学位論文要旨



No 113468
著者(漢字) 江,東林
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ドンリン
標題(和) 樹木状高分子の設計と機能
標題(洋) Design and Functions of Dendritic Macromolecules
報告番号 113468
報告番号 甲13468
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4186号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 八代,盛夫
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨 【1】緒言

 デンドリマーは規則正しい樹木状の枝分かれ構造を有し、従来の鎖状高分子とは異なり、コア、ビルディングブロック(組織を構成するモノマーユニット)、および表面の官能基(末端基)の3つの要素から構成される。コアユニットの形状を反映して、コーン状や球状の空間形態をとり、単一分子でナノメートル領域の三次元的な構造を提供する。ナノメートル領域の現象は、生体内の様々な反応と関連して重要であるが、これまでは化学的にも物理的にもアプローチが困難な領域であった。

 これまでに数多くの機能性デンドリマーが合成されているが、その殆どが組織外表面に機能団を有するものであり、分子中央部に機能団を有するものは極めて限られている。これに対して、本研究では、デンドリマーを分子フラスコとして用いることを念頭に、デンドリマー組織を用いてポルフィリン錯体やアゾベンゼンを空間的・物理的に孤立化し、デンドリマー環境下ならではの新しい機能の開拓を目指した。

【2】ヘモグロビンモデルとしてのデンドリマー鉄ポルフィリン錯体

 ヘムタンパクの活性部位(プロトヘム)は、嵩高いタンパクの疎水性環境にあり、孤立化している。ヘムタンパクの特異な生体機能は単純な鉄ポルフィリンを用いた均一系では実現できない。本研究では構造明確な樹木状多分岐巨大高分子であるデンドリマーを置換基とするデンドリマー鉄ポルフィリン錯体を分子設計し、ヘムタンパクの機能をお手本に新しい機能の開発を目指した。

 Convergent法を利用して、疎水性表面を有するサイズの異なる一連のデンドリマーポルフィリンLnPH2(n=1,3-5;芳香環層の数)を合成した。1HNMRシグナルの緩和時間T1を測定したところ、表面近傍の組織の動きは特にL5PH2で著しく低下するが、内部のポルフィリン部分の運動性は、デンドリマーサイズの影響を殆ど受けないことが分かった。即ち、デンドリマーポルフィリンは、硬い殻と流動的な内部環境を有する「生卵」のような構造的特徴を有する。従って、特にデンドリマー組織が大きな場合には、デンドリマー組織を通した物質交換が極めて起こりにくいことが予想される。

 上記のデンドリマーポルフィリンから、鉄(III)錯体(LnP)FeIIICl(n=1,3-5)を調製し、一電子還元して鉄(II)錯体(LnP)FeIIとした後、軸配位子として1-メチルイミダゾール(Im、30equiv.)を添加し、乾燥トルエン中にて分子状酸素に対する捕捉能を調べた。その結果、デンドリマー組織を持たない(Im)2(L/P)FeIIはすぐに-オキソダイマーにまで不可逆的に酸化された。これに対して、鉄ポルフィリン部位がデンドリマーに取り囲まれている(Im)2(L3P)FeII〜(Im)2(L5P)FeII-オキソダイマーにはならず、極めて長寿命の分子状酸素捕捉錯体(Im)(LnP)FeII(O2)(Figure 1,n=3-5)を与えた。一方、系内に水が存在すると、サイズの小さな(Im)(L3P)FeII(O2)と(Im)(L4P)FeII(O2)は中心鉄が不可逆に酸化され、酸素分子への可逆的吸脱着能を失った。しかし、これとは対照的に、デンドリマー組織が最も大きな(Im)(L5P)FeII(O2)は、1,000倍の水が存在しても2ヶ月以上安定に存在し、酸素の可逆的吸脱着能をそのまま維持した。即ち、デンドリマー組織がヘム中心を疎水的に保護していることが分かった。これと関連して、サイズが最も大きな(Im)(L5P)FeII(O2)を一酸化炭素の雰囲気下に放置したところ、半減期50時間という耐久性を示した。ちなみに、デンドリマー組織を持たない通常の鉄ポルフィリン錯体は瞬時に一酸化炭素錯体に変化してしまった。

