学位論文要旨



No 113477
著者(漢字) 渡邉,淳
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,アツシ
標題(和) シアン分解酵素の機能解析とその改変
標題(洋)
報告番号 113477
報告番号 甲13477
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4195号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 政策研究大学院大学 教授 藤正,巌
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 助教授 山本,順寛
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨

 本論文は、シアンの生物処理プロセスに応用可能なシアンを分解できる微生物の単離とその反応に関わる酵素の機能解析に関するものであり、6章より構成されている。

 シアン化物は生体に対して毒性が強く、毒物および劇物取締法において毒物に指定されている。シアンは、生体内に吸収されると細胞のシトクロムcオキシダーゼを阻害し、呼吸困難を引き起こす。このような毒性にも関わらず、シアンは工業的には多くの用途があり、金属精錬やメッキ、青酸系の樹脂や繊維などの合成原料として、広く用いられている。これらの工場からの排水には、高濃度のシアンが含まれるため、自然界に排出する前にシアンの除去または無毒化が必要である。従来のおもなシアンの処理法である次亜塩素酸や塩素による酸化分解では、有害な次亜塩素酸や塩素を必要とし、また設備や処理運営に費用がかかる。これらの処理法に変わるものとして、生物的に処理する方法がある。これは、微生物や酵素などを利用してシアンを分解または無毒化する方法である。シアンの生物処理を開発するためには、シアンを分解できる微生物または酵素が必須であり、その単離および機能解析が必要である。

 そこで本研究では、シアンの生物処理に応用可能な微生物の単離とシアン分解に関与する酵素の精製および機能解析を行うことを目的とした。また、この酵素の遺伝子をクローニングし、大腸菌中での大量発現系の構築および変異の導入による酵素の機能解析も検討した。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、シアン分解細菌の単離とその細菌からシアン分解酵素の精製を行った。シアン分解細菌を単離するために、メッキ工場の排水を採取した。この排水をシアンを含む培地に接種し、30℃で培養を行った。増殖した微生物の中から、シアンを分解できる細菌AK61株を単離した。この細菌は、グラム陰性、非運動性の好気性桿菌であることが確かめられた。これらの性質から、AK61株が現在までに報告されているシアンを分解する細菌と全く異なることが示された。AK61株によるシアンの分解は、特別な補酵素を必要とせず、その分解能力は、1mMのシアンを30℃、10分で90%以上分解することが示された。また、シアンの分解に伴い反応液中にアンモニアが蓄積されることが確認され、シアン分解による生成物のひとつがアンモニアであることがわかった。さらに、このAK61株のシアン分解活性は、培養中のシアンの存在に関わらず発現していることが明らかとなった。

 続いて、このAK61株から、シアン分解酵素の精製を行った。AK61株を培養し、超音波破砕器を用いて破砕した懸濁液を細胞抽出液として精製に用いた。この細胞抽出液から、硫酸アンモニウムによる塩析および陰イオン交換カラム、疎水性カラム、ヒドロキシアパタイトカラムを用いて酵素の精製を行った。この一連の精製の操作によって、本酵素は約50倍に精製され、その収率は約13%であった。電気泳動の結果から、精製された酵素は、38kDa付近にほぼ単一のバンドを示し、純度よく精製されていることが確かめられた。また、ゲル濾過によって酵素の分子量を測定したところ、100kDa以上であることが明らかとなった。これは、本酵素が1種類のポリペプチドからなる多量体であることを示している。なお、最終的に精製された酵素のシアンに対する比活性は54.6Umg-1であった。この酵素の速度論的解析から、シアンに対するKmおよびVmaxは、それぞれ1.7mM、56.4 mol min-1mg-1と求められた。また、至適温度は約30℃、至適pHは7.5付近であることも確かめられた。さらに、この酵素はシアンの分解に伴いギ酸を生成することが確認され、シアンを分解してアンモニアとギ酸を生成することが明らかとなった。シアンを加水分解してアンモニアとギ酸を生成する酵素は、シアンジヒドラターゼ(シアニダーゼ)として知られており、Alcaligenes xylosoxidans subsp.denitrificansおよびBacillus pumilusの2種類の細菌から精製されている。AK61株から精製されたシアン分解酵素もこのシアンジヒドラターゼに属するものと考えられた。

