遷移金属化合物では、バンド理論ではほとんど無視されていた電子間の相互作用が大きな役割を果たしており、その結果他の物質では見られない多様な物性を示している。d電子はs、p電子に比べて原子核に局在する効果が著しく、同一サイト上での電子間クーロン反発力が支配的になる。特に3d遷移金属では電子の局在性と遍歴性が拮抗しており、それらの競合関係の結果が様々な形で物性に現れている。 この研究で取り上げたマグネリ相酸化物は(Ti,V)nO2n-1の化学式で表わされる一連の化合物であり、nを変化させることによってTi、Vあたりの3d電子数と同時に結晶構造も連続的に変化している。これらのほとんどは金属-絶縁体転移を示すがその機構は様々であり、遷移金属化合物で見られる様々な物性のほとんどが観測されている。n=2であるV2O3は150K以下で反強磁性絶縁体であり、Mott転移を示す典型物質として知られている。一方で、n=4のTi4O7はある温度で電子がスピン一重項を形成して非磁性絶縁体に転移する。ここではすべての電子が格子変形を伴って一方向に電子対を形成しており、CDW転移のような様相を呈している。おおまかに分けて、Ti酸化物では電子-格子相互作用が、V酸化物では電子間相互作用が物性を支配していると考えられてきた。ところが他のマグネリ相酸化物では、Ti4O7と同様スピン一重項形成を伴った金属-絶縁体転移を示す一方、このとき非磁性電子対を形成しなかった局在スピンが低温部において反強磁性秩序を示しておりV2O3と同様に強い電子間相互作用の寄与を示唆している。このように、マグネリ相酸化物では組成ごとにそれぞれ特徴的な物性が観測されているが、それらを統一的に解釈する試みはこれまでおこなわれていない。マグネリ相酸化物のほとんどは金属-絶縁体転移を起こして低温部で絶縁体になるため、基底状態におけるその電子物性をつぶさに観測することが困難である。そのため、圧力効果、不純物効果によって低温絶縁体相を抑制して金属基底状態を実現し、最低温における金属-絶縁体転移近傍での物性について研究をおこなった。 VO2は、マグネリ相酸化物の中で完全なルチル構造を持ち、かつ金属-絶縁体転移を示す唯一の物質としてマグネリ相を代表する物質である。V原子あたり電子は1つで、half filledになっている。こ図1に示すように、340K以上では常磁性金属であの物質はるが、それ以下では全ての電子がスピン一重項を作って非磁性絶縁体に転移し、電子間相互作用が強いと考えられているV酸化物の中で唯一反強磁性秩序が見られない。この絶縁体相を抑制するため、VサイトにTi、Zr、Nb、Ta、Mo、Wをドープした。このドーピングによる金属-絶縁体転移温度の変化を図2に示す。図から明らかなように転移温度は各ドーピングによって減少し、Wを11%程度ドープした試料で最低温度まで金属になることが確認された。 図1:VO2の電気抵抗(上図)と帯磁率(下図)図2:ドーピングによるVO2の転移温度の変化 Wを11%ドープして完全に金属化したVO2では、比熱測定から見積もった電子比熱係数がおよそ40mJ/K2molであり、V2O3の金属相に見られるのと同程度の大きさである[1]。これは伝導電子の有効質量が非常に増大していることを示唆しており、他のマグネリ相V酸化物に見られたのと同じ、強い電子相関の表れである。 一方で、完全にエネルギーギャップが壊れていない状態ではドープされた不純物はどのように振る舞うのだろうか。W、Ta、Nbドーピングの試料では、電気抵抗から見積もった低温絶縁体相での活性化エネルギーはドープしないVO2と同じ大きさであり、帯磁率にはドープした元素による局在スピンがCurie項として現れている。すなわちドープされた電子は不純物バンド内で局在し、電子対を局所的に破壊するのみで系全体の伝導には寄与しないことがわかった。ところがMoドープに関しては他の元素のドーピングとは様相が異なり、金属-絶縁体転移温度の減少とともに低温絶縁体相自身が金属化することが観測された。また帯磁率にCurie項が見られず、あたかも通常の半導体にドープした結果、不純物バンド内で伝導が起こっているように見える。ドープされた少数キャリアによる伝導を反映して、比熱から見積もった電子比熱係数はおよそ5mJ/K2molと小さな値を示している。W、Ta、NbとMoをドープしたときで低温絶縁体領域での振る舞いが異なるのは、たまたまMoの不純物準位がVO2の伝導帯と同程度のエネルギー準位であるためであると考えられ、本質的に違いがあるわけではない。 このように、VO2の絶縁体相はドーピングに対しては普通の半導体のように振る舞う一方、一度エネルギーギャップが壊れて金属になると電子間の相互作用によって有効質量の増大した金属としての振る舞いが見られており、他のV酸化物と同様強い電子間相互作用を内在していることがわかる。 図3:Ti4O7の電気抵抗(上図)と帯磁率(下図) Ti4O7はVO2と同様に低温で全ての電子が電子対を形成して非磁性絶縁体に転移するが、VO2がV原子あたり1つのd電子を持っているのに対して、Ti4O7はTiあたり0.5個の電子しか持っていないquarter filledの系である。