学位論文要旨



No 113481
著者(漢字) 鄭,澤龍
著者(英字)
著者(カナ) チョン,テェクヨン
標題(和) 異種半導体基板の常温接合とその半導体レーザへの応用
標題(洋)
報告番号 113481
報告番号 甲13481
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4199号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
 東京大学 講師 伊藤,寿浩
内容要旨

 半導体の分野で接合と言えば、従来のp-n接合あるいはヘテロ接合など接合界面を意味し、不純物拡散法またはエピタキシャル成長法で形成されるものであった。ところが近年、これら接合界面の形成法として直接接合という古くて新しい手法が注目されている。近年の基板表面平坦化技術の進展に伴って注目され、高性能LSI用基板として期待されるSOI、すなわちSi/絶縁膜構造の製造法、マイクロマシンの高機能化・高集積化として現在急速に開発が進んでいる。また、Siにはない発光機能や高い電子移動度を有するIII-V族化合物半導体においても混晶などからなる多種多様な接合構造を従来の有機金属気相成長法(MOCVD)や分子線エピタキシー(MBE)などで積層する場合、格子定数が異なると多数の不整合欠陥が発生して良質の結晶を得ることが困難であり、貫通転位の発生が原理的に起こらない直接接合法が有効であるようになってきた。従来の直接接合法では表面を親水化処理し、シラノール基間の水素結合で張り合わせたのち、さらに熱処理を行っている。しかしこれらのプロセス温度では、金属配線が形成されたデバイスや圧電材料などを利用した複合構造のセンサーなどに対しては高すぎるため、これを低下させることが一つの課題である。そこで、接合の際に熱による拡散や界面での反応が制御でき、界面の形状や性質の制御性が非常によいことが大きな利点である超高真空領域における表面活性化による常温接合法を用いて、異種半導体材料間の常温接合に適用し、本手法の半導体集積化への適用可能性を検討することを本研究の目的とした。

 本研究では半導体材料としてシリコン(Si)(100)ウエハと化合物半導体としては、ガリウムヒ素(GaAs)(100)とインジウムリン(InP)(100)ウエハを使用した。これらの試料に対して、表面活性化にはアルゴン高速原子ビーム(Ar-FAB)を導入することにより試料表面の活性化を行った。試料に対して入射角度45°、加速電圧1.5kV、プラズマ電流15mAでAr中性原子を衝突させ,試料表面の自然酸化膜層、汚染層および吸着層を物理的に除去させた。今回の実験に使用したAr-FABは電気的に中性であるためにイオン電流としての測定は不可能であるが、エッチングレートの測定結果を用いて本Ar-FAB源の等価ビーム電流密度を算出することが可能であった。これにより本Ar-FAB源の等価ビーム電流密度3.78×10-5A/cm2であり、Ar原子のドーズ量に換算すると2.38×10-14dose/cm2・secであることがわかた。照射時間は、AES観察により表面に自然酸化膜の存在を示す酸素のピークが消失するまでの時間を最短照射時間とした。今回用いた半導体ウエハについては、Siは60sec以上、GaAsは60sec以上、InPは30sec以上の照射時間があれば、表面の自然酸化膜層、汚染層および吸着層を物理的に除去するのに充分であった。また、自然酸化膜層のみのならば15sec程度であった。実際の接合に当たっては毎回AES観察をするわけではなく、上記のように一度設定した最短時間Ar-FAB照射を行い、その後、搬送室を通じそのまま圧接に運び接合を行った。Ar高速原子ビーム照射による表面活性化と圧接時の試料同士の密着を容易にするための前処理を施す必要がある。接合実験に使用したシリコンウエハはアセトンおよびアルコールによる超音波洗浄した後、3%のフッ酸と表面の微小なゴミなどを除去するために硫酸:過酸化水素水・純水=4:1:1混液中で洗浄した後、純水洗浄して接合実験に使用した。化合物半導体ウエハはアセトンおよびアルコールによる超音波洗浄のみ行って利用した。以下に実験の結果について記述すると、異種半導体ヘテロ接合の常温接合体の接合強度は約10MPa程度であった。異種半導体ヘテロ接合界面の高分解透過電子顕微鏡によって界面形成過程と界面構造をみると、超高真空中で接合したSi-GaAs接合体の界面では全面にわたって均一な接触が得られており、良好な接合状態で、界面にはボイドは見られなかった。暗視野像でも内部の貫通転位は見つからなかった。さらにこの試料を高分解能電子顕微鏡により、界面には中間層のような2-3nmくらいのアモルパス層が観察された。2-3nmくらいのアモルパス層をmicro-EDS(0.5nm nomalized beam size)により、中間層にはSi,Ar,C,Oが存在している。これはプロセスチャンバーから圧接室への搬送の過程での再吸着によるものか、Siの低温での拡散と考えられる。Si-Siの接合において界面に7-8nm程度のアモルパス層が存在している報告もあり、少ないと思われるがAr-FABの影響があると思われる。GaAs側のSiは拡散によるものと考えられる。2-3nmくらいのアモルパス層が存在しているが、一部原子レベルのダイレクトな接合ができていることがわかった。超高真空中で接合したSi-InP,GaAs-InP接合体の界面には中間層のような200-300nmくらいのアモルパス層が観察された。200-300nmくらいのアモルパス層を分析した結果、中間層にはSi,C,Oが存在している。これはプロセスチャンバーから圧接室への搬送の過程での再吸着によるものか、Siの低温での拡散と考えられる。また、化合物半導体のArガスに対して影響を受けやすく選択エッチング(GaAsではAs,InPではP)させる報告もあり、その影響ではないかと考えられる。

