本論文は「ニューラルネットワークのダイナミクスに関する研究」と題し、ニューラルネットワークの動的性質に関する理論解析と、その解析結果に基づく情報処理アルゴリズムの開発を行った結果をまとめたものである.理論解析の手法としては、荷重行列の固有空間解析に基づく幾何的解析を中心に、統計的手法を用いたS/N解析による定量分析を併せて議論を行っている.また、応用研究においては、パターンの階層的クラスタリング、組み合わせ最適化問題などに対する並列処理アルゴリズムの開発を行っている.それらの結果は以下の10章にまとめられている. 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の概要と構成について述べている. 第2章は「ニューロダイナミクスの幾何」と題し、ニューラルネットワークの定式化を行うとともに、ニューロダイナミクスにおける状態遷移の幾何構造を明らかにしている. 第3章は「対称ネットワークの幾何」と題し、対称な荷重行列を持つニューラルネットワークの例として自己相関連想記憶を取り上げ、その力学的性質について議論を行っている.まず、幾何的視点から、荷重行列が対称の場合、絶対値の大きい固有値を持つ荷重行列の固有ベクトル方向へ状態遷移が進むことを明らかにし、記憶容量の限界、偽記憶、及び非単調ダイナミクスによる記憶容量の向上等の自己相関連想記憶特有の現象に説明を与えている.また、得られた知見をもとに、計算量を増加させずに記憶容量を拡大する新たな記憶法(符号反転記憶法、ペアリング記憶法)を提案している.提案された記憶法は、記憶容量を約1.4倍に拡大し、非単調ニューロンとの併用により容量は更に拡大されることが示されている. 第4章は「非対称ネットワークの幾何」と題し、非対称な荷重行列を持つニューラルネットワークの力学的性質について、相互相関連想記憶、及びランダムネットワークを取り上げて議論を行っている.荷重行列の固有空間解析から、系は絶対値の大きい固有値を持つ固有ベクトルに支配され、その固有値の位相を角速度として状態ベクトルが回転することが示されている.さらに、非対称系に対応した非単調ニューロダイナミクスの提案が行われている. 第5章は「ニューロウインドウ法」と題し、相関型連想記憶において、階層的に相関を持つパターン群を記憶した時の記憶パターンと相関の中心との選択的想起法が検討されている.自己相関連想記憶において、階層的相関を持つパターンを記憶した場合、各階層における相関の中心パターンとして概念パターンが定義される.本論文では、窓型の非単調ニューロンのパラメータを制御しながら想起を行うニューロウインドウ法が提案され、その方法を用いることで記憶パターンと各階層の概念パターンの選択的想起が可能になることが示されている.これは、パターンの階層的クラスタリングを並列計算を用いて実現していることに相当する.また、相互相関連想記憶においても、記憶したパターンの系列とその相関の中心(概念系列)を選択的に想起する方法が示されている. 第6章は「連想記憶の統計理論解析」と題し、第5章で提案されたニューロウインドウ法を用いた連想記憶の記憶容量やパラメータの臨界値等の定量値を統計理論を使って計算し、シミュレーションで得られた定量的性質を理論的に再現している. 第7章は「連続時間ダイナミクス」と題し、連続時間ダイナミクスを持つニューラルネットワークの力学的特徴を、離散時間ダイナミクスを持つニューラルネットワークと比較して論じている. 第8章は「組み合わせ最適化の幾何とその応用」と題し、組み合わせ最適化問題を解くニューラルネットワークを幾何的な視点から解析し、並列ディジタル計算機で高速に準最適解を得るアルゴリズムを提案している.従来提案されている組み合わせ最適化のための荷重行列設計法では、並列ディジタル計算機を導入しても収束までの時間短縮を図ると系が発散し準最適解が得られないという問題点があった.本論文においては、系の発散要因となる最小固有値成分を除去し、並列ディジタル計算で高速に準最適解を得るアルゴリズムを提案している.さらにこのアルゴリズムを用いて分割問題、巡回セールスマン問題を解くことにより、その有効性を実証している. 第9章は「学習に関する考察」と題し、連想記憶で取り上げた相関学習以外の学習則として、直交学習やBP学習等の繰り返し学習について取り上げ、それらの学習則を用いたニューラルネットワークについて簡単な考察を行っている. 第10章は「結論」であり、本研究の成果を要約して述べている. 以上を要するに、本論文は、ニューラルネットワークの動的性質を幾何学的手法により解析し、その性質を明らかにするとともに、その結果を応用して種々の並列型計算アルゴリズムの提案を行ったものであり、ニューラルネットワークの分野に寄与するところ大である. よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める. |