 第3章では、シアンジヒドラターゼ遺伝子のクローニングとその塩基配列の決定を行った。精製したシアンジヒドラターゼをリシルエンドペプチダーゼによって消化し、生じたペプチドを電気泳動によって分離した。分離した各ペプチドについてN末端のアミノ酸配列を決定し、そのアミノ酸配列のうちAHYPFFKAおよびMRVSVAERに対応するDNAプライマーを作成した。このDNAプライマーを用いてポリメラーゼチェインリアクションによってAK61株のゲノムDNAの増幅を行い、約400bpの遺伝子断片の増幅が確認された。この遺伝子断片の塩基配列を決定したところ、精製した酵素が有するアミノ酸配列の遺伝情報を含んでいることが確かめられ、この遺伝子断片がシアンジヒドラターゼ遺伝子の一部であることが明らかとなった。そこで、この遺伝子断片をジゴキシゲニン-11-dUTPで標識し、DNAプローブとしてシアンジヒドラターゼ遺伝子のスクリーニングに用いた。AK61株のゲノムライブラリを作成するために、AK61株のゲノムDNAを制限酵素で消化し、その遺伝子断片をファージであるZAP expressに挿入した。これを大腸菌に感染し、ゲノムのライブラリーを作成した。このライブラリーから、目的の遺伝子を含むものをスクリーニングするために、ジゴキシゲニン-11-dUTPで標識したDNAプローブを用いてプラークハイブリダイゼーションを行った。得られた遺伝子断片から、シアンジヒドラターゼ遺伝子の塩基配列をジデオキシ法によって決定した。この結果、シアンジヒドラターゼ遺伝子には1005 bpの読みとり枠があり、シアン分解酵素は、334残基のアミノ酸から構成されていることが明らかとなった。この遺伝子から推測されるアミノ酸配列から、本酵素のポリペプチドの分子量が3.76kDaであると予想することができた。また、このアミノ酸配列は、ニトリラーゼ(EC3.5.5.1)およびシアンヒドラターゼ(EC4.2.1.66)と相同性が高いことが明らかとなった。特に、Rhodococcus rhodochrousから精製されたニトリラーゼとの相同性が高く35.1%であった。

 第4章では、シアンジヒドラターゼの大量発現系の構築を行った。大腸菌中で酵素を大量発現させるために、発現用ベクターpKK223-3にシアンジヒドラターゼ遺伝子を挿入したプラスミドpKCH3-10を作成し、大腸菌に形質転換した。この酵素を発現した大腸菌の細胞抽出液を電気泳動した結果、約38kDaの分子量のポリペプチドが発現していることが確かめられた。また、この大腸菌はシアンを分解することが確認され、発現した酵素が活性を持っていることが明らかになった。大腸菌中で発現したシアンジヒドラターゼは、細胞抽出液の総活性でAK61株の約90倍発現されていることが求められた。発現された酵素のLineweaver-Burkプロットから、この酵素のKmおよび、Vmaxは、それぞれ1.4mM、53.8 mol min-1mg-1と求められ、この酵素はAK61由来の酵素とほとんど同じ性質を示した。至適温度および至適pHもAK61株由来のものと同じで、それぞれ30℃、pH7.5であった。また、シアンジヒドラターゼの基質特異性について検討するために、アミノ酸配列で相同性の高かったニトリラーゼの基質を用いて活性測定を行った。シアンジヒドラターゼは10種類のニトリルに対してほとんど活性を示さないことが確かめられ、シアンに対する基質特異性が高いことが示された。さらに、発現した酵素を用いてリン酸緩衝液中での酵素の安定性を検討したところ、30℃で保存した場合、約100時間で初期の半分の活性しか示さないが、4℃の保存では約300時間後でも初期の活性の約80%が示すことが確認された。

 第5章では、シアンジヒドラターゼの活性部位の検索を行った。活性部位の検索は、シアンジヒドラターゼに部位特異的変異を導入することによって検討した。変異の導入は、この酵素のアミノ酸配列でニトリラーゼやシアンヒドラターゼと比較して、保存されている残基のうち13種類について行った。部位特異的変異を導入した酵素の活性を確認したところ、9種類について酵素に活性がみられなかった。これらのアミノ酸残基は、シアンジヒドラターゼの活性の発現または構造の維持に重要な役割を果たすアミノ酸であることが示唆された。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。

 本研究では、シアンの生物処理プロセスに応用可能なシアン分解能を有する細菌の単離およびその反応に関与する酵素の精製と機能解析を行った。本研究により、シアン分解酵素であるシアンジヒドラターゼの塩基配列の決定や機能の解析などの情報が得られた。また、大量発現系の構築による大腸菌中で酵素の大量生産が可能となった。シアンジヒドラターゼの塩基配列の決定は本研究が初めてであり、活性のあるシアン分解酵素の大腸菌中での発現はこの研究が初めてである。今後、遺伝子組み換えを行った大腸菌や酵素を用いるバイオリアクターなど、新しいシアンの生物処理プロセスの開発に大きく貢献するものと考えられる。

