M(CO)(DMF)(dppe)2](8a,M=Mo;8b,M=W)は様々な基質との反応が報告されているが、本研究では8と末端アルキンの反応性を検討した。まず8aとの反応を行ったところ、RがCOMeとCO2Meの場合にはアルキニルヒドリド錯体(9)が生成したのに対し、RがPhとp-Tolの場合にはビニリデン錯体[Mo(=C=CHR)(CO)(dppe)2](10)が得られた。これとは対照的に、8bとアルキン類の反応では、いずれの場合もアルキニルヒドリド錯体が生成し、ビニリデン錯体は生成しなかった。 Scheme 7 8に代わる新規な低原子価を合成することを目的として2aとベンジリデンアニリン(PhCH=NAr;Ar=Ph,p-Tol,p-MeOC6H4)の反応を行った結果、C-H,C-C結合の開裂を伴いながら2aからイソシアニド錯体(9)が得られることがわかった。 Scheme 8 |