学位論文要旨



No 113479
著者(漢字) 矢野,正晴
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,マサハル
標題(和) 製造企業の研究開発組織の実証的分析 : 異質性と独創性の関係についての研究
標題(洋)
報告番号 113479
報告番号 甲13479
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4197号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 青木,保
 東京大学 教授 野口,悠紀雄
 東京大学 助教授 橋本,毅彦
 東京大学 助教授 高橋,伸夫
内容要旨

 世界のフロントランナーの一員となった日本は、技術や製品開発の面でもはや他国技術の模倣などではやっていけなくなっている。事実、日本の製造企業全体を見ると、1986年には研究開発費が設備投資額を上回った日本の製造業は、「造る集団」から「考える集団」へと変身を遂げつつあると言える。日本の製造企業の研究開発組織にとって独創性は不可欠なのである。

 Pelz and Andrewsなど、特許出願件数や論文数は研究開発のパフォーマンスの測定にしばしば使われている。しかし、特許出願件数や論文件数を独創性の尺度とするのは適切であろうか。本稿はこの問題提起から出発し、これに対する解を得るため、一企業内の全研究員を対象にしたアンケートを実施して投票により独創性を測定することにした。

 ところで、既存の研究では異質性の重要性に言及したものは多いが、その異質性の内容について実証研究のレベルにまで踏み込んだものは少ない。本稿ではさらに一歩進めて、日本の中で異質性が独創性につながるかどうか、またどのような異質性が効くのかを分析した。なお、筆者が異質性と言っているのは、知識や考え方、経験などが全く違うというものではない。日本の中の同質性を好む風土の中で、どのような異質性を取り入れるべきなのか、というのが筆者の関心なのである。

 1996年に、製造企業A社の研究所の全研究員(ただし、直接チームを見てない部長職などは対象外とする)を対象に職制を通して記名式のアンケート票(チームリーダー用とメンバー用がある)を配付し、2週間後に期限を設定した。1,022名から回答を得、回収率は85.2%であった。一方、全研究員の出身学科、所属歴などのようなアンケートするまでもなく会社で把握しているデータについては人事マスタから収集した。

 このアンケートには、「A社の研究所の中で独創性があると思うチームはどこか」および「A社の研究所の中で独創性があると思う個人は誰か」の質問がある。その結果から、独創性は特許の出願件数や論文数などの研究開発のパフォーマンスとは違うものであることが分かった(事実発見1)。さらに、上記の投票結果を見ていったら、企業の研究開発チームには、個人特性とは別のチーム特性としての独創性が存在することが分かってきた(事実発見2)。次に、チーム得票ランキング上位の数チームへインタビューを行ったところ、当初考えていたとおり独創性のあるチームには異質性があることが研究開発現場の実態から分かってきた。本稿ではそのうち3つの事例を取り上げた。事例1(移動体通信用Sフィルタ)では、意見が対立し普通なら多数意見が取り入れられそうな場面なのに、妥協を嫌う研究員の少数意見をリーダーが採用したことにより研究が大きく前進した。また、このチームにとって他部門との連携も重要であった。事例2(Bトランジスタ)においては、異質性の内容が大学時代における専門の異質性という明確なものであった。事例3(電子コミュニティ)で扱ったのは異分野経験者の入ったチームで、そのメンバー達にリーダーが議論を自由にさせた。これらの3つのチームのリーダー以外にも幾人かのリーダーとメンバーにインタビューしたが、研究開発の現場のリーダーの意識の中では異質性が研究の原動力の1つになっているものと考えられる。

 チームの異質性が独創性に効くことは、アンケートの統計的分析結果からも支持された(事実発見3)。まず、アンケート票の全項目を質問項目ごとに高低2群に分けた。一方、チーム得票を見て、得票が2票以上のチームと1票以下のチームの2群に分けた。前者が独創性のあるチーム、後者が独創性のないチームである。これにより2群対2群でカイ2乗検定を行い、有意性の高い項目を10%水準まで抽出したところ15変数が得られた。この後、これらの変数を一括して因子分析にかけた。その結果6つの因子が抽出できたが、それらは(1)チームの構成メンバーの異質性と、(2)異質性取り込みなどのリーダーのチームマネジメントに大きく2分できた。前者は、多様な知識・考え方(第1因子)、海外や大学との接触(第3因子)、異分野経験(第5因子)、および多様な性格・個性(第6因子)の4因子から成る。後者は、異質性取り込み・混合のチームマネジメント(第2因子)および組織間連携(第4因子)の2因子から成る。これらの6つの因子がチームの独創性の要因になっていることは重回帰分析の結果からも支持された。ただし、この事実発見3については、異質性以外にもチームの独創性に影響を与える要因があるかも知れないので、チームの独創性は異質性だけがよりどころになると主張するものではなく少なくとも異質性が効くことが分かったのである。

 さらに、研究開発分野別(ハードウェア研究およびソフトウェア研究)に見ると、ソフトウェア研究のチームにおいてはハードウェア研究のチーム以上に、「組織間連携」と「多様な性格・個性」の2つの因子得点の独創性への関連度が強いことが分かった(事実発見4)。独創性のないソフトウェア研究のチームは「組織間連携」と「多様な性格・個性」の2つの面で異質性の導入が遅れているのではないか、と考えられる。