 以上、疎水性のデンドリマー鉄ポルフィリンにより酸素分子の可逆的な吸脱着を実現した。

Figure 1.Scheme representations of (Im)(LnP)FeII(O2)(n=3-5).
【3】デンドリマー組織の光アンテナ機能:赤外線による分子状酸素の活性化

 上記の研究の過程で、赤外分光光度計を用い、酸素捕捉錯体の同定を試みようとしたところ、大きなデンドリマー組織を有する酸素捕捉錯体(Im)(LnP)FeII(O2)(n=4,5)が赤外線の中で全く別の化学種に変化するという異常な現象を見いだした。吸収スペクトルから、生成物がオキソ鉄ポルフィリン錯体(Im)(LnP)FeIV=O(n=4,5)であることを明らかにした(Figure 2)。これはMaldi-ToF-Mass、Raman、ESRおよびMCDの測定結果からも支持された。興味深いことに、デンドリマーサイズの小さな(Im)(L3P)FeII(O2)は、赤外線を照射しても全く変化しなかった。

 この反応が熱的プロセスであるのか否かを調べるため、1,1’,2,2’-テトラクロロエタン中、40、60、80及び120℃下(Im)(L5P)FeII(O2)を2時間加熱したが、相当するオキソ鉄ポルフィリン錯体は生成しなかった。すなわち、赤外線による酸素錯体の化学変化は光化学過程である。そこで、モノクロメータを用いて、デンドリマー組織の芳香環の吸収である1600cm-1、エーテル結合の吸収である1155cm-1およびデンドリマーが吸収をもたない2500cm-1の三つの異なる波数の赤外線を発生させ、上記の反応を調べたところ、1600cm-1の赤外線を照射した場合のみ、オキソ鉄ポルフィリン錯体が生成した。即ち、デンドリマー組織中の芳香環が吸収したエネルギーが反応に関与している。しかし、1600cm-1の赤外光子一個分のエネルギーは非常に小さく(0.2eV)、単光子励起ではO-O結合の開裂に必要なエネルギーはとても供給できない。一般にO-O結合の開裂に関しては、例えばROORの場合、1.5〜2.6eVのエネルギーを必要とする。そこで、赤外線照射下での反応速度と赤外線のフォトンフラックスの関係を調べたところ、10.9個フォトン(2.18eV)が同時に反応に関与していることが確認され、反応がこれまでに例のない「多光子過程」で進行していることが明らかとなった。

 オキソ鉄ポルフィリン錯体は、生体内においてチトクロムP-450が触媒添加反応(物質代謝)の活性種に類似の化学種である。そこで、オレフィンに対する(Im)(L4P)FeIV=Oの酸素添加能を検討したところ、少量のメタノール存在下でスチレンへの酸素添加が起こり、速やかにかつ定量的にスチレンオキシドが生成した。また、この時、(Im)(L4P)FeIV=Oは鉄(III)ポルフィリン錯体に変化した。

 以上、デンドリマー組織の大きな鉄ポルフィリン錯体を用い、赤外フォトンによる酸素分子の活性化を実現した。これは、今まで全くなかった新しい酸素活性化のアプローチである。また、赤外線を利用したナノ光反応器としてのデンドリマーの新しい可能性を示した。

Figure 2.Absorption spectral changes of (Im)(L5P)FeII(O2)on infrared radiation (5x10-5M,21℃).
【4】デンドリマー組織の光アンテナ機能:赤外線によるフォトクロミズム

 光機能性分子の設計はエネルギー変換、利用の観点から極めて重要な課題である。上述のデンドリマー組織の赤外線感受性の一般性を探求するため、デンドリマーコアにフォトクロミック分子であるアゾベンゼンユニットを導入した光反応性デンドリマーを分子設計し、アゾベンゼンの光異性化に対する赤外線効果について検討した。