 異種半導体ヘテロ接合おいての電流-電圧特性を調べには、表面活性化による常温接合体の接合界面に電気的障壁となるような高抵抗層はなく、界面を通して電流注入が可能であることが確認された。

 GaAs系OEICの集積化の可能性を検討するためにGaAs基板とInP系レーザダイオードの常温接合を行い、フォトルミネセンス強度、半導体レーザと基板材料の電流-電気特性(I-V)、半導体レーザの電流-光特性(I-L)についての結果をみると、フォトルミネッセンス特性はクリプトンイオンとYAGレーザを用いて行った結果、通常のInP基板上に結晶成長してPLスペクトルを測定した試料とAr-FABの30sec照射により表面活性化させ、常温で接合した接合体との比べに、強度、半値幅とも遜色がなく、Ar-FAB照射による影響がなかった。PL強度とAr-FAB照射時間の関係で、接合に対して、PL強度は遜色がなく、Ar-FAB照射による影響はないと思われる。接合界面の電流-電圧の電気的特性の評価を行うため、レーザ構造を有するエピーウエハとGaAs基板を接合後、InP基板を除去した後、ブロードエリア型レーザに加工し、電流-電圧特性を評価した。その結果、順逆方向とも整流特性を示された。pnダイオードの電流-電圧特性のハードは波形を示し、表面活性化による接合体の接合界面に電気的障壁となるような高抵抗成分はなく、界面を通して電流注入が可能であるものと考えられる。簡易デバイスによるレーザ特性は、電流-光出力の結果より求められ、共振器長L=920m,W=500mの素子において、約2.4Aしきい電流値を得られた。ばらつきが少々あるもので、しきい値電流密度は接合体の接合面同士の面方位が大きくずれて、接合のずれが約15度の時は約1000mA/cm2、少しずれていて約5度の時には約700mA/cm2、ほとんどずれがない接合では約500mA/cm2となった。しきい値電流密度の差はこの面方位のずれにより、共振器面が荒れているため大きくずれているものに対してはしきい値が劣化したと思われる。しきい値電流密度の共振器長逆数の依存性を示しものであり、面方位が一致したGaAs基板上に表面活性化による常温接合法で接合した後、InP基板を除去し、ブロードエリア型半導体レーザに加工した共振器長L=920m,W=500mの素子においてのしきい値電流密度の結果とInP基板上にMOCVDにより結晶成長したレーザのしきい値電流密度(約500〜600mA/cm2)の結果とが等しいであった。また、その傾きがほぼ同じであった。これは、格子定数の違いにより結晶成長しにくい異種半導体材料の表面活性化による接合の有効であることを示すものであると思われる。