また、154Kで金属-絶縁体転移が見られた後、さらに140K程度で再び絶縁体-絶縁体転移を起こすことが知られている(図3)。帯磁率は154Kでの電子対の形成に伴って不連続に減少し、140Kでの転移は電子対同士のオーダーパターンの変化による電子対の再整列転移なので帯磁率に変化は見られない。154K以下の絶縁体相では格子が歪むことにより電子対が形成されており、バイポーラロン絶縁体である。バイポーラロン絶縁体を金属化することによって、その金属相とバイポーラロン絶縁体相の境界部に超伝導相が現れるという予言がなされており[2]、その観点からもTi4O7の絶縁体相を金属化することに興味が持たれてきたが、この研究で圧力をかけることにより初めてTi4O7を最低温度まで金属化することに成功した。 常圧から50kbarまでの圧力下における電気抵抗と、転移温度の圧力依存性を図4に示す。常圧で約140Kの電子対再整列転移は電気抵抗のヒステリシスを伴ってはっきり見えており、3kbar程度の圧力で消失した。一方、電子対形成に伴う金属-絶縁体転移は約30kbarの圧力下で消失し、それより高圧下では金属基底状態が実現されている。圧力誘起金属-絶縁体転移近傍では3Kまでの電気抵抗の測定の結果、超伝導の兆候は見られなかった。 系が完全に金属になった29kbarから50kbar下では電気抵抗はT2に比例した温度依存性を示している。その係数Aは29kbarでおよそ6×10-8cm/K2であり、圧力の増加とともに減少している。この大きなAの値と加圧に伴う減少は、典型的な強相関物質であるV2O3[3]やNiS2-xSex[4]の金属相においても観測されている。大きなAはKadowaki-Woodsの関係によって電子比熱係数に関連付けられており、電子の有効質量が増大していることを示唆している。実際、V2O3の金属相では〜80mJ/K2molと観測されており[1]、この圧力誘起金属相とV2O3やNiS2-xSexとの類似は、Ti4O7もまたMott転移を示す物質として認識できることを示している。 このような強相関物質としての物性は、常圧下での光学測定においても顕著に表れている。T>154Kの金属状態でのDrude吸収から見積もった伝導電子の有効数は、化学的に考えられる電子数(Tiあたり0.5個)よりもはるかに少なく、有効質量が数十倍にまで増大していることを示唆している。さらに、このDrude吸収は通常の金属に比べてはるかに高エネルギーまで広がっており、強相関金属に一般的に見られる振る舞いに類似している。140K<T<154Kの中間絶縁体領域では約0.7eV、T<140Kの低温絶縁体領域では約0.9eVにバイポーラロンのスピン一重項-三重項遷移に相当する吸収ピークが見られているが、同程度のエネルギースケールにクーロン積分Uによる吸収があると考えられ、電子間相互作用と電子-格子相互作用がほぼ拮抗していることがわかる。 図4:加圧によるTi4O7の転移温度の変化 このように、VO2、Ti4O7それぞれの金属状態で強い電子相関を反映したMott転移的な側面が見られたが、それは金属-絶縁体転移のメカニズム自身にどのように現れているのだろうか。図5にTi5O9の電気抵抗と帯磁率を示す。この物質は室温では金属であるが、141Kで絶縁体に転移し、133Kで再び絶縁体-絶縁体転移を示す。帯磁率は141Kで一度増大した後、133Kで減少している。これは141Kで伝導電子がクーロン反発力で局在し、金属磁性から局在磁性に変わることによりいったん帯磁率が上昇した後、133Kまで温度が下がった時点で電子対が形成されて帯磁率が不連続に減少すると考えられ、あくまでも絶縁体に転移するのは電子間反発力による電子の局在であることを示唆している。他のマグネリ相酸化物ではこの2つの過程が同時に起こっていたのが、何らかの理由によりTi5O9では電子の局在、整列と電子対形成が別々に見られており、他のマグネリ相酸化物の金属-絶縁体転移においても同様のメカニズムによって金属-絶縁体転移が起こっていると考えられる。 図5:Ti5O9の電気抵抗(上図)と帯磁率(下図) 以上、マグネリ相酸化物のいくつかの組成について、その金属-絶縁体転移と金属相の物性について詳しく調べた結果、マグネリ相酸化物の金属-絶縁体転移は電子間反発力によるMott転移が本質であることがわかった。電子間相互作用と電子-格子相互作用は同程度のエネルギースケールで競合しており、それがマグネリ相化合物の示す多様な物性として現れていると考えられる。 [1]D.B.McWhan et al.,Phys.Rev.Lett.27,941(1971);D.B.McWhan et al.,Phys.Rev.B7,3079(1973)[2]B.K.Chakraverty,J.Physique 40,L-99(1979)[3]D.B.McWhan et al.,Phys.Rev.Lett.22,887(1969)[4]M.Kamada et al.,J.Phys.C:Solid State Phys.10,L643(1977);S.Ogawa,J.Appl.Phys.50,2308(1979) |