学位論文要旨



No 113474
著者(漢字) 大井,修一
著者(英字)
著者(カナ) オオイ,シュウイチ
標題(和) 微小ホール素子を用いた高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+y単結晶における磁束状態の研究
標題(洋)
報告番号 113474
報告番号 甲13474
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4192号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 鹿野田,一司
内容要旨

 高い超伝導転移温度、層状構造による異方性、短いコヒーレンス長のために、高温超伝導体の磁束状態は、従来超伝導体に比べて多様な振る舞いを示す。ここ数年の間にその磁束状態の理解は大きな進展を見せている。特に、Bi2Sr2CaCu2O8+y(Bi2212)の単結晶では、ピーク効果と呼ばれる磁化の異常な増大が知られていたが、1次相転移の証拠とされる明瞭な磁化ステップが見いだされるに及んで、ピーク効果や磁化ステップという磁化異常は磁束系の相境界で現れる異常と考えられてきている。磁束系における1次相転移の発見に代表されるように、これらの現象の理解において微小ホール素子による測定が果たした役割は大きい。本研究では、磁化異常をクリアーに観察することのできる微小ホール素子の特性を活かして、一つの要因の変化が相図(特に磁化異常)に与える影響を見ることで、高温超伝導体中の磁束状態の性質を調べた。以下では、酸素ドープおよびヨウ素インターカレーションによる磁束状態への影響、磁場の向きをc軸方向から傾けたときの磁気相図の変化、という2つの観点から見た、磁束状態に関する本研究の内容を示す。

(A)酸素ドープおよびヨウ素インターカレーションによる磁束状態への影響

 酸素量を変えたときのピーク効果や磁化ステップの起こる磁束密度(Bp,Bs)は、過剰ドープにするほど高磁場側にシフトしており、酸素アニールによる異方性の減少が主として効いていると考えられる。ところが、20気圧酸素雰囲気でのアニールした試料において、図1(a)に示すように、温度が上昇するにつれてピーク磁場が小さくなり比較的Tc近くの温度まで観測される"温度依存するピーク効果"が見られるようになる。温度依存するピーク効果は,ヨウ素をインターカレートしたBi2212(I-Bi2212)においても見られる。Bi2212,I-Bi2212におけるBp,Bsの温度依存性を図2(b))にまとめてある。温度依存するピーク効果の温度依存性は、磁化ステップのそれに類似していることがわかる。低温側ではBpの温度依存性にリエントラント的な振る舞いが見られる。また、温度依存するピーク効果の出現に伴い、磁化ステップは見られなくなる。そこで、一次相転移の際のエントロピー変化と関係づけられる磁化ステップの大きさBsが、酸素アニールによってどのように変わるかを調べた。Bsは、最適ドープ状態から1気圧程度の酸素アニールによって小さくなり、さらに20気圧までの高圧酸素処理を行うことで見えなくなる。これらの現象を、異方性の変化だけ説明することは難しい。また一方で、I-Bi2212においてはX線回折で判断した結晶性の不均一性と温度依存するピーク効果の間に関係があることがわかった。高圧酸素処理した場合に見られた"温度依存するピーク効果"はヨウ素をインターカレートしたときのものと類似しており、過剰な酸素ドープによって試料中に導入された磁場誘起型ピン止め中心のために、磁場が増加するに従いピン止め力が増加する効果と、磁束格子融解によるピン止め力の減少を考えることで、ピークの出現およびその温度依存性が説明できる。さらに、過剰酸素ドープにともなうBsの減少やBpのリエントラント的振る舞いも、異方性の増加のためというより、むしろピン止め中心の導入によるものと考えることで、酸素ドープおよびヨウ素インターカレーションによる磁気相図の変化を統一的に理解することができる。

図1:(a)高圧酸素アニールした試料においてみられる温度依存するピーク効果.(b)磁気相図(B-T相図)上にプロットしたピーク磁場およびステップ磁場の温度依存性
(B)磁場の向きをc軸方向から傾けたときの磁気相図の変化

 一つめの目的として、ピーク効果、及び磁化ステップの角度依存性を詳細に調べた。Bi2212は大きな一軸異方性を持っており、その角度依存性がどのように理解できるかということは、磁束系の相転移の理解のためには重要な問題である。異方的GL理論からは,磁束格子融解磁場はHs∝(cos2+-2sin2)-1/2のような角度依存性を持ち、Bi2212のように=100程度の大きな異方性を持つ場合にはほとんど面に垂直な磁場成分でスケールされることが予想される。しかし実際の角度依存性は、図2(a)に示すように磁場がc軸からわずかに傾いた付近からすでにずれが生じている。同様のずれは、ピーク効果においてさらに顕著にみられる。この異常な角度依存性に対してHs∝(cos+a(T)sin)-1が経験式としてよく合うことを見いだした。