 これにより、表面活性化による常温接合法はモノリシックOEICの要素技術として有効になると思われる。

審査要旨

 本論文は「異種半導体基板の常温接合とその半導体レーザへの応用」と題し、表面活性化による常温接合法を用いて、異種半導体材料間の常温接合に適用し、本手法の半導体集積化への適用可能性を検討することを目的で、表面活性化過程としてのAr-FAB(Faat Atom Beam)照射の異種半導体ウエハの表面に及ぼす影響、異種半導体ヘテロ接合の常温接合体の接合強度、異種半導体ヘテロ接合界面の高分解透過電子顕微鏡によって界面形成過程と界面構造、異種半導体ヘテロ接合わいての電流-電圧特性を調べた結果とGaAs系OEICの集積化の可能性を検討するためにGaAs基板とInP系レーザダイオードの常温接合を行い、フォトルミネセンス強度、半導体レーザと基板材料の電流-電気特性(I-V)、半導体レーザの電流-光特性(I-L)について調べた結果であり、十章から構成されている。

 第一章は「緒論」であり、ここでは本研究の目的と意義を明確にしている。

 第二章は「総論」であり、本研究に関する背景、ウエハ直接接合の動向について述べている。

 第三章は「表面活性による常温接合」であり、表面活性化とは、常温接合の現状、表面活性化とイオン衝撃の効果について記述している。

 第四章は「半導体レーザ」であり、半導体レーザの発振原理を述べている。

 第五章は「実験の方法」であり、本研究に使用した材料、真空装置、実験方法を説明している。

 第六章は「活性化による表面の影響」であり、Ar超高速原子ビーム照射による表面の影響、理論的な表面粗さのクライテリオンを説明している。実験により、表面活性化による常温接合での試料表面の活性化というのは、少なくとも試料表面の自然酸化膜の除去であり、今回のAr-FAB照射による表面の活性化にはシリコンの方は60sec、化合物半導体の方は30sec程度で十分であることが示されている。Ar-FAB照射による表面の粗さはある程度のAr-FAB照射は有効であるが、Ar-FAB照射時間とともに表面の粗さは増加し、特に、Ar-FAB照射によりInPでは、激しい表面になるということが示されている。

 第七章は「接合体の強度および界面の観察」であり、超音波顕微鏡による接合界面のボイドの有無、接合体の引張強度、透過電子顕微鏡による界面での微細構造を観察、表面に働く力と接合メカニズムについて述べている。かなりの強度と奇麗な界面を持つこと、Si-GaAs,Si-InP,GaAs-InPの接合が常温で実現できることで、接合強度は引張強度で約10MPaであったこと、き裂は接合端から化合物半導体側へ進展し、脆性破壊したことを示している。接合界面では、SiとGaAsの接合の場合、Ar-FAB照射時間の依存性はなくボイドは観察できず2-3nm程度の中間層が存在することと一部分ではダイレクトな接合界面が形成していることと2-3nm程度のアモルファス層にはSi,O,Cが存在することを示している。また、SiとInPの接合の場合は、Ar-FAB照射時間の依存性はなくボイドは観察できず200-300nm程度厚さのアモルファス層が存在することを、InPとGaAsの接合の場合は、Ar-FAB300secの照射ではボイドは観察できずSiとInPの接合の場合と同様に300nm程度の中間層が存在することを示している。

 第八章は「p-n接合の電流-電圧の特性」であり、表面活性化による常温接合法により接合したp-nヘテロ接合体の電流-電圧特性は順逆方向とも整流特性を示し、接合界面に電気的障害となるような高抵抗層はなく、界面を通して電流注入が可能であることを示している。

 第九章は「半導体レーザへの応用」であり、表面活性化常温接合方法のOEICへの適用可能性を図ることで、ブロードエリア型レーザでの特性評価より、表面活性化による常温接合は電気的、光学的特性の劣化はないことと、InP基板上にMOCVDにより結晶成長したレーザのしきい値電流密度と等しいことが示している。

 第十章は「結論と展望」であり、本研究の結論と表面活性化による常温接合方法の応用面について述べている。

 以上をまとめると、本論文では、従来の熱処理(1000℃以上)の高温での接合とは違って、表面活性化常温接合(SAB)は、接合に必要なエネルギーのうち、結合にかかわらない部分をなるべく物理的な表面活性化処理によって代替することで、接合時のエネルギーを低減しようとするものであり、異種半導体基板の直接接合法として世界初の研究で、光電子集積回路のモノリシック製作に有効になると思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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