 Convergent法を利用して、モノマーユニットとして3,5-ジメトキシベンジル基、表面官能基としてメトキシ基を有するサイズの異なる一連のアゾデンドリマーtrans-LnAZO(Figure 3,n=1,3-5;芳香環層の数)を合成した。サイズの大きなアゾデンドリマーは、デンドリマーポルフィリンの場合と同様に、硬い殻と流動的な内部環境を有する「生卵」のような構造的特徴を有することをNMRにより確認した。

 アゾデンドリマーは、通常のアゾベンゼンと同様に、合成した時点ではトランス体であり、紫外線を照射することによりシス体に変換し、また可視光あるいは熱の刺激によりトランス体に戻るフォトクロミズムを示した。クロロホルム中、トランス体に紫外線を照射し、シス体に変換させた後、cis-to-transの異性化に対する赤外線照射効果を調べたところ、デンドリマーサイズの大きなcis-L4AZOとcis-L5AZOは速やかにトランス体に戻った。これに対して、デンドリマー組織の小さなcis-L1AZOとcis-L3AZOは、赤外線を照射しても光異性化を全く起こさなかった。すなわち、デンドリマーの赤外線効果の発現にはデンドリマーサイズに関するしきい値が存在することが分かった。

 赤外線単色光を用いた実験から、デンドリマー鉄ポルフィリン酸素錯体系と同様に、この場合もデンドリマー組織中の芳香環が吸収したエネルギー(1600cm-1)がcis-to-transの異性化反応に関与していることが明らかになった。異性化反応速度の温度依存性から、21℃におけるcis-L5AZOのcis-to-trans異性化反応のGは0.82eVであると見積もられた。従って、この場合も1600cm-1の光子一個では異性化反応を誘起することはできない。そこで、再び異性化反応速度と照射した赤外線のフォトンフラックスの関係を調べたところ、5次の非線形性(0.98eV)が確認され、反応が【3】の場合と同様に「多光子過程」で進行していることが明らかとなった。

 すなわち、デンドリマーが赤外線の光捕集アンテナとして機能し、吸収エネルギーのうち5光子分をコアに送り込んでいることが明らかになった。

Figure 3.A schematic representation of trans-L5AZO.
【5】デンドリマー組織の光アンテナ機能:分子内エネルギー移動へのモルフォロジーの影響

 赤外線が誘起する上述の特異な化学反応は、反応場を取り囲むデンドリマー組織のモルフォロジーの影響を受ける。例えば、同じ数の芳香環を持ちながら、よりオープンなモルフォロジーを有するデンドリマー組織を用いた場合、【4】で述べた異性化反応は全く起こらない。従って、デンドリマー組織からコアユニットへのエネルギー移動が一体どのように起きているのかを調べることは興味深い課題である。そこで、コアにポルフィリンを有するモルフォロジーの異なる一連のデンドリマー(L5)nP(Figure4,n=1-5;デンドロンL5の数)を分子設計し、デンドリマー組織からコアへの分子内一重項エネルギー移動に関して、蛍光スペクトルを基に検討した。

Figure 4.Schematic representations of dendrimer porphyrins (L5)nP(n=1-4).

 定常光を用いて、21℃にて(L5)4Pのデンドリマー組織(280nm)を励起すると、デンドリマーに由来する蛍光(310nm)が消光され、その代わりに、ポルフィリンに由来する発光(656,718nm)が観察された。吸収スペクトルと励起スペクトルの比較から、球状の(L5)4Pと(L4)4Pが高いエネルギー移動効率(80%)を示すことを見いだした。これに対して、非球状の(L5)nP(n=1-3)では、エネルギー移動の効率は極めて低いということが分かった。すなわち、球状のデンドリマーポルフィリンでは、分子内エネルギー移動がより効率的に起こる。

 そこで、21℃にて同じレベルのエネルギー移動効率を示した(L5)nPと(L4)nPに関して、分子内エネルギー移動効率に関する温度依存性を検討した。その結果、サイズの小さな(L4)nPは昇温によって著しくエネルギー移動効率が低下した(80℃,36%)。これに対して、(L5)nPにおけるエネルギー移動効率は温度に依存せず、ほぼ一定であった(80℃,80%)。この結果と関連して、デンドリマー組織の数が全く同じ球状のデンドリマー(コアにベンゼンユニット)とコーン状のデンドロンの蛍光発光の量子収率を調べたところ、球状のデンドリマーが、エネルギーを蛍光として放出せず、分子内に蓄えていることが示唆された。