 この角度依存性は面内磁場の増加による面間カップリングの変化によるものと考えて、異方性の面内磁場依存性に焼き直すことができるが、その結果は面内磁場の増加によって異方性が大きくなり、1テスラ程度の面内磁場によって、面間の相関が無くなることを示唆する。しかし、面内に入ったジョセフソン磁束のコアが重なってくる磁場で面間の相関が無くなると考えると、Bi2212の場合には10テスラ程度の値となり、実験値は小さすぎる。また、ジョセフソンプラズマ共鳴による面間のカップリングの測定からは、面間のカップリングはc軸に平行な磁場成分でほとんど決まっていることが示唆されており、以上の解釈とは食い違いが見られる。

図2:(a)Hs、Hpの角度依存性。縦軸は面に垂直な磁場にスケールしてある。実線はスケーリング則(=100)による角度依存性。(b)傾けられた磁場下で見られる磁化異常.矢印は、通常のピーク効果の位置およびより低磁場側に見られる新たな磁化異常の位置を示している。

 別の可能性として、磁束量子の間隔が磁場侵入長と比べて小さくないために、試料内の磁場が一様であると近似できないことが原因であることが考えられる。この場合には、スケーリング則の導出において無視されている電磁気的な寄与が無視できなくなる。この寄与は、磁束格子融解転移磁場を決める際の傾き弾性率(C44)に、異方性によらない寄与を与えるので、スケーリング則から考えられるより小さい磁場で磁束格子融解が起こることになり、定性的には実験結果と合っている。さらなる理解のためには、経験式と比較可能な定量的な角度依存性の計算が必要である。

 二つ目の目的は傾いた磁場下でのみ見られる磁化異常の理解にある。傾いた磁場下での局所磁化測定によって、図2(b)に示すように磁束格子相で新たなピーク構造が出現することを発見した。Bi2212においては、磁束量子が鎖状に並んだ部分の間に三角格子がはさまったようなビッターパターンが観察されている。非常に大きな1軸異方性を持つ超伝導体に、異方性軸から一様に傾いた磁束が作る通常の磁束格子は、ある磁場以下において不安定化することが計算されている。通常の磁束格子が不安定化した低磁場領域では、特殊な磁束パターンが見られて良いと考えられている。

 本研究において見つけられた磁化異常は、磁束格子が不安定化する磁場で起こっている可能性がある。そこで、新たな磁化異常と磁束格子の不安定化との間に関係があるか調べるために、この磁化異常が起こる磁場の温度依存性、角度依存性、酸素量依存性を測定し、理論との比較を行った。その結果は、磁束格子の不安定性についての理論的な予想と類似している。また、この磁化異常は非常にシャープに観察されることもある。以上のことから、この磁化異常は、一様に傾いた磁束格子が磁場を下げるにつれ不安定化し、別の相に構造相転移する際に見られるものである可能性が高い。

 本研究の成果について以下にまとめる。Bi2212単結晶の混合状態における磁気相図に関して、

 (A)微小ホール素子をもちいた局所磁化測定により、酸素アニールやヨウ素インターカレーションにより磁束系がうける影響を調べた。過剰ドープになるにつれて、温度依存するピーク効果の出現、Bsの減少、低温側でのピーク磁場のリエントラント的振る舞いという三つの特徴的な現象を見いだした。これらの現象がドープにともなう異方性の変化というより、むしろピン止め中心の導入と関係していることを示した。

 (B)磁場の向きをc軸方向から傾けたときの磁気相図の変化について調べた。磁場を傾けた場合の磁束系において、Hs、Hpの角度依存性がスケーリング則に合わないことを見いだし、その角度依存性についての経験式を得た。その起因としては、面内磁場による異方性の増加や、電磁気的相互作用が無視できないことが考えられる。ただし、前者の解釈を押し進めると、他から知られている面間カップリングの角度依存性と食い違いをみせる。また、傾いた磁化下のみで見られる新たな磁化異常を発見し、その性質を調べた。結果として、一様に傾いた磁束格子が不安定性した際に見られる磁化異常である可能性が高い。

審査要旨

 本論文は「微小ホール素子を用いた高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+y単結晶における磁束状態の研究」と題し、高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+y単結晶における磁束状態に関し、微小ホール素子を用いて行った研究成果をまとめたものである。1986年の高温超伝導体の発見により、超伝導研究は新たな時代に突入したと言える。そのなかで、いわゆる磁束状態の研究は、高温超伝導体の実用と密接に関係した磁束のピン止めの理解に不可欠であり、多くの研究者が現在も取り組んでいる。高温超伝導体が持つ高い超伝導転移温度、短いコヒーレンス長、層状構造はいずれも磁束の揺らぎを助長するため、磁束液体状態のような新たな相が実現される。中でもBi2Sr2CaCu2O8+yは最も大きな異方性を持つ高温超伝導体のひとつであり、磁束固体(格子)から磁束液体への融解転移が始めて確認された系でもある。また、磁束格子融解転移の臨界温度以下の低温では、ピーク効果と呼ばれる臨界電流の異常な増大が観測される。このような磁束格子融解転移等の各種相転移の存在は、磁束系が新たな物質系として研究対象となることを示している。こうした見方をしたとき、磁束系は通常の物質に比べ、その密度を何桁も大きく変化させることができることから、より多様な相転移を示す可能性がある。