審査要旨

 本論文は、シアンの生物処理プロセスに応用可能なシアンを分解できる微生物の単離とその反応に関わる酵素の機能解析に関するものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、シアン分解細菌の単離とその細菌からシアン分解酵素の精製を行っている。シアン分解細菌の分離源として、メッキ工場の排水を採取し、この排水からシアンを分解する細菌AK61株を単離している。この細菌は、グラム陰性、非運動性の好気性桿菌であることを確認し、すでに報告されているシアン分解細菌とは異なる細菌であると述べている。このAK61株によるシアンの分解は、その反応で特別な補酵素を必要としないこと、分解に伴いアンモニアが発生することを明らかにしている。また、AK61株は、シアンの存在に関係なくシアン分解活性が発現していることを確認しており、シアンの生物処理プロセスへの応用に有用であると述べている。

 AK61株から、シアンの分解に関与する酵素を精製している。AK61株の細胞抽出液を、塩析し、これを数種類のカラムを用いて精製し、純度よく精製されたことをポリアクリルアミド電気泳動で確認している。また、電気泳動およびゲル濾過の結果から、この酵素は約38kDaのポリペプチドから構成され、分子量が100kDa以上の蛋白質であることを明らかにしている。速度論的解析から、精製された酵素のシアンに対するKmがl.7mM、さらに至適温度および至適pHがそれぞれ約30℃、7.5付近であると報告している。この酵素のシアン分解に伴う生成物の検討から、この酵素がシアンを加水分解し、アンモニアとギ酸を生成するシアンジヒドラターゼであると述べている。

 第3章では、シアンジヒドラターゼ遺伝子のクローニングとその塩基配列の決定を行っている。遺伝子のクローニングを行うために、AK61株のゲノムDNAを制限酵素Saで消化し、その遺伝子断片をファージの遺伝子に挿入したゲノムライブラリーを作成している。このライブラリから、ポリメラーゼチェンリアクションによって増幅されたシアンジヒドラターゼの遺伝子断片をプローブとして使用し、シアンジヒドラターゼ遺伝子のスクリーニングを行っている。スクリーニングされた遺伝子から、シアンジヒドラターゼ遺伝子を含む約1.2kbの塩基配列を決定し、1005bpの読みとり枠を確認している。この結果から、シアンジヒドラターゼを構成するポリペプチドは334残基であり、その分子量が約3.76kDaであると推定している。また、このアミノ酸配列は、ニトリラーゼおよびシアンヒドラターゼと相同性が高いと述べている。

 第4章では、シアンジヒドラターゼの大腸菌での発現系の構築を行っている。発現系を構築するために、発現用ベクターpKK223-3にシアンジヒドラターゼ遺伝子を挿入したプラスミドpKCH3-10を作成し、これを大腸菌に形質転換している。この遺伝子を発現した大腸菌の細胞抽出液中に分子量約38kDaのポリペプチドの発現を確認している。また、この大腸菌はシアン分解活性を有していることが観察され、発現した酵素が活性を維持していると報告している。また、この酵素を精製し、速度論的解析を行った結果、シアンに対するKm、至適温度および至適pHはAK61株由来のものとほぼ同じであることを確認している。さらに、発現した酵素の基質特異性を検討し、このシアンジヒドラターゼは数種類のニトリルに対して活性を示さないことから、シアンに対する基質特異性が高いと述べている。

 第5章では、シアンジヒドラターゼに部位特異的変異を導入して、アミノ酸残基の置換が酵素活性や構造に与える影響を検討している。第3章で決定したシアンジヒドラターゼのアミノ酸配列をニトリラーゼおよびシアンヒドラターゼと比較し、保存されているアミノ酸のうち13種類についてアミノ酸の置換を行っている。変異を導入した酵素を発現した大腸菌のシアン分解活性について検討し、9種類の大腸菌については活性がないことを確認している。これらのうち、163-システイン残基は、これを他のアミノ酸に置換しても蛋白質の構造に影響がみられないことから、酵素活性の発現に重要なアミノ酸残基であると報告している。これ以外の活性の失った変異シアンジヒドラターゼについては、アミノ酸残基の置換が構造やサプユニットの会合に影響を与えていることが推測され、これらのアミノ酸残基が、シアンジヒドラターゼの構造の維持に関与する可能性があると述べている。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 このように本論文では、シアンの生物処理プロセスに応用可能なシアン分解能を有する細菌の単離およびその反応に関与する酵素の精製を行い、その酵素の機能を明らかにしている。また、その酵素の遺伝子を初めてクローニングし、塩基配列の決定および発現系の構築にも成功している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54014