【6】まとめ

 デンドリマー鉄ポルフィリンの分子状酸素捕捉錯体の同定過程で偶然見いだした「光アンテナ機能」は、サイズの大きな球状デンドリマーに一般的である。本研究で実現された5光子、10光子励起の光化学反応は従来レーザー光を用いても実現不可能であった。この意味において、本研究の成果は新しい次世代の科学技術を開拓するものと期待される。

【7】発表状況

 【原著論文】(1)J.Chem.,Soc.,Chem.Commum.,1996,1523.(2)Macromolecules,1996,29,5236.(3)Nature,1997,388,454.(4)Nature,submitted.(5)Science,submitted.(6)J.Macromol.Sci.,Pure&Appl.Chem.,1997,A34,2047.【総説】(7)Hyper-Structured Molecules:Chemistry,Physics,and Applications(Gordon and Breach Science,Monograph),in press.(8)高分子論文集,1997,54,674.(9)ネットワークポリマー,1996,17,179.(10)オプトニュース,1997,102,25.【学会発表】(11)36th IUPAC International Symposium on Macromolecules (IUPAC MACRO SEOUL’96).(12)214th American Chemical Society National Meeting (Las Vegas,Aug.1997).(13)6th SPSJ International Polymer Conference-Polymer Science and Technology to the 21st Century (Kusatu,Oct.1997).(14)The Second International Forum on Chemistry of Functional Organic Chemicals (IFOC-2,Tokyo,Nov.1997).その他15件。

審査要旨

 デンドリマーは規則正しい枝分かれ構造を有する多分岐高分子であり、分子一つで空間形態が明確なナノメートルスケールの構造を提供する。ここ数年の精力的な研究の結果、鎖状高分子にはないデンドリマーならではの様々な特徴が明らかにされつつあり、次世代の高分子材料として大いに注目されている。これまでに様々な機能性デンドリマーが合成されているが、その殆どは組織外表面に機能団を有するものであり、分子中央部に機能団を有するものの例は極めて限られている。本論文では、分子フラスコとしての応用を念頭に、ポルフィリン錯体やアゾベンゼン誘導体を内包した新規なデンドリマーが分子設計され、空間的・物理的孤立化による特異機能が見いだされている。

 本論文は以下の6つの章から構成されている。

 序章では本研究の背景と目的が述べられている。まず、これまでの代表的な機能性デンドリマーについて紹介され、研究の現状がまとめられている。次に、本研究の動機と経緯、特に、赤外線アンテナ効果の発見の経緯と展開の推移が記述されている。

 第一章ではサイズの異なる一連のアリールエーテルデンドリマー鉄ポルフィリン錯体(LnP)FeIIICl(n=1-5、芳香環の層の数)の分子設計と、ヘムタンパクの酸素運搬・貯蔵機能の実現に向けての試みが述べられている。まず、乾燥条件下で酸素分子との相互作用が検討され、サイズが相対的に大きなデンドリマー鉄ポルフィリン錯体(Im)2(LnP)FeII(n=3-5、Im:1-メチルイミダゾール)が酸素分子と可逆的に結合し、長寿命の酸素分子捕捉錯体(Im)(LnP)FeII(O2)を与えることが見いだされている。次に、活性種を失活させ得る水の存在下にて同様の検討がなされ、デンドリマー組織が最も大きな(Im)2(L5P)FeIIが乾燥条件下と同様の優れた酸素捕捉機能を示すことが報告されている。また、その酸素捕捉錯体は一酸化炭素中でも安定であり、半減期が50時間にも達することが見いだされている。これらの特徴は、デンドリマー組織を持たない鉄ポルフィリン錯体では実現不可能であり、デンドリマー組織による活性部位の空間的孤立化の重要性が示されている。