 本研究では良質のBi2Sr2CaCu2O8+y単結晶を浮遊帯域溶融法で作製し、様々な酸素分圧下でのアニーリングまたはヨウ素をインターカレーションすることによりキャリア濃度および異方性パラメターを制御し、これに伴う磁束系の相図の発展を詳しく検討している。また、これらの従来詳しく検討されてきた超伝導面に垂直に(c軸に)磁場を印加した場合の磁気相図に加え、磁場をc軸から傾けた場合の相図についても詳細な研究を行い、新たな知見を得ている。

 本論文は7章から構成されている。

 1章は緒言であり、本研究の背景および本論文の構成が述べられている。

 2章では、本研究の主題である高温超伝導体の磁束状態に関する予備知識が記述されている。特に磁束格子の弾性論および磁束系の相図の理解の現状が簡潔にまとめられている。

 3章は、研究の目的および実験方法が述べられている。本研究で用いられた局所磁化プローブとしての微小ホール素子の作製法、評価および測定システムが記述されている。

 4章では酸素の過剰ドープおよびヨウ素インターカレーションによるBi2Sr2CaCu2O8+yにおける磁束系の相図の変化が磁場をc軸に平行に印加した場合について詳しく調べられている。特に、酸素ドーピングによる磁化異常の変化を異方性の変化と酸素により導入される不均一性により説明している。また、ヨウ素をインターカレーションした場合にも、不均一性の導入が磁化異常に寄与していることを明らかにした。これらの結果は、磁束状態の変化が異方性の変化のみではなく、不均一性の導入による影響を受けていることを示したものである。

 5章においては、磁束系の相図を磁場と超伝導面の角度の関数として、詳しく研究している。また、微小ホール素子を用いた傾いた磁場下での磁気測定について詳しく記述しており、様々な誤差要因についての検討も行っている。ピーク効果および磁束格子融解転移が起こる磁場は低角から有意の角度依存性を示し、磁場が超伝導面に近付くにつれ、発散的に小さくなる。多くの場合、高温超伝導体では様々な物理量が異方性パラメター()によるスケーリングを満たすことが知られている。このようなスケーリングは、各磁束からの磁場が十分重なりあう高磁場では正当化されるが、Bi2Sr2CaCu2O8+yにおける磁束格子融解転移やピーク効果のように磁束間隔が磁場侵入長とあまり違わない低磁場で起こる場合には、電磁気的カップリングの重要性が増すため、破綻すると考えられる。実際、Bi2Sr2CaCu2O8+yにおいて妥当と考えられる異方性パラメター(=100)を仮定した場合のスケーリングと比較し大きな逸脱があることを明らかにしている。本研究では、スケーリングからの逸脱の原因として2つの要因を検討した。第1は超伝導面内磁場によるジョセフソンカップリングの減少による異方性パラメターの増加であり、第2は超伝導体内の磁束密度の不均一性による電磁気的カップリングの効果である。前者は一見もっともな説明を与えるが定量的な検討の結果、面間をデカップルさせる磁場の大きさおよび異方性依存性の欠除に問題があることを示した。一方、磁場の不完全なスクリーニングによる電磁気的カップリングの寄与は通常無視されているものの、その寄与により本研究で見い出されたような角度依存性が得られることを示した。

 6章では、c軸から傾いた磁場下における新たな磁化異常についての詳細な実験が記述されている。磁場をc軸から大きく傾けたとき、従来から知られているピーク効果の低磁場側に新たな磁化異常が出現する。この新たな異常はピーク効果と逆の角度依存性を持ち、磁場をc軸から約80°傾けた付近で両者は最接近した後、再び大きく離れるという角度依存性を示す。本研究では、この新たな異常を既に磁気装飾法により数十Gの低磁場で見つかっている一様に傾いた磁束格子の不安定性と関連づけ、磁気装飾法では到達することのできない数百Gの磁場においてもこの不安定性が維持されると考えることにより説明している。さらにこの結果から異方性の大きな超伝導体における磁場をc軸から大きく傾けたときの磁気相図を提案している。

 7章は、総括であり、各章で得られた結果をまとめ、本研究で得られた成果を要約している。

 本研究が高温超伝導体の磁束状態の研究に微小ホール素子を適用し、さらに角度依存性といった新しい測定にまで応用し、重要な知見を得たことは特筆に値する。また、ここで得られた研究結果は、超伝導体の実用に向け数々の新たな知見を与え、工学にとって大きな貢献をしたと言える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク