本論文は、近年、その生理活性作用が注目されているエイコサペンタエン酸(EPA)を生産する方法に関し、微細藻類を用いて生産速度を向上させ、さらに機構を明らかにすることを本研究の目的としたものであり、全6章より構成されている 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。 第2章「生産株のスクリーニングと栄養条件の検討」では、高いEPA生産能を持つ株を単離・同定し、それを用いて最適な栄養条件を探索している。その結果、EPAを生成することができる微細藻類4株を単離・同定し、この中で最もEPA生産速度が大きい珪藻綱に属するNavicula.saprophilaを得ることができたと報告している。さらに、この株を用いて混合栄養増殖を行わせたところ、酢酸存在下においてこの株の増殖速度が向上したことを示している。 第3章「酢酸を炭素源とするEPA生産」では、第2章で選ばれた増殖速度が高い株についてEPAの生産速度を求め、EPA生産速度を調べている。また、酢酸添加がEPA生産に及ぼす効果について評価している。その結果、最初に培養時に通気するCO2濃度の影響について検討したところ、低CO2細胞のEPA含有量の最大値10.5mgEPA g-1biomassに対し、高CO2細胞では対数増殖後期でEPA含有量が最大値16.0mgEPA g-1biomassを示し、高CO2細胞の方が低CO2細胞よりもEPA含有量が多いことを明らかにしている。さらに、この状態に酢酸ナトリウムを添加した混合栄養条件区では、その最大値34.0mg EPA g-1biomassを記録したと報告している。すなわちEPA含有量は、高い濃度のCO2通気下で酢酸を添加した混合栄養条件下で高いEPA含有量がえられることを明らかにしている。また、他の脂肪酸では、パルミトレイン酸がEPA以上に酢酸の添加と関係していることを示唆しており、この結果を受けて第4章に展開している。 第4章「植物油を炭素源とするEPA生産」では、この株の生合成過程で蓄積するパルミトレイン酸よりもEPAに近い脂肪酸であるリノール酸やリノレン酸に注目し、これらを含む植物油を用いてEPA含有量を向上させる試みを行っている。その結果、植物油を添加した場合コントロールに比べてEPA含有量は向上し、4種類のの植物油のうちでは、ごま油を添加した場合に最も高いEPA生産量を示したと報告している。さらにこの知見を最適化し、ごま油濃度100mgL-1、培養時間3hで最高の値を示し、比較的に低濃度・短時間でEPAの生成が行われることを明らかにしている。この株(N.saprophila)がEPA生合成前駆体としてごま油を利用したかどうかを確かめるため、生細胞と死細胞でのEPA含有量を比較したところ、EPA組成において生細胞の方で大きな値となったことに加え、生細胞でEPA前駆体であるオレイン酸やリノール酸の組成比が、死細胞のそれぞれの値に比べ減少したことから、この株がこれら脂肪酸をEPA前駆体として使ったことを検証している。 第5章「Nacicula saprophilaの生合成の機構」では、脂質種の脂肪酸組成を調べ、EPAの局在を調べている。 また、脂肪酸生合成阻害剤である除草剤(Norflurazone)を用いて、この藻類のEPA生合成ルートを検討している。その結果、EPAは脂質種の中で、Monogalactosyl diacylglycerol(MGDG),Phosphatidylethanolamine(PE)そしてPhosphatidylcholine(PC)に分布しており、特にMGDGとPCに多く局在していたと報告している。混合栄養条件下では、PCのEPA組成比は増加し、酢酸添加によるEPA含有量増加はこの脂質種のEPAの増加を促進していたことを明らかにしている。除草剤を添加し藻体の脂肪酸組成変化を調べたところ、パルミトレイン酸量が減少し、かわりにEPAが増加したこと、脂肪酸組成に-3経路に属するEPA前駆体がないこと、および、-6経路に属するリノール酸や11、14-eicosadienoic acid、-リノレン酸そしてアラキドン酸が存在することから、N.saprophilaのEPA生成経路は、-6経由でEPAが出来ているものと推定できたと報告している。 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。このように本論文では、微細藻類が生育上基本とする光独立栄養増殖を用いない混合栄養条件下での新しいEPA生産方法を検討としたもので、従来に比べ格段に高いEPA生産速度を得ることを可能としており、微細藻類によるEPA生産において、極めて重要な生産方法を明らかにしている。 よって本論文は博士(工学)の学位審査請求論文として合格と認められる。 |