 酸素捕捉錯体の同定を目的として行われた赤外分光測定の最中に、大きなデンドリマー組織を有する酸素捕捉錯体(Im)(LnP)FeII(O2)が赤外線にさらされると全く別の化学種に変化することが見いだされた。第二章では、この異常な赤外線感受性を解明するため、フォトクロミズムを示すアゾベンゼンユニットをコアに有するアゾデンドリマーLnAZO(n=1,3-5、芳香環の層の数)が分子設計され、赤外綿によるフォトクロミズムの可能性が検討されている。その結果、デンドリマー組織が大きく、かつ球状であるL4AZO,L5AZOに赤外線があたると、コアのアゾ部分がシス体からトランス体に異性化する現象が見いだされ、さらに単色光を用いた実験から、デンドリマー組織中の芳香族環が吸収した赤外線(1600cm-1)が反応に関与していることが明らかにされている。赤外光子一個のエネルギーは、分子の骨格振動を引き起こす程度の小さなものであり、通常、化学反応を誘起することはできない。このような観点から、光照射の距離と反応速度との関連が調べられ、この反応が5つの赤外線光子が関与する多光子過程であることが明らかにされている。光子5つが関与する化学反応は、通常、光子密度が極めて大きなレーザー光を用いても実現不可能であるが、ここでは、位相が不揃いで、光子密度も極めて低いニクロム光源から発せられる赤外光で多光子励起が実現されている。

 第三章では、第一章で見いだされたデンドリマー鉄ポルフィリン酸素捕捉錯体の異常な赤外線感受性に関する詳細な検討が行われ、紫外可視吸収スペクトル、ラマンスペクトル、時間飛行型マススペクトルから、生成物がオキソ鉄(IV)ポルフィリン錯体(Im)(LnP)FeIV=O(n=4,5)であることが明らかにされている。さらに、アゾデンドリマーの光異性化の場合と同じく、1600cm-1の赤外光によって反応が誘起されること、デンドリマー組織が小さな場合には反応が起こらないこと、が確認されている。O-O結合の開裂には、通常1.5〜2.6eV(ROORの場合)のエネルギーが必要であるが、詳しい検討から、ここでは、反応のエネルギーが11個の赤外線光子により供給されていることが明らかにされている。生成物であるオキソ鉄(IV)ポルフィリン錯体は、生体内の酸素添加酵素チトクロムP-450に類似の化学種である。事実、少量のメタノールの存在下、この錯体がスチレンを定量的にエポキシ化することが明らかにされている。以上のように、本章では、デンドリマー組織の大きな鉄ポルフィリン錯体を用いることにより、赤外線をエネルギー源とする酸素分子の活性化が実現されている。

 第四章では、アリールエーテルデンドリマーのアンテナ効果が、赤外領域から紫外領域に拡張されて検討されている。まず、分子量は等しいが空間形態が異なる一連のデンドリマー(L4)2Ar(o-,m-,p-(L4)2Ar)が合成され、発光スペクトルの挙動が調べられた。その結果、球状のp-(L4)2Arの場合に発光の量子収率が極めて低く、また、偏光解消も顕著であることが見いだされている。次に、モルフォロジーの異なるデンドリマー組織内にエネルギートラップとしてポルフィリンが導入され、デンドリマー組織からコアのポルフィリンへのエネルギー移動が調べられている。その結果、デンドリマー組織が球状の場合、分子内エネルギー移動の量子収率が著しく高いことが見いだされている。即ち、デンドリマー組織内部の光化学過程が、デンドリマーの空間形態の影響を大きく受けることが明らかにされている。

 最終章では、結言として、本論文の研究成果の総括、意義、および今後の展望が述べられている。

 以上、本論文では、酸素分子を捕捉したデンドリマー鉄ポルフィリン錯体の同定過程で偶然見いだされた意外な現象が、「光アンテナ機能」の発見につながり、赤外線を利用する新しい人工光合成の実現へと発展している。本研究の成果は、高分子化学、光化学、生体関連化学はもとより、次世代の物質・材料科学に大きく貢献するものと期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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