 続いて、研究所以外の事業部門(システム開発部門および情報処理部門)における統計的分析および事例研究からは、システム開発部門においても異質性が独創性につながること(事実発見5)、および情報処理部門では独創性と異質性の関連が薄いこと(事実発見6)が分かった。システム開発部門は主として直接顧客と接触する部門であることもあって上記の特徴(事実発見5)が出てきており、情報処理部門では開発の速さが重要な要素の1つであることから上記の特徴(事実発見6)が出てきたものであった。

 以上の6つの事実発見から、製造企業の研究開発組織の管理上の有益な示唆が得られたものと考えられる。たとえば、研究所の研究開発分野別の分析から、ソフトウェア研究のチームは組織間連携を強化すること、および、チームに多様な性格・個性を導入することが示唆される。もちろん他の4つの因子がおろそかにされてされてよいということではなく、6つの因子とも大切だが特に上記の2因子に力を入れるとよいのではないか、という意味である。また、情報処理部門の統計的分析では独創性と異質性の関連が薄いという現状が浮かび上がったが、同部門の事例をも合わせ考えると今後については情報処理部門としても異質性を積極的に導入していくべきことが示唆される。

 本稿の目的は分析結果を示すことであり、実際の研究開発管理への適用施策については今後十分に検討されなければならず今後の課題であるが、そのための大まかな方向性は本稿により得られたのではないかと考える。研究開発チームのメンバー構成に異質性を持たせておけばよいのではなく、因子分析と重回帰分析の結果からも明らかなように「異質性取り込みなどのリーダーのチームマネジメント」も重要である。同質的なメンバー間では議論は発生しにくいが、異質なメンバー間では議論が発生しやすい。異質なもののぶつかり合いがが自然な形で行われるように持っていくのがリーダーの役目だと思われる。異質なものを重んじ、異質なもの同士がぶつかり合うことによって新たな独創性が生まれるものと考えられる。今までのように、「他人と同じことをやっていれば安心」といった考えの強い日本の風土にあって、ストレートに「他人と同じことはやりたくない」というような欧米的な考えそのものではないがそれに近い要素をも加味したチームマネジメント、あるいは経営が日本の製造企業には必要ではないだろうか。さらに言えば、異質性を重んじる社会に変わることが独創的な日本となるためには必要であると考えるのである。

審査要旨

 世界のフロントランナーとなった日本の製造企業の研究開発組織にとって独創性は不可欠である。既存の研究では異質性の重要性に言及したものは多いが、その異質性の内容について実証研究のレベルにまで踏み込んだものは少ない。本論文は、日本の中で異質性が独創性という成果につながるかどうか、またどのような異質性が効くのかを、実証的に分析したものである。

 製造企業A社の研究所の全研究員を対象に、職制を通して、記名式のアンケート票(チームリーダー用とメンバー用がある)を配付し、1,022名(回収率は85.2%)から回答を得た。一方、全研究員の出身学科、所属歴などの会社で把握しているデータについては人事マスタから収集した。

 このアンケートでは、「A社の研究所の中で、独創性があると思うチームはどこか」および「独創性のある個人はだれか」の質問項目を設定している。この質問項目に関する分析の結果、独創性は特許の出願件数や論文数などの研究開発のパフォーマンスとは違うものである。さらに、企業の研究開発チームには、個人特性とは別のチーム特性としての独創性が存在するということが明らかになった。そこで、チーム得票ランキング上位の数チームへインタビューを行ったところ、独創性のあるチームには異質性があることが研究開発現場の実態から浮かび上がってきた。この面接結果を確証するため,3つの事例研究を行った。「移動体通信用Sフィルタ」の事例では、妥協を嫌う研究員の少数意見をリーダーが採用したこと、「Bトランジスタ」の事例では、大学時代における専門の異質性が、「電子コミュニティ」の事例では、異分野経験者の入ったチーム構成が、独創的な成果の原動力になっていることを明らかにした。

 チームの異質性が独創性に効くことの一般性を担保するため、アンケートの統計的分析を行った。まず、アンケート票の全項目を質問項目ごとに高低2群に分けた。一方、チーム得票を見て、独創性のあるチーム(得票が2票以上のチーム)と独創性のないチーム(1票以下のチーム)の2群に分けた。そこで、2群対2群でカイ2乗検定を行い、有意性の高い項目を10%水準まで抽出したところ15変数が得られた。これらの変数を一括して因子分析にかけた結果、6つの因子が抽出され、それらはチームの「構成メンバーの異質性」と「異質性取り込みのマネジメント」に大きく2分できた。前者は、「多様な知識・考え方」、「海外や大学との接触」、「異分野経験」、「多様な性格・個性」の4因子から成る。後者は、「チームマネジメント」、「組織間連携」の2因子から成る。これらの6つの因子がチームの独創性の要因になっていることは重回帰分析の結果からも支持された。

 独創性と異質性の関係についての分析をさらに深化させるために,研究分野別(ハードとソフトの区別)や研究所以外の事業部門(システム開発部門および情報処理部門)における統計的分析および事例研究も行っている。その結果、ソフトウェア研究のチームはハードウェア研究のチーム以上に、「組織間連携」、「多様な性格・個性」の2つの因子得点が独創性への関連度が強いことを発見している。研究所以外の事業部門(システム開発部門および情報処理部門)については、システム開発部門においても異質性が独創性につながること、しかし,情報処理部門では独創性と異質性の関連が薄いことを明らかにした。その理由としては,システム開発部門は主として直接顧客と接触する部門であること、情報処理部門では開発の速さが重要な要素の1つであることを解明している。

 以上を要するに、本論文で得られた事実発見から、製造企業の研究開発組織の管理上の有益な示唆が得られたものと考えられる。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク